てぃっくらーまいむ作品

夢の中へ

第2話
 気分の乗ったその日、私は祐子を家に連れ込んだ。祐子はしきりに私の両親のことを心配していたが、その点においては勿論ぬかりは無い。
 結婚してもう20年が経とうとしているのに、未だに新婚気分でいたいうちの両親は、忙しくない折を見て、月に一度デートを行う。デートと言ってもその実態は、愛する娘には見せられない所謂大人の夜の営み、をあの手この手で色々と翌日の朝まで行うだけである。そんな放任主義の親だから、私がその遺伝子をしっかりと受け継いでいることも、よりたちの悪い沼に半ば足をつけていることにも気付かないのだ。馬鹿な親だ、とは思いながらも、この時が来るときだけは感謝していた。お金を掛けた頑丈な造りの家は、たとえ深夜といえども窓が開いていなければ決して声が外に聞こえると言うことは無いのだ。つまり、なんどでも悶えさせ、感じさせ、昇天させることが出来るのだ。
「なんか飲む?」
と、優しい天音ちゃんを演じながらも私の頭の中は、日付を超えるまでどうやって祐子をいたぶろうかということでいっぱいだった。いつものように、親の部屋から動物の毛が付いた可愛らしいカフスの手錠で天井から吊り下げて虐めるのもいい、今日一日の疲れを擽ったいマッサージで癒してあげてもいい、日頃の垢をお風呂場でしっかりと擦り落としてもいい、Hなビデオをみながら絵筆でじわじわと焦らすのもいい。小さな部屋に小さな祐子がやけに綺麗に収まっていた。
「ねぇ祐子。まずなにする?」
 私は期待を込めて聞いた。今日はどんなコースに致しますかお客様。
「・・・じゃぁね、トランプでスピードやろうよ」
 あれ、と思い同時におや?と私は思った。いつもなら、天音ちゃんに任せる、とか好きにしていいよ、とか言ってくれるのに、今日に限ってはやけに行動的で積極的だ。でもそんな祐子もやっぱり可愛い。すぐにそのノースリーブのパーカーと短パンを後悔させてあげるわ。
 ちなみに、スピードはトランプのゲームの一つである。二人ようの速さを競うゲームで、黒と赤に分けたトランプをよくきり、四枚を自分の目の前に並べ、二人が掛け声と同時に裏にした手札から一枚を開いてと自分の間に置く。そして6だったら7か5、ジャックだったらクイーンか10のカード、つまり連続する数のカードを置いていき、先に全てのカードを真中に置き終わった方の勝ちとなるゲームである。
「もち、罰ゲーム有りよね」
「・・・分かってる。もう天音ちゃんとの付き合いも随分長いもの。負けた方が・・・くっ・・擽られる、だよね」
 本当に今日の祐子はやけに素直だ。ちゃんと擽られることも分かっているし、自分から進んで言ってくれた。そしてなにより、裕子の持っている洋服の中で一番擽りやすくて一番私の好きな洋服をちゃんと着てきてくれた。私は思わず祐子に抱きつきたくなったが、その衝動は抑えて、持ってきたアイスティーでのどを潤すと、机の一番上の引きだしにしっかり仕舞ってあるトランプを取り出した。



 私は自棄になってトランプを投げ捨てた。
「ああ〜また負けたぁ。祐子、ちょっとは手加減しなさいよぉ、もう」
 祐子は私の投げ捨てたトランプを健気に集める。そして集めたトランプの枚数を確認すると、先ほどから何度も聞いている言葉をつぶやいた。
「天音ちゃんの負けだよ。3枚だから3分だね」
「わかってるよ。自分で決めたルールだからね、ちゃんと守りますよ。私が嘘ついたことある?・・・駄目だ、いっぱいあるや」
 祐子はほっとして、私は落胆した。もう何度負けたのだろう。時間は既に40分を過ぎていた。
「はい、ばんざい。何処からでも掛かってきなさい」
 トランプを始めてからと言うもの祐子は1度もこのポーズをしていない。おいしそうな餌が目の前に吊るされているのに、いっこうに届かない。これじゃぁ蛇の生殺しだよ。
「じゃぁまた擽るよ」
 ゲームのルールは勿論勝者が敗者を擽るという単純明快なルールである。スピードで相手が先にあがったら、自分の手元にあるカードの枚数掛ける一分の間相手を擽るのだ。そのさい、両手は万歳の形のまま動いてはならない。少しでも擽りの妨害をしたり、手を下ろしてしまった場合は罰として5分という長い時間を追加する。
「ここは擽ったいかな?ここならどう?」
 それにしても何故祐子はこんなにもトランプが強いのだろうか、もはや両手で足りないほど同じゲームを繰り返しているのに、一向に勝てる兆しが見えない。
 ずるをすれば、それは馬鹿正直な祐子のことだ、多分理想通りちゃんと負けてくれるだろう。しかし、悲しいかな私はとても負けず嫌いなのだ。ズルせず、ルールにのっとり、本気で戦って勝たなければ私のプライドが許さない。それに、夜はまだまだ長い。いまからわざわざ楽しみを減らす必要は無いだろう。じっくりと負けてくれるのを待とう。裕子の擽ったがりな体では、一度たりとも負けることは許されないのだから。
「相変わらず全然効かないね。天音ちゃん、本当に何とも無いの?我慢してない?」
「さっきから言ってるじゃない。私は祐子と違ってからだが強く造られてるんだよ」
 祐子は滑らかな動きで容赦無く私の脇の下を擽る。祐子は私の友達の中で一番擽ったがりだが、この擽り技術に掛けては、私以上の凄腕だろう。惜しいのは、その技術が私に対してでは全く効果が無いことである。
 私は巷で言われるところの不感症である。正確に調べたことも、性交をしたことも無いので実際のところは分からないが、今まで自らにしても、他意のものにしても、そのような類の快感を感じたことがない。擽りは勿論のこと、痴漢に遭っても、隣の席の男子に急に胸を掴まれても、恐らくは実際に性交を持ったとしても快感を与えられることは無いだろう。だから私は祐子の味わっている擽ったさという感覚がどんなものなのか分からない。なぜ人は擽られると暴れるのか、笑うのか、強制的な刺激に性的な快感を感じるのか、思考回路に以上をきたすのか。
「また三分終わっちゃった。こうなったら私が負けるまでに一回でいいから天音ちゃんを擽ったがらせるからね」
 気が付けば3分間はとうに過ぎていた。相変わらず私の皮膚は何の反応も示さない。
 擽り好きなのに、擽ったさについて何一つ分からない私は、擽りについてあれこれと調べてみた。DVDを買ったり、インターネットを検索したり、医学書を見たり辞書を引いてみたりもした。その過程で擽ったさは痛覚の一種だということや、皮膚がかぶれたり虫に差されたりするときの痒さの感じや、オシッコを我慢するときの内側の壁の刺激にも似ているらしいということが分かった。あえてとろろ芋を腕に擦り込んだり、オシッコを限界まで我慢してみたりもし炊けども、少し漠然としすぎていて、正確な感覚は良くわからなかった。
 だから私は誰かを擽ることに固執する。そうすると、なんだか私の体にも何らかの刺激が入ってきて、体が熱くなる。この時の感じが、一番擽られているときの感覚に似ているような気がする。つまり、私は誰かを擽ることで自分を擽るのだ。まぁなんにせよ、私が擽り好きであることに変わりは無いのだ。ただ、不感症というおかしな体質の所為で通常の人よりも、擽りたいという欲望が強い、要はそのことが言いたいだけだ。
 私は少し哲学的な難しいことも考えてみる。
 私が思うに、人間は必ず何かしらの性的なコンプレックスを持っているのだと思う。それは決して病気だとは取られないし、差別の対象になったりもするけれど、その性的コンプレックスが存在することは間違いではないと私は思う。それを何らかの形で解消することを誰かにとめられる義理は無い。相応の歳になったら風俗に行ったっていい。今はただ友達を対象に戯れる程度に虐めるだけでもいい。世の中に迷惑を掛けるよりはよっぽど良いと思う。すこしだけ、言い訳がましい気もするけれど。
「あぁ、嘘!負けちゃった!天音ちゃん、ちょっとまって、もう一度やらない?」
などと小難しいことを考えている間に私はいつのまにか手持ちのトランプをすべて場に出し尽くしていた。無欲の勝利というものだろうか、たかが遊びに悟りを開いてしまったか?
 私は、やはり小難しいことを考えるのは性に合わないと思う。今はただ今まで溜まりに溜まった鬱憤をこの子で思いっきり晴らしてやればいい。
「だめだよ?私だってちゃんとやったんだから、はいばんざいして?ほら、ばんざ〜い」
 私は大げさなアクションで祐子を急かした。苦虫を噛み潰したような顔をしながら祐子はしぶしぶといった感じで両手を上げた。関係の無い話、なんだかそれが拳銃を付きつけられた何かの事件の犯人の様にも見えた。
 私は待ちきれずに、祐子が手を上げる前に、その腰元を両手でぐっと掴んだ。瞬間、裕子の体がびくんと跳ねた。流石に両手を下ろすのは耐えた様で、ふるふると震えながらも、天井に向かって最後まで腕を伸ばしきった。
「・・・っ・・・・ぁ・・・っ・・・・っぁ・・・・」
 腰元に触れる手の刺激が堪らないのか、まだ動かしてすらいないのに、祐子はもうくねくねと体を捩らせ、呻き声をあげていた。
「・・・ねえ、・・・・・あっ、天音ちゃん・・・・くっ、擽るんじゃないの?」
「残ったトランプは二枚。時間にして二分。二分は結構長いよ、私なら1分以内に一本取れるもん、もっと楽しまなきゃ」
 思わず、柔道の話に転換してしまった。でも、私に言わせれば柔道で一本取るのも擽りで笑わせるのも1分有れば十分だ。小技で体勢を崩して、一気に畳み掛ける。攻め方さえ分かっていれば、時間はさして問題じゃない。
 私は繊細な両四本の指先を駆使し、腰をゆっくりと撫で回し始めた。腰元の擽ったさが脊髄を経由して首まで届いているみたいに、祐子は首を反らせる。腰から背中までじわじわとなぞり上げると、脇腹を伝って腰まで戻り、再びイヤラシク腰を撫で回す。中途半端なじれったさと擽ったさは裕子の感覚を狂わせ、毒していく。さらには意地悪にも、猫がじゃれる様に裕子に頬擦りをする。
「あっ・・・・ひっ・・・・はっ・・・はひっ・・・・・んふっ!・・・んふふっ・・・」
 私は丸見えになった脇の下のくぼみをのの字を書くようにぐるぐるとなぞり回す。
祐子は腕をあげるか下げるかの葛藤を繰り返しながらプルプルと震えている。 
 私は祐子に気付かれない様に太腿に移動させた。細くて柔らかい太腿に私の手が沈む。滑らかな肌の上を滑らせると、祐子は急に暴れ始めた。じっとしていられない太腿を両方追いかけるのは難しいので、私は右側の太腿だけに狙いを定めた。
「ひゃぁっ!・・・・あふっ・・・・・・くくっ・・・くっくっく」
 両方からはさまれ逃げ場を失った右足は成す術無く私に捕らえられ、擽ったい刺激の生贄にされる。掌がすりすりと、指先がちょろちょろと刺激を与える度に祐子は声をあげる。私は十分に太腿の感触を味わった後、再び腰の位置に戻ってきた。ただし、今度は服の裾から滑りこんで、直に皮膚に触れながら。
「あっん!ヤダ!あはははは!きゃあっ、きゃはははは!えへへへへへ!へへへ、やめてぇえええ!」
 指先をこちょこちょと動かすと、祐子はそれを逃れようと背筋を伸ばして前に行こうとする。それを読んで、前に回りこんでお腹を撫でると、蹲るように前かがみになる。私の手ははぐりぐりと振動させる様に指を蠢かせながら上半身を這い回る。その強い刺激に耐えられない祐子はあちらこちらに体を揺すって逃げようとする。
  急に脳天がグラッときた。髪の毛を思いっきり後ろに引っ張られるような、それでいて少しも痛くない感じがした。所謂目眩というやつである。いや、それにしても、目眩というのはこんなにも唐突に来るものなのだろうか。何はともかく、なんだかよく分からないが、私は抵抗することもできないまま、ずるずるとその場にへたり込んだ。
「・・・・・・・・天音ちゃん、どうしたの?」
 急に刺激から解放された裕子は、何が起きたのかと私の方を振り向いた。それは何となく気配で分かるのだが、どうにも私の視界には黒い砂嵐の画面しか映らず、何となく気分的にも、ずんと落下していくような感じがしている。側を通り過ぎたパトカーが遠くへ消え去るような音声の喪失感も見受けられる。
 意識を現実に留めておくことも叶わなかった。指先は動かなかった。脳味噌には靄が掛けられた。私は眠るように深く、深く堕ちていった。私の人生と地位を狂わせる、衝撃な怪事件へと。


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