クスグリトラレ |
芦浦先輩の家は、とても広くて綺麗だった。ソファはふかふか、フローリングはぴかぴか。照明は自在に調整できるらしく、先輩が、落ち着くようにと言って少し薄暗い暖色照明にしてくれた。照明のおかげでムードは抜群。出されたミルクティーとケーキも最高に美味しかった。まるで、高級ホテルの一室に泊まっているような気がした。 あたしと先輩は、2本続けて映画を見た。大きな画面で見ると、映画館で見るのとなんら遜色なく感じられた。しかも立体音響。部屋の左右に置かれたステレオセットは本格的だった。 2本立て続けに映画を見ると、さすがに疲れた。しかし、とても気持ちの良い疲労感だ。ぼんやりと、自分の体がどこか遠くに行っているような、不思議な感覚。あたしは、良い映画を見えた後のこの心地よい疲労感のために、映画を見るのかもしれない。先輩の2本の映画チョイスは、最高だった。 「先輩、……今日は、ありがとうございました。なんだが元気が出て――」 あたしは立ち上がろうとして、ふわりと体が宙に浮くような感覚がして、足がもつれた。 「沙織ちゃん!」先輩が抱きとめてくれた。 「……あ、れれ? あたし、どうしちゃったんだろう?」 めまいなんて、初めてだった。 それに、なんだか顔が熱くて、妙に下腹部がくすぐったい感じ……。 「さすがに2本連続は疲れちゃったかな。ちょっと横になる?」 至近距離で、先輩と目が合う。ドキドキと心臓が高鳴った。先輩の口から、ほんのり牛乳の香りがした。さっき一緒に飲んだミルクティーだろう。 「……は、はい」 あたしは、言われるがままに、スリッパを脱いで、ソファに横になった。 ソファがふわふわで、あったかくてえ、すぐにでも眠れそうだった。 先輩が、心配そうに顔を覗き込んできた。 「大丈夫?」 「……だ、大丈夫、です」 あたしは顔が火照ってくらくらした。 先輩があたしの手に触れた。あたしはさらにドキドキした。 あれ……? これの感覚って……。 「沙織ちゃん、マッサージしてあげようか」 「……え」 「沙織ちゃんの走り方って腰にくる、というか、疲れやすいと思うんだよね。今日いろいろあったし、余計に疲れが出ちゃったのかもしれないよ」 なんだろう……? 先輩の声が遠くで聞こえる。 でも、この感覚。……もしかして、先輩のこと、好きになりかけてる? 「俺のマッサージ、結構評判いいんだぜ?」 先輩に手をきゅっと握られる。 あたしは、そっと握り返した。 「……お、お願い、します」
先輩は、あたしの足元にしゃがんだ。 「ひゃあっ」
くすぐったくてつい声が出た。 「ひゃっ、あは、ふあははっ!? ひょ、ちょ、先輩、くすぐったいです……」
「この辺が体を支えるツボだったり、腰回りの腎臓のツボがある位置だね。足つぼって強く押すやり方もあるけど、最近の流派だとこうやってほぐしてあげるやり方があるんだよ」 「やっ、ひひひっ、あはっ、くすぐったいぃっ、くふふふ〜〜」
先輩のことばに意識を集中すればするほど、どんどんくすぐったくなってくる。 「ひひっひっひ、……ひし、してないですっ、んふふひ」
「それじゃあ今日は徹底的にほぐしてあげるね」 「んふふふ、お、お願いしますぅ……くふふふ」
「じゃあ、次は」 「んひゃっ!!? ぷくっくうくははははっ!!」
あたしはたまらず笑い出してしまった。 「きゃはははっ、そ、そこなんですかぁあははははははははっ!?」
「ここはリンパだね。扁平足で走ると、体の下に血が溜まって足がむくみやすいんだよ。ここはじっくりほぐしてあげよう」 「きゃはっはっははっははっはっは!!? ちょふぁあぁ〜〜はっはっははっはっはっは、せんぱっ、くすぐったぃっ、あ゛ぁ゛あぁ〜〜〜」
先輩のしなやかな指さばきが、そのままあたしの脳に侵食してくる感じがする。
ふと、サワチンの顔が脳裏をよぎった。 だったら、もう、いいや。 「せんぱあぁっははっはははっははっはっは!!! もっとぉお、ひっひっひっひいっひっひ、あたしを狂わせてぇえぇへっへっへっへっへっへっへ〜〜」
足の裏から送り込まれてくる刺激に身を委ねていると、すべて嫌なことを忘れられる。そんな気がした。 |
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