ert作品

クスグリトラレ

第16話 初恋
 あたしがサワチンのことを好きになったのは、幼稚園の頃だった。
 内気だったあたしは、誰とも話せず、いつもお遊戯室の隅で人形遊びをしていた。
 あたしは髪の毛を男の子みたいに短くしていたため、ときどき男の子に間違われた。
 男の子はあたしが女の子だとわかると、何故か逃げてしまった。女の子は、ひとりで人形遊びをしている男の子が不気味に映ったのか、声をかけてこなかった。
 そんなあたしを初めて遊びに誘ってきたのが、サワチンだった。
 サワチンはお団子作りからはないちもんめまで、いろんな遊びを知っていて、クラスの人気者だった。 
“あたしなんかと遊んでも、楽しくないよ?”
“沙織ちゃんと遊んで楽しいかどうかは、僕が決めるもん!”
 サワチンはあたしを外の世界へ連れ出してくれた。
 一緒に泥だんごを作ったり、だるまさんが転んだをやったり、ケイドロにまぜてもらったりするうちに、あたしの人見知りは自然と消えていた。
 クラスの女の子たちと仲良くなると、ときどきサワチンの噂になった。サワチンは女の子達の人気者だった。他の女の子達がサワチンを褒めたり好き好き言ったりするたびに、あたしは心の中がもやっとした。
 女の子のひとりが、
“サワチンって先生のこと好きなんだって”
 そんなことを言った。
 先生はおっぱいが大きくて、長い髪の毛を後ろで一つくくりにしていた。
 あたしは自分の胸を見てがっかりした。
 しかたなく、自分の短い髪の毛を無理矢理後ろに縛った。
 サワチンに見せると、
“沙織ちゃん、可愛いじゃん!”
 あたしは、胸かじゅんとなった。一生この髪型でいようと思った。
 そう。だからだ。
「君の髪型、可愛いよね」
 高校1年生の夏。屋上で芦浦先輩にそう褒められたときにはどきりとした。
 先輩は、あたしのことが好きだという。交際を申し込まれた。
 正直、嬉しかったが、当惑した。
 芦浦先輩って、1年女子の間では結構人気のある先輩だった。
 あたしが先輩に呼び出されたことがバレると、同じクラスのえっちゃんは本気でうらやましがってくれたし、隣のクラスの千帆ちゃん達のグループには嫉妬心を丸出しにされた。
 でも、あたしには好きな人が他にいた。だから、断ったのだ。
「……もしかして、澤部?」
 あたしは、自分の好きな人が芦浦先輩に言い当てられてどきっとした。もろ顔に動揺が出てしまって、一瞬でバレた。
 どうしてわかったのかを聞くと、
「一緒に登下校すること多いから、もしかしたらと思ってね。俺、ずっと君のこと、見てたから……」
 残念そうな芦浦先輩の顔を見ると、申し訳ない気持ちになった。
「でも、沙織ちゃんが他に好きな人がいるっていうなら仕方ないね。俺は身を引くよ。……ただ、もし沙織ちゃんがよかったら、俺に協力させて欲しい。澤部とは同じクラスだし、自分で言うのもなんだけど俺人脈広いし、沙織ちゃんの助けになると思う」
 先輩の申し出はありがたい。でも、どうしてあたしなんかのために……。
「沙織ちゃんのこと、好きだからだよ。俺の恋が実らないなら、せめて沙織ちゃんに、幸せになってもらいたいからさ」
 芦浦先輩は、すごく良い人だと思った。
 それに引き替え、サワチンは……、
「沙織が好きなようにすると良いと思うよ」
 どうしてこんなに、あたしの気持ちに無関心なのか。
 中3のときに、どうしてあたしがサワチンに勉強を教えてもらいながら死ぬ気で勉強したのか、サワチンには伝わっていない……。すべては、サワチンと一緒に登下校したいがためだった。
 毎日サワチンのことを質問して、少しでもサワチンのことを知りたいと思う。だけど、サワチンは軽く受け流すだけ……。
 サワチンにとって、あたしはただの幼馴染み。それ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。
 最近のサワチンの冷たい態度は、よりそんな不安を加速させていた。

「そうだ、いま映画館でやってるSF映画、面白いんだけど、沙織ちゃん、見た?」
 翌日の昼休み、あたしは芦浦先輩と中庭で会った。ベンチに並んで腰掛けている。
「……見ました」
 SF映画。サワチンと映画館に行った日のことが思い出される。サワチンは、全然楽しそうじゃなかったな……。
 それにしても、芦浦先輩も映画とか見るんだ。少し意外だった。
「アレックスが死ぬところ、あそこは泣いたよね」
「……!!」先輩の思わぬ発言に、あたしはびっくりして顔を上げた。そうだ。アレックスのシーンは最高の泣き所なのだ。それなのに、ネットのレビューだとほんの少ししか取り上げられていなかった。あたしと同じくSF好きのはずのえっちゃんまで「アレックスってかませの人でしょ」とひどい言いよう。悲しかった。
 サワチンに至っては、アレックスの存在すら忘れていた。……というか、せっかく一緒に映画を見たのに、サワチンはあたしとの時間をまったく共有してくれていない感じで、ずっと上の空だったのだ。
「いやさ、俺、友達と見に行ったんだけど、あのシーンは構成上の役割だとか、難しい講釈垂れてさ。なんか、アレックスに感情移入して見てた身としては、冷めさせられちゃったんだよね……。あ、もしかして沙織ちゃんもそっちの批評家タイプ?」
「ち、違います!」
 あたしは思わず、大きな声を上げていた。
「あたしもアレックスのシーンは胸がきゅっとしました……。でも、あんまりネットレビューとかだと話題に上がってなくて。そりゃ、CGとか設定とかもすごいんですけど、あの映画は人間ドラマだって魅力だと思うんです!」
「ああ、良かった。沙織ちゃんとそこ通じ合えて嬉しいよ。いやあ、あんまりにも世間だとアレックスが空気になってるからさ、俺の感性がおかしいのかと思っちゃったよ」
 そう言って芦浦先輩は笑った。
 映画について、熱く無邪気に語る先輩は、見た目とのギャップがあって、少し可愛いと感じた。
 映画について夢中で語り合ううちに、あっという間に昼休みが終わってしまった。
「あ、……ごめん、つい喋りすぎて、昼休み終わっちゃった」
「でも、あたし、共感できる話ができてよかったです」
 すると、芦浦先輩は少し暗い表情になる。楽しい空気が一転した。
「ちょっと言いづらくて……、あのさ、澤部のことなんだけど……」
 先輩の声は沈んでいる。
 あたしは胸が高ぶるのを感じた。
「あいつ、もう他に彼女いるらしい」
 あたしは、絶句して反応できなかった。
 先輩は、つらそうに目を伏して、
「……、もう少し調べてみるよ。ごめんな、落ち込ませて」
 そっとあたしの肩を抱いてくれた。

「ごめん、こんなの、本当は見せたくないんだけど……」
 さらに翌日の昼休み。
 芦浦先輩は、あたしを屋上に呼んでくれた。
 先輩は、サワチンが彼女と一緒にいる証拠写真を手に入れてくれたのだ。
 写真の中のサワチンは、あたしの知っているサワチンじゃ無かった。女の人は、確かサワチンの隣のクラスの人。おっぱいが、あたしよりもずいぶんと大きい。そうだ。思い出した。サワチンがずっと見ていた人だ。サワチンは、いやらしい表情を浮かべて、丸出しになった彼女のおっぱいを触っている。彼女は、もの凄い笑顔で、喜んでいる様子だった。
 サワチンに、彼女がいる……。
 あたしだってうすうすは感じていた。
 だから、心の準備はできていたはずだった。
 それなのに、
「……あ、そりゃ、そうですよね。放課後、昨日も今日も先週だって、あたしが誘ってもずっと断られて。ずっと誤魔化されてて。友達と会うなんて、嘘に決まってますよね。あ、先輩、ありがとうございます。あたし、大丈夫ですから……、大丈夫……っ、え、ふ、ふぇぇ」
 あたしは泣いてしまった。
 先輩は、あたしを抱き寄せ、頭を撫でてくれた。
「沙織ちゃん、もしよかったら、今日家に来ない? 大型テレビあるからさ。なにか好きな映画でも見てさ。少しでも沙織ちゃんの気持ちが、落ち着くといいんだけど……」


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