「やはははははははいぃぃぃ〜〜っひっひっひっひっひ!! 芦浦くぅううんひひひひひひひ〜〜」
昼休み、僕はいつものように芦浦に呼びつけられてカメラを回している。
芦浦にくすぐられている女子生徒は、同じクラスの若林さんだ。
噂好きの女の子で、髪の毛はパーマがかかっていて、いつもサマーセーターを腰に巻いている。ちょっとギャルっぽい子だ。
彼女達のグループの会話は普段教室内にいると丸聞こえなので、若林さんが大学生の彼氏と付き合っていることは周知の事実。
「すっかりメスの顔になりやがって、てめぇの大好きなアツシサンが見たら泣くぞ」
芦浦は嫌らしい笑みを浮かべながら、彼女の人差し指にむしゃぶりついた。彼女のように、人差し指が長くて、足の尖端が三角形に見える足の形は、ギリシャ型というらしい。ここ数週間芦浦と行動をともにしていると、嫌でも覚えてしまった。
「ひひゃぁあぁひゃっひゃっひゃっひゃ、いいもぉぉん!!! 芦浦くんにこちょぐられるほうがきもちひぃぃいっひひっひっひっひっひっひ〜〜!!!」
若林さんは、すっかりとろけた表情で笑い狂っている。
完全に落ちたと見て良いだろう。
これで、若林さんのグループは全滅だ。
ここ数日で、芦浦はかなりの女子をくすぐり落としていることになる。
沙織は、どうしたんだろう……?
沙織の怒ったような悲しんでいるような、あるいは悔しそうにもみえる表情が思い出される。
僕は、あの日以来、沙織とは会っていない。登下校はだいたい一緒になるはずだから、風邪でも引いて休んでいるのか。それとも……。
一抹の不安はあった。
しかし、その翌々日以降、芦浦は昼休みも放課後も、学校ではずっと僕と一緒にいるのだ。沙織と芦浦が学校で会っている様子はなかった。
芦浦は沙織の話を一切出してこないし……。
もしかすると、星野さんのときのように、沙織のことは一旦諦めてくれたのかもしれない。
沙織とは、折を見て仲直りしよう。
僕は、楽観的に考えていた。
「一本500円な」
「……え?」
その日の放課後のことだ。
芦浦がUSBを数本持って、僕の元へやってきた。今日は放課後付き合わなくて良い、代わりに動画を編集しろ、と言うことらしいのだが……。
「一本500円でお前に編集させてやるって言ってんだよ」
さすがに芦浦の言い分は意味不明だった。どうして僕が、金を払ってまで、芦浦の変態趣味に付き合ってやらないといけないのか。
「澤部、お前、不満なのか? 今日の動画はお前は金払ってでも見たいと思うんだけどな」
「ど、どういうこと?」
そのときだ。
どかどかと廊下から足音が聞こえてくる。
「せんぱあい! 早く行きましょうよお! やっとあたしの順番なのに、時間がなくなっちゃいますよお!」
妙に甘えた声で、2年の教室に入ってくる積極的な1年生、……沙織だった。
「え、なんで、……沙織?」
「あ、そか。サワチン、先輩と同じクラスだったんだ。忘れてた。久しぶり」
沙織は軽くこちらを一瞥して、
「さ、先輩、早くう! あたしすっごい待ったんですからあ!」
と、芦浦の腕を引っ張った。沙織のこんな甘えた声、初めて聞いた。
僕は、まだ頭の整理が追いついていない。
「え……さ、沙織、学校、休んでるんじゃ、なかったの?」
僕が訊ねると、怪訝な表情をする沙織。
「は? なんで? あたしちゃんと毎日学校来てるし」
「……で、でも、最近朝も会わないし……てっきり休んでるのかと」
「あーそっかそっか、あたし、最近はサワチンにわざわざ登下校時間あわせたり、待ち伏せして挨拶したりするのやってないんだよね。だからじゃない?」
わざわざ? 待ち伏せ?
僕は、はじめて聞く彼女のことばにショックを受けた。毎朝登下校が一緒になるのも、毎朝元気に挨拶してくれるのも、全部、沙織が意図的にやっていることだった。沙織は、彼女自身の意志で、僕の傍に居てくれていた。……僕はそれを、毎日当たり前のように受け流し、無下にし続けていたのか。
「つーことだから。澤部。悪ぃな」
芦浦は片手で軽くメンゴしながら、USBを差し出した。
「これ、全部沙織だぜ? お前の大事な大事な幼馴染みちゃん。焼き回しよろしく」
「あ、サワチンが編集してくれるんだ。あざっす」
二人はけらけら笑う。
沙織の足元を見やる。
沙織は、素足で上履きを履いていた。まだ素足で履き始めてまもないためか、少しだけ足首にソックス焼けの痕があった。
僕は、悲しみと興奮が抑えられなかった。
震える手で、ポケットから財布を取り出し、USBを受け取った。
(完)
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