クスグリトラレ |
「おっす、サワチン」 登校中、元気な声とともに肩を叩かれた。 「あ、沙織、……おはよう」 喧嘩しようが、ギスギスしようが、一晩明けると沙織はいつも元通りのテンションに戻ってくれる。だから気兼ねなく、幼馴染みの関係性を続けられてきた。そう感じていた。 「どうしたの? サワチン、今日も元気ないじゃん。彼女さんと喧嘩でもしたの?」 「だから、そういうのじゃないって……」 沙織のいつもの軽口を僕は受け流す。 校門に到着すると、茂上先輩がいつものように立っていた。 「おい、シャツが出ているぞ! しまえ」 そう言って男子生徒の身だしなみを注意する茂上先輩は、素足でローファーを履いている。 「お前! 第一ボタンをちゃんと留めないか! スカートも短すぎるぞ!」 茂上先輩の矛先は、沙織に向いていた。 沙織はむっとした様子で、 「先輩だって、靴下穿いてないじゃないですか! 自分のことは棚に上げて、他人には文句言うんですか!」 「校則にあるのは身につけたものの規定だ。ソックスとスカートにあるのは長さと色の規定のみ。穿くか穿かないかの規定はどこにもない。スカート丈の規定が守れないなら、スカートを脱げ」 「そんなの屁理屈じゃん!」 「屁理屈なものか。お前、自分で直さないなら、私が脱がせるぞ」 茂上先輩が一歩沙織の傍に近づくと、 「ふざけんなばーかばーか!」 沙織はべっと舌を出して駆け出した。どかどかと1年生の校舎に向かって走って行く。 「き、貴様っ」 茂上先輩は逆上して、沙織を追って駆け出した。 僕は、ひとり校門前に取り残された。 「やっぱ、茂上みつぎみたいな女子が素足で靴履いてると、倍萌えるよなあ」 耳元で不快な声が聞こえた。 「澤部、昨日のDVD」 芦浦が僕の肩を叩いた。触るな。なんでこんなときに、朝から登校してくるんだ、こいつは。 「……きょ、教室で渡すよ」 芦浦は、茂上先輩と沙織の追いかけっこを見て、目を細めた。 「あの追いかけられてる奴、澤部の連れか?」 「え」 僕はフリーズした。 まさか、芦浦、沙織に目を付けた、のか……? その瞬間、僕の脳裏に、芦浦の毒牙にかかって変貌してしまった木本さんや星野さんの顔が浮かんだ。沙織が、芦浦に変えられてしまうかもしれない。沙織を、失うかもしれない……っ! 近すぎて気づけなかった沙織の尊さ。大切な幼馴染み。生まれてはじめて、彼女を失う恐怖を身に染みて感じた。 「俺さ。走り方でわかるんだよ。あの女、俺好みの足の形してやがる。な、澤部。あいつの名前教えてくれよ」 芦浦が僕の肩を抱いてくる。 「あ、その……」僕はぶるぶると震えた。怒りに似た感情だった。 しかし僕には、奴の手を振り払うことも、怒鳴りつけることもできなかった。 代わりに絞り出した答えは、 「お願い、します。……僕は、なんでもするから、沙織には、手を出さないで」 土下座だった。
その日の昼休み、僕は、屋上へ向かう階段の踊り場にいた。 |
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