クスグリトラレ |
「おっす、サワチン!」 茂上先輩が屋上でくすぐられた翌朝である。 僕は、彼女のくすぐられる光景が目に焼き付いていた。 あの厳格な先輩が芦浦にくすぐられて笑い狂う……。はじめは、あんなにも、芦浦のことを邪険にしていたのに。 結局昨日、芦浦は茂上先輩の左足を数十分間くすぐったところでやめてしまった。 芦浦自身が、その日では茂上先輩を落としきれないことを理解しているようだった。 茂上先輩は、若干物足りなさそうな表情はしていたが、口には出さなかった。白ソックスもきちんと穿き直していたため、まだ完全に芦浦の虜になったわけではないようだが。……時間の問題だろうと思われた。 「サワチン!」 「わ」 沙織の大声にびっくりする。 「あ、え? 沙織? おはよう」 「おはよう、じゃないよ! さっきからずっと声かけてるのにさ! 全然気付いてくんないんだもん!」 「ご、ごめん」 「サワチンにとって、あたしはなんなのかね!?」 「な、なんなのかね? ……お、幼馴染みだと思ってるけど」 「幼馴染みだったらもっと仲良くしようよ! てか、仲良くしてよ! あたし、最近サワチンにないがしろにされてるみたいで悲しいよう! しくしく!」 沙織は鳴き真似をする。 朝からこのテンション、……正直今日はきつかった。昨日は深夜まで、芦浦の動画の編集をしていたのだ。 「……う、うん」 「う、うん、って! 幼馴染みが悲しんでて、サワチンの反応『う、うん』なの!?」 「……あのさ、沙織、言って欲しいことがあるなら、教えてよ……。回りくどい言い方しないでさ」 「……さ、サワチンの馬鹿あああああああ!」 校門の真ん前で、沙織は叫んでどかどか走り去った。 なんなんだ、あいつ……。沙織の感情の起伏が、最近本気でわからない。 2年の校舎の下駄箱に到着すると、星野さんが外履きから上履きに履き替えているところだった。 なんとなくホッとした。昨日欠席だったら心配だったのだ。 「あ、――」僕は、挨拶をしようと片手を上げたところで、固まってしまった。 我が目を疑った。 信じられない……。 星野優美香は、素足だった。 素足で履いてきたらしいローファーを下駄箱にしまい、そのまま上履きに素足を通した。とんとんとつま先を叩いて、こちらに気付く様子も無く、教室に向かって歩いて行く。 僕は、幽霊でも見ているような心地がしていた。 遠くで予鈴が聞こえた。
昼休みになった。
「今日は右足っすね」 「ぐっ……ぶふぅぅひひゃひゃひゃひゃひゃ!!? いひぃぃ、いきなりっ、強いぃひひっひっひひっひっひっひっひっひっひ〜〜!!」
茂上先輩は、途端に破顔して、笑い出す。 「ひゃっはっはっはっはっはっはっは!!! あひぁあぁぁ、そこっうひぃぃいひひひひひひひひひひひいぃぃ!!!」
彼女は、目を見開き、涎まで垂らしている。 「きぃっひひっひっひっっひ!!? うあぁっはっはっはっはっはははははあはははははは!!!」
茂上先輩は大笑いしながら、こくこくと何度も頷いている。 「あひゃぁぁぁああ〜〜っはっはっはっはっはっはっはっは!! ふひぃぃいい゛い゛〜〜ひひひひひひひひひひひ、ぐはぁあ゛ぁ゛へへへへへへへ」
茂上先輩は下品に鼻を鳴らして笑い出す。 「うへっへへへへっへっへへっへへ!!! ぎぃぃ゛ぃ゛いひひひひひひひひひ、もうだめぇっ!!! あがぁあ゛あははははははははは!!」
「何がダメなんすか? みつぎさん。今日も目と首のツボ、ほぐしておきますね」 「くひひゃひゃひゃひゃっ!!! ぐえぇへぇぇひひひひひ、頭がぁぁあ、おかひくぅひっひっひっひっひっひ〜〜!! もうぐふふふふふ、きもひよふぎでぇぇぇえひぇひぇひぇひぇひぇ〜〜!!!」 「笑ってるみつぎさん、超可愛いですよ」 「うるふぇぇえっへっへっへっへっへっへ〜〜!!! いぎぃいいっひひひひひひひひ、あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛〜〜〜〜、や、や、やめにゃいでぇぇいひっひっひっひっひっひっひっひ〜〜!!!」
茂上先輩は、びくんびくんとのたうち回って笑う。
昼休み終了を告げる予鈴が鳴る。 |
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