ert作品

クスグリトラレ

第10話 茂上先輩
「おっす、サワチン!」
 茂上先輩が屋上でくすぐられた翌朝である。
 僕は、彼女のくすぐられる光景が目に焼き付いていた。
 あの厳格な先輩が芦浦にくすぐられて笑い狂う……。はじめは、あんなにも、芦浦のことを邪険にしていたのに。
 結局昨日、芦浦は茂上先輩の左足を数十分間くすぐったところでやめてしまった。
 芦浦自身が、その日では茂上先輩を落としきれないことを理解しているようだった。
 茂上先輩は、若干物足りなさそうな表情はしていたが、口には出さなかった。白ソックスもきちんと穿き直していたため、まだ完全に芦浦の虜になったわけではないようだが。……時間の問題だろうと思われた。
「サワチン!」
「わ」
 沙織の大声にびっくりする。
「あ、え? 沙織? おはよう」
「おはよう、じゃないよ! さっきからずっと声かけてるのにさ! 全然気付いてくんないんだもん!」
「ご、ごめん」
「サワチンにとって、あたしはなんなのかね!?」
「な、なんなのかね? ……お、幼馴染みだと思ってるけど」
「幼馴染みだったらもっと仲良くしようよ! てか、仲良くしてよ! あたし、最近サワチンにないがしろにされてるみたいで悲しいよう! しくしく!」
 沙織は鳴き真似をする。
 朝からこのテンション、……正直今日はきつかった。昨日は深夜まで、芦浦の動画の編集をしていたのだ。
「……う、うん」
「う、うん、って! 幼馴染みが悲しんでて、サワチンの反応『う、うん』なの!?」
「……あのさ、沙織、言って欲しいことがあるなら、教えてよ……。回りくどい言い方しないでさ」
「……さ、サワチンの馬鹿あああああああ!」
 校門の真ん前で、沙織は叫んでどかどか走り去った。
 なんなんだ、あいつ……。沙織の感情の起伏が、最近本気でわからない。
 2年の校舎の下駄箱に到着すると、星野さんが外履きから上履きに履き替えているところだった。
 なんとなくホッとした。昨日欠席だったら心配だったのだ。
「あ、――」僕は、挨拶をしようと片手を上げたところで、固まってしまった。
 我が目を疑った。
 信じられない……。
 星野優美香は、素足だった。
 素足で履いてきたらしいローファーを下駄箱にしまい、そのまま上履きに素足を通した。とんとんとつま先を叩いて、こちらに気付く様子も無く、教室に向かって歩いて行く。
 僕は、幽霊でも見ているような心地がしていた。
 遠くで予鈴が聞こえた。

 昼休みになった。
「澤部、屋上な」
 芦浦はそう言い置いて教室から出て行った。
 先週は星野さんが手を引っ張って、僕を助けてくれたのに……。
 朝から1回も、目が合わなかった。
 僕は、おそるおそる、星野さんの席に近づいた。
「……なに?」
 僕に気付いた星野さんは、怪訝な表情で僕をにらんだ。
 あまりにも冷たい声。険のある目つきに、僕は言葉を失った。
「芦浦が呼んでるでしょ。さっさと行けば?」
 星野さんはぞんざいに言うと、素早く教科書をしまい、弁当箱を持って席を立つ。
 僕が呆然としていると、彼女は「あ」と立ち止まって、
「澤部君、こっち見てこないで。あと、話しかけないでね」
 吐き捨てて去って行く。
「ねえ聞いた? 桃井と木本、別れたらしいよ」「マジで? あんなに仲よさそうだったのに」「でもさ、ぶっちゃけ桃井って束縛とかきつそうじゃない?」「わかるー」
 耳に入ってくる噂話に耐えられない。
 僕は、逃げるように教室を飛び出した。

「今日は右足っすね」
 昨日と同じように、コンクリートに座って足を差し出す茂上先輩の前で、芦浦が膝をついている。
 芦浦はさっそく彼女の上履きを脱がした。
 ソックスに指をかけると、するりとスムーズに脱げた。
 今日の茂上先輩は、ソックスのりを付けてこなかったようだ。
「みつぎさん、右足も可愛いっすね」
「……う、うるさい。早くやれ」
「やれ?」
「……頼むよ」
 茂上先輩の顔はすでに紅潮していて、息づかいも荒い。
 右足の指が、期待するように開いている。
「素直なみつぎさん、超可愛いっすよ」
 芦浦はそう言って笑うと、彼女の右足の母子球あたりを、こそこそ2本の指でくすぐりはじめた。

「ぐっ……ぶふぅぅひひゃひゃひゃひゃひゃ!!? いひぃぃ、いきなりっ、強いぃひひっひっひひっひっひっひっひっひっひ〜〜!!」

 茂上先輩は、途端に破顔して、笑い出す。
「みつぎさん、やっぱり緊張しいというか、神経質なんすねー。神経質な人ほど、足の裏の上側が弱いんすよ」

「ひゃっはっはっはっはっはっはっは!!! あひぁあぁぁ、そこっうひぃぃいひひひひひひひひひひひいぃぃ!!!」

 彼女は、目を見開き、涎まで垂らしている。
 足の裏を引っ掻かく音。
 身をよじって笑う茂上先輩。
 芦浦は満足そうな表情を浮かべ、茂上先輩の右の素足をくすぐり続ける。
「みつぎさん、左足も一緒にやりましょうか?」

「きぃっひひっひっひっっひ!!? うあぁっはっはっはっはっはははははあはははははは!!!」

 茂上先輩は大笑いしながら、こくこくと何度も頷いている。
 芦浦は素早く彼女の左足を引き寄せ、上履きとソックスをはぎ取る。左足もソックスのりはつけていなかったようで、抵抗なく簡単に脱げた。
 芦浦は茂上先輩の両足を揃えて抱え込むようにして持ち、足の裏を5本の指でくすぐった。

「あひゃぁぁぁああ〜〜っはっはっはっはっはっはっはっは!! ふひぃぃいい゛い゛〜〜ひひひひひひひひひひひ、ぐはぁあ゛ぁ゛へへへへへへへ」

 茂上先輩は下品に鼻を鳴らして笑い出す。
 僕のなかで、彼女の厳格なイメージは崩壊し、芦浦の指に翻弄されるだけのただの少女となりはてた。 

「うへっへへへへっへっへへっへへ!!! ぎぃぃ゛ぃ゛いひひひひひひひひひ、もうだめぇっ!!! あがぁあ゛あははははははははは!!」

「何がダメなんすか? みつぎさん。今日も目と首のツボ、ほぐしておきますね」
 芦浦は、彼女の両足の親指を掴み上げて反らし、突っ張った指の付け根をガリガリ上下に引っ掻いた。

「くひひゃひゃひゃひゃっ!!! ぐえぇへぇぇひひひひひ、頭がぁぁあ、おかひくぅひっひっひっひっひっひ〜〜!! もうぐふふふふふ、きもひよふぎでぇぇぇえひぇひぇひぇひぇひぇ〜〜!!!」

「笑ってるみつぎさん、超可愛いですよ」

「うるふぇぇえっへっへっへっへっへっへ〜〜!!! いぎぃいいっひひひひひひひひ、あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛〜〜〜〜、や、や、やめにゃいでぇぇいひっひっひっひっひっひっひっひ〜〜!!!」

 茂上先輩は、びくんびくんとのたうち回って笑う。
 レンズ越しにも、彼女が完全に落ちたことがわかった。

 昼休み終了を告げる予鈴が鳴る。
「みつぎさん。放課後まで靴下預かってもいいっすか? 蒸れた足の方がもっとイケますよ」
 芦浦が茂上先輩の白ソックスを手に持ってぷらぷらさせながら言った。
 すると茂上先輩は、ぜぇぜぇと肩で息をしながら「あ、あぁ……」と頷き、自ら素足で上履きを履き直した。


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