「澤部。例のブツは?」
「……例のブツ?」
「DVD頼んだだろうが」
「ごめん、まだ全部編集し終えてない……」
「できてるところまでで良いから、明日持ってきてくれよ。注文溜まってるからよ」
「わかった……」
「あと、今日は放課後な! 俺ら、後から行くから、スタンバイしとけよ」
月曜の昼休み。芦浦は登校するや否や、僕の席にやってきてそんな命令を下していった。
星野さんが本日欠席しているため、芦浦はやりたい放題だ。
彼女が学校を休むなんて、珍しいことだった。いったいどうしたんだろう?
僕は、星野さんがいなくてがっかりしていた。
そうか、と思う。いなくなって初めて気付く。僕は、彼女の存在にずいぶんと助けられていたのだ。彼女がいるだけで芦浦への抑止力がはたらいた。僕の精神的ストレスを軽減し、物理的にも守ってくれていた。
明日は、星野さん、来られるといいな……。僕は、心身共に、すっかり星野さんに依存していた。
放課後になって、カメラを準備していると、昇降口から話し声が聞こえてくる。
「え? アレックスが死ぬところって泣き所じゃないんすか?」
「お前、あそこはプロット上、主人公が過去を断ち切るための、象徴喪失のシーンだ」
「へぇ〜、なんかすっごい角度から見るんすね。やっぱみつぎさんすげぇわ。俺なんて、CGがすごい! とか、泣ける! とか、設定が神! とかぐらいしかわかんなかったっす」
「設定自体はディック以降なんども使い回されたものではあるが、描き方は斬新だったかも知れないな。まあ、……映画の楽しみ方は人それぞれだ。観客が映画を見るスタンスに優劣はない」
「俺、みつぎさんと一緒にいると、世界観が広がる気がします。俺、みつぎさんと一緒にいるのがいま一番楽しいっすよ」
「……うるさい」
芦浦と茂上先輩だ。
おそらく昨日の映画の話で盛り上がっている。アレックスってそんなに重要な人物だったのか……。
いや、それより、茂上先輩ってこんなによく喋る人だったっけ? ちょっと見ないうちに、ずいぶんと二人の距離が縮まっているように思える。
本来ならば放課後はこれまでに落とした女子をくすぐるのが芦浦の日課だったはず。その法則を覆してまで茂上先輩を連れてくるということは、芦浦も相当本気だということだろう。
二人は給水タンクの裏までやってくる。
僕は、慌ててカメラを回し始めた。
「みつぎさん、今日ここに来てくれたってことは、いいんすよね?」
「……ああ。ただし、ちょっとでも変なことをしたら、蹴り飛ばすからな」
「変なことなんかしませんよ。みつぎさんは俺の大切な人っすから」
「……っ。前にも言ったが、つ、付き合うのは――」
「ナシなんすよね。わかってますよ。俺は、ちょっとでもみつぎさんの力になりたいだけっすから」
「……〜〜っ」
茂上先輩は顔をしかめてはいるが、紅潮させている。照れを隠し切れていない。
相変わらずきっちりと制服を校則通りに着こなしている芦浦先輩。ソックスだってちゃんとぴっちり穿いている。まだ芦浦に落とされたわけではなさそうだが……。
茂上先輩は、コンクリートの段差の上にスカートの裾を押さえて座った。
その前に芦浦がしゃがみ込む。
そして、芦浦は茂上先輩の左足首を両手で優しく持ち上げた。茂上先輩は、両手できゅっとスカートの裾を握って、股を隠す。
僕は、二人の動向から目を離せなかった。
まさか、茂上先輩、芦浦にくすぐられることを承諾してしまったのか?
「んじゃ、みつぎさん、足つぼマッサージ、始めさせてもらいますね」
芦浦はそう言うと、茂上先輩の上履きを掴んで、かぽっと脱がす。
茂上先輩の白いソックスの足の裏は、真っ白だった。
なるほど、足つぼマッサージか……。
いきなりくすぐらせてくれと言うよりは、確かに承諾させやすいかもしれないが、男子が足を触るという行為。よく茂上先輩に承諾させられたものだと、感心する。いったいどういう口車に乗せたのだろう。
「靴下、綺麗っすね」芦浦が感想を漏らす。
「……新品だからな」先輩が返す。
と、そこで芦浦が茂上先輩のソックスの縁に手をかけようとして、
「ま、待て! 靴下を脱がすのはダメだ!」
「え、なんでですか?」
「そりゃ……」と顔を赤らめ目を伏す茂上先輩。「そ、そこまで、気を許すつもりはないからだ」
足を触られるのは許容するが、衣類を脱がすのは御法度、ということだろうか?
すると、芦浦は素直に頷いた。
「わかりましたよ。ホントは素足の方が効果高いし、こっちもやりやすいんすけどね。みつぎさんの意志は尊重しますよ」
「……っ」
またすこし、茂上先輩の顔が赤くなった。
普段見られることの少ない足の裏を正面に晒され、恥ずかしいのかも知れない。
「んじゃ、始めますね」
と、芦浦は親指をそっと突き立てた。
「……っ!」茂上先輩は、きゅっと口を結んだ。
声が出そうになったのを必死にこらえたという感じだ。
芦浦は、「なるほど」などと感想を漏らしながら、優しく茂上先輩の左足の裏を指圧していく。
茂上先輩は、ときおり口元を緩ませたり、頬を引きつらせたりしながら、じっと芦浦の方を凝視している。
「やっぱりみつぎさん、気を張りすぎなんじゃないっすかね?」
しばらくして、手を止めた芦浦は、そんなことを言う。
「……どういうことだ?」
「ここ、痛いでしょ?」
そう言って芦浦は、彼女の親指とその付け根当たりをくっとつまんだ。
「んぁあっ……!?」
いきなり茂上先輩の口から、色っぽい声が漏れた。
いままでにない大きな反応だ。
「ほら、ここ。神経使いすぎな人ほど凝るんですよ。あと、こことか」
そう言ってこんどは、それぞれ指の付け根辺りを、人差し指でなぞった。
「ふぁあわぁ……〜〜! くはっ、……ちょ、……ま、待て……っ!」
茂上先輩は激しく上半身をよじって悶えた。
艶めかしい声と、吐息が漏れる。
「みつぎさんって、自分を律して完璧にやりきるからすごいと思うんですよ。でも、たまには緊張抜かないと、体の方がもたないっすよ。それが心配で」
芦浦は、人差し指を立てて、彼女の足の指の付け根からやや下の部位までの範囲を、外縁をなぞり描くように這わせる。
「くふぅぅん〜〜……んぁっ、ちょ、やめっ……そこぁぁっ」
茂上先輩は、ぞくぞくと体を震わせながら悶えている。
右足は地団駄まで踏み始めた。
「それから、みつぎさんみたいに神経使う人は、目とか首も疲れやすいんすよね」
芦浦はそう言うと、片手で彼女の足指を掴んで反らし、足の人差し指の内側付近をいじり始めた。
「あぁぁあっ!! くはっ……そこはなんだぁっ! いぃぃ……」
「あ、これ目っすよ。あとこっちが首」
「ふあぁぁあぁっ!! いひぃぃ……、く、ぉ、これはぁ……!」
茂上先輩は、痛いのかくすぐったいのか気持ち良いのかよくわからない反応をしている。
首を仰け反らせ、歯をかみしめ、必死になにかをこらえるような表情。
「みつぎさん、靴下脱がして良いっすか?」
そのとき、芦浦が訊ねた。
指圧は続いているため、彼女は悶えながら、首を左右に振る。
「だ……んぁぁ、ダメだ、……言ったろぅんにぃ〜〜っ」
茂上先輩は、触れられていない右足をくねくねとよじり、おしりをもぞもぞさせている。
「そっすか? 靴下越しだと、じれったくないっすか?」
芦浦はそんなことを言いながら、親指の爪で、彼女の母子球のあたりで円を描く。
「くふぁあぁ……っ!! んひぃぃ……、あぁ、あ、……〜〜〜〜っ!」
茂上先輩の顔は真っ赤に紅潮している。
噛みしめた口元から、少し涎まで垂れている。
「靴下脱ぎませんか? 素足の方が、もっと正確にツボ押せますし、みつぎさんも、もっと気持ちよく……」
芦浦は、人差し指を立てて、彼女の反り返った足指5本分の裏股を左右に往復させる。
「ひぁぁあぁ〜〜……、いぅぅ……、く、ぁ、ぁ、ぁ、〜〜〜〜」
「靴下、脱がして良いですか?」
「あ、ぁ、ぁ、……わ、わかった……、ひぁぁ、ぬ、脱がして、良いからぁぁ……っ!」
茂上先輩は、顔をくしゃくしゃにしている。
額に汗がにじんでおり、おしりのもぞもぞはまるでおしっこを我慢しているような動きになっている。
芦浦はにやりと笑うと、彼女の左足のソックスの縁に指をかける。
ぺり、とソックスのりの剥がれる音がした。
ふくらはぎの周りに付いたのりを落とすように親指で円を描き、そのままソックスを下ろす。
ふくらはぎまでの長めのソックスのため、ちょっと踵でつっかえる。
芦浦は、踵とつま先を持って、ぐっと力を込めた。
茂上先輩の左足から、すぽん、とソックスが引き抜かれた。
露わになった彼女の白くて不健康そうな素足。すこしぽてっとして見えた。
「やっぱりな」と芦浦。
「……え?」
「みつぎさんの足。歩き方とか走り方が明らかに扁平足なんすよね。そして、親指と人差し指の長さが揃ってるスクウェア型。思慮深くて神経質、慎重で完璧主義な人に多い足型っすよ」
「あ、……あんまりジロジロ見るな……、恥ずかしい」
茂上先輩は、真っ赤な顔を両手で押さえた。足の指も、きゅっと縮こまっている。
「みつぎさん、せっかくの可愛い顔、可愛い足の指、隠さないでくださいよ。これからが本番なんすから」
そういうと芦浦は、左手で彼女の足の親指を掴んで、めくり上げるように反らした。
そうして開かれた指の股、指の付け根へ、芦浦は爪を立てた。
「きっ……あっ――」
一瞬時が止まったように茂上先輩の表情が固まった。
と、次の瞬間、
「――あひあぁはははははははははは!?」
突然たがが外れたように大笑いしだした。
「ひぁぁ〜〜はっはっはっはっはっは、ぅひひひっひひひひひひ〜〜!!! なひゃぁぁあっはっはっはっは、なんでくすぐりゅぅひぃぃ〜〜っひっひっひっひっひ〜〜!!?」
茂上先輩は、ぶんぶんと髪の毛を振り乱して笑う。
スカートの裾を押さえる余裕も無くなったようで、腕をばたつかせる。右足で地団駄を踏んだ拍子にスカートがめくれ、白いパンティが垣間見えた。
「みつぎさん。目や首が疲れてますから、この辺りの血行はよくしておかないと」
芦浦はそう言って、カリカリと彼女の足指の股を掻きむしる。
「ひゃははははははははは、あひひひひひひひひ!! やめれぇぇいぃぃっひっひっひっひっひ、あひがぁぁががが、おかしくなるぅぅははははははっはあ〜〜!!」
普段のぶすっとした表情からは想像できないような破顔。
茂上先輩は、涙を流し、大口を開けて笑っている。
僕は、胸がきゅっと締め付けられるような気持ちがした。
芦浦はさらに、5本の指を突き立てて、彼女の足指の付け根から下辺り1cm程度の範囲をガリガリと引っかき回す。
「きあぁあ゛ぁ゛〜〜っひゃっひゃっひゃっひゃ!!? うへへへへへへへっ、い゛ぃ゛ぃっひっひっひっひっひっひ〜〜!!!」
茂上先輩の体が弓なりに引きつっている。
びくびくと痙攣するように震えながら笑い狂う姿は、くすぐられているというよりも、まるで電気ショックを浴びせられているようだった。
僕は見てはいけないものを見ているような、罪悪感と高揚感に、震えた。
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