ert作品

クスグリトラレ

第7話 清森悦子
「お邪魔しまーす」
 三つ編みの1年生、清森悦子がリビングに入ってきた。
 彼女は学校の制服姿。紺のベストのサイズがちょっと大きいような気はするが、ブラウスは第一ボタンまでちゃんととめているし、ネクタイもちゃんとしている。スカートは膝丈。ソックスは短めのクルーソックスだ。
「わあ! これが先輩の言ってたハムスターですか! 超可愛い」
 清森悦子は、リビングの壁際に置いてある籠に駆け寄ってはしゃぐ。
「おう。これ餌」
 と、芦浦が彼女にひまわりの種を渡してやる。
「え、私がやってもいいんですか!」
「いいぜ」
「わ、もきゅもきゅしてる! 可愛い!」
 清森悦子は、ハムスターにつられて、芦浦の家までやってきたらしい。あまりにもチョロすぎる。
 ただ、彼女の妙に馴れ馴れしいところというか、人なつっこさは、なんとなく憎めない人柄に思える。
 芦浦が飲み物を用意し、彼女が受け取る。
 二人は、まるでベッドのように大きなソファに並んで腰掛けた。芦浦の家はずいぶんと広く見える。大型液晶テレビや空気清浄機が置いてあり、天井まで詰まった本棚には難しそうな本がずらり。芦浦は金持ちなのだろうか。
 しばらくとりとめのない話をした。だれそれ先生の授業はわかりにくい、とか。あそことあそこが付き合ってる、とか。
 一呼吸置いたところで、
「悦子って、気遣いできてホントえらいよな」
「えー、そんなことないですよ」
「いやいや謙遜すんなって。年上の扱い方を心得てるし。相手が気持ちよく話せるようにちゃんと立ち回るじゃん。んで、クラスでは級長もやってムードメーカーなんだろ? ぶっちゃけ神経かなり使ってるだろ。どれ、ちょっと診せてみろよ」
 芦浦はさりげなく彼女の後ろに回り、両肩に手を置いた。
「あぁ……っ」途端に色っぽい声を上げる彼女。
「うわ、悦子、肩がっちがちじゃん! やっぱムードメーカーちゃんとやってる奴、肩凝るんだよな。俺、マッサージできるけど、やってやろうか?」
「え、いいんですか!? それじゃあ、……是非!」
 清森悦子はあっさり承諾した。
 そして芦浦に言われるがまま、彼女はソファにうつぶせに寝そべった。
 芦浦は彼女の腰の上に馬乗りになると、そっと彼女の肩に手を添える。
「んぁ……」彼女の艶めかしい声。
 よほど肩が凝っているらしい。
 芦浦は、彼女の肩から背中を、揉みほぐす。
「んふぅ……先輩、……ん、ホントに、……上手いんですねぇ。……ちょっと、このままだと寝ちゃいそう」
 彼女は、ぐでっと体を伸ばし、リラックスしきっている様子だ。
 芦浦は、親指で背中の筋をマッサージしながら、人差し指をそっと彼女の腋の下へ伸ばす。

「……んぅ……――んひゃははっ……!? ちょ、先輩。人差し指、腋にあたってくすぐったいですよぅ」

 彼女は顔を上げて言った。
「おっと、悪い悪い」
 と芦浦は一応謝罪の言葉を述べるものの、「でも悦子、くすぐり弱いんだな」
「え?」
 きょとんとする彼女の上で、芦浦は指をわきわきさせ、いきなり彼女の腋をくすぐった。

「きゃははははっ!! ちょっ、先輩ぃい!! あははははははっ、ダメですって〜〜! くすぐった〜〜い、ははははははははは!!」

 清森悦子はじたばたと手足を動かして笑う。
「ほら、ここか? ここがいいのか〜?」
 芦浦のいやらしい口調。

「きゃっはっはっはっはっは!? あはぁぁ〜ぅぅ、ひっひっひ!! そこはぁぁはっはっはっはっは、んあぁぁあ〜〜ははははは!!」

 彼女はときどき嬌声をまじえながら笑っている。
 芦浦は徐々に両手の指をアバラ、脇腹へと下ろしていく。

「あははははははは、せんぱあぁい、それぇぇぇひひひひひひ、マッサージですかぁぁはっはっはっはっは〜〜!?」

 いつまでもくすぐり続ける芦浦に、さすがに彼女も疑問を持ったららしい。
 しかし、
「ああ、これもマッサージだぜ。悦子、気持ちよくなってきてるだろ?」
 芦浦はさらりと言って、横っ腹のちょうど中央辺りのツボを、人差し指でぐりぐりほじくり回す。

「あはぁぁあん……!! あぁあぁぁあはははははははは、そこぉぉ〜〜〜ひひひひひひひひひひ!!? そこなにぃぃっひっひっひっひっひっひ!!」

「脇腹のツボって奴だな。お前ここ、ゆるっゆるのこりっこりじゃん。マジでくすぐったいだろ?」

「あひあっぁああん!! くすぐったいぃぃっひひひっひっひっひ、くすぐったいれしゅぅぅひひひひひひひひひひ〜〜!!」

 彼女は涎まで垂らして笑っている。
 彼女の表情は、苦痛と言うよりも恍惚と言った方が正確かもしれない。

 たった5分程度、腋から脇腹、背中をくすぐっただけで、清森悦子の顔は完全にとろけてしまった。ぐでっと四肢を投げ出すように脱力している。
「うひぃぃ……ひぃ、しぇんぱい……。きもひぃよすぎれすぅ〜〜……せ、先輩?」
 彼女は、背中でごぞごぞ動く芦浦に疑問を抱いたらしく、顔を持ち上げた。芦浦は体を反転させ、彼女の足の方を向いている。
「これで終わりじゃもったいないだろ? 足もマッサージしてやるよ」
 すると、彼女はちょっと慌てた様子で、
「……い、……あっ、やっ! せ、先輩……、私、これ以上やられたら、ホントに頭変になりそうで……」
「なっちまえばいいだろ?」
 芦浦はそう言うと、彼女の露出したふくらはぎに指を這わせた。

「ひひゃぁああんっ!」

 清森悦子は、艶めかしい悲鳴をあげた。
 芦浦は、指に力を入れ、ぐ、ぐ、と押し込みながら、くるぶしのほうへと手を持って行く。

「んふふぅぅ……あひぃぃ。ひぅううん〜〜……あぁぁ」

 彼女はマッサージが気持ちよすぎるのか、痛いのか、くすぐったいのか、身をよじって声を上げる。
「靴下、脱がすぞ?」
 芦浦の確認に、彼女は喘ぎで応じる。
 クルーソックスの端に指をひっかけ、つるんと両足とも脱がす。彼女の素足は、少しだけソックス焼けがあった。
「結構アーチが綺麗なエジプト型だな、お前」
 そう言って彼女の土踏まずを撫でる芦浦。

「ふひゃぁぁんっ……エジプトがらってなんれすかぁ……〜〜」

「しかも、それぞれ指の股が広い。好奇心旺盛な良い足だ」
 そう言って、芦浦は彼女の左足の股それぞれに、手の指を絡めた。

「んほほほほおぉぉっ!! あはぁぁ、しょれぇ〜〜……そんなこともわかるんれすかぁぁ、うひひひ〜〜」

 ぐりぐりと指を動かすと、彼女は身もだえする。

 芦浦はその後もべたべたと彼女の素足を触りまくり、
「だいたいわかったぜ」
「……ふぇ?」
「お前、ここが一番効くだろ」
 芦浦はそういうと、指を立てて、彼女の足の裏――土踏まずよりやや外側踵寄りの部分を、ガリガリ掻きむしった。

「くひゃははははははははは!!? んごぉぉ〜〜〜ひほほっひひゃひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!」

 清森悦子は、びくんと弓なりにのけぞり笑い出した。

「にゃにゃにゃぁあはっはっはっはっは!!? なやぁぁあっはっはっはっはっはっはっはっは〜〜!!?」

 なにか言葉を発しているようだが、なにを言っているのかまったくわからない。よほどくすぐったいらしい。
「足の裏って全身の神経に繋がってるんだぜ? 悦子みたいに自分と相手との関係バランス取るの上手い奴は、体の奥の臓器に疲れが蓄積するからな。この辺のツボがすっげぇ効くんだ」

「おごほほほほほほほっ、ふひぃぃい〜〜っひっっひっひっひっひ!!? んはやぁっはっはははっはははっははっはひぃぃ〜〜っひひいぃぃぃ!!!」

 清森悦子は、上半身をはげしくねじり、首をがくがく震わせて笑い狂っている。
 のたうち回る姿は、陸にあげられた鯛を彷彿とさせるほど激しい。
 彼女の足の指はくすぐったそうにくねくね、びくびくと、バラバラによじれている。

 芦浦は、じゅるりと舌なめずりをすると、その親指にむしゃぶりついた。

「ふにゃぁぁあああ!? ちょぉおおおお先輩ぃいいひひひひひひひひひ、しょれわぁぁぁひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」

 さすがに彼女も足指を舐められるのは抵抗を感じたらしい。しかし、芦浦の見つけたツボがよほどくすぐったいのか、すぐに大笑いによって押し流される。
 芦浦は、れろれろと親指と人差し指の股を舐めたり、親指をくわえ、すすり上げたりする。

「んはぁああぁ〜〜……っ! ひははははははははははは!!! くひぃぃんっ、ひゃっはっはっははっはっはっはっはっは〜〜!!?」

 艶めかしい喘ぎ声と、激しいバカ笑いを繰り返す清森悦子。
 そんな光景が10分も続けば、
「あひぃぃ……これぇぇ、〜〜……、癖に、なっちゃいますぅ……」

 彼女が帰り際に、脱いだクルーソックスを穿き直すことはなかった。

 ――
 ―――
 ――――僕は、芦浦から受け取った動画をひとつずつ確認して、編集していく。
 受け取った動画のひとつに、清森悦子のくすぐりが含まれていたのだ。
 構図だけが違い、内容が同じ動画が3本。おそらく芦浦の自宅リビングに3台の隠しカメラがあって、それで撮影したものだったのだろう。
 会話の印象から、おそらく清森悦子はこれが初めて芦浦にくすぐられた時らしい。
 たったの1回で落とせる子もいれば、何日もかかる子もいるってことか……。
 動画を何種類も見ていると、芦浦の言葉巧みな策略に圧倒される。ときには優しく語りかけるように。ときには激しく煽るように。また、ときには温かく抱擁するように……。口べたな僕には絶対にできない芸当だ。
 嫌々始めた編集作業だったはずなのに、気付くと、深夜3時を回ろうとしていた。


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