意識して見ると、校内には意外と素足で上履きを履いている女子が多いことに気付く。
1年生に数人、2年生に数人、3年生にも数人。
みんな、芦浦にくすぐられて虜になっているのだろうか? それとも、自発的にやっているだけだろうか?
6限目の古典の授業中、ふと外を見ると、3年生の女子が校庭を走っていた。
ほとんど全員、くるぶしからふくらはぎが露出しているのは、制服から体操服に着替える際、指定の白ソックスからスニーカーソックスに穿き替えているからだろう。
そのなかの何人かは、芦浦に落とされて、素足で運動靴を直履きしている者もいるかもしれないが……。
ほとんどの女子がふくらはぎを露出しているので、ふくらはぎの真ん中まで白いソックスを穿いている子がいると、目立った。風紀委員の茂上先輩もそんな一人だ。
朝校門ではいつもキリリとして怖い雰囲気の彼女だが、運動はあまり得意でないらしく、ぼてぼてと不細工なフォームで走っている。汗だくで、かなり息が上がっている様子。当然足も遅く、集団で走っているはずなのに、ひとりだけ遅れているのが遠目にもわかる。
毎週この時間は窓から3年生の体育の授業が見えるので、なんとなく、公開処刑のようで可哀想に思えた。
教室内では半分以上が居眠りをしているので、気付く人がそれほどいないのが、幸いか……。
ふと、芦浦の席に目をやる。てっきり寝ているのかと思いきや、しっかり起きて授業を聞いていた。不気味だ。
放課後になると、すぐさま芦浦が僕の席までやってきて、
「放課後も上な」
屋上にくるよう強要された。
なんでも、女子のくすぐられる姿をカメラに収めて、フェチ仲間に売るのだとか……。盗撮には違いない。なんだか犯罪に荷担しているようで、僕は心が痛かった。
先に芦浦が教室を出て、僕は荷物をまとめてから席を立った。
「澤部君」
教室から出る寸前に声をかけてきたのは委員長の星野さんだ。昼に注意されたこともあって、ドキリとした。
「大丈夫なの?」
星野さんの口調は、心配そうというよりも、むしろ高圧的に見えた。
「……な、なにが?」僕は聞き返した。
星野さんは、聞き返されたのが気に入らなかったのか、ちょっとだけむっとしたような表情になって、
「そう。なら、いいや。なんかあったら絶対言ってよ」
と、ぶっきらぼうに言って引き下がった。何に対しての「大丈夫なの?」かは、答えてもらえなかった。
これから屋上か……。
僕は廊下に出ると自然とため息が出た。
「おっす、サワチン!」
「わ!」
と、いきなり背後から声をかけられびくっとする。
「なに驚いてんの」
沙織だった。
「いま帰り? なら一緒に帰ろうよ」
「あ、ごめん。沙織。今日、これから、……友達と約束があるから」
芦浦のことを「友達」と表現するのはかなり抵抗があったが、僕はそう言い訳するしかなかった。
すると、沙織はじとっと僕に流し目を向けた。
「朝は、わかんないって言ってたのに。あたしと一緒に帰るより、そっち選んだんだ。ふーん」
沙織は不機嫌そうに頬を膨らませていじけて見せた。
「ご、ごめん。どうしてもっていうから断れなくてさ……あ、今度、なにか埋め合わせするから……」
僕がたじたじになるのを見てか、沙織はぷっと吹き出した。
「そんなに慌てることないじゃん。どした? サワチン、昨日からおかしかったけど、もしかして、彼女でもできたんじゃないの〜?」
「そんなんじゃないって!」
「やっぱサワチンが好きなおっぱいおっきい子? 紹介してよ」
「違うって! ……って、なんで胸っ!?」
「だってサワチン、幼稚園の頃、先生のおっぱい揉みまくって、本気で切れられてたじゃん」
「ば、……またそんな昔の話っ」
「あんとき先生にマジギレされてサワチン泣いてたじゃん。それであたしが慰めに行って。サワチン、そんなあたしに、なんて言ったか覚えてる?」
「……え?」
「うわ! 覚えてない!? サイテー! かまぼこ板って言って笑ったんだよ! あれ、すっごい傷ついたんだから!」
んべっと舌を出してあかんべーをする沙織。
「……そ、それは、ごめん」
「今更謝られても許してやんないもーん! ……で、彼女のとこいくの?」
「だから彼女じゃないって!」
今日の沙織はやけにつっかかってくる。虫の居所でも悪いのかもしれない。
沙織は「ふーん」と納得いかないような表情だったが、
「ま、いいや! 埋め合わせはちゃんとやってよね! 期待せずに楽しみにしてるから!」
スカッと笑顔を作り、どかどか音を立てて去っていた。
期待せずに楽しみ……って、矛盾してるよ……。
僕は時計を見て焦る。
もう芦浦は屋上に到着しているはずだ。これ以上遅くなって不機嫌になられてはかなわない。
そういえば沙織、あのころから全然、胸、成長してないなぁ……。階段を上りながら、ふと思い、首を左右に振った。そんなこと沙織に言ったら、蹴られてしまう。
僕が屋上に到着すると、すでに女性の笑い声が響いていた。
「きゃはははははははっ、ひぃ〜〜っひっひっひ!!」
黒いロングヘアを振り乱して笑うスタイルの良い女子生徒。3年生の黒森しずる先輩だ。芦浦にこちょこちょ素足の足の裏をくすぐられて大笑いしている。右足の土踏まずを指一本でくすぐられているだけでこの激しい反応。もともと敏感だったのか、それとも、芦浦に開発されてしまったのか。屋上の床に転がった彼女の上履きは、両方ともかなり黒ずんでいる。かなり長い期間、素足で履き続けたように思われる。
僕は芦浦に指示されるままに、給水タンクの上でカメラを回し始めた。人が屋上へ上がってこないかどうかも入念にチェックする。
黒森先輩には僕の存在がバレても問題が無いそうだ。
芦浦の紹介によると、黒森先輩はブラスバンド部の部長。昨年、その容姿に目を付けてくすぐり落としたということらしい。桃井の彼女木本さんと出会うきっかけを作ったのも、黒森先輩だったらしい……。
「なあ、しずる。3年におかっぱでメガネの奴いんじゃん。名前教えて」
芦浦は黒森先輩の土踏まずのアーチを爪でこすりながら言った。
おかっぱでメガネ……?
「ひぁっはははっはっはっはは!! だはっ、誰っ!? あはっ、そこいひぃぃぃ〜〜あはははははははは〜〜!!」
「ほら、今日の午後体育の授業で、ひとり足遅い女子いんじゃん。体操服で、ひとりだけくそ真面目に長い白靴下穿いてる奴」
芦浦の説明で、僕は確信した。
茂上先輩のことだ。
まさか、芦浦、こんどは茂上先輩を……。
「あひひひひ、そ、それならっ、たぶんみつぎちゃんひひひっ!!! 茂上みつぎっ……ひっひっひっひっひっひっひ〜〜!!」
「知り合い?」
「風紀委員だからぁはっはっはっはっは、毎朝校門に立ってるよぉお〜〜ほほほほほほほほ!!」
芦浦が黒森先輩をくすぐりながらの、そんなやりとり。
芦浦が指を弾き、黒森先輩は悶えながら答える。
こうやって木本さんの情報も聞き出したのか……。
いくつかの質疑応答を終え、芦浦は満足げに頷く。
「なるほど。だいたいわかった。しずる、ありがとな」
芦浦はそう言って、黒森先輩の親指にむしゃぶりついた。
「ひひゃぁああああはっはっはっはっはっは〜〜っ!! あひぁぁあっ、待ってたぁああはははははは、あひゃぁぁあ、最高なのぉぉ〜〜〜ひひひひひひひひひ!!」
黒森先輩は、高嶺の花という印象の美人なのに、芦浦の舌責めに、醜く口をゆがめアヘ顔を晒している。
女子をこんなにしてしまう芦浦は一体何者なんだろう……。僕はレンズ越しに、そんなことを思っていた。
ふと、芦浦は僕の方を向いて、
「あ、澤部。明日から茂上みつぎ攻略に入るから、昼休み、絶対空けとけ。遅れんなよ」
「ちょっ……芦浦君、いきなり止めないでよぅ……」
黒森先輩のとろけた表情にぞくっとする。
……しかし。
僕は、気付くと勃起していた。
あの厳格そうな茂上先輩を芦浦がどうやって攻略しようというのか、少し興味があった。
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