ert作品

クスグリトラレ

第3話 芦浦と女子高生
 最悪の目覚めだった。
 僕は、親友を裏切ってしまった。
 とぼとぼと学校へ向かっていると、
「おっす、サワチン!」
 沙織が後ろから背中を殴ってきた。
「いてっ……」
 本人は軽いスキンシップのつもりらしいが、かなり痛い。
「どうしたの? サワチン、寝不足? ひどい顔」
 沙織は今日も元気いっぱいだ。
「この顔は生まれつきだよ」
「えー、生まれつきじゃないよ。小学生の時とか、カッコよかったもん」
「……それって、いまはカッコ悪いってことだよね」
「あ、ごめん。口が滑った」
「ねえ、沙織、気遣いって知ってる?」
 沙織とは幼稚園の頃からの付き合いだ。だからだろう。人見知りの僕でも会話が自然と続いた。沙織と話してると、落ち込んだ気分が少しだけ和らいだ。
 二人並んで校門をくぐる。
「あ、サワチン、今日は一緒に帰れる?」
「んー……、わかんない」
「……そか。わかんないか。んじゃ、あたしは自分の校舎いくから! サワチン、またね!」
 沙織は元気よく手を振って、どかどかと駆けていった。
 彼女と入れ替わりで、
「お、澤部、おはよう!」
 爽やかな挨拶が聞こえた。桃井だ。
「あ、桃井、おはよう……、それと、……木本さんも」
「おはよう。澤部くん」
 桃井の隣で、木本さんが笑顔で言った。彼女は相変わらず素足でスニーカーを履いている。
 桃井と木本さん、今日は一緒に登校してきたようだ。
「澤部、昨日はありがとな。あのあと愛香に電話して、謝ったんだよ。俺の方が、勝手にうじうじしてよそよそしくしてただけだったからな。最初からこうして腹割って話してみればよかったぜ!」
 桃井は太陽のように笑う。
 その背後で、僕だけに見えるようにして、木本さんが口元に人差し指を立て口パクで「ヒミツだよ」と小悪魔的な笑みを浮かべていた。

「おい! お前等、立ち止まるな! 予鈴が鳴るぞ! 早く教室に入れ!」
 いきなりハスキーボイスで怒鳴られ、僕達は揃ってびくりと肩を震わせた。
 風紀委員の茂上みつぎ先輩だ。おかっぱ髪で銀縁のメガネをかけ、左腕に『風紀委員』の腕章が輝く。さすが風紀委員様。制服はぴっちり校則通り着こなし、白ソックスもぴったりとソックスのりでとめてある。ローファーもぴっかぴかだ。毎朝校門の前で仁王立ちして、生徒達の服装や振る舞いをチェックしているのだ。
 目を付けられるとやっかいだ。僕達は慌てて駆け出した。

 午前中の授業はあまり身が入らなかった。
 まだ昨日のことを引きずっているのかも知れない。
 昼休みになると、芦浦が登校してきた。今日も遅刻だ。
 まっすぐ僕の席までやってきて、
「よお、澤部」
 いきなり声をかけた。
「な……なに?」
「ちょっと顔貸してくれよ」
 芦浦はニヤニヤ笑って言う。
 写真がある以上、断ることはできない。
「う、うん」僕はしぶしぶ頷き、席を立つ。
 教室ではちょっとしたざわめきが起きていた。
「え、芦浦と澤部?」「あの二人接点あったの?」「珍しい組み合わせ……」
 などと、噂好きの若林さん達グループのひそひそ声が聞こえてくる。
 教室を出るとき、
「ちょっと!」
 学級委員の星野さんに通せんぼされた。星野優美香。腰に手を当てて、キッと、芦浦をにらみつけている。ミディアムヘアがとても綺麗で、少し化粧気がある。制服はややゆったりカジュアルに着崩している。ちょっと緩めたちょうちょネクタイの下、ブラウスのボタンはこっそり外している様子。スカートは注意されないギリギリのラインまで折って、白ソックスはちょっとくしゅっとさせて短めに穿いている。
「芦浦。澤部君をどこに連れていくの?」
「ん? 昼飯だけど」
 初めて知った。 
「澤部君、そうなの?」
 星野さんがこちらを見る。緊張した。
「う、うん……」
「そう。……芦浦、変なことしないでよね」
「変なことってなんだよ」
「大人しくしてろってことよ」
 星野さんは、最後にキッともう一度芦浦をにらんでから、道を空けてくれた。
「ち、うぜーな」廊下まで出ると、芦浦はぼそりと言った。
 芦浦は、星野さんに対しては苦手意識を持っているらしいことがわかった。

 芦浦に連れて行かれたのは、当然昼飯なんかではなく、

「あはははははははははっ!! やめてぇぇえ〜〜っへっへっっへへ、ホントにっ!! おかしくなっちゃいますぅう〜〜はっはっはっはっはっは!!」

 屋上だ。
 しかし、笑っているのは木本さんではない。
 耳の下辺りで二つにくくったおさげ。まだまだ幼さが残る顔立ち。ぺたんと尻餅をついて座った状態で、背後から抱きつかれるようにして脇腹をくすぐられているのは、1年生宮下千帆という生徒だった。バスケ部のマネージャーらしい。制服はそんなに着崩してないが、スカートはちょっとだけ短い。白ソックスは、学校指定のものよりほんの少し短いクルーソックスを穿いている。
 宮下さんは、可愛らしい顔をくしゃくしゃにして、涙を流して大笑いしている。
 給水タンクの上に寝そべった僕は、ビデオカメラ越しにその様子を眺めていた。ビデオカメラは芦浦から手渡されたものだ。撮影するように命じられたのだ。いままでは、ときどき固定カメラで撮っていたのだそうだが、ちゃんと映っていないことも多く、撮影係が欲しかったのだとか……。それと昇降口の監視も命じられた。人が屋上へ上がってくるのが見えたら、すぐに知らせるよう言われている。

「千帆ちゃんさあ、ホントにやめて欲しいなら、なんでまた俺のところにきたのかな〜?」
 芦浦はにやりと口角を上げ、ぐりぐりと彼女の脇腹をえぐるようにくすぐりながら言った。

「やっはっはっはっはっはっは、私はぁぁっ!!! もうこんなことぉぉ〜〜終わりにしたくってぇぇえっはっはっはっはっははっはっはっはは〜〜!!!」

 宮下さんは、ぶんぶんと激しく首を振って、脚をばたつかせて笑っている。

「ふうん? 終わりにしたいの?」
 芦浦はそう言うと手を止めた。
「げほ……げほ……、あ、ぁ、だ、だって、私……、向井先輩と……、付き合ってるし……」
 向井先輩というのはバスケ部の3年生だ。
「ホントかな?」芦浦がいじわるく言う。
「え?」
「向こうは本当に付き合ってるつもりなのかな?」
「ど、……どういうことですか!」
 さすがに宮下さん、声を荒らげた。
「千帆ちゃん。一ヶ月前に頑張って告白したんだよね? それでOKもらったんだよね? なのに、まだ手も握ってもらえてないっておかしくない?」
「……そ、それは、だって! 先輩は部活忙しくて……」
 宮下さんは言いよどむ。
「俺はさ、千帆ちゃんが笑ってる姿、本気で好きだよ」
「……〜〜っ!」瞬間、宮下さんの顔が赤くなって、「や、やめてください……っ!」叫んだ。
「俺は千帆ちゃんの笑顔が欲しい」
 芦浦はそう言って、宮下さんを抱き寄せた。宮下さんは、芦浦の腕を掴むが、本気で振り払おうとはしない。
「い、いつも、先輩……、そんな、歯の浮いた言葉、ばっかり……っ! 知ってるんですよ……! 他の女の子にも、声、いっぱいかけてるの……っ」
 宮下さんの目は、泳ぎっぱなしだ。
 顔もトマトのように真っ赤。
 芦浦は、数日間ずっと宮下さんに接近して、くすぐったり愛を囁いたりを繰り返していたそうだ。芦浦曰く『今日で落ちる』とのこと。木本さんにも手を出して、こんな子にまで……。本当にゲス野郎だ。
「俺は、あんな先輩より、ずっと千帆ちゃんのこと好きだし、千帆ちゃんのことも知ってる。いや、知ろうとしてる」
 芦浦はそういうと、そっと宮下さんの左足を抱え持ち、上履きを脱がした。
「こんなところが弱いのだって」
 芦浦は、5本の指を、ソックスを穿いた宮下さんの足の裏に突き立てた。

「きゃははははははははっ!!? ふはぁ〜〜はっはっはっはっはっははっ!! もうダメですってぇぇえへへへへへへへへ!!!」

 宮下さんは、途端に大口を開けて笑い出す。
 右足で地団駄を踏んでいる。
 体をねじったり、両手を振り回したりすごい暴れようだ。
 しかし、手も脚も縛られているわけではない。振り払おうと思えば、振り払えそうなものなのに。彼女はそうしない。

「俺は、千帆ちゃんがどうすれば、可愛く笑ってくれるか。どうして欲しいかも知ってる」
 芦浦は、人差し指を立てて、彼女の足の裏を上下になぞるようにゆっくりくすぐる。

「ふひぃぃ〜〜ひひひ、……ひぃぃ、ひひひひ、や、やめぇぇっ!! あぁぁっ! ひぃぃ!!」

 宮下さんは、体をびくびくと震わせて、喘ぐような声を出した。
 食いしばった口元からは涎が流れている。

「千帆ちゃん、足の指がじれったそうにぴくぴくしてるよ」

「ひひひぃぃ……、そんなっ……うひぃぃ、じれったいなんてぇぇ〜〜……んふぅぅひひぃぃ」

 宮下さんは涙を浮かべている。
 ソックスを穿いた足の指がぴくぴく痙攣するように動く。

「千帆ちゃん、今日、このまま終わりにしていいのかな?」

「ひ、ひっ!? ふぇっ」

 宮下さんの体にあからさまに力が入った。

「ほら、やっぱり期待してる。いつもの、やってほしいんだろ?」
 芦浦は、人差し指の動きを徐々にゆっくり、円を描くように軌道を変えながら言った。

「くふひぃぃ……〜〜、そんな……んふぅいぃひひひひ、ひぃぃい〜〜!!!」

 宮下さんは顔を真っ赤にして、眉間に皺を寄せている。
 中途半端なくすぐったさが、足の裏が持続的に送られてくるのだ。かなり苦しいのだろう。

「千帆ちゃんの笑う姿、ホント可愛いんだよね。千帆ちゃん、自分で靴下脱いで、俺の前に差し出してくれたら、いつものやってやるよ」

 宮下さんは、数秒間ひぃひぃと荒い息を吐いて、「うぅ……わ、わかりました、……じ、自分で、ひひぃ……脱ぎます……」
 そう言って、自らのクルーソックスに手をかけた。
 左手の親指を左足のソックスの縁に差し込み、するん、と脱ぐ。右足も同様に、脱ぐ。
 宮下さんは、あっというまに両足とも素足になった。
 恥ずかしそうにきゅっと指を縮こまらせるが、

「よく見せて」と、芦浦に言われると、彼女は素直に両足を差し出した。
「やっぱいつ見ても綺麗なギリシャ型だよなぁ」
 ギリシャ型? なんの話をしているのか、僕には一瞬わからなかった。しかし、芦浦が彼女の足の人差し指を撫でるのを見て、足の形のことだと理解した。彼女の足は、人差し指がちょっとだけ親指より長く、つま先が三角になっていた。
 宮下さんは、顔を真っ赤にしたまま、両目を手で覆った。
「も、もうっ!! 先輩! じらさないでくださいっ!」
「いいぜ」
 芦浦が、抱え込んだ彼女の両足の裏を掻きむしり始めると、彼女の体がエビぞりに仰け反った。

「――ぶひゃぁぁああはははははははははははははははは!!! ひぁぁああ゛あ゛あぁぁ〜〜っはっはっはっはっはっははっはははっはははっは!!!」

 今までにないくらいの奇声だった。
 芦浦は、バリバリと音を立てながら、10本の指で宮下さんの素足の足の裏をくすぐる。

「ひぁぁぁあははっはっはっはっはっはっは!!! あがぁあははははははははははは、もおおおおおおあはははははははははは!!! 先輩っひぃひひひひひひひひ、責任とってくださいぃよぉひゃははははははははははは〜〜!!!」

 宮下さんは、目を見開いて、口も大きく広げ、鼻の穴まで膨らませて笑い狂っている。
 可愛らしい顔立ちは台無し。彼氏に見せたら泣きそうな表情だ。

 ついで、芦浦は宮下さんの足指にむしゃぶりつく。
 木本さんのときは親指からだったが、宮下さんは人差し指からだ。長い指を最初にしゃぶるらしい。

「にひぃぃぃぃ〜〜ひひひひひひひひひ、ふにゃぁぁぁあぁはっはっはっはっはは、あひぃぃぃ〜〜!? しぇんぱいの舌がぁぁあひゃははははははははは!!」

 宮下さんの右足では芦浦の舌が踊り狂う。左足では、カリカリと五本の指が突き立てられている。

 やっぱり、他人の足を舐める行為を見るのは、生理的な嫌悪感がある……。
 だけど、それであんな可愛い子が、馬鹿みたいに大笑いして……。
 僕は、昨日に続いて、勃起していた。
 ダメだ。こんな光景で興奮なんてするもんじゃない! 芦浦は最低だ! 彼氏がいる宮下さんを、こんな風にたぶらかす、最悪のゲス野郎だ!
 心の中でなんど叫んでも、僕の体は収まらない。
 それが悔しくて、情けなくて……。僕は、耳を塞ぎ目を閉じた。

 昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。
 僕は、深呼吸しながら、下の様子を確認する。
 宮下さんは、ぺたんと仰向けに倒れている。へらへらと口角が上がって、鼻水と涎が垂れ流れている。両足とも芦浦の涎でべとべとで、糸を引いていた。事後の光景だ。

「志帆ちゃんさ、明日から昼休み、来なくて良いよ」
「えっ!!?」
 芦浦が制服を整えながら言うと、宮下さんは跳ね起きた。
「なんでですか……! 話が違う……!」
 宮下さんは泣きそうな表情だ。もう向井先輩に対する未練は微塵も無い様子だった。芦浦の言っていた『今日で落ちる』とは、こういうことなのか……。
「勘違いすんな。明日の放課後来いよ。今日より長くくすぐってやる」
 芦浦の言葉に、宮下さんの顔がぱっと明るくなる。
「ただし!」と芦浦は続け、「明日から、靴下穿いてくるの禁止な。俺、素足で靴履いた後のムレムレの足の方が捗るから。靴下穿いてきた日は、絶対にくすぐってやんねえ」
「……わ、わかりました」
 宮下さんはこくりと頷いた。
 そのまま落ちていたクルーソックスを拾い上げ、スカートのポケットに入れ、素足で上履きを履く。
「これで、……いいんですか?」
「千帆ちゃん、かわいいぜ」
「〜〜〜っ!」

 僕は、そっと、ビデオカメラの録画停止ボタンを押した。
 そう。芦浦は、自分が落とした証として、女子に素足で上履きを履くことを強要していたのだ。


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