この時代の地球には、土星のような『輪』が存在していた。
赤道直上に存在するそれは、『オービタルリング』と呼ばれる物体で、人類が創造した最大の物体とも言える人工の輪である。
このリングの中には農場・街・居住区・娯楽施設等が常設されており、地上と何ら変わらない生活が当たり前のように行われていた。
このリングから地表への移動には、地球上に１２箇所存在する軌道エレベーターと呼ばれている成層圏を超えてリングまで繋がっているタワーによる昇降機、つまりはエレベーターによって行われているが、体力的・時間的問題を無視すれば、タワー内での徒歩での昇降すらも可能な状態となっている。
当時、物資や人員を地表に降ろす為に降下しなければならなかった宇宙船も、このオービタルリングを港として利用することで、その手間を省く事ができ、大気汚染や、大気圏突入機能と言う宇宙船の必須条件であった機能を削減させる事が出来た。
この宇宙空間活動における玄関とも言われるオービタルリングには、港としての機能の他、造船施設も存在しており、今ここで、１隻の宇宙船が就航しようとしていた。
この時代、こうした新造宇宙船の就航は珍しくは無かった。時期的に造船ラッシュ時に就役した宇宙船の多くが老朽化して寿命が近づき、世代交代の期間に入っていたのである。
宇宙進出が最も大きい市場である現在、その技術をもつ企業が持てる技術をフルに動員して開発に挑み、ここ最近の造船ペースは早いのが現状であった。
人類の関心が宇宙に向いている事もあり、新型の宇宙船就航は、多少なりとも人目を引くものであったが、今就航しようとしているそれは、今までにない熱気と歓声に包まれていた。
新鋭外洋宇宙船『コロンブス�此�
それがこの宇宙船の登録名称であった。
大手造船企業ディアス・コーポレーションの最新鋭の技術を導入し、今までにない安全性を保証した長距離航行宇宙船。人的ミスに繋がるストレスを軽減させるための船内設備に、新機軸のスーパーコンピューター制御システムにより、木星圏までの航海の危険性をほぼゼロにすると言う『宣伝』と共に公開されたそれは、その安全性を証明する意味も含め、処女航海に抜擢された搭乗員全てが女性で構成されていた。
しかもそれら全員が、ある種のオーディションを勝ち抜いた綺麗所ばかりだったのである。
いわば今回の就航式と航海は企業宣伝であった。女性ばかりで構成された宇宙船が何のトラブルもなく、今だ危険な木星圏まで辿り着く。それは、宇宙進出の新たな一歩として記録される事になる。
だからこそ、大々的に宣伝し、乗組員を一般公募し、世界的規模で中継もしていた。
無論、操船に必要な人員にはそれなりの技術が必要であるため、選出は免許取得者の中から最低限の人員が選ばれていたが、あとは全て素人同然の「アイドル」系の人員が選出されていたのである。
その美人乗組員達は、大勢の観客の熱狂的な声援を受けながら、コロンブス�困悗両菫ゥ船紂璽屬妨�かって歩いていた。
ディアス・コーポレーションが歴史的偉業と唱えるそれに携わる美女達は８人。うち、操船専門者はたった３名だけだった。
彼女達は暴動寸前とも思える熱狂に、笑顔で応え、手を振った。その返礼がフラッシュの嵐となって彼女達を照らし、それに送られながら彼女達はコロンブス�困涼罎悗隼僂鮠辰靴拭�
出航のため、専門者３人は船首の操船室に入り、残り５人は観客席側に面した展望室に向かい、ガラス越しに手を振り、熱狂冷めやらぬ観客に応え、笑顔のサービスと通信機によるトークサービスを行った。
操船室では出航前に手続が行われていたが、それはいたって簡素であった。
自動化が進んでいた事もあるが、進行上の演出を考慮し、既に出航準備が整っていたのである。
「用意の良いこと」
船長兼操舵手のエルザは、既にグリーンランプの点っているパネルを視認して呟いた。
「航行装置異常な〜し」
緊張感のない声で呟くと、それに続くように他の二人も同様に声を上げた。
「センサー類異常なし。進路上に障害物及び航行船舶なし・・・・当然だけどね」
エルザに続き口頭報告したのは、通信士兼レーダー手のファニーであった。
「乗船チューブの離脱を確認。船外閉鎖確認。エンジンシステム全て異常なし」
最後に報告したのは、コンピューター管制全てを担当するポーラだった。
この三人がコロンブス�困料犧醉廾�であるが、実際にはコンピューターがほとんどを管理するため、彼女達すらお飾り的な立場となってる。
「管制塔より出航指示が出ました。誘導灯でます」
早々にレシーバーを装着したファニーがエルザに視線を向ける。
「了解。誘導灯の点火を確認。エンジン、アイドリングから微速前進へ」
コロンブス�犬凌聞塋�向を示すように灯された、幾つものブイの発光を確認し、エルザは手元のスロットルレバーを握り、安全ロックを解除しながら１段階レバーを押した。
「こちらコロンブス�此⊆腟ヾ惶‘阿魍�始。出航します」
淡々としたやりとりのもと、コロンブス�困�ゆっくりと前進を初めて港を離れ、宇宙空間へと繰り出して行く。
白鯨を思わせる白い船体に、オービタルリングから色とりどりのライトが放たれ、汚れのない船体を七色に染め上げる。
その光の花道に応じるかのように、コロンブス�困�らレーザー光線が放たれ、虚空の宇宙空間に、『宇宙開発事業』の世界共通シンボルマークが形成された。
全ては演出ではあるが、その壮大な光のショーに観客の声援も最高潮に達し、報道官の声すら聞こえなくなる中で、コロンブス�困禄�々に距離を広げ小さくなって行った。
「ファニー、航路確認」
エルザが操船パネルを開き、航路図を展開させた。
「予定航路６−１−９。目的地・・・木星圏」
ファニーが自席のモニターを見つめ、表示された数値を読み上げる。
「了解。航路６−１−９確認。誤差自動修正内。手動操船の必要なし」
エルザは情報を確認して頷くと、レコーダーマイクを手に記録ボタンを押した。
「船長エルザより記録。本船コロンブス�犬詫縦蠶未蝓▲�ービタルリングを就航。乗務員ファニー・ライドルマン及びポーラ・ジディを含めた３名。乗員は以下の５名。キャロル・マルシャン、リン・ウォンシャン、ファーン・タオ、ジュリア・マッケンジー、レイラ・ラディバリー・・・・・・・」
この、義務としての記録はマイクにリンクした通信機によってＴＶにも流され、名前と共にプロフィールが公開されてた。その際の、どの様な演出が成されているだろうかと色々想像し、少し吹き出しそうになり、慌てて記録を終わらせると、パネルをもとに位置に戻して席を立ち後ろに位置する仕事仲間の方に振り向いた。
「みんな御苦労様・・・・と言うほど仕事してないけど、これで私達の仕事の半分近くは終了よ」
「トラブルが無ければね」
今だモニターを眺め続けるポーラが言った。
「何かあったの？」
意味ありげな発言に、エルザは僅かながら不安げな表情をうかべた。
「何にも・・・順調すぎるのが恐いぐらい。普通、出港直後は手動の微調整があるもんなんだけど、それすら自動化されているなんてちょっと信じられなくて・・・」
「そうね、さすがは最新鋭船と言う所でしょうね」
エルザにもポーラの意見は分からないではなかった。今までの企画とは全く異なる宇宙船をあてがわれ、シュミレーションでさえ十分慣れないままの初航海である。トラブルが無いとはいえ、不安でない方がおかしいと言えた。
その上、自分達の力が全く必要とされない状況では、自分の存在価値すら稀薄に思えてしまう。
「要するに、私達はモニターと思えば良いのよ」
仕事の終えたファニーは、既にレシーバーを外してシートにもたれかかっていた。
「モニター？」
ポーラが首を傾げた。
「今回の任務はズバリ、無事に木星を往復する事でしょ。安全性は私達が無事に帰ってくる事で証明されるわけだから、あとは船内の居住性を確認したいのよ。完全自動化は乗客はおろか、乗員にまで配慮した結果・・・・と言う事だから、航海中の不満を帰ってから聞きたいのよ」
「不満ならあるわよ」
出航して間もないと言うのに、エルザは即座に言った。
「何？」
今のところ設備に不備がないと思っていたポーラは意外そうに問いかける。
「男がいない事！」
真顔で放たれた発言に、ファニーとポーラは同時に吹き出し、言った本人もつられて笑い出した。
緊張感とは無縁な船。
それがコロンブス�困世辰拭�
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