朝霧作品

補佐という役職の本当の役割

第6章
 「あーはっはっは!きゃーはっはっは!」
 「ごめんなさぁい!あっはっは・・・」
 「きゃーはっはっは!あーっはっはっは!」
 部屋の中に、桃香の笑い声が響く。
 だが、その笑い声も休憩なしでのくすぐり責めが1時間を超えた頃から、徐々に弱くなっていき、1時間半を過ぎたあたりには、すでに息も絶え絶えになっていた。
 全身は完全にけいれんをおこし、もはや、逃げようと体を振るようなこともなくなっていた。
 「あはは・・・いひひ・・・いや・・・」
 「ごめ・・・なさ・・・あは・・・」
 「ひひひ・・・ほんと・・・だめ・・・・」
 桃香はもはや、うわごとのように、ただただ謝罪の言葉を繰り返していた。
 もはや、失神するまで時間の問題なのも、誰の目にも明らかだった。
 そのときだった。
 「よし、お前たち。一回、止めなさい」
 突然、成兼が桃香へのくすぐり責めを止めさせた。
 「・・・!?はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
 「はぁ・・・はぁ・・・え?・・・」
 不意に全身を襲うくすぐったさから開放された桃香。
 長時間のくすぐり責めにより、すでに酸欠寸前だった桃香は、必死に何度も荒い呼吸を繰り返した。
 「はぁ・・・はぁ・・・あの・・・・」
 「ごしゅじん・・・さま・・・これは・・・」
 すでに息も絶え絶えの桃香の耳元に口を近づけ、成兼が言った。
 「君に最後のチャンスをあげよう。そして・・・」
 「君の選択し次第では、このお仕置きを終わりにしてあげよう」
 成兼の言葉に、桃香がビクンと反応した。
 「本当ですか!?ご主人様!」
 「私、なんでもします!ですから、どうか・・・」
 この絶望から開放されるかもしれない期待から、桃香が成兼を潤んだ瞳で見つめる。
 そして、成兼が執事たちに言った。
 「誰か、再契約用の書類を持ってきなさい」
 「他のものは、桃香さんの拘束を解いてあげなさい」
 成兼がそう言うと、執事の一人がすぐに部屋から出て行った。
 そして、残った執事たちによって、ようやく桃香の拘束が解かれた。
 「ありがとうございます。ご主人様・・・」
 もはや、自身が被害者であるという感情のかけらもない桃香が、まるで成兼に感謝するように大きく頭を下げた。
 それから、1分もしないうちに、先ほど、書類を取りにいった執事が戻ってきた。
 手には、ボールペンと、何か書類の束を持っている。
 成兼はその書類の束を受け取ると、ボールペンと一緒に桃香に差し出した。
 「あの、これは・・・」
 桃香が体を震わせながら、成兼からそれらを受け取る。
 そして、成兼が言った。
 「これは今後、君がこのような問題を起こさないための、新しい雇用契約書だ」
 「もし君がこれに同意し、サインするなら今回のお仕置きは終わりとしよう。だが・・・」
 成兼が、不気味な笑みを浮かべて言う。
 「もし、これに同意できないのであれば、仕方がない」
 「先ほどのお仕置きを続けるとしよう」
 その一言だけで、すぐに桃香は全身の血の気が引いていくのがわかった。
 「ご、ごめんなさい!ご主人様!」
 もはや、以前の雇用契約書とどのように内容が違うのかなど、気にしている余裕は桃香にはなかった。
 「すぐにサインします!」
 桃香はまったく内容を確認せずに、新しい雇用契約書にサインをしてしまった。
 「・・・よろしい。では、今日のお仕置きに関しては、終了としましょう」
 なぜか、成兼は相変わらずの笑みを浮かべながら、そう言ったのだった。

 結局、桃香はその日は自室にて反省をするようにとの指示が出た。 
 「・・・助かった・・・」
 自室に帰り、しばらくして、ようやく桃香は完全に落ち着いた。
 「そういえば、あれって、結局、なんだったんだろう?」
 冷静になってから、ようやく気になった。
 新しい雇用契約の変更点である。
 ぱらぱらと読み進めていく桃香。
 そして・・・
 「・・・え?・・・」
 桃香から、はっきりと表情が消えた。
 以前の雇用契約書になかった"契約満期完了前の退職にともなう罰則"というページ・・・
 そこには、こう書いてあった。
 "理由のいかんに問わず、契約期間内の退職となった場合、違約金として、雇用主に1億円を払うこととする。もし、支払い能力がないと認められた場合、本屋敷内の防犯用監視カメラの映像を商業用として転売することにより、支払うこととする"
 "また、満期終了後、室内検査を行う。その際、防犯用監視カメラの数の不足や、設置場所の無許可での変更等があった場合、契約違反とみなし、あらたな処罰を加えることを認めることとする"
 「そんな!?嘘でしょ!?」
 それから、桃香は部屋中をくまなく探し回った。
 「・・・・・・・・・・」
 やがて、桃香ががっくりとひざを折って、座り込んだ。
 部屋中を探した結果、ありとあらゆる場所から超小型の監視カメラが発見された。
 当然、更衣を含む、この部屋での全ての出来事はどこかしらから録画されているだろう。
 それどころか、監視カメラはトイレやお風呂からも多数、発見された。
 つまり、入浴シーンや排泄シーンも、映像として記録されているのである。
 「・・・・・・・・・・・」
 「・・・やっぱり・・・・」
 さらに、桃香を絶望へ追いやる記述が次のページに書いてあった。
 "なお、特別学習室には多数の監視カメラが設置されている。それらは本来、次回の特別学習に役立てるための記録であるが、前頁の罰則が発生した場合、それらの映像も商業用転売の対象とする"
 ようするに、まとめるとこのようになる。
 桃香は本来の退職終了予定日である来年の3月末を前に退職した場合、その退職理由に問わず、屋敷内で密かに録画されていた桃香の映像が商品として売りに出される、ということである。
 しかも、その映像の中にはお風呂やトイレの中など、絶対に誰にも見られたくないような映像だけでなく、あの特別学習室での、拘束された状態でくすぐり責めを受けている姿も含まれているということだ。
 
 仮に、どうにかして、この屋敷から逃げたすことができたとしても、その代償として己の痴態が納められた映像が世の中に出回るのでは、結局、助からなかったのと同じだ。
 桃香に逃げ道は完全に残されていなかった。
 「あはははは!きゃーはっはっは!」
 「もういやぁ!あっはっは!きゃーはっはっは!」
 桃香にできるのは、ただただ、連日行われるくすぐり責めに、涙を流しながら笑い苦しむことだけだった。


第5章 戻る 第7章