「原桃香です!よろしくお願いいたします!」
そして、ついにその日は訪れた。
4月1日。
桃香は、とても緊張した様子で、屋敷の入り口で待機していた、受付係の使用人に挨拶をした。
初日ということもあり、雇用契約や制服の支給が行われた。
その中で二つ、非常に気になることがあった。
ひとつは、原則として指示がない場合には立ち入ってはいけないという屋敷の奥の部屋のことだ。
床にひかれているじゅうたんの色が途中から変わっており、どうやらその先がなにか特別な部屋らしい。
それについて、指導員である先輩からこのような説明があった。
「よろしいですか?原さん・・・」
「この先には"特別学習室"があります。今後、この先へは、ご主人様の指示があった場合を除き、立ち入ってはいけません」
その先輩の言葉に、さすがに首をかしげる桃香。
「特別学習室・・・ですか?」
思わず、繰り返した桃香に、先輩は無表情のまま、頷いて、説明を続ける。
「ええ。これからあなたが受け持つことになる"清掃業務・補佐"という役職は、ただ単に清掃業務をこなせば良い、というものではないのです」
「ご主人様が必要と判断した場合、補佐の者は"特別学習"を受けなければなりません」
先輩の説明はあまりに抽象的すぎて、正直、よくわからない桃香。
困った表情で先輩に尋ねる。
「えっと・・・つまり、勉強をしなくてはいけない、ということでしょうか?」
桃香の質問に、先輩は・・・。
「・・・はい。そう考えていただいて間違いではありません」
少しだけ考えてから、頷いた。
ただ、やはり、その回答はどこか釈然としないものがある。
「・・・はい。えっと・・・正直、勉強は苦手ですが、精一杯頑張ります・・・」
桃香は、どこかふに落ちないと思いながらも、とりあえず頷くのだった。
そして、次の疑問が制服だ。
「あっ、あの・・・」
今度は桃香の頬がはっきりと赤くなった。
「これ・・・サイズ、間違ってませんか?」
桃香が恥ずかしがるのは当然だった。
桃香に与えられたのは屋敷内での正装としてのメイド服である。
だが、その型式は、屋敷内の他のメイドのものとは違っていた。
ピンクと白を織り交ぜた綺麗なメイド服に、あえて少しだけ太ももを見せるような格好になってしまう白のニーソックス。
頭の上には白いカチューシャ。
問題は胸元だった。
「ちょっと、胸が見えすぎな気がするのですが・・・」
本来、生地があるはずの胸元の上半分と、胸の左右には生地がなにもなかった。
そのため、どうしても胸の上半分が完全に露出した状態になってしまっているのである。
その格好は、上半身だけで見たら、ビキニを着ているひとが、背中だけ隠しているのと大して変わらない。
まして、桃香はその低い慎重のわりに、胸は立派にDカップに育っているため、余計にその巨乳が強調されてしまっていた。
「いいえ、今後はそれがあなたの正装です」
「原さん・・・いいですか?」
先輩は淡々と説明した。
「あなたが与えられた"補佐"という役職は、清掃業務を専門とするものではありません」
「あなたに与えられる仕事は、本来の清掃業務従事者が何かしらの理由で休む際に、代わりとして行うものです」
「ですから、全ての使用人が己の職務を全うした場合・・・あなたに与えられる清掃業務の量や数はごくわずか、といってしまってもさしつかえありません」
先輩が説明した内容は、桃香にとって、聞き捨てならないものだった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さすがに、桃香も本気で焦った。
「じゃあ、私は普段、何をしていれば・・・」
桃香のその質問に対し、今まで無表情だった先輩の表情が、徐々に真剣なものへと変わっていく。
「補佐の者の主たる業務、それは・・・」
「ご主人様に満足していただくことです」
だが、やはり、先輩の説明は抽象的でとてもわかりずらい。
まるで、なにか"枷"をはめられた状態で話しているようだ。
「ご主人様に満足・・・ですか?」
尋ねる桃香に、すぐに先輩がうなずく。
「はい。今後、あなたはその外見、態度、声・・・」
「そういったもので、ご主人様を満足させることこそが、あなたの主たる業務なのです」
そういわれた桃香。
(・・・・???)
当然、訳が分からなかった。
一方の先輩は、再び無表情になり、一言だけ言った。
「いずれ、そのときが来たら、ご主人様が教えてくださいます」
そう言われた桃香。
「はぁ・・・ありがとう・・・ございます・・・」
まったく考えがまとまらない頭で、とりあえず返事をすることしかできなかった。
それから一ヶ月間の研修期間の間、桃香は与えられた清掃業務を頑張った。
例の"特別学習"というのは研修期間終了後に行われるらしく、最初の一ヶ月間は本当に清掃業務だけを行うこととなった。
そして、一ヶ月間の研修期間を終了し、先輩が退職する日が来た。
「先輩、私、これからも頑張ります!」
桃香は一ヶ月間、仕事を教えてくれた先輩に元気いっぱいに別れの挨拶をした。
「・・・頑張ってね。原さん」
一方の先輩は最後まで、なにか様子がおかしかった。
そして、先輩が退職によって屋敷を出て行き、桃香が正式に"清掃業務・補佐"の役職についた。
「頑張らなきゃ!」
そのときの桃香はこの先、地獄が待っていることなど、知る由もなかったのだ・・・。
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