「マイ、緊急事態!!後部の機関区へ来て!」
『わかってる』
通路を疾走しながらドリス達は通話を交わした。ドリスは先程の様子から、後を追って走っているサティが状況をあらかた予測しているのだろうと思ったが、今はそれを問う事はしなかった。
ホリィは自分の通った後に、マーカーとしてペンライトを置いていったため、道に迷うことなく問題に区画にたどり着いた。
「ホリィ・・・!?・・何・・・・?」
空間跳躍機関区に飛び込んだ途端、ドリスは硬直した。
そこにホリィの姿はなかった。そこにあるのは、部屋の中央に浮遊する大きな『鏡』の様な物体だけだった。
ドリスはホリィの報告とはかなり様子が違うなと思いつつも、その物体を観察して、なんとなく事態を把握した。周囲を回転していた3つのリングが揃って並び『鏡』の枠を形成し、球体と連絡のあったそれがどう言う訳か水銀のような液状になり、『水鏡』のようになったのである。
「あり得ない・・・・システムが勝手に動くなんて・・・・」
あり得ない事実を目の当たりにして、サティは狼狽した。報告を聞いた時点でそうだったが、現実に直面して更に混乱した様子だった。自分の知り得る事態の範疇を越えた場合にはめっぽう弱い、学者タイプの典型であった。
ドリスは現時点での彼女のアドバイスを聞く事を断念し、周囲の観察を再開したが、どうしても異質な物体である『水鏡』に目が行ってしまう。だがその時、彼女は『水鏡』の一部に小さな波紋が発生したのを見逃さなかった。
「?」
目を凝らして波紋の中央部を凝視した彼女は、そこにある物を見て小さな悲鳴を上げた。そこに人間の右手が突き出ていたのである。
「ホ、ホリィ?」
根拠はなかったが、ドリスは直感的にそう思った。そう言っている間にも彼女であろう右手はゆっくりと『水鏡』の中に沈んで行く。
「!」
ドリスは慌ててベルトに装備されている命綱のワイヤーを引き延ばした。と、そこに遅れていたマイが到着した。
「ドリス!ホリィは?」
「話は後、ワイヤーを持ってて!」
ドリスは状況の分からないマイにフックの着いたワイヤーの先端を手渡した。
「何?ホリィはどうなったの?・・・・え、アレ何?何するの?」
ドリスの放つ危機感に煽られ、更には奇妙とした言いようのない『水鏡』を見て、マイは当然のごとく混乱した。
「いいから、絶対ワイヤーを離さないでよ!」
そう言うとドリスは相手の返事を聞かないまま、『水鏡』に駆け寄った。
「あ、ちょっと!」
マイは混乱しながらもワイヤーのフックを壁面の突起物に引っかけると、自分もしっかりとワイヤーを握った。
ドリスが『水鏡』までたどり着いて右手を掴むのと、右手が完全に沈み込むのとはほとんど同時だった。右手を掴んだドリスの両手も、意外な力に引っ張られ『水鏡』に沈んだ。
得体の知れない物体の中に、両手を沈めた事にドリスは悪寒を感じると同時に、言い知れぬ違和感も感じたが、それにかまっている余裕もなく、力一杯握った物を『水鏡』から引っぱり出した。
多少の抵抗はあったものの、ドリスは引っぱり出す事に成功した。やはりそれはホリィだった。何があったかは予想だに出来なかったが、ぐったりと気絶しており呼吸も荒い状態だった。
「何があったの?」
ドリスの陰からホリィをのぞき込んで、マイは不思議そうに尋ねた。
「分からない・・・・・今、博士とはまともに会話出来ないし・・・・・・ホリィの意識が回復するのを待つしかないわ。早速だけど、処置お願い」
「ええ、この船の医務室に運びましょ。全体の様子からしても使えると思うから」
二人が倒れ込んだホリィを運び込もうとした時、突如、周囲が鳴動を始めた。
「な、何よ!?」
不安げな声を漏らすマイ。その間にも不気味な鳴動により、周囲の金属部品が共鳴し振動を始める。
「嫌な雰囲気ね・・・・・」
「同感・・・・いい展開になりそうな様子じゃないわ・・・・・」
周囲を見回し、二人は不安げな表情を浮かべる。そして、不安の最大の原因を見てぎょっとなった。『水鏡』全体に波紋が広がっていたのである。それも鳴動による物ではないと明らかに分かる状態で。
ドリスは直感的にあれがこの鳴動の原因と悟って、慌ててコントロールボックスに飛びついた。
「本当に動いてる・・・・」
ドリスはパネルの表示からそれを実感した。彼女は自らの不安を消したい一心で緊急停止ボタンを押したが、彼女の期待する反応は起きなかった。
「それなら!」
ドリスはパネルの傍らにあるメンテナンスハッチを開けると、その中から手頃な工具を取り出し、パネルに叩きつけた。二度三度と叩きつけるうちにパネルのガードが砕け、中の精密機器にもダメージが及び、軽いショートを発生させる。
「な、何をするの!!」
この時ようやくサティが我に返ってドリスを止めたが、その時にはパネルは使用不能にまでになっていた。
ドリスの行為は短絡的とも思えたが、結果的に不気味な鳴動は停止した。そして、『水鏡』だった物は彼女達の見る前で変質して行き、ホリィが最初に見たであろう金属質の球体へと変化した。『枠』を形成していた3つのリングも動きだし、独自の回転パターンで球体をガードするように回転を始める。
「モードが通常に戻った・・・・・・・・?」
サティは呟いたが、その原因まで理解するのは不可能だった。今の彼女は、ただただ無力だった。
「レミ、キャニー聞こえる?緊急事態発生、第一種装備を用意して至急来て」
サティには目もくれず、ドリスは通信機に向かって指示を出し、そして思った。この任務は簡単に済みそうもないと・・・・・・
ドリス・レミ・キャニー・サティの4人はホーチーアーチ号のブリッジに居た。
誰もが深刻な表情をして、何も語ろうとしなかった。語ろうにも説明のしようの無い事態しか目撃していないため、語る言葉がなかったのである。
それから更に数分が経過して、マイがブリッジにやって来た。
「ただいま〜」
マイはやや疲れた口調で一同に手を振ると、空いていたシートに座り込んだ。
「どうだったの?」
早速、ドリスが問いかけた。マイは気を失ったホリィの手当を行っていたのである。
「よく分からないのよ。ドリスが言うように怪我は全く無かったんだけど、肉体的にも精神的にもかなり衰弱していたわ。この船の施設が丸々使用できたから、処置をして眠らせているけど、しばらくは目覚めないと思うわよ」
「原因は分からないの?」
「該当する理由が思いつかないのよ。通信途絶から救助までの短時間で何が起きたのか、どうやったら、あんな短時間であれだけの衰弱を起こすのか?水銀みたいなプールに漬かった程度でああなったとも思えないし・・・・・・確実なのは彼女が起きてから本人に直接聞くのが一番でしょうね」
マイは冗談まじりに言ったのだが、実のところ、他に手段が無いようにも思えた。
「それはともかく、船内の捜索を再開しましょう。レミ、今度は貴方にも手伝ってもらうわよ」
メンバーが一人欠けても任務を放棄する事は出来ない。その事を十二分に知るドリスは、メンバーが揃った事で、行動を再開する事を宣言した。
「分かってるわよ。さっさと調べてこんな船から出ていきたいものね」
レミは本気でそう思った。
「レミはこのまま艦橋で航行記録を調べて」
「了解」
「キャニーは通信記録の確認」
「了解」
「マイは居住区のチェックと、間を見てホリィを見てあげて」
「分かったわ」
「博士はコンピュータ関連や専門機関のチェックをお願いしたいのですが?」
ドリスはゲストの乗組員に、やや遠慮がちに尋ねた。
「ええ、私も確認したいことがあるから、やらせてもらうわ」
おそらくはあの妙なシステムだろうと察したドリスだったが、深く追求することはしなかった。自分達には未知のシステムである事が大きな理由であったが、結局の所、調べるつもりでもあったため、止める理由も無かったのである。
「私はその他の区画を確認するから、緊急時は全員にコールを送る事。何か質問は?」
全員に異論は無かった。
そして彼女達はそれぞれの担当部署へと散っていった。
ホリィは暗い闇の中を全裸で浮遊していた。少なくても彼女自身はそう認識していた。
だが、真闇の空間はその認識さえも不確かなものに思わせた。
辺りを見回す彼女の視界は上下左右全てが闇一色であり、何一つ目に付く物は無かった。それが一層彼女の不安を煽った。
「私一体・・・・?ここはどこなの?ドリス!レミ!いないの?キャニー!マイ!返事して!!」
ついに堪りかねたホリィは不安を口にした。
だが、それがきっかけとなったのかもしれない。突如として、彼女の周囲に異変が生じた。それは闇に紛れ見る事は出来なかったが、その肌で直に感じることは出来た。
「何!?」
ホリィは見えない「何か」の存在におびえた。
それは、触手のような物のに感じた。細く長い物が、何本も蛇のように彼女の身体を這い回り、締め付け、あっという間に身体の自由を奪ってしまったのである。
「何よ、何が起きてるのよ!?」
ホリィは藻掻き、体の自由を取り戻そうとしたが、触手らしき物が巻き付いた部分は感覚が麻痺したように、殆ど動かすことが出来ないでいた。それでいて、触覚だけははっきり残っていたのだ。
彼女は、這い回る触手が自分の身体を物色しているように感じて恐怖し、身を小刻みに震わせた。
そんな心情を感じ取ったのか?彼女の首から下全てを捕らえた触手は、本体から毛根のように新たな触手を枝分かれさせ、ワサワサと彼女の全身を撫で回した。
「はっ!・・・・・・ひぃっ!!」
突如送り込まれた新たな刺激に、ホリィは思わず声を漏らした。
「はぁっあぁ・・・・」
同じ物体であるにも関わらず、その二つの感触は全く違っていた。身体を拘束する触手はワイヤーの様な無機質さと冷たさしか感じないのに対し、枝分かれした極細の触手はなめらかで、人の髪の毛が意志を持って蠢いているかのようであった。
「ん・・・・・ふぅ・・ん・・」
触手が蠢く度、彼女は喘ぎ声を漏らし、首を震わせる。ロングヘアの女性の髪が不意に乳房・乳首に触れた時の様な柔らかい快感が全身から沸き起こっていたのである。
「あぁ・・・・・だ・・め・・・・・・」
ホリィは自分が陵辱されているのだと言う事を実感している。だが、途切れることなく送り込まれるソフトで未知な快楽に、身体が抵抗することを拒み、逆により激しい刺激を求めようとし始めていた。
そんな中で、相手が未知なる存在である事が、彼女の理性を保っていた。果ての無い責めに自分の自我がどこまで保つのか・・・・・快楽に震えつつも彼女は恐怖を少なからず感じ始めていた。
その時、またも触手の動きが変化した。もしこれを調べる学者がこの場にいたら、触手は、人の精神・思考に反応するという説を見いだしたかもしれない。
ホリィの身体を這い回っていた触手は一旦彼女から離れると、数本がまとまったり、自ら太さを変えることによって、指先程の大きさへと変貌して行き、全ての変化が済むや否や、その先端を再び彼女の身体へと向けた。
だが、今度の責めは快楽を与えるような刺激では無かった。先端を触れさせ身体をなぞる物、ゆっくりと徐々にポイントをずらしながら軽く突っつく物、先端を皮膚に突き立て小刻みに震わせる物・・・・・・そう!人にとっては『くすぐり』と言われる行為が彼女の全身で行われ始めたのだ。
「はぁっ・・・はぁぁぁぁぁっ!!!」
新たに始まった触手の耐え難い刺激に、ホリィは悲鳴を上げた。先程のもどかしくじわじわとした不確かな感覚とは打って変わって、はっきりとした感覚が遠慮無く彼女の全身を駆けめぐった。
「ぐ・・・・ぅん・・・んっ、くっくくくくく・・・」
ホリィは必死に堪えた。今ここで感覚に流されれば、後は止めようがないのを察していたためである。全身を震わせ、しっとりと汗を浮かべ、激しく首を振り回すことで襲いかかる感覚に必死で抵抗した。
だが、時間無制限の責めは彼女にとってあまりに不利だった。全身を真っ赤に火照らせ呼吸すらも制限して絶えていたものの、数分後には限界が訪れた。
「はひっ・・・・は・・・あっ・・ああっ・・・あ〜っっ!あ〜〜〜っっっっはははははははははははははは!!」
狂ったように笑い悶えるホリィ。せめて身動きがとれて身体をガードする事さえかなえば、少しはましだったかもしれなかったが、拘束された身ではそれすらもままならず、ただ、送られてくる刺激に笑い悶えるしかなかった。
「あっははははははは、や〜〜〜っはははは。もうだめ、ひゃはははははは、やめてやめてぇ〜〜〜!!!」
力を振り絞って逃れようと試みても失敗し、彼女は懇願するしか出来なかった。だが、触手はそれも聞き入れず、逆にその激しさを増していた。
触手は常にホリィの反応を把握し、彼女の反応の激しかった所を探り当てては色々な責めを試し、最も効果的な責めを集中的に行っていった。
「あははははははははは!はぁっはははははは。はっはっはぁっははははははははは!!!」
止めようのないくすぐったさに、狂ったように笑い続けるホリィ。
やがて彼女の全身を探求し尽くした触手は、その全てを最もくすぐったいポイントにあてがった。
「ひゃはあああああああああああああ!!」
今まで味わったことのない強烈なくすぐったさに、ホリィは仰け反って痙攣した。
息が詰まり、意識が朦朧となっていく中で彼女は思いだした。
あの時も自分は延々とくすぐられていたのだ。奇妙な金属球が液状になった瞬間、中から出てきた何かに捕らわれ、中に引きずり込まれた。そしてその中の奇妙な世界で自分は・・・・・
記憶の覚醒と引き替えに、彼女の意識は途切れた。
そんな彼女の身体を闇が覆っていった。
「っっっっつ!?」
全身を汗まみれにしてホリィは悪夢から覚醒した。彼女は今、医療機器の完備したベットに横たわっていた。
視界を巡らせ、自分が悪夢で見た世界ではなく、自分の知り得る世界にいる事を確認して安堵の息を漏らす。
「どうやらフロンティアの医務室ではないようね」
となると、ここはホーリーアーチ号の中・・・・あの悪夢の後だけにホリィは良い気分では無い。
「とにかくみんなと合流しなくちゃ」
ホリィは身を起こし、傍らに置いてあった通信機を取ろうとして異変に気づいた。手足が何かに押さえつけられているようなのである。
「な、何?」
慌てて身を捩ったはずみに掛けられていたシーツが床に落ちた。
「っ!」
その下の、自分の姿を見て、ホリィは声にならない悲鳴を上げた。自分の手足がどこから沸き出したのかも分からない、粘土とも金属ともつかない物体に取り込まれていたのである。
包まれている手足に違和感はなかった。ただがっしりと固定され、ベットから起きあがることは出来なかった。
「何なのこれは?マイ!いないの?誰か、誰か〜〜!!」
得体の知れない物体で拘束されている事に、不安を感じ始めるホリィだったが、それはすぐに恐怖へと変わった。
彼女の周囲から、何本もの触手が生えだしたのである。前兆は全く無く、そのような装置も存在しない。言葉通り、ベットの脇から「生えて」来たのであった。そして触手の先端は人の『手』に擬態し、今の彼女が最も恐れる行為に移ろうとしていた。
「ひぃっ!・・・・・・いっ、いやぁ〜〜〜〜〜!」
ワキワキと蠢きながら無機質に迫る触手に、ホリィは悲鳴を上げた。
|