キャンサー作品

ホーリーアーチ

第三章 異変
 宇宙服に身を包んだ四人は、エアロックの表示を見てとりあえず安堵の息を漏らした。
 表示はホーリーアーチ内に酸素がある事を示しており、これによって、窒息した船員の死体と対面という事態だけは避けられそうであった。そして、宇宙服による行動の制限も受けずに済んだ。
 ホーリーアーチ内にて、最初に彼女達を迎えたのは無重力状態だった。
「動力が停止している・・・・じゃなくて、待機モードになっているみたいね」
ホリィがさらっと言ってのける。でなければ、通信や軌道維持などが出来るはずもない。
「それじゃ、ホリィは艦尾の機関室を確認して。マイは冷凍睡眠室と医務室を確認。私と博士は艦橋に行くわ」
「「了解」」
 異論の無かった一同はそれぞれに散っていった。

 ドリスとマイはサティの先導によって、メインシャフトを流れていた。
 目的の居住ブロックまで間があるため、しばらく無重力感を堪能していたマイは、通路に所々設置されている小さな黒いボックスに気づいた。
「博士、通路にあるあの箱は何か御存知ですか?」
「あれは爆薬よ」
 それを見ないまま、サティは言った。
「緊急時にはメインシャフトを爆破切断して、船首部分・・艦橋だけが独立して航行出来るようになっているのよ」
「詳しいんですね」
「当然よ、この船の基本設計は私なんだから・・・・・」
「「!?」」
 サティの意外な告白に、ドリスとマイは顔を見合わせるのだった。

 居住ブロックにたどり着いた三人は、予定通り二手に分かれた。
 マイは、サティに教わった通りの通路を通って、医務室へと向かい、ドリスも彼女の後を追って、黙々と進んだ。
「船長さん」
「ドリスで結構」
 沈黙を打ち破ったのが、サティからだったのを意外に思いつつドリスは応えた。
「ではドリス、あなたの経験から見て、この船の現状をどう思う?」
「船体内外に目立った損傷は無し・・・・確認はまだだけど、動力も待機モードになっている事から、覚醒装置のトラブルで乗組員が目覚める事が出来ず、コンピューターがオートでSOSを発信した・・・と言うのが一番あり得る事だけど、このケースで常識が通用するかどうか・・・・博士はどう考えてます?」
「予想もつかないわ・・・・・ましてや、この船が時空を越えて予想外のトラブルを起こしたのだとしたらね・・・・・とりあえずの仮説は航行記録を見てからにしたいわ」
「確かにその方が確実ね」
 出来れば単純な事で終わって欲しい。心底そう思うドリスだった。

 艦橋はドリスが半分予想してた通り、無人であった。全ての機器はオートを示す表示・ランプが点灯しており、全てが正常であることを告げていたが、辺りは散らかっており、筆記具や記録シートが無造作に投げ出され、突然の出来事に全員が慌てて逃げ出したようにも見えた。が、そんな状態で、わざわざ全機器をオートに設定しているとも思えなかった。
「マイ、聞こえる?艦橋は無人だったわ。そっちに誰かいる?」
『こちらマイ。冬眠部屋には生存者・死体共に無し。使用記録もないわ。今から医務室に行ってみるけど・・・・・』
「了解・・・・」
 マイとの連絡を終え、船尾のホリィとの通信を行おうとしたドリスの無線機に、彼女の方から先に通信が入れられた。
『ドリス、マイ、動力コントロールの端末をようやく見つけたわ。今から重力を発生させるから、床にいてよ』
「わかったわ」
『じゃ、カウント3で行くわ。3・・・・2・・・・1・・・・動力ON』
 船体に、今まで無かった小さな振動が発生した。今まで起動していなかった動力機関が作動し始め、船内に地球と同等の重力を発生させた。
「重力発生確認」
『こっちもOKよ』
 床をしっかりと踏みしめ応えるドリスと、同様に状況を報告するマイ。
『了解。システムには異常はないみたいね。一体、何が原因で遭難したのかしら?』
「分からないわ・・・・・とにかく、生存者を探しましょう」

「りょ〜〜〜〜かい」
 通信を切って、ホリィはため息をついた。結局それしかないのだ。
 彼女は今し方、端末の制御に使った工具をベルトのフックに戻すと、更に続いている通路に向かって歩みだした。
 生存者と言っても、彼女のいる区画は基本的に無人ブロックであり、生命維持装置の恩恵はあるものの、居住にはむいた作りはしていなかった。何が起きたかは分からないが、全ブロックが正常であるのに、この区画に人が避難しているとは考えにくかった。
 ホリィは一直線の通路をおざなりに調べながら進んでいるうちに、数枚の隔壁に守られた区画にたどり着いた。
 要注意マークが無い事から防護服の必要もないと判断した彼女は、ロックもされていない防護扉を開け中に入った。
「・・・・・・・・・・・・・何・・・・・これ」
 そして中の物体と対面したホリィは、たっぷりと時間をかけた後、ようやくその言葉を絞り出した。

『ドリス・・・ドリス聞こえる?』
 ホリィのやや強張った口調の通信が入ってきた。
「どうしたの?生存者を見つけたの?」
『違うわ・・・・妙な物が・・・あるのよ』
「妙な物?」
『丸い金属質の物体が浮いてて、不規則に回転移動する3つのリングがその周りを回っているのよ。コントロール装置もあるから、地球の物だろうけど見た事もないわ・・・・何なのこれ?』
「?」
 ドリスはホリィの言葉に怪訝そうな表情をしたが、サティが変わるように通信機に向かって口を開いた。
「それが、最初に言っていた「空間に穴を開ける」為のシステムよ。球体と3つのリングから特殊な磁場を干渉発生させてフィールドを開くのよ」
『これが?』
「球体の周りのリングは全て回転してるのね?」
『ええ、球体をガードしてるみたいに不規則に縦回転を続けているわ。ちょっとした部屋のインテリ置物みたい』
 ホリィの通信を聞いて、サティは満足げに頷くと、ドリスに向かって満面の笑みを浮かべた。
「空間跳躍機関も無事。どうやら船そのものは全くの無傷だわ。乗員がどうなったかはまだ分からないけど、状況からして跳躍航行自体は成功したようね」
『待って、球体の様子が変だわ』
 サティの満足感を打ち破るかのごとく、ホリィの続報が入った。
「!?」
『リングの回転が鈍って・・・・・・一つに重なる?』
 意気揚々としていたサティだったが、ホリィの通信を聞いた途端、その表情は激変した。
「・・・・・!?フィールドが、空間が開く!?あり得ないわ!」
『球体まで変化して・・・・・・・液状になる?・・・・・あ、何・・・・?あ・・・きゃぁあああああ!!』
 通信機一杯にホリィの悲鳴が響きわたった。
「ホリィ!どうしたのホリィ!」
 ドリスの呼びかけに答えたのは、電波障害による激しいノイズだった。起動したシステムから発生した磁場により電波が妨害されたのである。瞬時にして彼女の全身に緊迫感が駆け巡った。


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