キャンサー作品

ホーリーアーチ

第二章 ホーリーアーチ号
 ほとんど真っ暗な船内では、無機質なデジタル時計だけが明かりを灯し、正確に時を刻んでいた。やがて、事前に設定された時刻に達したそれは、プログラムされた通り、船内の明かりをつけ、暖房を稼働させ、各機器に電力を供給し待機状態から通常状態へとモードを変更させる。
 そして、カプセルに眠る六人の姫達を覚醒する作業へと移った。
「う・・・・・ん・・・」
 強制的な覚醒に不快感を感じつつドリスはカプセルから身を起こした。彼女に限った事ではなく、この冷凍睡眠の覚醒は例外なく不快感が伴うものだった。開発者達の今後の課題とされているものであり、出来れば進んで体験したくはないものでもあったが、外惑星間の航行に伴う時間はかなりのものであり、一度出発してしまえば目的地まで殆ど何もする事が無いだけに、その間に費やされる時間は無駄であり、生命維持のコスト面からしても、その間は眠っていてもらう事が義務づけられていたのである。
 ドリスは無言のまま、まずシャワールームに入り熱い湯を浴び、不快感を一気に流すと共に冷え切っていた体を温めた。

 彼女がリクレーションルームに入ると、同じように身支度を済ませた一同が思い思いにくつろいでいた。覚醒したのは彼女が一番だったが、シャワーを浴びていた時間がそれだけ長かったのである。
「おはようドリス、いい夢見れたみたいね」
 コーヒーカップを差し出してマイが言った。
「よしてよ」
 カップを受け取り苦笑するドリス。彼女の目覚めが悪いことは既に知れ渡っている。訓練や慣れではどうにもならない、体質だけにどうすることも出来なかったのだ。
「それで、難破船は今も健在なの?」
「ええ、妙な表現だけど、例の通信をキャッチしてるわ。位置も確認してみたけど、博士の報告通り衛星軌道の内側ぎりぎりの空間をキープした、実にしっかりとした難破船ね」
 部屋の端末で、通信記録を表示させたキャニーが皮肉っぽく言った。それでも、存在すら疑わしかった船が、こうして存在している確証があっただけでも、無駄足にならずに済んだのである。
「それで、通信内容は?」
「それが全くの雑音・・・・・送信機の故障かもしれないけど、ノイズばっかりで、時々、声らしきものが聞こえるんだけど、何言ってるかはさっぱり・・・・潜水艦乗りでも聞き取れないわよあんなの」
「でもでも、声らしきものが聞こえるんなら、生存者がいるって事よね・・・・」
「悪いけど、断定は出来ないわ」
 ホリィの希望的発言を、サティは冷たく批判した。
「いやな意見ね!」
 好意的でない発言に、もともと今回の任務に不満を持っていたレミが声を上げた。
「可能性の問題よ。基本的に全ての宇宙船はトラブルによって乗組員が全員行動不能に陥った事も想定して、非常事態の際、人間の指示が全く行われなかった場合に自動的に救難信号を発信するようになっているのよ。例え乗組員全員が死んでいてもね・・・・・」
 サティの説明に、通信士であるキャニーもその通りと頷いた。
「それじゃ、博士はどう思うの?現状で、どちらが可能性として高いか・・・・」
 質問したマイ自信は、希望的な可能性を支持したかった。
「分からないわ・・・・・・・今回ばかりは不確定要素が多すぎて・・・・」
 サティと言えど全知ではない。
「どっちにしても、いれば生存者は救出。そして、相手が本当に『ホーリーアーチ』であれば、事態の調査。これに変わりはないわ。後少しで結果は分かるのだから、これに関する論議なんて不要じゃなくて?」
 ドリスの指摘は正しかった。彼女達が冷凍睡眠から目覚めた理由、それは目的地が近いと言う事である。ただ、あまりに情報が少ないが為に、よけいな不安がつのり確証の無い仮定・詮索をしてしまうのであった。

 目的地は目の前・・・・・船長の鋭い指摘に一同は本来の事務的精神を取り戻し、それぞれの部署に着いて、これから始まるであろう任務に備えた。
「自動操縦解除、これより手動操作により最短コースにて目標に接近!」
「了解、自動操縦解除。マニュアルにて海王星軌道にのります」
「で、目標のお船はどこなの?」
 今のところ役目がないマイは、航行モニターに映るCG画像に海王星しか表示されていない事に疑問の声を上げた。
「今はまだ海王星の裏側よ。でも、相対コースにのったからすぐに見えるわ」
 手慣れた手つきで操縦桿を操作しつつレミが答える。
「キャニー、通信の方は?」
「相も変わらず雑音の嵐。ノイローゼになりそうよ」
「一応、こちらの識別信号と、緊急送信を行ってみて」
「りょ〜かい」
 やっても無駄だろうと思いつつも、職務として割り切り、キャニーは通信機に向き直った。
「ドリス、目標がレーダーにかかったわ。急速接近・・・・・って、言っても接近しているのはこっちだけど・・・どうする?」
「このまま接近して、600に入ったら減速、相対速度を0にして」
「了解」
「キャニー、先方の通信反応はどう?」
「まるっきり変化無し・・・・それどころか雑音も消えたわ」
「雑音も?」
 キャニーの報告はドリスに意外そうな声を上げさせた。
「ええ、登録されていた特殊回線での通話だから、送受信機が働いてないと何にも聞こえなくなるのよ」
「それって・・・・・・」
「故意に回路を切ったか、機械が壊れたか・・・・・・タイミングの良さからだと前者の可能性もあるけど・・・・・遭難船には何が起こっても不思議じゃないし・・・・」
 キャニーはあえて自分の意見を殺して仮説のみを語った。判断を下すのはあくまで船長のドリスであり、自分の意見でそれを左右させる訳にはいかないのである。
「・・・・・・分かったわ・・・・・通信は断念。これからは直接接触を図って行きましょう」
 ドリスは一瞬考えた後、決断した。通信途絶にどういう意図・関与があるにしても、結局の所、任務を放棄する結果を選ぶわけには行かなかったのである。
「了解。通信は自動受信のみにして待機します」
 キャニーは機器のモードを切り替えると、レシーバーを耳から外しほっと一息いれた。
「目標、視界内にて確認!形が判別できる大きさになったわよ」
 緊張した面もちで操縦桿を握るレミが、誰とはなしに語った。
 その報告に一同が一斉に窓の外を見た。
「・・・・・・間違いないわ、ホーリーアーチよ」
 徐々に大きくなっていくホーリーアーチ号の姿を見て、サティは確信を得たように言った。
「どうやら本当に、宇宙史歴代の謎に直面って事か・・・・・・」
 あるいは何かの間違いかも・・・と思っていたマイは、サティの言葉を聞いてようやく自分の任務に実感を得た。
「レミ、船を難破船の隣につけて」
「了解、ホーリーアーチの左に固定するわ」
 レミは軽く手の汗を服で拭き取ると、慎重に操縦桿を動かしつつ船体をコントロールする。二つの船体は互いの距離を縮めるに比例して相対速度を落とし、完全に速度が一致した時、フロンティア号はドリスの望んだ通り、ホーリーアーチ号の横に位置していた。
「お見事、しばらく現状を維持しておいて」
 真横に並ぶ大きな船体を眺めつつ、ドリスは言った。
「それはオートで十分よ」
「ホリィ、生体スキャン開始!生存者の確認を開始して」
「了解」
 ホリィが待ってましたと言わんばかりに探索席に飛び込んだ。
 機器の起動、調査結果が出るまでは若干の時間が必要となる。ドリスはその間、歴史的意味を背負わされて今まで消息を絶っていた船を肉眼で観察し始めた。
「新品同様ね・・・・・」
 ドリスの最初の感想はまさしくそれ以外出なかった。メインノズル・姿勢制御ノズル周囲における汚れは当然としても、それ以外の船体は、十年間行方不明となり地球圏から姿を消していたとは思えなかったのだ。
「本当に十年も行方不明だったの?ただ、見つからなかったってオチじゃないの?」
 キャニーが冗談まじりにも、本気で考えた事を口にした。
「それはないはわ。非公式ながら、当時ホーリーアーチ号の捜索は大規模に行われたのよ。それこそ、外惑星域全域を捜索したわ・・・・・・・・・それでも、今の今まで発見されることはなかった。当然、この海王星域も衛星軌道はおろか、地表にまで探索の手を伸ばしたのよ」
 サティは目の前にある事実に食い入りながら、キャニーの説を否定した。
 と、その時、どんっ!と場違いな物音が、一瞬艦橋内を支配した。
「!?」
 一同がそろって物音のした方向を見やった。そこはホリィの座っている探索席であり、主である彼女が機器を思いっきり蹴飛ばしたために発生した物音だった。
「何やってるのよ!壊すつもり?」
 彼女の行為の意味が分からないレミは呆れた声を上げた。
「もう、壊れているわよ!」
 レミの一言に、ホリィのヒステリックな声が返ってきた。
「どう言う事?」
 ドリスが探索席に移動し、ふてくされるホリィの後ろからモニターを覗き込む。
「見ての通り、船体全体が真っ赤っかに反応しているのよ・・・・・これじゃあ、船そのものが生きているみたいよ」
 確かに探索用モニターは、ホーリーアーチ号の全体を赤く反応させている。ホリィの言っていた様に船が生きていると言う表現もおかしくはなかったが、別の説として船体全体に生物が付着している事も考えられた。
 ドリスはその事を口にしようとした所で、それを飲み込んだ。この意見もホリィの発言同様、突飛な意見である点で大差はないと判断したのである。そもそも極寒の外惑星の衛星軌道で生息できる生命体など聞いた事も無かった。宇宙空間で採取された隕石表面に生きたバクテリアが確認された事例はある。仮にそれが船の全体に付着していたとしても、フロンティア号のセンサーがそれに反応する事の無いように設定されている。
 したがって、ホリィがぼやいたように『壊れた』と言う判断が最も適切と言えたのである。
「整備しなかったの?」
 何度リセットしても一向に結果を変えないモニターに写るホリィの顔を見つめつつ、ドリスは問う。
「した・・・・って、言うよりして貰ったわよ。この前のフェーべ基地帰港の時にね」
「あ、ひょっとして、自称『世界一のメカニック』とか言っていた色男?」
「そうよ!!」
 レミの冷やかしとも思える一言に、ホリィは忌々しげに怒鳴った。
「全く、あの口だけ男!何が世界一よ、こんな程度のメカも直せないなんて!」
 本来文句を言うべき相手がその場にいなかったため、彼女はコンソールを彼に見立てたのか、再びがんがんと蹴りを入れ始めた。
「ちょ、ちょっとホリィ・・・・」
 ホリィの勢いに、ドリスは気圧された。その心情は分からなくもない。彼女達は口では色々な事を言ってはいても、全員、任務に対して責任と誇りを持っている。そんな自分の担当を整備ミスと言う、単純な原因で台無しにされては、ホリィでなくても怒るというものである。
「仕方ないわ・・・・センサーでの捜索が出来ないなら、直接調査しましょう。レミ、ドッキングチューブをホーリーアーチに接合させて」
 ドリスは次なる段階の指示を出した。
「あんまり気乗りはしないわね」
 これはレミの率直な意見だった。
「するのよ」
「分かってるって・・・・・」
 レミは再び操縦桿を握ると、オートにしていた回路を切り、バーニアコントロールキーをこまめに操作して、フロンティア号を微速移動させ、その距離を更に縮めていった。
「軌道修正、ホーリーアーチ号に微速接近中。博士、あの船のドッキングベイはどこ?」
「ドッキングベイは、船体メインシャフトのほぼ中央部の左右にあるわ」
「了解」
 レミは端末モニターの一つを操作して目的のポジションを探した。
 ホーリーアーチ号は艦橋・居住区のあるブロックと、機関部のあるブロックがシャフトで繋がれている単純な構造で、外見を簡単に表現すると、シルエットは『鉄アレイ』に近い。モニターカメラは、グリップ部分を捉え、程なくして目的の場所を見つけた。
「ベイ発見。ホーリーアーチ号とのガイドラインが使用できないから、こっちのレーザー照準でチューブを繋げて」
「分かったわ」
 再びやってきた出番にホリィが喜々として答えた。そして素早くシートを変えると機器を起動させる。また故障でも発生しないかと一瞬緊張した彼女だったが、今度は異常は発生しなかった。
「準備OKよレミ。船体を安定させて」
「気楽に言う・・・・・・・」
 惑星の衛星軌道上を周回している二隻の宇宙船の相対速度を安定させる事がどれだけ難しいかを常識で知っていたサティは、何気ない会話に含まれた突飛さに相手の楽観さを感じたが、すぐにそれが過ちであると、思い知らされる。
 レミは繊細な腕と指の動きで船体を微調整すると、いとも簡単に船体間を『静止』させてみせたのだった。
「お見事、それじゃあ、今度は私の出番ね」
 言うが早いか、ホリィはキーを素早く叩き、これまたサティの予想を遙かに上回る迅速さでドッキングチューブを接続させてしまった。
「で、これはおまけ!」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、ホリィが別のキーを叩くと、船体に鈍い振動が伝わった。
「何?」
 レミの問いかけに、屈託無い表情でホリィは言った。
「船体固定のためにアンカーを打ち込んだのよ。念のためね、いきなり機嫌が変わってコースを変えられたら、下手すればこの船、はじき飛ばされるでしょ」
「そこまでして、くっつきたい程のいい男(船)でもないのに」
 難破船と言う先入観からだろう、レミは、ホーリーアーチに対して、好感を持てないでいた。
「それじゃ、早速行くわよ。行くのは私と・・・・・・」
「私は嫌よ!」
 ドリスの指名がかかることを懸念したレミが、素早く拒絶の意志を示した。
「臆病者」
 からかった口調でマイが言う。
「ああいうのに好んで入って行く方がどうかしてるのよ」
「・・・・・行くのは私と、ホリィ、それにマイよ」
 これは特にレミの意見を考慮してでの事ではなかった。
 ドリスの自分自身の目で中を確認したいと言う思いと、医務・メカに長けた者を人選した結果と言える。そして後一人・・・
「そして、博士も御同行願いますよ」
「ええ、そのつもりよ」
 こうして、ホーリーアーチ内捜索メンバーが決定した。

 今、彼女達の悪夢が始まろうとしている。


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