「冗談でしょ!?」
哨戒船フロンティア号のリクレーションルームで苛立ちを露骨に表した声があがった。「本当よ、これは正式な任務なの」
このリアクションを予想はしていたのだろう。船長であるドリスは、送られてきた通信FAXを閉じたボードを軽く振って見せつけると、真っ先に不満をもらしたレミに、読んで見ろと押しつけた。
「じゃ、休暇はどうなるのよ?半年ぶりにまともな施設で休めるはずだったのに!」
レミは渡されたボードを読もうともせず、それをテーブルに投げ捨てた。船長であるドリスがこんな時に嘘を言うはずが無い事を彼女は十分理解しているとは言え、不満をぶつける本当の相手が目の前に存在しない状況下では、愚痴でしか鬱憤をはらすことが出来なかった。
「今回は諦めて。上層部からの特命だから仕方ないわ」
「それに見合った手当さえ出れば良いけど、一体どんな任務なの?」
コーヒーカップを片手にくつろいでいた通信士キャニーが話に加わった。
「詳しくはまだ聞いてないけど、任務としては『調査』らしいわ。カッシーニ基地からこちらに向かっているサティ博士と合流して、何かを調べに行くのよ」
「ただの調査じゃ・・・・・・ないわよね」
メカニックのホリィが言い切った。文面通りなら、わざわざ彼女達が選出されるまでもなく、他のメンバーでも十分に間に合っている。その点に疑問を持ったのだ。
「調査に御指名ですものね」
と、こちらは医務担当のマイ。彼女がホリィの疑問を声にして出した。
この5名が外惑星哨戒船フロンティア号の全乗員だった。
「詳しくは博士から直接聞いてちょうだい」
ドリスとて、有無を言わせぬ指令を受けて、詳しい事情を聞かされてはいなかった。彼女は自分の不満までもが爆発しないように抑えつつ、みんなに言い聞かせるのだった。
ほどなくして、フロンティア号にとって好まれざる客であるサティ博士が小型シャトルで到着した。
マイの案内よって艦橋に着いたサティは、歓迎らしい歓迎を受けず、まるで以前から存在するかのように誰も見向きもしなかった。
「初めましてドリス船長・・・・・・」
キャプテンシートに座る女性に声をかけたサティだったが、後に続くはずの自己紹介はドリスのちょっと待て!と言う意味合いを込めたゼスチャーに遮られた。
「すぐに、リング圏を離脱しますので、少々お待ちを・・・・」
「シャトル離脱確認」
「メインエンジン、アイドリングから通常運転へ」
「出力順調に上昇中」
「遮蔽フィールドオン。コース1・4・4」
「了解、フィールドオン。コース1・4・4に固定」
黙々と発信準備が進められていく中、客人であるサティと案内役だったマイは完全にする事が無く、その場に浮いていた。
「どうやら私は嫌われているようね」
一同の態度と様子から、サティはそのことを実感した。
「いえ、そんな事・・タイミングの問題・・・・ですよ」
まさかストレートに肯定するわけにも行かないマイが、両者を無難に支持する返答をしてぎこちなく苦笑した。
「周回軌道に到達。コース設定及びオートクルーズへの接続完了。フロンティア号はステップタイミング4・9・8にてリング圏の突破準備が可能となりました。後は、目的地を教えてもらえばいつでもOKよ」
レミが操縦桿を手放し、ドリスに言った。
「ご苦労様。それじゃあみんな、各機器をオートに設定してこちらに来て」
ほどなくして、ドリスの周りに乗組員全員と客人を加えた6名が集まった。
「改めてよろしく。私が船長のドリスです。あと、右からレミ、マイ、キャニーにホリィよ」
実に簡単な紹介の後、ドリスが右手を差し出した。
「こちらこそよろしく。宇宙開発技術部のサティです」
そう言って彼女も右手を差し出し、二人は形式的な握手を交わす。
「それで博士、私たちはどこへ行けばいいの?」
挑発的意図を見え隠れさせて、レミが問いかける。
「海王星よ」
率直に答えるサティ。
「順を追って話すわ。私達宇宙開発機構は二週間前、海王星の衛星軌道上から送られてきた通信を傍受したの」
「まさか宇宙人なんて言うんじゃないでしょうね?」
いかにも不信そうにキャニーが言うと、サティもまさか?と言った表情で首を横に振った。
「いいえ、正真正銘、地球人類が使う形式の電波だったわ。通話内容は雑音がひどくて全く分からなかったけど、固有送信波長の検索の結果・・・・・・」
ここでサティは間をおいて、一同を見回した。次の言葉にどんなリアクションを示すのかと言う興味が少なからずあったのだ。
「なんだったの?」
じれたホリィが問いかけた。
「『ホーリーアーチ』号と判明したの」
「「「「「!!?」」」」」
一同の反応はまちまちだったが、共通して言えたのは「まさか?」と言った感情があらわになっていた事だった。
「ねぇねぇねぇ、私達、こんな戯言につき合うために休暇をだいなしにされたの?」
もっとも過剰な反応を示したのはレミだった。他の者も彼女の露骨な一言に、事実の突飛さを認識し、そろって同じ意見を抱くに至る。
「ホーリーアーチ号の事は御存知?」
サティは尋ねたが、宇宙に職場を置く者、宇宙史に興味のある者でその船の名を知らない者はいなかった。
ホーリーアーチ号は、今から十年前に最新の設備を搭載した最新鋭の調査船で、人類初の恒星間航行を行い、他星系の進出への先駈けとなる船だった。
だが太陽系を離脱直前、エンジン事故が発生し乗組員共々、帰らぬ存在となっていた。
「表向きの発表ではね」
一同が当然のごとく答えた事に関し、サティはきっぱりと言い切った。
「あの船のは公式発表とは別の特別な任務があったの」
「それは?」
ドリスが問いかける。
「実験を行うはずだったの。光速を越え、他の恒星系に到達して戻ってくると言う・・・・・・・・ね」
「不可能よ!」
不意にレミが否定の声を上げた。
「相対性理論に背くわ。あり得ない事よ」
「そうね、確かに光速を越えることは出来ないわ。でも、相対性理論を応用する事はできるのよ」
「「「「「?」」」」」
「つまり実験は、相対性理論の及ばない所に手を伸ばしたのよ。原理は、ある力場を作って空間に穴を空けて、遠い別の空間とを繋ぐはずだったの」
「どう言うこと?」
この手の理論には少々疎いマイが首を傾げた。
「そうね・・・・・・・・この紙で説明するわ」
サティは手近な場所にあったレポート用紙を一枚取り、上の部分に自前のペンで穴を空けた。
「ここが現在位置と仮定するわね」
そう言って次は下の部分に同じ様な穴を空ける。
「そしてここが目的地と仮定するわ。この二つの位置の最短距離はどこだと思う?」
「・・・・・・直線じゃないの?」
キャニーが他にあるのか?と言った表情で答えた。
「違うわ」
してやったり。と、言いたげな笑みと共にサティは言い切った。
「“ゼロ”よ」
そう言って、彼女はレポート用紙を折り曲げ、上下の穴を重ねペンを通した。確かにそうすれば、これ以上の最短距離は存在しない。
「分かるかしら?こういう風に、別々の空間に穴を空けて繋ぐ技術を開発し、ホーリーアーチ号で実験を行ったのよ」
「それで?」
にわかには信じがたい内容でもあったが、今ここで嘘を言う必然性も無く、事実と言う前提でドリスは結果を問うた。偽の情報とはいえ、ホーリーアーチ号の存在が抹消された以上、成功していない事は確実だった。事実が知りたいと言う好奇心が自然と彼女の口を開かせていた。
「分からないのよ。実験開始の通信を最後にホーリーアーチ号は太陽系から姿を消したの・・・・・」
「そして今、海王星に舞い戻ってきたって訳ね・・・・・・・一体、十年間どこで何をしていたのかしら?」
「分からないわ。それを調査しに行くのよ」
行き先と目的は分かった。だが未だに全員が信じがたい心情にあったのも当然であった。今までの常識を越えた理論と内容。そして不審な点だらけの現状。
ごく自然に彼女達に不安感がのしかかった。
だが、そんな彼女達の想像を絶する事態が未来に待っているのであった。
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