塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

第六話
(トイレ行きたい。やっぱり言おうかしら)
春日清美はバスの中で迷っていた。
彼女は高校の教師で、今日は吹奏楽部の引率でN中学校まで来ていた。今はその帰りである。本当は体育館にいる前からトイレには行きたかったのだが、運営委員の男性に、「もう体育館を閉めなくてはならないから」といわれ、生徒を集めバスに乗り込んだのだ。
中にはトイレに並ぼうとしていた生徒もいたが、時間があることを説明し、バスに乗せ出発した。その手前、自分がトイレに行きたいなどとは言い出せなかった。
(でももうけっこうやばいしなぁ。うぅ、おしっこ)
清美の足は小刻みに震え、手は股間に添えられている。バスはいまだ、コンビニもない田園風景の中を走っている。どうせ言い出してもトイレに寄れるようなところのないことが、さらに清美を躊躇させていた。
(おしっこしたい、でも…)
清美が考えていると、一人の生徒が清美の席にやってきた。
「あの…、春日先生」
「はい、どうしたの」
それは森下多香子という生徒だった。
「はい、その、トイレに行きたいんですけど」
見ると、青白い顔をしている。相当我慢しているのだろう。
「わかったわ、コンビニかどこかよってもらうわね」
「ありがとうございます」
そういうと自分の席へと戻っていった。
清美は内心ほっとしていた。これで生徒のためという理由が出来た。
席を立ち、運転手に声をかける。
「あの、トイレに行きたい生徒がいるので、どこかで止めてもらいたいんですが」
「はいよ、もう少しで街中にでますからね」
席に戻った清美はほっと息をはいた。これでしばらく我慢すればトイレにいける。彼女は足を組んで窓の外を眺めていることにした。
だが、街中に入っても、バスが止まる様子はない。不審に思い運転手に声をかける。
「ああ、いや、一応コンビニとかはあったんだけどね。どこもバスが止まっててトイレに女子高生の列が出来てるんだよ。トイレ寄るんなら、もうちょっと時間かかっても空いてるとこのほうがいいかなって」
「…そうですね、ありがとうございます」
おそらく他の高校でも、トイレに並んでいる生徒を無理に引っ張ってきたのだろう。確かに空いているトイレのほうが清美も助かる。
(でもなるべく早くしてくれないかしら。もうもれちゃいそうだわ)
清美の尿意はもう耐えられないものになっていた。すでに股間は両手で強く押さえられている。それにさっきの生徒を先に行かせなければならないのだ。後ろを向くと、森下は足をもじもじさせながら窓の外を眺めている。
しばらく走り、バスはようやくコンビニへと入った。清美は立ち上がり、生徒に告げる。
「ここでいったん休憩にします。大勢でいってほかのお客に迷惑をかけないように」
そして、バスを降り、先にコンビニに向かう。もちろん一足先にトイレに行くわけではない。
「あの、すいません、トイレを借りてもよろしいですか」
そう店員に断りをいれ振り向くと、森下が友人の女子生徒に付き添われ入ってきた。確か武田という生徒だ。
森下は清美に一礼するとトイレへと駆け込んだ。武田はそのまま店内を回り始めた。
(じゃああたしも)
と、トイレに向かおうとした清美だったが、その前に、大勢の女子生徒が店内に入ってきた。
「ふぅ、トイレトイレ」
「わたしもぉ、ずっとしたかったんだよね」
「ちょっと、わたし先でいい。もうやばいんだけど」
口々にそういいながら、あっという間に列を作ってしまった。
(そんな、わたしももうやばいのに)
店員や生徒の前だから平静を装ってはいたが、清美はもうじっとしているのも辛い。しかし、生徒を抜かして自分が先に入るわけにもいかない。男子生徒の目があるからおさえているのだろうが、それでも女子生徒たちが我慢していることは伝わってくる。
トイレのほうを見ると、森下が出てくるところだった。いかにもすっきりしたという顔をしていて、清美にはうらやましかった。
(いいなぁ、わたしも、はやく)
清美はじっとしていられず、店内を動き回り始めた。時々、棚に隠れるようにして股間を揉むような動作をする。スカートが皺になってしまっているが、構ってなどいられない。
(はやくしてぇ、ほんとにもれちゃう)
ちらちらと列を見るが、まだかかりそうだ。
何度か生徒に声をかけようとしては思いとどまる。そして店内を回り、隠すように股間に手をやる。そんなことを続けているうちに、清美に限界が訪れた。
(あああ、やばい、出る、出ちゃうぅ)
股間をぎゅっと押さえて足をばたつかせる。近くに男子生徒がいたが気にしてなどいられない。
(んんんん)
なんとか波は乗り越えたが、清美の頭はパニックになっていた。もう限界だ。次の波は耐えられそうにない。そう思い、特に考えがあったわけではないが、コンビニの外に出た。
「あっ、だめぇ」
溜めていた液体が出てきそうになったそのとき、急に手を引かれた。
「先生、こっち」
見ると先ほどの森下と、武田だった。
素直に手を引かれる清美。その間におしっこは出てきてしまっていたが、まだ地面はぬらしていなかった」
(あああ、わたし、おしっこ出ちゃってる)
たどり着いたのはコンビニの裏手だった。ここなら店内からもバスからも見えない。
「先生、スカートあげて」
言われるままにスカートを上げる。何とか染みを作らずに済んだが、言われなければ股間を押さえたまま、スカートには大きな染みが出来てしまっていただろう。
「いやぁ…」
なんとかおしっこを止めようとはしているのだが、勢いをつけ始めたおしっこは止めることができない。
気付くと二人はいなくなっていた。おそらく気を使ってくれたのだろう。清美はスカートを上げたままその場にしゃがみこむと、股間に入れていた力を抜いていった。

「ふぅ、今日は大変だったわねぇ」
「そうだね、さっきは大丈夫だった」
大会も終わり、ボクたちは帰りのバスに揺られていた。
「うん、もう、ほんとにもれちゃうかと思った」
「おう、お前が我慢してるのはみえみえだったぜ。足ばたばたさせてただろ。イスが揺れてしょうがなかったぜ」
前の席から弘が口をはさんでくる。
「もう、うるさいなあ、ヒロは。あんま言わないでよ」
「はいはい」
弘が前を向くのを待って、話を続ける。
「うちの高校からもらしちゃう子が出なかったのは良かったけどね。エリも最後の方は相当我慢してたみたいよ」
「そうみたいだね、さんざんおもらしの話で盛り上がっといて」
「そうね、ノリタケはいいわよね。さっさと男子トイレにでも入ってっちゃうんだから」
ボクだって決して喜んでそうするわけではないのだが。
「ほんと、うらやましいわ。まあ男子だったら最悪どこかその辺でもしちゃうんだろうけど、女の子はさすがに、ね」
どうやら野ションまでしたことはっていたほうがよさそうだ。ボクは適当にあいづちをうって、この話題を流した。
しばらくしてバスがK高校に着いた。今日は楽器を降ろしてそのまま解散である。帰ろうとしていると、引率の先生が声をかけてきた。
「二人とも、さっきはありがとうね」
さっきコンビニでこの先生が、みんなのまえでおしっこをもらしそうになっていたのを助けたのだ。まあ、裏に引っ張っていくくらいしかできなかったが。
「いえ、さようなら、春日先生」
教師にあいさつして、校門に向かうと車の前に立つ一人の女性が声をかけてきた。
「多香子。迎えに着たわよ」
「あっ、母さんだ迎えに来てくれたみたい」
「そう、じゃあ、また月曜日に」
「うん、またね、ノリタケ」
ボクは車のほうに軽く会釈をして、タカに別れを告げた。
タカの家の車に乗せてもらってもいいのだが、僕の家は高校のすぐ近くなのだ。
それにしても今日は大変な日だった。ボクはもともとトイレが近いほうで、今日も大会中に三回行っている。三回目はちょっと間に合わなそうで、野ションまでしてしまったほどだ。
まあ自分も含め、K高校からはおもらしがでなくてよかったということだろうか。残念ながら先生は失敗してしまったが。
そんなことを考えながら歩いていると、家に着いた。
「ただいま」
奥に声をかけ家に上がる。台所からはいい匂いがしてくる。
居間の前を通り過ぎるとき、奥から母親の返事が聞こえてきた。
「おかえりなさい。大会はどうだったの、紀子」


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