塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

第五話
「ねえ、さっきのトロンボーンの子、最後おもらししちゃってなかった」
「さあ、なんかもじもじはしてたけど、ここからじゃよく見えないから、分からないね」
小声で話すエリに、ボクはそっけなく答える。実際彼女の様子はおかしかったが、この距離ではよく見えない。それに人のことよりもまずは自分のことだ。
「んっ、どこ行くの」
「ちょっとトイレにね」
他校の生徒の我慢の様子を見ていたからか、出番の近い緊張からか、急に強い尿意を感じていたのだ。
「そう、出番近いんだから、間に合うようにね」
「わかってる」
エリにそう答え、トイレへと向かう。
女子トイレは相変わらずすごい列だ。もうほとんどの生徒が我慢の様子を隠そうとはしていない。男子トイレに目を向けると、こちらにもわずかながら列が出来ている。もちろんそのほとんどは男子生徒だが、なかには辛そうな女子生徒も混ざっている。並んでいては間に合わないと思ったボクは、どこか校舎の裏で野ションをすることにした。
体育館を出て、校舎の裏の方に向かう。途中で他校の女子生徒に出会った。彼女も外でした帰りだろうか。校舎裏で一応茂みの影に隠れるようにしゃがみこみ、用を済ませる。後始末をして席に戻ると、ちょうどみんなが席を立つところだった。なんとか時間にも間に合ったようだ。
「おぅ、どこ行ってたんだノリタケ、出番だぞ」
「はいはい、じゃあ、頑張ろうか」
拡に軽くそう答え、ボクは楽器を手に舞台裏へと向かった。

(あぁ、もう早く終わって、トイレ行きたいぃ)
まだ演奏中だったが、相澤晶子の頭はもうおしっこのことで一杯だった。
演奏の始まる前から尿意を感じてはいたのだが、僅かであったしもう行っている時間もないかななどと軽く考えていたのだが、それが甘かった。演奏の緊張と、舞台裏の寒さで尿意は加速度をつけて増していき、演奏が始まる頃にはもう足をクロスさせていた。
(そういえば、朝来たときに一回行ったきりだったしなぁ。あぁ、トイレトイレ)
ティンパニー奏者の彼女は立っていなければならないため、体の動きが目立ってしまう。しかし、足がもじついてしまうのを止めることができない。一応リズムに合わせて動いてみてはいるが、注意してみれば我慢していることは分かってしまうだろう。
(もう、いっそ中止にすればいいのに、ほら、みんな我慢してるよ)
最後列の晶子の位置からは他のメンバーの様子がよく分かるが、何人かの生徒は明らかに我慢の動作をしている。席に女子生徒空席が多いのも、トイレに行っているからだろう。
(…人のことより自分のことだ。おしっこしたいよぉ)
足の動きはますます激しくなる。手の助けが欲しいところだが、両手はふさがっているのでそれもできない。
演奏が終わり、幕が降りる間も、晶子の足は動き続けていた。
(…終わったぁ、はやく、トイレ)
幕が降りきると同時に晶子は楽器もそのままにトイレへと向かった。しかし、トイレに着いた彼女を待っていたのは、何分かかるかも分からない長蛇の列だった。
(そうだった、忘れてたよぉ)
すっかり放出するつもりでいた彼女のおしっこが股間を襲う。晶子は股間に手をやり揉みしだいて耐える。
そこに、同じ高校の生徒がやってくる。演奏中、我慢の仕草をしていた生徒だ。
「あっ、相澤さん」
そういいながら、列に並ぶが、しばらくすると小声で話し掛けてきた。
「ねぇ、相澤さん、あの、男子トイレの方並びません」
「えっ」
男子トイレの方を見ると、そこにも列はあるがその人数は明らかに少ない。そしてその列に一人の女子生徒の姿もあった。
「恥ずかしいんですけど、わたしもうけっこうきつくて…。二人だったらまだ恥ずかしくないかななんて」
「…そうね、うん、行こう。わたしもやばいんだ」
そう言って、晶子たちは男子トイレの列に向かった。しかし、晶子の膀胱はもうこの列にも耐えられそうにはなかった。
(どうしよう、やばい、ほうとにもれちゃうよぉ、もれるぅ)
前かがみになり股間を揉みながら耐える晶子の耳に、こんな声が聞こえてきた。
「あぁもう、おしっこしたい」
「わたしも、もれちゃいそう」
「…もぉ、その辺でしちゃおうかしら」
その生徒は軽く口にしたのだろうが、限界の近い晶子には天啓のように響いた。それでもさすがに迷っていると、彼女を強い尿意の波が襲った。
(あああ、出る、出る)
思わずしゃがみこんで必死にたえる晶子。
「…あの、大丈夫ですか」
後ろに並ぶ生徒が声をかけてくる。列は進んではいるが、このままではトイレまでもちそうにない。なんとか波を耐え抜いた晶子は決意して立ち上がった。
「ええ、ちょっと、ごめんなさい」
そう言うと晶子は列をはずれ、体育館の出口へと向かった。そんな晶子を周りは怪訝な目で見るが、気にしてなどいられない。
靴を履き替え、校舎の裏に目をつけ、そちらへと向かう。股間を押さえながらゆっくり歩く。もう走ることなどできなかった。
「んん、もれる、もれる」
荒い息遣いでつぶやきながら、校舎裏を目指す。
やっとのことで目的地に着きあたりを見回す。ちゃんと隠れられていることを確認していると、待ちきれずにおしっこが飛び出してくる。
「やぁ、ちょっと待ってぇ」
あせってパンツを下ろししゃがみこむ。その途端、すごい勢いで音を立てながら、おしっこが飛び出す。解放感に身体を震わせる晶子。
「…気持ちいい」
意識せずそんな呟きがもれてしまう晶子だったが、放尿を終えるとまずいことに気付いた。
(しまった、ティッシュがない)
一瞬迷った晶子だったが、仕方なくそのままパンツを履いた。
(戻らないと)
さっき一緒に並んでいた子には、自分が野ションをしたと分かってしまうだろう。そんなことを考えながら、校舎裏から出ると、角で他校の男子生徒とぶつかりそうになった。
「おぉっ、すいません」
驚いて謝る男子生徒。晶子は軽くおじぎすると、顔を伏せて横をすり抜けた。
(あの人も立ちションにきたのかなぁ。やぁ、恥ずかしい。わたしがおしっこしてたって分かっちゃうだろうなぁ。…それにもしかして、あの角からずっとみてたんじゃあ…。あぁ、もうやだぁ)
自分が土の上に残してきた大きな水溜りのことを思い出しながら、晶子は体育館へともどっていった。戻る途中、辛そうな顔をして校舎裏へと向かう他校の女子とすれ違った。
(彼女もわたしと一緒かな)
そう思うことが、晶子の気持ちを少しだけ楽にするのだった。


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