塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

第四話
トイレから戻ると例のごとくエリが声をかけてきた。
「あら、早いわね、ノリタケ」
「まあね」
軽く返事をして席に着く。しばらくすると弘が戻ってきた。彼もトイレにいってたのかななどと考えていると、弘はこちらを振り向いて話し掛けてきた。すでに演奏は始まっているので小声である。
「なあ、さっきトイレ行って来たんだけどよ。すごいもん見ちまったぜ。」
「もしかして、またやっちゃった子がいるの」
エリが答える。
「そうなんだよ、しかも男子トイレでだぜ。さすがにかわいそうんなって声かけたら泣き出しちまってさ。もう、参ったよ」
「ふうん、ヒロもいいとこあるじゃないか」
「まあな、で、その彼女の後始末とかしてたら、さらに何人か女子が入って来るんだよ。切羽詰った顔してさ」
「そうなの。…じゃあもしかしたら、トイレに行けずに我慢しながらステージにあがってる子もいるかもね」
そういわれると不思議なもので、ステージ上の女子生徒でも尿意を我慢しているらしいのが分かってきた。時折足をもじつかせたり、管楽器の音が震えたり、なかには楽器で股間を押さえるという離れ業をしている生徒もいた。
「わたしたちも演奏はこれからだから気をつけないとね」
エリが独り言のようにつぶやいた。

「あっ、いたいた。あなたたち、早く用意して」
「えっ、でも…」
「ごめんね、でももう次が順番なのよ。急いで頂戴」
そう言い残すと、引率の教師は足早に去っていった。
「…どうする、ミヤビ」
「…どうするって、…行くしかない、でしょ」
「…そうよね。でも、せっかくここまできたのに…」
二人は女子トイレの列に並んでいるところだった。長い行列を耐えて、後数人でトイレに入れるというところだったのだ。
「わたしはまだ何とか大丈夫だけど、ミヤビ、大丈夫」
「う、うん。けっこうやばいけど…」
そういう神田雅の右手は、軽く股間に当てられていた。
「…でも、出番なら行かなくちゃ」
「そうね。じゃあ、がんばろっか」
二人は舞台裏へと向かった。
ステージ袖では、すでに他の生徒たちが準備を終え、並んでいた。
「ああ、きたきた、じゃあこれ、神田さん」
教師からトロンボーンを受け取り、列に並ぶ雅。じっと立っていることが出来ず、足がもじもじと動いてしまう。トイレの列の中では目立たなかったその動きも、ここでは目立ってしまう。
「ちょっと、だいじょうぶ、ミヤビ」
隣の生徒が話し掛けてくる。
「うん、大丈夫だよ」
そう答えた雅だったが、つい股間に持っていきたくなる手を堪えるのもきつい状態だった。
(ああ、おしっこしたいよぉ。我慢できるかなぁ)
手で押さえる代わりに、足をクロスさせて出口を閉じる雅。
(こんなことなら、あの人たちみたいに男子トイレに入っちゃうんだった…)
彼女が並んでいる間にも数名の女子が男子トイレに入っていたのだが、雅はこれくらいの列なら大丈夫とその道は選ばなかった。
(演奏の時間まで考えてなかったよぉ…)
そうこうしているうちに、前の高校の演奏が終わり、雅たちの出番となる。
ステージに上がり、イスの前に立つ。何百という目がこちらを見つめる。雅はさすがに身体を揺らすことをためらい、あしをぎゅっと閉じるだけで耐える。しかし、それは思ったよりも辛かった。
(うう、つらいよぉ、おしっこ、おしっこ)
一礼しイスに座り、演奏が始まる。雅は足を内股にしてじっとしているが、時々どうしても足をもじつかせてしまう。
雅のパートがやってきた。なんとか集中していつもどおり演奏しようとするが、息を吹き込むためにお腹に力を入れると、おしっこが出そうになってしまう。
(うううう、やばい、思ったよりきついぃ。でちゃうよぉ)
なんとか最初のパートを終えた雅だが、その足はじっとすることなく、上下に動いている。
(でるぅ、もれちゃうぅ)
何とかパートをこなしていく雅だったが、だんだん彼女の演奏には力がなくなっていく。ついには楽器を口元にあてるだけで、演奏することを止めてしまった。
彼女のパート以外では、楽器で隠すようにして片手を股間にあてていた。
(もれる、もれる、ああもう早く終わってぇ)
雅の頭の中では、もう演奏のことよりも、その後のことで一杯だった。
そうして、後半はほとんど演奏することなく、長い演奏時間は終わりを迎えようとしていた。しかし彼女の中の液体は、最後まで待ってはくれなかった。
(んっ、だめ)
思わず楽器を口から離し股間を押さえる雅。ちょうど演奏も終わる所だったため、あまり不自然にならずにすんだが、注意していた人には分かってしまっただろう。しかしそんことよりも問題は、今回はおしっこが止まることがなかったということだ。
(あっ、ああ、とまんないよぉ)
大勢の目の前でおもらししている雅。救いは拍手の音で水滴の音が聞こえないことと、彼女のおもらしに合わせるかのように幕が下りてきていることだろう。
おしっこはイスから溢れ、床に水溜りを作っていく。近くの生徒は気付いているようだが、幕が降りきるまで待ってくれているようである。
(うっ、うぅ、こんな大勢の前で、わたし)
幕が閉じ、引率の教師が駆け寄ってくる頃、雅のおもらしは終わった。
ステージ上の後始末が行われているのを眺めながら、友人に連れられて医務室に向かう雅は、その日一日言葉を発することはなかった。


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