塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

第三話
午前の部が終わり、昼の休憩時間になると、またエリがボクに話し掛けてきた。
「ねえねえ、ついに出ちゃったらしいわよ」
ボクは彼女の次の言葉を待ったが、一向に話し出す気配がない。仕方なくボクは聞き返した。
「何がだい」
「おもらしよ」
急に小声になって、そういった。今度は自分から話し始めた。
「ちょっと前なんだけどね。トイレで順番待ちしてるときにやっちゃったらしいのよ。他校の生徒が医務室、っていうか部室にベットを運んだだけの部屋なんだけど、そこに連れてってあげたみたいね。」
「ふーん」
ボクはそれだけしか反応しなかったのに、彼女は急かされた様に続ける。
「でもわたしはね。他にもケッコーいると思うのよね、やっちゃった子。ほら、午前の部が始まる前にわたしトイレに行ったでしょ。実はそのときね、汚物入れの中にパンツが捨ててあるのを見たのよ。しかも黄色く濡れてるやつ。だから隠してるだけで他にもいるんじゃないかなぁ」
「そうか。じゃあボクも彼女達の二の舞にならないように気をつけるとするよ」
そう言って、ボクは立ち上がった。
「どこいくのよ、ノリタケ」
「だから、トイレさ」
実はしばらく前から尿意を感じていたのだ。ボクが歩き出すと、エリは誰かとこの話をしたくて仕方ないらしく、今度はタカに話し掛けていた。
そんなにおもらしの話がしたいのだろうか。ちょっとエリの見方が変わりそうだ。
トイレに着くと、女子トイレの前には長い列ができていた。少なくても50人はいるだろう。ボクはその列を横目に男子トイレへと向かう。女子生徒たちが、羨望と非難の混じったような目を向けてくるが、軽く無視してトイレに入る。
用を足し、個室を出る。外に出ると再び、女子生徒の列が目にはいる。ほとんどの生徒がじっとしてはおらず、股間を押さえている生徒や、足踏みをやめない生徒、うずくまってしまっている生徒までいる。
やれやれ、これならさっきエリがいっていたことも当たりかもしれないな。いや、これからもっと増えるんじゃないだろうか。

大沢圭子は後悔していた。
彼女は女子トイレの列の中ほどに並び身体を前後左右に揺すっていた。普段なら恥ずかしくて絶対にしない動きだが、周りがみんなしていればあまり恥ずかしくはない。
(あぁっ、本当なら今ごろおしっこしてるはずなのにぃっ)
桂子がこの列に並ぶのは二度目である。しかし一度目はトイレにたどり着くことは出来なかった。ちょうど彼女の前に並んでいた生徒がおもらしをしてしまい、迷った末、桂子は彼女を医務室へと連れて行ったのだ。
そのときはまだ尿意にも余裕があり、すぐにトイレに戻る気でいたのだが、いろいろ介抱しているうちに時間がかかってしまい、トイレに戻ってみれば長蛇の列の最後尾だったのである。何とかここまで進んできたが、もう本当にもらしてしまうような気がする。
(ああ、おしっこしたい、…おしっこしたい。このままじゃあの子みたいに…)
桂子の手はすでに股間を強く押さえている。桂子がもじもじしていると、前から同じ学校の生徒が歩いてくる。
「あっ、ケイ」
どうやら用を足してトイレから出てきたところのようだ。すっきりした顔をしている。
「なんとか間に合ったよ。やばかったぁ」
「いいなぁ、わたしも早くしないともう限界なんだけど」
なんとか冗談めかして言おうとするが、声が暗くなってしまう。こうして話している間にも、桂子の手は股間から離れようとしないのだ。
「じゃあわたし行くね、頑張って」
「うん、じゃあね」
(いいなぁ、わたしも早くしないと、本気でげんかいだよぉ。…んんっ)
強い波がやってきて身をよじる。
(あっ、やばい、出ちゃうぅ)
桂子はしゃがみこんで踵で股間を押さえた。前にクラスメイトがしているのを見たのだが、自分でする日がくるなんて全く思っていなかった。
(危なかった。どうしよう、もう立てないかも)
踵の上で身体を揺する彼女の目に一瞬信じられないものが飛び込んできた。
なんと、女子生徒が男子トイレから出てきたのだ。普段の彼女ならなんてはしたないと思うところだが、今の彼女には慧眼に映った。
(そうか、男子トイレにも個室があるんだ。あの子もわたしみたく限界だったんだ)
そう思った彼女は考えた。このまま並んでいてもどうやら間に合わなそうだ。でも男子は個室を使うことは少ないから、きっとすぐ入れる。恥ずかしいけど、もらすより全然マシだ。
桂子は意を決して立ち上がり、男子トイレへと駆け込んだ。そして個室のノブに手をかけたが、無常にも鍵がかかっている。
(あぁ、使ってる。でも一人ならすぐだ。)
そう考え、個室の前で待つ。すでに手は股間をただ押さえるだけでなく、揉むように動かし、身体は大きく左右に揺れている。その様子を小便器の前の男子生徒が見詰めているが、そんなことを気にしている余裕はない。
(はやく、はやく…。もう、なんでこんなにかかるのよ)
彼女は気付いていなかった。男子が個室にいるということは、すなわち大をしているということであり、当然時間もかかるということを。
(だめ、もう出る、もれちゃう)
桂子は片手を股間から離し、ドアを激しくノックした。
「…あの、すいません、早くしてくれませんか。わたし、もう、もう、…」
暴れるように動いていた彼女の動きが突然止まった。そして、スカートから一滴、水滴が落ちたかと思うと、それはすぐに大量の水となり、タイルへとバタバタと音をたて落ち始めた。
(あぁ、やっちゃった。しかも男子トイレで。…どうしよう)
呆然とたたずむ彼女に、一人の男子生徒が声をかけた。
「…あの、よかったらてつだいましょうか」
彼にしても勇気を出しての一言だったに違いない。それは彼女にもよくわかった。それがわかった途端急に恥ずかしさと情けなさがこみ上げてきて、桂子はしゃがみこみ、顔を両手で隠して、泣き崩れてしまった。


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