開会のセレモニーが始まり、ボクは自分の高校の席に着いた。
すでに女子の間にはトイレの少なさが広まっているようで、あちこちでひそひそ話をしてくるのが聞こえてくる。そんな周りの声を聞くともなしに聞いていると、エリが話し掛けてくる。
「ねぇ、ノリタケ。なんか、ここトイレが一箇所しかないみたいなんだけど。わたし、トイレ近いから心配だなぁ。」
「なんだ。恵理子、小便行きたいのか」
前の席の弘が振り向き、茶々を入れてくる。
「うるさいわね、ヒロ。あんたには話してないわよ」
軽く一蹴され、前に向き直る弘。なんだか少し気の毒になる。
「まぁ、早めに行っとくしかないんじゃないの」
「そうねぇ、今ならまだ十何人かの列だし。早めに行って水分もひかえようっと」
実際そう考えている生徒たちが多いようで、特に出番が午前の部の高校には空席が目立つ。
しかし、あまり尿意を感じていない生徒がトイレで列を作っていては、本当に行きたい生徒にとってはいい迷惑ではないだろうか。
隣を見ると、エリが席を立つところだった。
「じゃあ、私たちトイレ行ってくるから、ちゃんと楽器みといてね」
そういうと女子生徒の一団はトイレへと向かった。
出番の早い彼女らは、楽器の番を一人の生徒に任せて、一応用を足しておくことにしたのだ。盤を任された山川夏実は、決して下手というわけではないのだが、人数の都合でメンバーにはなれず、補欠という形でマネージャーのような雑務もしているのだった。
楽器番などはいつもの彼女の仕事なので、普段なら文句などないのだが、今日は、いや今は事情が違った。
(わたしもトイレ行きたいんだけどなぁ…)
朝家で行ったきりトイレに行っていない彼女は、この体育館の寒さもあって、すでに相当な尿意を感じていた。今まではマネージャーとしての仕事に追われ気にしていなかったが、こうして一人になってみるとじっとしているのが辛いほどである。
(でも…、先に行かせて欲しいなんて言えないしなぁ)
他の部員はこの後演奏があるのだ。彼女たちよりも自分を優先など夏実には出来なかった。
じっと席に座って待っていると、足元から寒さが這い上がってくる。体育館には一応石油ストーブが何台か設置されていたが、まだつけたばかりだからなのか、この席が入り口付近だからなのか、あまり効果は感じられない。冷気が尿意を急速に高める。夏実は普通に座っているのに耐えられず、足を組んだ。
(遅いなぁ、そろそろ一人くらい戻ってきてもいいのに)
最初は全員が戻ってきて、準備のために舞台裏に向かってから自分はトイレに行こうと思っていた夏実だったが、今はもう、誰かと入れ替わりにトイレに行かせてもらおうと考えていた。
何度か足を組替えながら待っていると、トイレに行った生徒たちが戻ってきた。どうやら、全員が用を済ませるのを待っていたようだ。
「ナッちゃん、ごくろうさま。じゃあ舞台裏に行くからそのケースを…」
「あのっ、すいません」
普段なら先輩の話の途中で口をはさんだりなどしないが、そんなことはいっていられなかった。
「その…、わたしもトイレ行っていいですか」
「ああ、なんだ言ってくれればいいのに。誰も行くななんていってないわよ」
「はい、じゃあ戻ってきてからケースを…」
「いいって、いいって。それにそんなに早くは戻れないだろうし」
「わかりました。でもなるべく早く戻ります」
急いで行って戻れば、演奏開始までには戻れるだろう。そう思い早足でトイレに向かった夏実だが、目的地に着いた彼女は、先輩の言葉の意味をようやく理解したのだった。
女子トイレには、数十人の列が出来ていたのだ。今まで雑務に追われていた夏実は、この体育館のトイレ事情も知らなかったのだ。
(そんな…、あとどれくらいかかるんだろう…)
トイレに行きさえすればおしっこができると思っていた夏実にとって、この衝撃は大きかったが、仕方なく最後尾に並んだ。じっと立っていられず、手はそわそわと腿のあたりをさまよってしまう。
ふと列の前方を見ると、足をもじもじさせている生徒もいるが、半分くらいはまだまだ余裕がありそうに見える。おそらくトイレが少ないことを知り、念のために来たのだろう。
(…もう、余裕あるなら替わってよ。わたしはもうやばいんだから)
何分たったのだろうか。列はとりあえず進んではいるが、それ以上に早く彼女の尿意は限界を迎えつつあった。しばらく前には腿のあたりにあった手は、いつのまにか股間に当てられている。
(…だめ。…ほんとにもれちゃう)
股間を押さえ内股にした足を震わせている夏実を通り過ぎる男子が興味深そうに見つめていく。それを知りながらも夏実は、その状態をやめることはできない。
(どうしよう、どうしよう、このままじゃほんとに…)
夏実は頭がだんだんパニックになってきた。何度も前の人と替わってもらおうかとも思うが、列には前かがみになっている生徒もいれば、股間を押さえている生徒もいる。彼女たちはきっと替わってはくれないだろう。
(あっ、あっ、だめだめ)
一際強い尿意の波が彼女を襲う。思わず両手で股間を押さえ、足をぎゅっと閉じる。
「…だめ…だめ、…でちゃう、あっ、ああああああぁぁ」
自分が声を出していることにも気付かない夏実を、無数の目が見つめる。
しわができるほど強く押さえられた股間のあたりから、だんだん染みが広がっていく。と見る間に水流が彼女の足を伝っていき、それは直接廊下に叩きつける滝へと変わった。
「…あ」
自分の作りだす水溜りを、夏実は呆然と眺めていた。彼女の失禁は一分ほど続いただろうか。すべての液体を出し終えてもまだ彼女は動こうとしない。ただ小声で
「…いや…いや…」
とうわ言のようにつぶやいていた。
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