塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

第一話
「ふう、やっと着いた」
ボクはバスから降り、つぶやいた。
吹奏楽部に所属しているボクは、バスに揺られ市の大会のためにN中学校の体育館に今着いたところだ。何でもいつものコンサートホールにはトラックか何かが突っ込んだらしく、今年はこんな田舎の体育館で開催するのだそうだ。
「おい、ノリタケ。お前も手伝えよ」
楽器をバスから下ろしながら、弘が声をかけてくる。重い楽器を運ぶのも、この11月の寒空の下じっと立っているよりはマシではある。
「ああ、今行くよ」
なるべく軽いものでも運ぼうかと考えながら近づくと、エリがすかさずこちらに大きなケースを手渡してくる。
「はい、ノリタケ」
たいていのクラスメイトはボクのことを名字などでなくこう呼ぶ。別にコンプレックスなどはないが、どうしてもあの某お笑いタレントをイメージしてしまう。別に彼が嫌いなわけではないが、どうもあまり好きになれない。まったく、両親ももう少し考えて名前をつけて欲しかったものだ。
「あなたはけっこう力あるんだから、これくらいお願いね」
「はいはい」
返事をしてケースを受け取り、体育館へと足を向けた。
K高校と書かれた区画に楽器を置いたあと、ボクはトイレに寄ることにした。やはりこの気温で体が冷えてしまったらしい。
トイレの前に立ったボクは驚いた。いや、冷静に考えてみれば当たり前のことなのかもしれないが、そのトイレがあまりにも狭かったのだ。外から見た感じでは、男子トイレで小用が三つに個室が一つ。女子トイレだと個室が三つといったところだろう。
確かに普段ならこれで問題ないだろうが、今日は参加者のほとんどが女の子なのである。今日の参加団体が市内の高校やゲストの団体も含め20ほど。一団体に女子が30名いるとすると約600名。それに対して個室が三つ…。
大丈夫だろうか…。
そう考えながら用を済ませトイレから出る。その時点でもう女子トイレの外には数人が並んでいた。なかには切羽詰った顔で足をすり合わせている生徒もいる。
やれやれ、今日は大変なことになりそうだな…。


(どうしよう…。おしっこしたいよぉ…)
中川麼矢はあせっていた。今日は自分が始めて参加する吹奏楽の大会だ。そのことに緊張してしまい、今朝、寝坊をしてしまったのだ。あわただしく支度を済ませ遅刻すれすれでバスに飛び乗った麼矢が起きてから一度もトイレに行っていないことに気付いたのは、バスが出発して数分後のことだった。
(あぁ、ちゃんとトイレいけばよかった。せめて紅茶なんか飲むんじゃなかった)
遅刻しそうな麼矢だったが、毎朝の習慣になっている一杯の紅茶はしっかり飲んできたのだった。
最初は友達と話をすることで紛らわせていた尿意も、今では自然と足が動いてしまうほどに強まっている。
(あとどれくらいで着くのかなぁ)
窓の外を見ても、麼矢はこのあたりには詳しくなく、あと何分、いや、何十分かかるのかも分からない。そのことが麼矢の尿意をさらにきつくする。
麼矢は思い切って、隣に座る友人に声をかけた。
「ねえ、あとどんくらいで着くか分かる」
「えっ、あと20分くらいじゃないかなぁ」
彼女のほうを振り向きそう答えた友人は、麼矢の表情と、せわしなく動く足を見て、彼女の置かれている状況に気付いた。
「もしかして、トイレなの」
そう小声で尋ねる友人に軽くうなずいて答える。
「きつかったら、先生に言ってコンビニとかによってもらったら」
「…うん。でも…」
すでに周りは田園風景になっており、コンビニなどありそうにない。
(あぁ、トイレ行きたい。おしっこしたい)
ますます足を激しく動かしながら、麼矢には我慢するしか道はなかった。
麼矢にとっては数時間にも思えた訳30分後、彼女を乗せたバスはN中学校に着いた。
「マヤ、楽器運ぶのはいいから。先にトイレ行きな」
「うん、ありがと」
言われるまでもなくそうするつもりだったが、素直に礼をいった。
(はやく、はやくトイレ)
他の生徒の列に続きバスから降りた麼矢は、体育館へと走り出した。
(あーっ、もれちゃうよー)
ダッシュで走り、トイレの前にたどり着いた麼矢を待っていたのは、女子トイレの前に並ぶ数人の列だった。
(そんな…、はやくしないと出ちゃうぅ)
どうやらトイレはここ一箇所しかないようだ。麼矢は思わず股間にいきそうになる手はスカートをつかむことでこらえていたが、自然とすり合わされる腿の動きは止められなかった。時折男子トイレに人が出入りしているが、それでも彼女の足は動き続けた。
(もう…、やばいかも)
本気でもらしてしまうことを考え始めたとき、ようやく彼女の番が回ってきた。
出てくる人を押しのけるように個室に入る。
(ふぅ、間に合った…)
しかし、便器を見て安心してしまった彼女の一瞬の隙を、溜められた液体は逃さなかった。
(あっ)
フライングして飛び出したおしっこに驚いた彼女は、パンツを脱いで便器に座るという当然の動きが出来なかった。何とかおしっこを止めようとするが、彼女の股間から溢れた液体はどんどん足を伝っていく。
(あぁっ、もうっ)
あせった彼女はパンツを履いたまま便器に座った。そして止めようとしていたおしっこを解き放つ。トイレには便器を叩く水流の音が鳴り響く。
(ふぅ…、気持ちいい)
音消しをしていないことも忘れて解放感に浸っていた麼矢だったが、水流の勢いが収まるにつれ、現実感が戻ってくる。
(…どうしよう。パンツ…、びしょびしょだ)
どうしようといっても、選択肢が一つしかないことは分かっていた。個室の前には次を待っている子もいるのだ。迷っている暇はない。
麼矢は、今日一日、スカートがめくれないように注意することを決意しながら、そっとパンツに手を伸ばしたのだった。


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