塩犬作品

トイレ不足の施設に女子が集うということ

プロローグ
 野田祐二は決して手抜き仕事をするような不真面目な人間ではなかった。ただあの時はいくつかの偶然が重なり、彼が下した以外の選択肢は考えられなかったのだ。そういった意味では、あの「事件」は不可抗力による「事故」といったほうが正しいのかもしれない。
 一つ目の偶然は、本当の意味での事故であった。S市の有する市民コンサートホールに、大型トラックが突っ込んだ。そのコンサートホールでは一週間後に、市内の高校の吹奏楽部による発表会が予定されていたのである。だがこの時点では、まだ他の選択肢は残されていた。市内にはまだそれなりの大きさの施設はいくつかあったのである。
 次の偶然は、その年がたまたまS市と元N村の合併10周年にあたる年だったことである。このことに気づいたある役員が、せっかくならこの発表会を10週年記念のイベントとして元N村で開いてはどうだろうと提案したのだ。この思いつきはおおむねの賛成を得て、その責任者にN村出身の野田が任命されたのである。
 この仕事を任された彼の頭には、二つの選択肢が浮かんだ。N公民館と、N中学校の体育館である。設備の面で言えば公民館、単純に広さで言えば体育館が勝っており、判断に迷うところではあったが、幸か不幸か、彼に選択の余地はなかった。問い合わせの結果、発表会の予定されているその日、公民館では別のイベントが予定されていたのである。
 残された日程を考えれば、あまり熟考する時間はない。学校のほうに問い合わせてみると、校舎の中にさえ入り込まなければ、体育館、校庭、駐車場などは使ってもらって構わないということだ。確かに音響の面では不満もあるだろうが、部活動やPTAでも使うから最低限の設備は整っているはずだし、何よりも他に選択肢はない。
 期日も迫る中この案はあっさりと、たいした審議もされずに受け入れられた。こうして話は意外なほどトントン拍子に進み、「合併10周年記念高校吹奏楽大会」は、N中学校体育館で開かれることになり、業者による準備が始まった。野田があの「事件」の可能性に始めて気づいたのは、大会前夜の妻のこんな言葉を聴いたときであった。
 「吹奏楽の大会ねぇ。じゃあ女の子ばっかりで、あなた、いい目の保養になるんじゃないの」

戻る 第一話