ミニメロン作品

最笑兵器ミラクル歌織

3:ミラクル
 オレンジ色の壁に囲まれた空間で、歌織ははるか後方から伸びる4本のアームに手足を掴まれ大きく広げさせられていた。
「ここがミラクルの中……」
 歌織は周りを見回して呟いた。
 社長やシルヴィアの説明が本当なら、自分は部品としてミラクルに搭載されたはずである。
 しかし、自分がここで何をすればよいのか、そして具体的に何のための部品なのか、誰からも何も説明を受けていない。
 分かっているのは、これで自分の自由が完全に奪われたという事だけであった。

 社長はメイド秘書と共にオペレーションルームに立ち、前方の空間に投影されたスクリーンを見つめていた。
 そこには、ミラクルの中で手足を拘束され、不安げに辺りを見回す歌織の様子が映し出されている。
「生体パーツ歌織、搭載完了しました」
 オペレータの一人が社長に告げた。
「よろしい。それでは、地球攻略兵器ミラクル、発射」
 社長の指令により、オペレータたちが操作パネルに指を走らせた。
「デストレード、地球に向けて旋回」
 宇宙に浮かぶ髑髏がゆっくりと向きを変え始めた。
 やがてその回転が再び停止した時、大きく見開かれた隻眼が地球を見据えていた。
「シャトルゲート開口。ミラクル、発射位置へ」
 髑髏の口が開き、細長いアームが蛇の舌のように伸びる。
 その先端は人の手の形をしており、ミラクルの中央部の軸をしっかりと握っている。
 その手はミラクルの頭部を地球に向け、そのままゆっくりと開き、ミラクルから離れた。
「支持アーム開放完了。ブースター点火5秒前、4……」

 ミラクルの内側からは、外の様子は分からない。
 しかし、自分がミラクルと共にどこかに運ばれているという事だけは分かった。
 いよいよミラクルは地球に向けて打ち出されようとしているのだ。
 涙にかすんだ目を閉じると、瞼の裏に元ルームメイトの無邪気な顔が浮かんだ。
「さようなら、ハンナ」

「3、2、1、点火」
 オペレータによるの秒読みが終わると同時に、ミラクルの後部から青い炎が噴射された。
 頭部をまっすぐ地球に向けたまま、前進を開始するミラクル。
 その様子を、髑髏の隻眼越しに社長とメイド秘書が見守っていた。
 オペレータによる報告が部屋に響く。
「ミラクル、発射シーケンス完了。大気圏突入まで15分」

 いつの時代でも、夜の学校というのは不気味なものだ。
 七不思議研究会のサラにとってはまさに絶好の研究場所なのであろうが、ハンナとしては、怪奇現象に出くわすのは御免蒙りたい。
 校舎の玄関も廊下の数個所に設けられている扉も、この時間は全て施錠されているが、サラにとっては問題ではないようだった。
 いずれの扉も、脇に設けられているキーパネルにサラが暗証番号を入力すると、いとも簡単に開くのだ。
 闇に包まれた廊下を進みながら、サラは語り始めた。
「昔、科学があまり発達していなかった頃、笑う事により病を癒し未来を占う巫女たちが日本にいたの」
 その巫女たちは笑い巫女と呼ばれ、当時は政や戦においても多大な影響力を持っていたという。
 しかし、江戸時代になると学問の発展に伴い笑い巫女の力は人々を惑わす元凶と見做されるようにななった。笑い巫女の活動は禁止され、それ以来、しばらくは彼女たちが人々の目の前で力を発揮する事はなかった。
 その力が再び人々の目に触れる事になったのは、サイバーテロによる世界大戦が始まった時であった。
 ある一人の少女が、自分のいる街に向けて発射された無数のミサイルを、笑い声によって全て排除したというのだ。
「彼女の名前は榊原詩織。笑い巫女の末裔である事は間違いないわ」
 二人は無重力体育館に繋がるエレベータの前に辿り着いた。
 エレベータを待つ間も、サラの話は続いた。
「有識者の多くは彼女の起こした奇跡を否定したけれど、超常現象の研究家たちは彼女の能力に関して様々な調査を行い、アストロウォーターの前身である地上学園都市ディープオアシスの七不思議研究会もその調査に参加していた。そして、どうやらその頃に採取されデータ登録された彼女のDNAが歌織のベースになっているらしいのよ」
 エレベータが到着し、扉が開いた。
 直方体の固定プレートが並ぶエレベータの中にサラが入っていく。
 ハンナが後に続きながら尋ねた。
「そんな事どうして分かったの?」
「いつものように、学園の生徒管理システムをハッキングして調べたの」
 ハンナは、学園七不思議研究会が今まで幾度となく活動停止処分を受けている事を知っている。
 しかし、その理由については今のサラの答えでようやく理解したのだった。
 そして、彼女の話が御伽話ではないという事も。
 サラは固定プレートの一つに背中を密着されるように立つと、プレートに付属しているベルトで身体を固定した。
 そして、隣のプレートにハンナが同様に身体を固定し終わったのを確認すると、目の前の空間に投影された表示面に手を伸ばした。
「プロフェッショナルエディションとしてはレアなケースだけれど、今以上に厳しかった投入前審査をデストレードのDNAがパスするためには、学園登録のDNAをベースとするしかなかったのかも」
 表示面の示すエレベータの現在位置が上方に移動するにつれ、遠心重力が弱まっていくのが感じられる。
「それともう一つ。歌織と同じ程度に榊原詩織とよく似たDNAを持つ生徒がもう一人いる事も分かったの。それがあなたよ」
「あたしが?」
 サラの言葉に、ハンナは耳を疑った。
 サラの言葉が本当なら、自分も歌織と同じようにデストレードによって手配されたプロフェッショナルエディションかもしれないという事なのだろうか。
 しかし、自分にはママやお母さんがいて、先生方からも自分はホームエディションなのだと聞かされている。
 それに、差入れとして送られてきた「笑い美人」のメーカーであるライフメンテナンス社は、くすぐりマシーンでのビジネスにおいて、デストレードとライバル関係にあるはずだ。
「もしかして、あたしのママやお母さんは彼女と何か関係が?」
 そう尋ねたサラだったが、過去に時々ママやお母さんと電話で話した時も、榊原という名前を聞いた事はない。
「残念ながらそこまでは調べられなかったわ。けれどもその答えはもうすぐ分かるかもしれなくてよ」
 やがてエレベータが停止した。
 二人がベルトを外すと、身体が宙に浮き上がった。
 開いた扉の向こうには、数名の生徒が漂っていた。どうやら彼女たちも学園七不思議研究会の会員らしい。
「着いたわ。みんな揃ってるわね。準備はいい?」
 サラの言葉に、生徒たちが頷いた。

「ミラクル、大気圏に突入」
「地球各地の軍事施設からミラクルに向けてミサイルが発射されました」
 オペレーションルームの前方の空間に、ミラクルの現在位置が表示される。
 地表に向かって落下し続けるミラクルに向けて、地上から無数のミサイルが上昇し、ミラクルに向かいつつあった。
 しかし、報告を聞いた社長は至って冷静だった。
「予想どおりの展開だな。それでは、まずはパターンAだ」
「了解。パターンA、プログラム、エンター」
 社長の指示で、オペレータたちが操作パネルに手を走らせた。

 大気との摩擦で加熱し轟音を上げながら地表めがけて落下し続けるミラクル。しかし、その内部は常温に保たれていた。
 それでも、小さく響いてくる振動から、ミラクルが地表に落下しつつある事が歌織にも分かった。
 このまま地表に激突すれば、ミラクルも自分も木端微塵になるのだろうか。
 不安に苛まれて再び周りを見回した時、自分の手足を拘束しているアームと同様の別なアームが二本、後方から自分の両脇に伸びて来ている事に気づいた。
「えっ? 何?」
 警戒する歌織であったが、手足の拘束から逃れる事はできない。
 二本のアームは歌織の大きく開かれた左右の無防備な腋の下を捉え、十本の指を容赦なく蠕かせ始めた。
「きゃははは、何これ、くすぐったーい!」
 たまらず笑い声を上げる歌織。
 アームの指の動きはなおも激しさを増して行き、歌織の腋の下に妖しく耐え難い刺激の嵐を送り込み続ける。
 そしてその嵐は歌織の全身を激しく身悶えさせ、凄まじい笑い声となって歌織の喉から迸り続ける。
「きゃははは、もうだめぇ」
 その激しい笑い声は、ミラクル全体はおろか、周りの大気をも激しく震わせる。

「ミス・歌織の超自然的笑い声によりミラクルの周囲に衝撃波が発生」
 オペレータの一人がミラクル周辺の状況を報告した。
 衝撃波に包まれたミラクルに接近したミサイルは、ミラクルに触れる事なく周囲で次々と爆発して行く。
 それでもミサイルは次から次へと襲いかかる。
 無数のミサイルに対抗すべく、腋の下の腕はなおも激しく指を蠢かせ続け、歌織の喉から超自然的な笑い声を迸らせ続ける。
 そのあまりのくすぐったさに、時々歌織の意識が遠のき、目の前にありえない空間が見える。
 やがて、その光景がミラクルの外の光景なのだと気づいた時、体内に送り込まれる凄まじいくすぐりの刺激の嵐と無数のミサイルの爆風の嵐の中で、歌織は身悶えながら悲鳴と笑い声を上げ続けた。
「もうやめてぇ、きゃははははは!」
 ミラクル周辺に歌織の激しい笑い声とミサイルの爆音が響き続けた。
 そしていつの間にか爆音は聞こえなくなり、歌織の笑い声だけが響き続けていた。

「ミラクル、地球からの全ミサイルを反撥排除しました」
「データどおり」
 オペレータの報告に、社長はにんまりと頷いた。

 もはやミラクルの周囲にはミサイルは存在しない。
 しかし、次なる攻撃に備えてか、腋の下のアームの指は、なおも激しく蠢き続ける。
 その指の蠢きに、歌織は激しい悲鳴と笑い声を上げつづけていた。
「あたし、利用されてるぅっ、きゃはははは」

 地上の人類が生物化学兵器によって死滅した直後から、死を免れた一部の生物は放射能や様々な化学物質の影響により突然変異を繰り返していた。
 特に海中に棲息する一部の植物は、巨大な身体と俊敏な動きを併せ持つ巨大な大蛇へと進化を遂げていた。
 今、その大蛇の群が一斉に海中から首をもたげ、天空から落下しつつある脅威の種に向かって突進しつつあった。

「海中より変異植物ドラゴンカズラが多数出現。ミラクルへ急速接近中。軟体特性のため、衝撃波による排除は不可能。接触すれば圧迫破壊される可能性大であります」
 オペレータの報告に対し、社長は新たな指示を出した。
「次はパターンMだ」

 歌織の後方から新たな二本のアームが接近し、歌織の左右の腰に取り付くと、その部分に指を食い込ませ、激しく蠢かせ始めた。
 その新たなくすぐりの刺激に、歌織の悲鳴と笑い声が激しさを増す。
「きゃはははは!腋の下と腰を同時にこちょこちょしちゃだめぇっ! きゃははははは!」
 その凄まじい笑い声は、ミラクルの周辺大気に超自然的な影響を及ぼしていた。
 周囲のあちこちに不気味な黒雲が生まれ、急激に広がっていく。
 それらの黒雲は、本来自然界には存在し得ない超自然的な物質で出来ていた。
「きゃははははは!」
 歌織の笑い声によって、黒雲は次第に大きさを増し、辺り一帯に広がって行く。
 やがて黒雲はミラクルをすっぽりと覆い尽くした。
 その不気味な闇の中から、歌織の超自然的な笑い声が地球大気に響き渡り、黒雲をさらに拡大して行く。
 ミラクルに襲いかかろうとしていたドラゴンカズラは黒雲に触れた途端、一瞬にして枯れ草と化した。
 緑色の大蛇の大群が、次々と黒雲に頭を突っ込んでは茶色く枯れ果て、ボロボロに崩れていく。

「笑い声による超自然的波動により周辺大気の分子構造及び原子核構造が変化。吸命特性を持つ黒色気体が大気中に拡散」
「黒色気体、ドラゴンカズラの命を吸い取り殲滅」
 オペレータの報告に、社長は満足げに頷いた。
「よし。このまま黒色気体を拡散。地表への太陽光を完全遮断せよ。地上の軍事システムも変異植物もその活力を太陽から得ている。それを断てば戦況は我々に有利となろう」

 凄まじいくすぐりの刺激に朦朧とする意識の中で、歌織は地球全体が不気味な黒雲に飲み込まれていく様を目の当りにしていた。
「きゃはははは! 空が、地球の空が、消えていくぅ、きゃはははは!」
 歌織には分かっていた。
 地球を飲み込む黒雲は、自分の笑い声によって発生したものなのだ。
 しかし、そうと分かっていても、腋の下と腰に凄まじいくすぐりの刺激を送り込まれ続けている歌織には、喉から迸る笑い声をどうする事もできなかった。
 やがて地球の空は、不気味な闇に完全に閉ざされた。

 かつて地球に人類が繁栄し、様々な国に分かれていた頃、各地の軍事施設には、それぞれの国、それぞれの基地の考え方に基づき、それぞれ異なる防御システムが設けられていた。
 しかし、地上の全ての軍事システムが人工知能によって制御され、維持管理されている現在、過去に一部の軍事施設にしか設けられていなかった高性能な防御システムが、他の全ての基地にも備えられていた。
 今、ミラクルの進路の先にある軍事基地の一つから、強力な電磁波が上空に向けて放たれた。
 その電磁波を放つ、巨大なパラボラアンテナこそ、人工知能によって全ての基地に展開された、強力な防御システムなのだ。
 電磁波は分厚い壁となって地表を覆うように周囲に広がり、近隣に存在する別な基地から放たれた電磁波と融合し、その範囲を広げて行く。
 その強力な電磁波の壁は、地表に接近するあらゆる物体を一瞬のうちに灰にするだけの威力を持っている。

「地上各地の軍事施設上空に電磁シールドが拡大中。ミラクルの進路を完全封鎖しています」
 オペレータの報告に対し、社長は臆する事なく次なる指示を出した。
「パターンN」

 歌織の後方から、さらに二本の腕が出現し、歌織の左右の足の裏に取り付いた。10本の指が激しく蠢き、足の裏を這い回り、あるいは足の指の間をくじり立てる。
 敏感な腋の下や腰と同時に、敏感な足の裏を激しくくすぐられてはたまらない。
「きゃははは、足の裏はやめてぇっ! 腋も腰ももうやめてぇっ!」
 歌織の、左右六箇所の敏感な部分から送り込まれる凄まじいくすぐりの刺激は、凄まじい嵐となって歌織の中で吹き荒れ、笑い声となって歌織の喉から迸る。
 その凄まじい笑い声は、ミラクルの周辺大気のみならず、空間自体をも激しく震わせ、大きく歪ませるほどのものであった。
 地表を覆う電磁シールドの内側で、空間にいくつもの巨大な穴が開いた。
 そして、その穴の向こうに存在する別な空間から、全身がオレンジ色をした巨人が地上に降り立った。
 巨人の口から放たれた白色のビームが、電磁シールドを放射しているパラボラアンテナを貫いた次の瞬間、基地全体が巨大な火の玉と化していた。

「電磁シールドの内側に亜空間ゲートが多数開口。笑い言語により虚神兵を召喚」
「虚神兵から放射されたビームが軍事施設を撃破」
 オペレータの報告を受け、社長はすかさず次なる指示を出した。
「笑い言語により虚神兵に伝えよ。7時間で世界を焼き尽くせと」
 オペレーションルーム前方に投影されたスクリーンには、グリーンで塗りつぶされた円が表示されている。
 地球の状態を示すその円の中に、赤い斑点が次々と現れ、次第に面積を広げて行った。

 笑い言語。
 それは、超自然的な笑い声による空間の歪みによって生成された超自然的亜空間から召喚された異形の者たちと会話をするための、唯一の言語である。
 ミラクルのくすぐりアームを制御する一連のシステムには、人の言葉から笑い言語への翻訳ルールと、歌織の全身への各種くすぐりパターンとそれによって発声される笑い声との関係を示す、くすぐり特性データが詳細に記憶されている。
 すなわち、システムに入力された人間の言葉は、笑い言語へと自動翻訳された後、歌織のくすぐり特性データに基づき、歌織へのくすぐりパターンへと変換される。
 そのくすぐりパターンは、アームの指を通して歌織の身体に送り込まれ、その結果、対応する笑い声となって歌織の喉から発声される。
 この一連のプロセスによって、亜空間から召喚した者たちに様々な指令を出す事ができるのだ。
「きゃはははは、もうだめぇっ、あたし、死んじゃう、地球も燃えちゃう、きゃはははは!」
 歌織は喉から迸る笑い声を必死に抑えようとするが、容赦なく送り込まれるくすぐりの刺激は、歌織の喉から否応なく笑い声を迸らせる。
 歌織にはなぜか、その笑い声の持つ意味が分かっていた。
 7時間で世界を焼き尽くせ。
 その笑い声を必死に否定しようとするが、凄まじい指の蠢きによる刺激の嵐のなすがままに迸り続ける笑い声を、どうする事もできない。
 地上のあらゆる場所を徘徊する虚神兵の周りで、火の海が急速に広がって行った。


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