ミニメロン作品

最笑兵器ミラクル歌織

2:デストレード
 歌織のいなくなった部屋で、ハンナはベッドの上に腰かけ、歌織の脱いで行った「笑い美人」を抱きしめながら、歌織が戻ってきた時の事を想像していた。
 さっきの続きだからと歌織に「笑い美人」を差し出した所で、歌織は素直に着たりはしないだろう。
 そればかりか、「今度はハンナの番」と言う事で、ハンナが着る事になるのだ。
 歌織はさっきの仕返しと言いながら、容赦なくリモコンを操作し、レオタードの蠢きに身悶えるハンナにこう言うのだ。
 リモコンのスイッチをオフにしてほしければ、二度とあんな悪戯をしないと言いなさいと。
 しかしハンナは耐え続けるのだ。歌織の手によって操作される、レオタードの激しいくすぐりに。
 笑い声を上げながら身悶え続けるハンナに、歌檻はいつしか夢中になり、自らの手を伸ばしてハンナの剥き出しの太股や足の裏に指を這わせ、激しく蠢かせ始める。
 歌織による指の悪戯を感じ、歌織がさきほど体験した「笑い美人」の蠢きを感じる事は、全身に歌織を感じる事。
 その凄まじい刺激に、気を失うまで耐え続けるというのは、何と素敵な考えだろう。
 しかし、肝心の歌織が戻って来なければ、何も始まらない。
「歌織、遅いわね。まさか続きをされるのが嫌で外へ逃げたなんて事は?」
 ハンナは立ち上がると窓際に歩み寄り、カーテンの隙間から外の様子を伺った。
 無論、歌織が本当にハンナの悪戯から逃れるために外へ逃げるとは思わない。
 それに、仮に歌織が外へ出ていたとしても、今頃窓から見える場所にいるとは思えない。
 だから次の瞬間、ハンナは目を疑った。
 歌織はちょうど、寮の建物から外へ出た所だった。しかも彼女の前を、見知らぬ女が歩いている。
 そして、彼女たちの目指す先には小型飛行艇とおぼしき乗り物が停められていた。
「な、何? 歌織! あの女は誰? あの乗り物は? あんなのに乗って一体どこへ何しに行く気なの? まさか、私に内緒で別な女の人とデート? そんなの絶対許さないんだから」
 ハンナは制服の胸のポケットから生徒携帯を取り出した。
 表示されたメニューから歌織への通話を選択する。
 しかし、期待した呼出し音のかわりに聞こえてきたのは、事務的な機械音声のアナウンスだった。
「只今おかけになった生徒番号は、現在使われておりません。もう一度番号をお確かめになるか……」
「え?」
 開いた部屋の扉ののすぐ向こう側に、寮の管理長が立っていた。
 そして、携帯を耳に当てたままのハンナに告げた。
「本日5分前をもって、ミス歌織はアストロウォーター第一高等部を中退。依頼主であるデストレード社に出荷されました」
 管理長の言葉に、ハンナは愕然とした。
「そんな……」

 せめてハンナに一言挨拶をしてくるべきだっただろうか。
 いや、そんな事をしても、別れが悲しくなるだけだ。
 たとえ今日シルヴィアがやって来なかったとしても、アストロォーターを卒業すれば、自分はデストレードに引き取られる事になっていたのだし、ましてや彼女と結婚するなど最初から不可能なのだ。
 つまり、ハンナとの別れは必然であり、遅いか早いかだけの違いだけなのだ。
 アストロウォーターのゲートを目指すシャトルの眼下には、灯りの落とされた闇の中で校舎や寮の建物が整然と並んでいる。
 歌織はその闇を眺めながらずっと押し黙っていた。
 その沈黙を破るように、シルヴィアが口を開いた。
「会社に着くまでの間、わが社と地球の本当の歴史についてお話しておきます。今から20年前、地球は軍事施設に対するサイバーテロによって、人工知能に支配されました。そのテロを仕掛けたテロリスト集団こそ、デストレードなのです」
「何ですって?」
 シルヴィアの言葉に、歌織は目を見開いた。

 デストレードは各国に兵器を売る兵器製造販売会社であり、多くの国と国とが戦争を繰り返す暗黒の時代において莫大な利益を得ていた。
 しかし、情報通信技術、とりわけ各国語間の自動翻訳技術の発展は、大人同士の争いを知らない子供達の間に国境を越えた繋がりをもたらした。
 そして彼らが大人になり、社会の主要な地位に着くようになるにつれ、国同士の紛争は激減して行った。
 そうして実現しつつあった、戦争のない平和な世界は、デストレード社にとって最悪の経営環境であった。
 デストレード社の製品もデストレード社自体も、もはや世界から必要とされていなかったが、経営幹部たちはあくまで、会社と兵器製造販売事業の存続に拘った。
 そしてそのためには、世界大戦を人為的に起こす事が必要だったのだ。

「ところが、予定どおり世界大戦が勃発した後、テロに使用したコンピュータウィルスが暴走。巨大な人工知能に成長した上、ネットワークを通じてあらゆるシステムから新たな機能を次々と取り込み、もはや誰にも止める事ができなくなってしまったのです」
 シャトルはゲートを通過し、宇宙に出た。
 オートパイロットにより、あらかじめ定められた進路に従い目的地に向けて飛び続ける。
「自己増殖した軍事システムは、人間を地球にとって有害な存在とみなし、戦うために地上に残っていた男たちを生物化学兵器によって死滅させました。しかし、宇宙に避難した女たちのコロニーをも攻撃しようとはしませんでした。宇宙に統一国家が出来てからは、人々は戦争や争いをそれまで以上に嫌うようになり、兵器はますます売れなくなりました」
 窓の外には、白いもやに包まれた地球の姿が広がっている。
 かつでは人間の唯一の生活環境であったその星の姿を眺めながら、歌織はシルヴィアの話を聞いていた。
「新たな収益源として拷問用くすぐりマシーンを開発したものの、兵器ほどの収益は得られず、健康機器メーカー各社のくすぐりマシーン市場への参入などもあり、我が社の業績はさらに悪化して行きました」
 歌織の脳裏にさきほどハンナに着せられた「笑い美人」が浮かんだ。
 ハンナはそれを健康美容グッズと言っていた。
 確かに「拷問マシン」と「健康美容グッズ」ならば後者の方が需要は上だろう。
 そしてあの程度の「性能」であれば、拷問マシンとしても使えそうな気もする。
「そこで新たな幹部たちは考えました。我々が地球を攻撃し、その土地の一部でも奪還できれば、人々は報復攻撃から身を守ため、そして戦いによって自分たちの土地を取り戻すために、再び我が社の兵器を買い求めるようになると。そして地球への攻撃に使用する兵器は、地球の軍事システムに対してある程度のダメージを与えうる、従来の兵器を越えた超自然的な力を持っていなければなりません」
 シルヴィアの操作によって、目の前に奇妙な形をした物体が表示された。
「これが、その超自然的な力を生み出す装置「ミラクル」。地球に投下され、奇跡の力によって地上に存在するあらゆる物を破壊する兵器です。そしてあなたは、この兵器に搭載される主要部品として開発されたのです」
 その言葉に、歌織は再び目を見開いた。
「あたしが部品? 兵器に搭載? そんな、あたし、いやです」
 意外な事に、シルヴィアは歌織のその言葉を待っていたかのように、素早く手を動かした。
「それでは逃げるのです。私と共に」
 シルヴィアの言葉と同時に、進路変更を示すメッセージが二人の目の前に表示された。

「社長、ミス・歌織を連れて帰還途上だったシルヴィアのシャトルが進路を変更し、ライトプロテクト本部へ向かっている模様であります」
 デストレードの管制室でシルヴィアのシャトルを監視していたオペレータの報告に、社長は目を見開いた。
「なんと。あの者もスパイであったか」
 すでにミラクルはほぼ完成している。後は最も重要な生体パーツを搭載するのみ。
 しかし、ここへ来て不測の事態が発生するとは。
「ミス・歌織がいなければ、ミラクルは発動できません。追跡部隊を出しましょうか?」
 メイド秘書が提案したが、社長の頭には、すでに別な考えが浮かんでいた。
「慌てる事はない。まだもう一人の予備が残っている」
 その時、社長のポケットの中の携帯電話が鳴った。
 耳に当てると、電話の相手は慌てた口調でまくしたてた。
「ママ、聞いて。あたしの大事な友達が突然退学させられて、デストレード社に連れて行かれたの。あそこって、兵器とか拷問マシンとか作ってる悪徳会社でしょ? だからあの子がどうなるのか心配で……」
 自分が社長を務める会社を悪徳会社と呼ばれて良い気分はしないが、今はそれを表に出すわけにはいかない。
「ごめんなさい。ママは今、手が離せないの。その話はまた後で。お母さんも今は仕事中だから、邪魔しないようにね」
 怒りを抑えながらそう言うと、社長は通話を切り、携帯をポケットに戻した。
「今のはもう一人の予備からですね。回収の手配をいたしましょうか」
 メイド秘書が提案したが、社長は今度もまた首を縦には振らなかった。
「その必要もなかろう。ミス・歌織がライトプロテクトに到着次第、通信を入れる。我々が迎えに行かずとも、彼女は自分からここに来る」
 社長の言葉に、メイド秘書が頷いた。
 さきほどの携帯での通話で社長が最後に言った言葉が効いたのか、メイド秘書の携帯は鳴らなかった。

 シャトルは、宇宙に浮かぶ帆船に近付きつつあった。
「ここが、プロフェッショナルエディションの人間としての権利を守るための人権保護機関ライトプロテクト。企業の所有物である人材を奪う事から宇宙盗賊とも呼ばれているけど、政府の関連組織だからデストレードも簡単には手が出せないはずよ」
 シルヴィアの説明によれば、プロフェッショナルエディションの人権問題は、アストロウォーターがプロフェッショナルエディションの生産を開始した当初から存在していた。
 企業からの注文として提供される遺伝情報の中には、成長過程で人としての姿形を失うモンスターや、人としての正常な感情の発達が見込まれないものなど、通常の人間からかけ離れたものが相継いだ。
 無論、そのような遺伝情報はバイオプラントへの投入前に行われる審査によって排除される。
 しかし、通常の人間とさほど変わらない者であっても、プロフェッショナルエディションは企業の所有物であるが故に、人間というよりも消耗品としての扱いを受ける場合が少なくない。
 生体実験に使われたり、あるいは部品の一つとして機械に組み込まれて休み無しに働かされたりといった事例はいくらでも存在する。
 そのような事態を重く見た政府は、プロフェッショナルエディションの労働環境を監視するための特別な組織を立ち上げる事となった。
 労働環境の監視は各企業に送り込まれたスパイによって行われ、必要と判断した場合は然るべき措置を取るのである。

「船長。ミス・歌織を連れて参りました」
 シルヴィアの声に、船長と呼ばれた女が振り返った。
 ブリッジの床の上に、磁力靴を履いたシルヴィアが立ち、その腕に歌織がつかまって浮いている。
「ご苦労。それでは引き続き、今後の事について彼女に説明を」
「了解。ミス・歌織、こちらへ」
 目の前の空間に説明図を表示させ、シルヴィアは説明を始めた。
「私たちはこれから、あなたとデストレードとの関係を解消するための手続きに入ります。理由の正当性を示す証拠として兵器ミラクルの設計データを入手済ですから、手続きは速やかに完了するでしょう。その後、あなたは他の企業の所有物となるかあるいは家庭の所有物となるかを選択する事ができます。まずはあなたの希望を聞き、それに基づいて私たちはあなたを相手方に紹介します」
「船長、デストレード社からビデオ通信が入っています」
 オペレーターの一人が船長に報告した。
「中央スクリーンに出せ」
 船長の指示で、ブリッジの前方に一人の女の顔が映し出された。
「お久しぶりです。ライトプロテクト船長」
 デストレード社長の挨拶どおり、ライトプロテクトはこれまで、デストレード社による様々な人権問題に遭遇してきた。
 社長がプロフェッショナルエディションを兵器に組み込もうとするのも、今回が初めてではない。
「用件は何だ。ミス・歌織の引渡しであれば断る。たとえ一企業の所有物であろうとも、人間を兵器に搭載するなど、人道的に許されるものではない」
 船長の言葉に、デストレード社長が反論する。
「かつては普通に行われていた事です。戦闘機という兵器にパイロットという部品を搭乗させるのと何ら変わりません」
「だが、本人はミラクルへの搭載を拒否している」
「拒否権を主張するというわけですね。ならばミラクルには予備のパーツを使う事にします」
 その言葉に、シルヴィアが顔色を変えた。
「予備パーツ? そんな話、聞いてないわ」
「今回のような事もあろうかと、私が直々に学園と交渉し、用意させていた。もっとも本人は、自分がホームエディションだと信じているでしょうけどね」
 デストレードの人材設計部の一員であったシルヴィアにも知らされていなかった、予備パーツの存在。
 もしもそれが事実であれば、兵器に搭載されようとしている人物がもう一人存在する事になる。
 一刻も早くアストロウォーターに舞い戻り、その予備パーツとやらを保護しなければ、手遅れになってしまう。
 しかし、一体その予備パーツとは誰なのか。
 その時、歌織には一人の少女の顔が浮かんでいた。もしも予備パーツが彼女でないとすれば、デストレードの社長はわざわざここへ通信などよこすだろうか。
「その予備パーツって、まさか……」
 声を震わせる歌織に、デストレード社長は予備パーツの名前を告げた。

 いつの間にか、食堂にはハンナ以外誰もいなくなっていた。夕食を取りに来たものの、食事は喉を通らず、ずっと考え事に耽っていたのだ。
 歌織の事を、クラスメイトには相談できない。相談した所でどうなるかは、歌織がプロフェッショナルエデシションである事を隠してきた理由を考えれば明らかだ。
 先ほどママに電話をかけたが、仕事が忙しいらしく取り合ってはくれなかった。
 お母さんも忙しいからと、ママに釘をさされてしまった。
 やはり歌織を取り戻すのは不可能なのか……。
「ここ、いいかしら」
 突然降ってきた声に、ハンナは顔を上げた。
 返事のかわりに、小さなテーブルを占領していた自分の食事を載せたトレイを引きよせる。
 テーブルの向かい側に座った生徒に、ハンナは見覚えがあった。
「あなたは確か、学園七不思議研究会の……」
「サラよ。今日は同室の子は一緒じゃないのね」
「ええ、いきなり退学させられて、依頼元の会社の人に連れて行かれたの。自分ではホームエディションだって言ってたのに」
「その会社って、もしかしてデストレード?」
 まるで当然であるかのようにサラの口から滑り出した悪徳企業の名前に、ハンナは目を見開いた。
「どうして分かったの?」
「自分がプロフェッショナルエディションである事を隠す理由なんて、他に考えられないもの。でも、そうなると彼女、生体パーツとして新兵器か何かに組み込まれる可能性が高いわね」
 平然とした顔のサラの口から飛び出した非常識な言葉を聞くのが昨日の事であったら、ハンナは単なる空想あるいは冗談と思っていたに違いない。
 しかし、歌織がデストレードからの発注で生産された存在と分かった今、サラの言葉は信憑性の極めて高い予言のように聞こえた。
「そんな……早く助けなきゃ。先生に連絡して……」
「先生は助けてくれないわ。出荷された製品がどのように使われようと、工場には関係ないもの」
 確かにサラの言うとおりだ。先生に相談して解決するものなら、そもそも最初から歌織をデストレードなどに引き渡したりはしないだろう。それ以前に生産すら行われていなかったに違いない。
「それじゃ、どうすれば……」
「落ち着いて。彼女を助けられるかもしれない方法が一つだけあるわ。食事が終わったら、私と一緒に無重力体育館に行きましょう」
 無重力体育館に一体何があるのか分からないが、サラの言う方法で歌織が救える可能性があるなら、実行するしかないだろう。
 たとえそれが、学園七不思議研究会が企画した奇妙な実験に協力する事であろうとも。

 宇宙に浮かぶ巨大な髑髏。
 それが、シャトルのシートに一人座って前方に迫ってくるデストレードの外観を眺めた歌織の第一印象だった。
 外壁を中途半端に覆っているソーラーパネルは、頭の右半分に巻かれた包帯のようにも見える。
 まさに死を象徴するかのような姿をした宇宙建造物である。
 その死の象徴に、ついに自分は来てしまったのだ。
 シルヴィアからは、オートパイロットに設定されたデストレードへの進路を変更し、再びライトプロテクトへ戻るための操作手順も聞いていたが、ここまで来てしまっては、もはや後戻りはできない。
 社長の言うもう一人の予備。彼女を護るためには、自分が犠牲にならなければならないのだ。
 巨大な骸骨が大きく口を開き、シャトルはその口の中へと進んで行った。

 数分後、歌織は空中を移動する浮遊プレートに立ったメイド服姿の社長秘書に腕を引かれ、無重力の通路を進んでいた。
「そなたが同意してくれて助かった。予備パーツには彼女自身をホームエディションと思い込ませてあるゆえ、説得に難儀する可能性が高いのでな」
 歌織の隣で浮遊プレートの上に立っている社長の言葉は、感謝というよりは、物事が自分の計算どおりに動いている事に対する自信に満ちていた。
 やがて三人は、一つの巨大な部屋に辿り着いた。
 社長が言った。
「ここがミラクルの格納庫だ」
 部屋を占有する巨大な構造物を見上げる歌織。
「これがミラクル……」
 それは、大きさの異なる巨大なキノコを互いに逆向きにして縦に並べ、柄の部分を繋いだような奇妙な形をしている。
 確かに、さきほどシルヴィアに見せられた、あの物体である。
 部屋の片隅に、赤と白に塗られた、ちょうど人が一人入れる程度の大きさの箱が据え付けられている。
 その箱へ向けて、歌織の腕がメイド秘書に押し出された。
「そこに専用の宇宙服が入っている。着替えたまえ」
 箱に向かって漂って行く歌織に、社長が告げた。
「これは……」
 歌織が手を触れた瞬間、箱が勢い良く開き、幾筋もの光の帯が無重力空間に放たれた。
「はうぅっ、何これ?」
 あっという間に歌織の身体が光の帯に包まれた。
 光の中で、歌織の着ていた制服が、スカートが、そして下着までもが次々と剥され、宙を舞う。
「服が勝手に……」
 やがて、歌織が一糸纏わぬ生まれたままの姿となると、今度は別な帯が歌織の裸身を包んだ。
「はうはうはうぅ〜〜」
 新たな布が次々と歌織の身体に絡み付いては、その形を変えて行く。
 やがて歌織を包んでいた光が消えた時、歌織の身体は紅白の布で出来た奇妙な服に包まれていた。
「な、なんじゃこりゃ。これが宇宙服?」
 変身を終えた歌織は、自分の姿を見て驚愕した。
 それは、宇宙服というにはあまりにも露出度の高い服装だった。
 胸の前に大きく広がる白い衣は蝶の羽を思わせる布飾りであり、その一部が胸の膨らみを覆うのみ。
 赤い布で出来たスカートも、その長さは膝上までしかない。
 これほど露出度の高い服が、世間一般で言う所の宇宙服としての機能を果たすものでない事は明らかだった。
 一体何のための服なのか。
 しかし、その疑問に答える者は誰もいない。
 社長もメイド秘書も、いつの間にか部屋からいなくなっていた。
 その時、ミラクルを構成する二つのキノコ傘のうちの一つが音もなく割れ、中から人の腕を思わせるロボットアームが出現した。
「な、何あれ」
 ロボットアームが歌織の方へ迫ってくる。
 無重力空間に浮かんでいた歌織は思わず逃げようとして手足を必死に動かしたが、身体はその場から動かない。
 やがてアームが歌織の足首を捉えた。
「いやぁっ、何なのこれは」
 そのままキノコの中へと引き込まれる歌織。
「いやぁっ!」
 歌織の悲鳴が部屋に響く。
 しかし間もなくその悲鳴は再び固く閉ざされたミラクルの外壁によって遮られた。


1 戻る 3