ミニメロン作品

最笑兵器ミラクル歌織

4:ホーム
「この装置は一体何?」
 無重力体育館の中央で、ハンナは自分の頭を左右から挟み込むように存在する巨大なコイルについて尋ねた。
 その質問に、サラが誇らしげに答える。
「巫女が聖地で儀式を行っていた時の環境を再現する装置よ。周りのコイルによって特殊な磁気を発生させて側頭葉を刺激する事により、巫女の霊力を増幅するの。組み立てた所まではよかったんだけど、被験者がいなくて困ってたのよ」
 サラは、巨大な電源ボックスを胸に抱えながら、ハンナの目の前に漂っていた。
 他にも何名かの学園七不思議研究会員が、体育着にブルマという格好でハンナを取り囲むように漂っている。
 側頭葉への磁気刺激により幻覚が引き起こされるという話は、ハンナも聞いた事があった。
 しかし、それはあくまでも幻覚であって、この世にあらざる物が現実に現れるわけではない。
 それが歌織を助ける事とどう関係があるというのか。
 しかしそれ以前に、ハンナには別の疑問があった。
「でも何であたし、ハリツケにされているわけ? しかもこんな格好で」
 彼女の言うとおり、ハンナはコイルの取り付けられた頑丈なフレームに、大きく広げた手足を拘束されていた。
 そして、さきほどサラと共に更衣室に入った時に言われて着用したのは、学園指定のスクール水着だった。
「それはあなたにたっぷりと笑ってもらうためよ」
 まるで冗談のようなサラの答えに、ハンナの不機嫌さの度合は一気に高まった。
 一体どうしたらこの状況で笑えるというのか。
 そう言わんばかりに、ハンナはサラの顔を睨む。
 その顔を面白そうに眺めながら、サラは高らかに声を上げた。
「それではスイッチオン」
 サラの手が、電源ボックスのレバーを倒す。
 青く光る火の玉がどこからともなく現れ、ハンナの顔の周りを回り始めた。
「何? この光は」
 サラには見えない何かを目で追うハンナの顔を眺めながら、サラが答えた。
「磁気で側頭葉が刺激された事による幻覚よ。装置が正常に機能している証拠だわ。みんな、始めてちょうだい」
 サラの指示で、ハンナを取り囲んでいた七不思議研究会の会員たちが、一斉に手を伸ばした。
「ちょっと、あんたたち、一体何を始めるつもり?」
 ハンナの質問に答える事なく、会員たちはハンナの腋の下や脇腹、太股に指を這わせ、激しく蠢かせ始めた。
「いやぁっ、くすぐったーい、きゃはははははは!」
 会員たちの指によって送り込まれる凄まじく妖しい刺激に、ハンナはたまらずかん高い悲鳴と笑い声を上げた。
 くすぐりの刺激から逃れようにも、手足を大きく広げさせられたまま拘束されていては、どうする事もできない。
「あたしそこ弱いのぉっ、きゃはははは!」
 抵抗できない事をいい事に、会員たちの無遠慮な手の動きは次第に激しさを増し、敏感な柔肌に耐え難い刺激を送り込み続ける。
 他人の手によって自分の体をいいように弄ばれているのが悔しくてたまらないのに、迸る笑い声をどうする事もできない。
「もうだめぇ、もうやめてぇっ、きゃはははははは!」
 全身に渦巻く刺激の嵐に、目をきつく閉じる。
 その時、耳許でだれかの声が聞こえた。
「助けたくないの? あなたの大事な人を」
 それは、さして大きくはないにもかかわらず、ハンナの笑い声にかき消される事なくはっきりと聞こえた。
 いや、それはまるでハンナの頭の中に直接送り込まれているようだった。
「え?」
 ハンナは目を見開いた。
 さきほどとは別な空間が目の前に広がっていた。
 目の前に、紅白を基調とした露出度の高い服装の少女が、ハンナと同じように手足を拘束され、人工の手に腋の下や腰をくすぐられている。
 彼女からの問いに、ハンナはここに来た目的を思い出して、必死に訴えた。
「助けたい。助けたいわ」
「それじゃ、いっしょに笑って、元気良く、きゃはははは!」
 いっしょに笑えば歌織は助かるというのか。
 そんな疑問を頭の中に留めておけるほどの余裕など、ハンナにはなかった。
 ただひたすら、全身の敏感な部分から送り込まれる耐え難い刺激のなすがままに、かん高い悲鳴と笑い声を上げ続けた。

 会員たちにくすぐられ続けているハンナの体が、突如、白い光に包まれた。
 サラは目の前で始まった超自然的な現象に、目を輝かせた。
 「きゃははははは!」
 かん高い笑い声を上げ続けるハンナをすっぽりと包み込んだ光の玉は、明るさと大きさを急速に増して行く。
 そして、拘束されていたはずのハンナを取り込んだまま、急速に移動を開始した。
 無重力体育館の壁を通り抜け、アストロウォーターの外、広大な宇宙空間へと飛翔する光の玉。
 その中心で、ハンナは叫んでいた。
「待ってて歌織、今行くから!」

 無重力体育館では、超常現象の実現に成功したサラと会員たちが、歓喜の声を上げていた。
「やったわ、実験成功! これで部費の増額決定よ!」
「やったー!」
 学園七不思議研究会始まって以来の快挙に、手を上げて喜ぶ会員たち。
 しかし、しばらくすると、会員の中の数名が次に来るべき課題を口にし始めた。
「でも彼女、どこへ行ったのかしら」
「明日の授業までに見付からないと事故扱いだよね」
「また活動禁止処分とかにならなければいいけど」
 会員たちのそれらの不安を払拭するためにサラができるのは、彼女たちの声が聞こえないふりをしながら今回の実験の成功をひたすら謳歌し続ける事のみであった。

「ミラクルに、謎の閃光が急速接近中」
「何だと?」
 オペレータの報告に、デストレード社長は血相を変えた。
 オペレーションルームの窓を見ると、地球に向けて疾走する白い光の帯が見て取れた。
 ――あの光は、まさか……。
 通常では起こり得ないこの現象。
 超自然的な力を持った何者かによって引き起こされているに違いない。
 例えば、アストロウォーターにいるはずの予備パーツ。
 計画を確実なものにするために用意しておいたはずのそれが、逆に邪魔立てしようとしているとすれば、なんという皮肉であろう。
 オペレータから次なる報告が入る。
「閃光がミラクル内部に侵入」
 社長は黙ったまま、黒雲に包まれた地球を見据えていた。
 今さらミラクルに侵入した所で、予備パーツごときにできる事など何もないはずだ。
 そして、それはデストレード側にも言える事だった。
 デストレードとて、ミラクルに対して予備パーツに何かをされるという想定外の事態に、なす術など用意していないのだから。

「きゃははははは!」
 黒雲の中を落ちていく巨大な構造物の中で、歌織がかん高い笑い声を上げ続けている。
 その状況を目の当たりにした時、ハンナは猛烈な嫉妬心に襲われた。
 数年間も歌織と同室であった自分ですら、歌織の身体を自分の指でくすぐった事など数える程度しかないと言うのに、歌織の体を這い回る指は、歌織が手足を拘束され抵抗できない事をいい事に、腋の下や脇腹、腰や足の裏に無遠慮に這わせた指を激しく蠢かせ、歌織にかん高い笑い声を上げさせている。
「歌織ったらこんな機械の指で楽しそうに笑うなんて、許せない。私の指でもっと笑わせてあげるわ」
 機械の腕に負けまいと、両手の指を歌織の大きく開かされた太腿に這わせ、激しく蠢かせるハンナ。
「そおれ、こちょこちょこちょこちょ」
「いやぁっ、そんな所こちょこちょしちゃだめぇっ、きゃははははは!」
 ハンナの指の巧みな蠢きは、歌織の敏感な太腿の神経をたちまち狂わせた。
 そこから送り込まれる妖しく凄まじいくすぐりの刺激が、笑い声を上げ続ける歌織の口から、更にかん高い笑い声となって迸る。
「きゃははははは!」
 その声は、彼女たちのいる構造物の壁をも揺るがすほど凄まじいものだった。
 突然、二人の身体が光に包まれた。
 同時に辺りが轟音に包まれ、周りの壁が粉々に砕け散った。

「侵入者による直接操作により正規外の笑い声が発生。衝撃波により、ミラクル、自己崩壊」
 オペレータからの報告に、メイド秘書が声を震わせる。
「私達の新兵器が……」
 調査の結果、さきほどの閃光は、やはりアストロウォーターからのものであった事が判明していた。
 という事は、光の正体は間違いなく歌織の代わりとして用意してあった予備パーツであろう。
 ミラクルが崩壊し、歌織も予備パーツも失われたとあっては、計画を再開するために相当の年月が必要であろう。
 だが、メイド秘書の隣で正面の窓から黒い地球を見据える社長は、今回の計画に関してまだ全てを諦めたわけではなかった。
「いや、まだ大丈夫だ。虚神兵が地上の軍事施設と変異植物をすべて灰にしてくれれば、我が社の名前は歴史に刻まれ、人々は再び我々の兵器を買い求める」
 彼女の言うとおり、ミラクルが崩壊した今もなお、亜空間から召喚された虚神兵が、軍事施設や変異植物を燃やし続けている。
 地球上のあらゆる物が全て灰になるのは、もはや時間の問題だった。

「きゃははははは!」
 辺りに響き渡るけたましい笑い声で歌織は目覚めた。
 同時にハンナも目を開く。
 二人は真っ白な部屋に横になっていた。
「ここは……」
 歌織は起き上がり、周りを見回した。
 白い壁で囲まれた広い部屋の中央に、透明なカプセルが置かれている。
 そのカプセルの中で、眩しげな服装をした一人の少女が両腕両足を広げ、笑い声を上げていた。
「やっと気がついたのね。ここは地球の地下シェルターよ」
 笑い声を上げつづけながらそう告げた少女の両手両足は大きく広げたまま拘束され、カプセルの底から伸びる機械の腕に、左右の脇腹や腋の下、太腿を、絶え間なくくすぐられ続けている。
「偵察用のドローンが森に落ちたあなたたちを運んで来たの。きゃははははは!」
 機械の腕にくすぐられ、笑い続けながらそう告げるカプセルの少女に、ハンナは見覚えがあった。
 彼女は、さきほど無重力体育館で見た少女だった。
「あなたは、もしかして……」
「榊原詩織よ、きゃはははは!」
「やっぱり。でもどうすればそこから……」
 ハンナは詩織が閉じ込められているカプセルを見回したが、それを開ける方法を知るための手がかりになりそうな物は見付からない。
「いいの。私はここで一日中笑い続けていなければいけないから」
「一日中?」
 聞き返す歌織に、詩織は説明する。
「私は地球を支配した人工知能と契約を交わしたの。人間たちのせいで壊れてしまったこの地球を私の笑い声で元に戻す。そのかわり宇宙に避難した女たちには何ら危害を加えないと」
 なぜ地上の人間を全滅させた人工知能が周回軌道上の女たちを攻撃しなかったのか。
 その理由を、歌織とハンナはようやく理解した。
 詩織の言葉が本当なら、彼女を無理にカプセルから出そうとすれば、今度こそ本当に人類が滅亡してしまいかもしれない。
 それに、彼女は歌織やハンナよりもずっと年上のはずなのに、見た目には二人と同い年に見える。
 それが笑い巫女の末裔であるためかどうかは分からないが、少なくとも彼女は笑い続ける事によって、永遠の若さを手にしているのだろう。
 老いからの開放は、永きに渡る女性の夢であり、たとえ条件付きであったとしてもそれが実現されている彼女の状況は、必ずしも不幸であるとは言えまい。
 それに、彼女が笑い続けていなければ、地球の空は黒雲に覆われたまま。
 そして地上では、化け物の放った火の海がとめどなく広がり続け……。
 そういえば、あの化け物はどうなったのだろう。
 周りを見回した歌織は、部屋の天井付近に浮遊する映像を指さして声を上げた。
「見て、虚神兵がまだ動いてるわ」
 そこには、地上で燃え盛る火の海と、その中を徘徊する火の巨人が映し出されていた。
 ミラクルが消滅した今もなお、巨人は口からビームを吐き続け、火の海をさらに広げて行く。
「大丈夫。みんなで笑いましょう。あたしたちならきっとできるわ、きゃははははは!」
 詩織がひときわかん高い笑い声を上げると同時に、歌織とハンナの身体が再び白い光に包まれた。

「亜空間ゲートが再び多数開口。虚神兵が戻って行きます」
 オペレータからの報告に、デストレード社長は目を見開いた。
「そんなバカな、一体何者がそのような事を……」
「ミラクルです。人工知能により再構築された模様。二重の笑い声による超自然的波動により黒色気体を浄化しています」
 社長は再び窓越しに地球を見据えた。
 オペレータの報告どおり、地球を覆い尽くしている黒雲が、少しずつ薄まりつつあった。

 白い光に包まれた物体が黒雲の中を疾走して行く。
 結晶のように光り輝くその構造物の中で、二人の少女が両手両足を大きく開いた状態で拘束されていた。
 後方から伸びる機械の腕が、彼女たちの無防備な腋の下や脇腹に這わせた指を、激しく蠢かせ続けている。
 その蠢きによる凄まじい刺激の嵐に、二人の少女はかん高い笑い声を上げ続けていた。
「きゃはははは、くすぐったい、もうだめぇ、きゃははは!」
 歌織がたまらず悲鳴を上げる。
「でもこれが、地球環境を守るという事なのね、きゃははは!」
 ハンナのその言葉には、歌織も同感だった。
 あらゆる物は、壊す事はたやすく、元に戻す事は難しい。地球環境もまた然り。元に戻すためには、壊した時の何倍も強力な、超自然的な力が必要なのだ。
 だから、自分たちは笑い続けなければならない。
 地球から生まれ、いつか再び地球に住める事を夢見る人類のために。
 二人の笑い声は、超自然的波動となって吸命特性を持つ黒雲の分子構造、原子核構造に作用し、無害な気体へと変えて行く。
 やがて黒雲が完全に消滅すると、ミラクルはそれが浄化すべき最後の存在に進路を向けた。

「ミラクル、黒色気体を完全浄化。こちらに接近して来ます」
 オペレータの報告に、社長は即座に指示を出した。
「壊せ!」
 しかし、その時にはすでにミラクルはデストレードのすぐそばまで迫っていた。
 次の瞬間、ミラクルは光の塊となってデストレードに衝突した。
 その光はみるみるうちに巨大化し、デストレードをすっぽりと覆い尽くす。
「間に合いません。ミラクル、デストレード内に侵入。笑い声による超自然的波動により、デストレード内の至る所に改造が加えられている模様。オペレーション続行不能」
「きゃははははは!」
 オペレータの最後の報告と同時に、かん高い笑い声がオペレーションルームに響き渡る。
 その笑い声に呼応するかのように、オペレーションルームの壁の至る所から、機械のアームが出現し、社長と秘書、それにオペレータに向かって伸び出した。
「何だこれは」
 社長が気づいた次の瞬間には、アームが社長の腕をしっかりと掴んでいた。
 他のいくつかの腕も、もう片方の腕と両足をしっかりと掴み、大きく広げさせた状態で空中に拘束した。
 そして、新たに出現した腕が、彼女の無防備な脇腹に指を這わせ、激しく蠢かせ始めた。
 秘書やオペレータも同様に、アームに手足を掴まれ、脇腹をくすぐられている。
「きゃはははは、くすぐったい!」
「もうだめぇ、もうやめてぇっ!」
 秘書と社長がたまらず叫んだ時、報告書で見た事のある二人の人物がオペレーションルームに現れた。
「ママ、お母さん、ただいま」
 爽やかな笑顔で、ハンナが社長と秘書に挨拶をする。
 無論、社長も秘書も、たとえ冗談でもその二人に向かって「お帰りなさい」などと言うつもりは微塵もなかった。
「部品ども、この変な腕は貴様らの仕業か。早く止めたまえ、きゃははは!」
 社長の指示を、ハンナはあっさりと拒否した。
「だぁめ。ママもお母さんも私たちの家族なんだから、私たちといっしょにずっと笑って暮らしましょ」
 ハンナの言葉に従うかのように、アームの指の動きはなおも激しさを増して行く。
「そんなぁっ、もうだめぇ、もうやめてぇっ、きゃはははは!」
 社長も秘書も、激しく笑いながら、アームによるくすぐりの停止を懇願する。
 無論、ハンナも歌織もしばらくそれをやめるつもりはなかった。
 さきほどまで髑髏のような外観を見せていたデストレードは、今や結晶のように光り輝き、二人の家として少しは見栄えがするようになった。
 しかし、ママやお母さんと普通に暮らせるようになるためには、まだだいぶ時間がかかりそうだ。
 無論、どんなに時間がかかっても問題はない。
 デストレードのくすぐりアームにくすぐられ続けている限り、ママもお母さんも、歌織とハンナの前で笑顔を見せ続けてくれる事は間違いないのだから。

―END―


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