ミニメロン作品

最笑兵器ミラクル歌織

1:アストロウォーター
 地球上の各国の軍事施設から主な主要都市へ向けてミサイルが発射されたのは、今から約20年前の事だった。
 それまで戦争勃発の兆候はなく、各国首脳も軍事基地の高官もミサイル発射を指示したわけではなかった。
 軍事システムを制御するコンピュータが暴走したのである。
 そのような事がシステムの不具合によって世界各地で同時に起こる事は通常では考えられなかったため、暴走は大規模なサイバーテロによって引き起こされたものであるとする説が有力であった。
 しかし、テロを起こしたのが何者で、目的は何なのか、誰にも分からなかった。
 ただ、それまで平和だった世界がこの時を境に全面戦争に突入した事だけは、紛れもない事実だった。
 過去に繰り返されてきた国と国、人間同士の争いではなく、人間と機械との全面対決である。
 暴走した軍事システムは、ネットワークを通じて工場や発電所などを次々とハッキングしては、自分たちの支配下に置いていった。
 それまで共生してきた機械のほとんどを敵に回した人間に勝ち目はなく、その頃衛星軌道上に建設が進められていたスペースコロニーへの全面移住が提唱されるのに時間はかからなかった。
 戦いを好まぬ女たちは、その提唱に賛同した。
 しかし、戦う事を誇りとする男たちは、自分たちの故郷奪還のために地上に残る事を主張した。
 たとえそれが不可能であると分かっていても、そうするのが自分たちの誇りなのだと。
 かくして男と女の意見は真っ二つに分かれ、女たちは宇宙に避難し、男たちは戦うために地上に残る事となった。
 女たちのほとんどが地球を脱出した直後、地上の男たちは、自分たちに残されていたありとあらゆる兵器によって、軍事施設に総攻撃をかけた。
 しかしそれは、人間たちから取り上げたあらゆる防護手段に守られた軍事施設に対して全く歯が立たなかったばかりか、報復攻撃に使用された核兵器による放射能と生物化学兵器による有毒物質によって地上が汚染される結果となり、男たちはことごとく死滅してしまった。
 スペースコロニーに移住した女たちは統一国家を築き、出身国に関わりなく全ての女が一つの国の国民となった。
 そして、将来に渡って社会を維持するため、一部の男たちの意見によって凍結されていたヒトクローンに関する研究が再開された。
 研究は女性によって行われたため、女性を出産の痛みから解放する方向に進む事となり、ヒト用人工子宮の実現という形で実を結んだ。
 それを本格的に運用するために必要な遺伝情報データベースの整備や編集支援システムの改良なども継続的に進められた。
 無論、人工子宮によって生産された赤子には、適切な教育が必要である。
 よって、人工子宮を多数並べたバイオプラントは、教育機関専用のコロニーとして建設された宇宙学園都市内に設置される事となった。
 アストロウォーターも、そうした学園都市の一つである。
 アストロウォーター全体をソーラーパネルの花びらを持つ巨大な百合の花に例えるならば、本体は中央に伸びる雌しべの部分。
 その根元付近にバイオプラントが存在し、そこで生産された少女たちはその先に並べられた教育機関で高等学校レベルまでの教育を受け、完成された淑女たちが雌しべの先端のゲートから卒業して行く。
 学園都市で男が生産される事はなかった。
 戦いを好まぬ女たちにとって、男は不要の存在だった。
 男たちが地上に残って戦うという自殺行為を決めた時から、女たちは男というものが自分たちとは全く異なる生き物である事を悟っていた。
 もしも男たちによって再び地球の軍事施設への無謀な攻撃が行われれば、それに対する報復によって今度こそ人類が絶滅してしまうだろう。
 それだけは何としても避けなければならないのだ。
 成人した女たちは、やがて他の女と婚姻関係を結ぶ。
 そしてほとんどの婦妻は、子供を授かるための申請を学園都市に出す。
 それを受けて学園都市では、専門のコンサルタントが申請者である親たちから子供に関する希望を伺い、その希望に沿った形で子のDNAを編集する。
 大抵の親は、自分たちの身体的特徴を子に反映する事を希望する。
 よって、子のDNAは大抵、両親の持つ遺伝子を組み換えたものとなる。
 親によっては、子の身体的特徴の一部に、他人のそれを反映させる事を望む場合もある。
 その場合、それを実現する遺伝子は、該当する人物の出身学園都市のデータベースからダウンロードされる。
 このようにして親の希望を満たす形で出来上がったDNA、いわゆるホームエディションは、データベースの中でバイオプラントへの投入の順番を待つ。
 そして順番が回ってくると、人工受精卵の核の中に染色体の形で書き込まれ、人工子宮に送り込まれるのだ。
 しかし、子のDNAに関して自分たちの意見を反映させたいと思うのは、親ばかりではない。
 多くの企業は、自分たちの業務に都合の良い形質を備えた人材を欲している。
 実際、一部の企業では将来の社員たちのDNAを、学園都市のコンサルタントに頼らず独自に開発している。
 企業によって開発された人材のDNA、いわゆるプロフェッショナルエディションは、その企業の業務に特化した何らかの形質を多かれ少なかれ持った形で創出され、生産依頼のための注文書と共に学園都市へアップロードされる。
 無論、この事に関しては、人道的な面から反発の声も多い。
 そのため、プロフェッショナルエディションをバイオプラントに投入する事ができるのは、特に投入前審査の体制に関して特別な認定を受けた学園都市のみとなっている。
 今の所、地球の衛星軌道を回るいくつもの宇宙学園都市の中で、その認定を受けているのはアストロウォーターのみである。

 キーンコーンカーンコーン。
 アストロウオーター第1高等部の校舎に授業終了のチャイムが鳴り響く。
「それでは、本日の授業はこれにて終了」
 教壇に立っていたホログラム教師が、前方の壁全面に表示されていた教材動画と共に消えた。
 漆黒に染まっていた暗幕機能付きの窓も透明に戻り、外の光を教室に取り込む。
 歌織はぼんやりと窓の外の風景を眺めた。
 学園都市全体を照らす照明は、一日と呼ばれる24時間の周期でその色と明るさが変化する。
 授業が終わるこの時間の照明はオレンジ色だ。
 その色は、かつて地球で夕焼けと呼ばれていた現象の色なのだと、国語の時間に教わった事がある。
 だが、もう地球に降りる事のない自分達にとって、夕焼けもどきを見る事にどれだけの意味があるというのだろう。
 学園都市を設計した大人たちは、過去に見ていた光景の記憶を、次の世代と共有したかったのだろうか。
 きっと、人間というものは、今も昔も過去に支配される生き物なのだ。
 例えば、学園都市を卒業したホームエディションが誰の家へ帰るのか、プロフェッショナルエディションがどの企業に勤めるのか。
 それらは全て、自分たちの出生に関わった人々が過去に取り交わした契約によって決定されている。
 歌織にとって、あまり考えたくない事であった。
 しかし、高等部に上がり、卒業の時期が近付くにつれ、その事に対する不安が歌織の中で次第に大きく膨らんでいくのを止める事ができない。
「歌織、早く片付けて、一緒に帰ろうよ」
 前の席のハンナに声をかけられ、ハンナは我に返った。
 見回せば、夕焼けもどきの光に包まれた教室に残っている生徒はすでに少ない。
「え、ええ、そうね」
 歌織は慌てて、机の上に表示されている教科書とノートをクローズし、立ち上がった。ハンナと二人で昇降口へ向かう。
 校舎の外に出た二人は大きく伸びをしながら空を見上げた。
 いや、アストロウォーターに空というものは存在しない。
 今二人が立っている地面は、実は巨大な円筒形構造物の内壁なのだ。
 そこに人が立っていられるのは、構造物の回転によって生じる遠心力が、重力の役割を果たしているためである。
 そこで生活する者たちが「上」と呼ぶ方向にあるのは、体育の授業などでしばしば利用される無重力体育館を含む巨大な中央シャフトと、それを取り囲むように配置され、今頃の時間はオレンジ色の光を放っている高出力照明。
 そしてそのさらに向こう側には、反対側の地面があり、今二人が出てきたのと同じような校舎と、そこの生徒たちが生活する学生寮が整然と並んでいる。
 ハンナは普段から元気で明るい少女ではあるが、今日はいつもにも増して嬉しそうだ。そして、その理由はすぐに分かった。
 歌織と手を繋ぎ、寮への道を歩きながら、ハンナは言った。
「今日は家族から差入れが届くのよ」
「それは楽しみね。早く寮へ戻りましょう」
 返事をしながら、歌織は思った。
 もしも自分にも家族がいたら、どんなに嬉しいだとうかと。
 たとえハンナの親のように数ヵ月毎に差入れを送って来なかったとしても、少なくとも親友に嘘をつかずに済む。
「そういえば、あたしたち、中等部の頃から同室なのに、歌織の所にはご家族の方から何か届いたのって、見た事ないわね」
 ハンナに聞かれて一瞬ドキッとした。
 ハンナがこのような疑問を持つ事は、あらかじめ予測していた事だった。
 だから、それに対する答えも用意してある。
 ハンナにはまた一つ、嘘をつかなければならない。
「う、うん、そうね。でも、それは勉強には関係ないからよ。問題ないわ」
「ふうん、そうなんだ」
 歌織の答えに、ハンナは一応納得したようだった。
 だが、歌織には分かる。
 ハンナと繋いでいる自分の手がにわかに汗ばんでいる事が。
 その事にハンナが気づく事がないようにと、歌織は心の中で必死に願っていた。

 寮の玄関に着くと、ハンナは管理長室に向かった。
「あたしは荷物を取りに行くから、歌織は先に部屋に戻ってて」
「分かったわ、ハンナ」
 歌織は自分とハンナの部屋へと向かった。
 部屋のドアに手を当てると、掌紋センサーによる認証が行われ、ドアが開く。
 部屋に入り、机の前に座る。
 机を操作すると、ノートが表示された。
 ページを切替え、過去のとある日の授業内容をまとめたページを開く。
 一見文章で埋めつくされているだけのように見えるが、その中の特定の一文字は、ある会社のウェブサイトへのリンクとなっているのだ。

 あれは、保育舎にいた時の事だった。
 物心がついて間もない頃、歌織は友達が電話に映っている大人の人を「ママ」や「お母さん」と呼ぶのを聞いて、先生にその言葉の意味を尋ねたのだ。
 その子が存在するのは、「ママ」や「お母さん」と呼ばれる人たちが、その子の存在を強く望んだからで、大きくなったら「ママ」や「お母さん」の所へ帰るのだと、先生は教えてくれた。
 歌織は聞いた。歌織にも「ママ」や「お母さん」はいるのかと。
 先生は首を横に振った。
 だが、歌織には、「ママ」や「お母さん」がいないかわりに、歌織を必要とする人々の集まりである「会社」と呼ばれる組織が存在するのだと教えてくれた。
 そして、その事は誰にも言ってはいけないと言われた。
 歌織がその理由を理解したのは、それから少し後になってからの事だった。

 今、机の上には、歌織の生産を依頼した会社のページが表示されている。
 その会社の主な業務内容は戦争のための兵器開発と販売。
 しかし需要の低迷からか、最近は本業の大量破壊兵器よりも、警察署での取り調べや犯罪組織での脅迫などに使われる事を想定した拷問マシンに力を入れているらしい。
 しかし、人と人とが争う事が何よりも忌み嫌われるこの御時世に、凶悪犯罪など滅多に起きる事はなく、拷問マシンにもそれほど需要があるとは思えない。
 事実、会社の業績は悪化の一途を辿っているらしい。
 できればこのまま業績が悪化し続け、早く倒産してほしい。
 遅くとも、歌織が卒業する頃までには。
 歌織は心からそう願っていた。
 会社が倒産すれば、歌織自身がどうなるかは分からない。
 だが、少なくともそのような会社に勤める事だけは、避ける事ができるのだから。

「ただいまーっ。あい変わらず歌織は勉強熱心ね。帰ってきて早々机の前に座るなんて」
 突然聞こえたハンナの声に、歌織は慌てて振り向きながら、机の上の表示を消した。
「そ、そんな事ないわ。それより、その箱は? それがご家族からの差入れ?」
 部屋に入ってきたハンナは、大きめの箱を頭の上に高く掲げていた。
「そうよ。今日のはとっても面白いのよ。勉強なんて後回しにして、まずはこれに着替えてよ。もう笑っちゃう事間違いなしなんだから」
 ハンナは箱を床に置き、蓋を開けた。
 箱の中には薄い布で出来た服が入っていた。
 ハンナの所に服が送られてくるのは、これが初めてではない。
 しかし、今回のは今までになくシンプルなものだった。
 箱の隅に小さなプレートが収められている。ボタンや表示窓のついたそれは、リモコンか何かのようにも見える。
 ハンナはそれを大事そうにポケットにしまった。
 なぜ服にそのようなものが同梱されているのか気になりつつも、歌織はとりあえず、着替えのために制服を脱ぎ始めた。
 歌織が服を着替える時は、ハンナの目の前で。
 ハンナが一方的にそう言い出した時から、それが決まりになっていた。
 もちろんそれは、ハンナが歌織の着替えシーンをじっくりと見物するためだ。
 ハンナの嘗めるような視線を意識しながら、歌織はようやく着替えを終えた。
「これって、レオタード?」
 自分の身体を見回しながら尋ねる歌織にハンナが頷いた。
「良く似合ってるわよ」
「ハンナに届いたのならハンナが先に着ればいいのに」
「もちろんあたしも着るわよ。でもその前に、まずは歌織の笑顔と笑い声を堪能したいの」
 ハンナの言葉に、歌織は違和感を感じた。
「え? でも、これって笑っちゃうほど面白いっていうものではないと思うけど」
「大丈夫。こうすれば、どんな無愛想な女の子もたちまち大声で笑いながら転げ回るそうよ」
 ハンナの手には、さきほどポケットにしまった、あのリモコンが握られていた。
 リモコンを操作すると、歌織の着ているレオタードの至る所に人の手のような形が浮き上がり始めた。
「ひいっ! なっ、何?」
 突然のレオタードの変化に、歌織は悲鳴を上げた。
「今話題のライフメンテナンス社製健康美容グッズ『笑い美人』。知らなかった? 相変わらず歌織は流行に疎いのね」
 ハンナのその言葉が終わらないうちに、無数の手形が激しく蠢き、歌織の全身を這い回り始めた。
 その手形の指の動きは明らかに、歌織の全身をくすぐっていた。
「きゃはははは、くすぐったーい、もうだめ、もうやめてぇっ、きゃはははは!」
 意地悪な悪意に満たされた無数の手形の指の動きに、歌織はたまらず甲高い悲鳴と笑い声を上げる。
 最も弱い腋の下の手形の動きを封じようと、腕を脇腹に密着させると、お腹や胸や背中やお尻を這い回る手形が新たな弱点を探り出す。
 それらの手形の動きをも封じようとすると、腋の下や脇腹への腕の密着がおろそかになり、その部分に群がっている手形が一斉に蠢きを再開する。
 ハンナの言うとおり、歌織はいつの間にか大声で笑いながら床を転げ回っていた。
 意地悪すぎる手の蠢きを封じるのに、両腕だけではとても足りず、床をも何とか利用しようと、手形の上に身体を乗せる。
 それでも、身体の他の部分に意地悪な悪戯を続ける手形の蠢きは、女体を狂わせるのに十分すぎる凄まじい刺激の嵐だった。
 健康美容グッズという名目どおり、これを一日一分でも、いや10秒でも使い続ければ、ダイエットには目覚しい効果を発揮するに違いない。
 だが、どう見てもハンナにダイエットが必要だとは思えないから、親がダイエットのために買い与えたわけではないはずだ。
 そういえば、少し前にクラスでくすぐりっこなる遊びが行われた事があった。
 それに巻き込まれてクラスメイトからくすぐられて笑い声を上げる歌織の姿に、ハンナは目を輝かせながらうっとりと見入っていた。
 やはりこの「笑い美人」は、歌織が凄まじいくすぐりの刺激に笑い悶える姿を堪能するために家族に頼んで取り寄せたものに違いない。
 いずれにしても、もうこれ以上続けられたら本当に気が狂ってしまう。
「やめてほしかったら本当の事を言いなさい。歌織は本当にホームエディションなのかしら? 本当はプロフェッショナルエディションではなくて?」
 無邪気な顔で尋ねるハンナに、歌織物はぎくっとした。
 やはり、ハンナには怪しまれていたのだ。
 だが、良く考えれば、それは当然の事であろう。
 たとえ勉強に関係ないからといって、中等部時代から今に至るまで、両親から何ら贈り物があるわけではなく、電話がかかってくる事もない。
 そんな事は、ホームエディションにはあり得ない事なのだ。
 だがやはり、本当の事を言うわけにはいかない。
「ほっ、本当よ、本当にホームエディションなんだってば、きゃはははは!」
 ハンナが本当の事を知り、歌織がどの企業の依頼によって生産される事になったのかを知れば、歌檻の事を嫌いになるに違いない。
 そんな事になるくらいなら、このまま永久にくすぐられ続けた方がいい。たとえ激しく変質的な刺激の嵐に本当に気が変になってしまっても。
「本当にホームエディションなら、結婚の相手は自分の意志で決められるわよね。それじゃ、約束して。卒業したら、私と結婚してくれるって」
 ハンナの予想外の言葉に、きつく閉じていた目を開くと、四つんばいになって歌織の上に覆いかぶさったハンナの顔が目の前に迫っていた。
「そ、そんなぁっ、きゃははははは!」
 ハンナと結婚すれば、ハンナと一緒の楽しい生活が、卒業した後も一生続けられる。
 だが、企業の所有物であるプロフェッショナルエディションには、自分の意志で結婚の約束などできるわけがない。
「だめえっ、もうだめぇっ、きゃはははは!」
 歌織はどう答えてよいか分からず、「笑い美人」による凄まじいくすぐりに、ひたすら悲鳴と笑い声を上げ続けるしかなかった。
「だめ? 約束してくれないの? もしかして、私の事、嫌いなの?」
「そんな事ない、そんな事ないけど、きゃははははは!」
 ハンナの意地悪な質問に、どう答えて良いか分からない。
 激しいくすぐりに溺れながら何とか適当に誤魔化す方法を必死に考え出そうとしていたその時、ベートーベンの「運命」が部屋に響き始めた。
「電話よ。電話が鳴ってるわ。電話にでなきゃ、きゃはははは!」
 歌織物は笑いながら、これ幸いとばかりに訴える。
「この着メロは管理長室からの緊急連絡だわ」
 言わずと知れた名曲の力強い導入部に、さすがのハンナも顔をこわばらせた。
「しょうがないわね。まあいいわ。また後でたっぷりと続きをしてあげるから」
 残念そうに言いながら、再びリモコンを操作し、「笑い美人」のくすぐり機能をオフにするハンナ。
 二人は電話に出るために立ち上がった。
「ミス・歌織、あなたに客人です。至急、管理長室まで来なさい」
 電話の向こうで管理長の告げた意外な言葉に、歌織とハンナは顔を見合わせた。
 電話が切れた後、ハンナが怪訝そうに歌織に尋ねる。
「客人って、もしかして、あなたのご家族かしら?」
「それはあり得ないわ」
 できるだけ静かに答えた歌織であったが、その声がかすかに震えているのが自分でも分かった。
 通常ではあり得ない、プロフェッショナルエディションへの突然の客。
 その者は文字どおり、歌織の「運命」を握る人物かもしれないのだ。


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