秋視点
「――以上。中等部3年C組 星屋アカリ」
澄んだ声がスピーカーから響く。今日は中等部との合同の体育大会だ。
オレはぼんやりと彼女を見つめていた。選手宣誓を終えた少女はぺこりと一礼した。
少女―星屋アカリは隣の家に住む、一歳年下の幼馴染だ。
すこし外ハネ気味な黒髪、眼鏡の奥の理知的な瞳、表情の読み取れない人形のような顔。
やや童顔ではあるものの、誰もが認める美少女である。
はっきり言ってオレはアカリに惚れている。
長年実の家族のように接してきた手前、いまだ告白できずにいるのだが。
「さて、この場を借りて一言いいたいことがあります。
高等部1年、沢村秋君。ボクは君が好きです。ボクと付き合ってください」
アカリは抑揚のない口調でさらりとそう言った。その瞬間、オレの回りの空気が凍りついた気がした。
「あきくん」それは長年聞きつづけてきたオレの愛称だ。
一応オレの方が年上なのだが、アカリはオレのことを秋君とよぶ。
間違いなく、アカリはオレに告白したのだ。
周囲の冷たい視線がオレの体に突き刺さる。オレは命の危機を悟った。
「ア〜カ〜リ〜!」オレは地獄の底から響くような声でそう言った。
今は昼休み、アカリファンクラブの襲撃を凌いだオレは、ほうほうのていでアカリの元にたどり着いたのだ。
「やあ、秋君。ど、どうしたんだい?!傷だらけじゃないか!」
ズタボロになったオレの姿を見て、アカリが驚いたような声を出す。
あいも変わらずの無表情だがオレを心配しているのがわかる。
「どういうつもりだ!オレを殺す気か!」
「え?なんのこと?」
「朝の告白だよ!なんの冗談だよ!」
「冗談?ボクは本気だけど?あっ、返事はいつでもいいけど、早いほうが嬉しいし、Yes以外の返事は聞きたくないのがボクの乙女心だよ?」
オレは言葉を失った。
その後、数時間オレは呆然として過ごした。体育大会の結果すらオレは知らない。
「今お茶淹れるから、適当にくつろいでいてくれ」
アカリはそう言い残すと部屋を出た。ここはアカリの私室だ。
オレはどういうわけか、ここにいた。
「はい、お待たせ。どうした?元気ないぞ?」
アカリがテーブルにお茶を置いた。
「ア、アカリ!」情けないことに声が少し裏返った。
「朝の、返事、するよ」
「………うん」アカリが少し微笑んだように見えた。
「オレも、アカリの事、好きだ」
「うん。知ってる」
「知ってるって、…え?」オレはすとっきょんな声を上げてしまった。
「秋君なかなか告白してくれないんだもの。つい我慢できずにボクから告白しちゃったよ」
「いや、その…アカリさん?知ってるって、ナニ?」
「『アカリは妹みたいなもんだ。そうだよ。これは恋じゃなくて、家族愛なんだ。
それにアカリがオレを好きなわけないし。そもそもあいつに恋なんて感情があるのか?』大方そんな風に考えてたんでしょ?」
「お前はエスパーか!?」心の中を見透かされたオレは動揺していた。
「君の事ならボクはなんでも知ってるんだよ?」
「なんか、緊張して損した気分だな…」
オレは大きくため息をつくとそのまま後ろに倒れこんだ。その拍子に本棚からDVDケースが数枚落下した。
「あっ!」アカリの眉がピクリと動いた。オレが反応するより早くアカリは床に落ちたケースを手早く回収した。
「どうした?」
「なんでもないよ。秋君は気にしないでいいからね」
珍しくアカリが焦っている。オレの中にちょっとした悪戯心が芽生えた。
「アカリ、今隠したやつ見せて」
「いや、その…これは…」
オレは無言でアカリの足首をつかむと足の裏を指で軽く撫でた。
「ひゃ!」アカリがかわいらしい悲鳴を上げた。
「見せてくれないと、くすぐりの刑だぞ?」
アカリの顔が引きつった。めちゃくちゃくすぐったがり。それが星屋アカリの唯一の弱点なのだ。
土踏まずに爪先を当てて軽く撫でる。それだけでアカリの体がピクンと反応した。
「相変わらず、弱いみたいだな。くすぐり」
爪先を数ミリ動かすだけでアカリの足の裏はピクピクと反応した。
「見せてくれないと、もっとくすぐったくするぞ?」
アカリにとってそれは死刑宣告にも等しい一言のはずだ。
アカリを最後にくすぐったのは彼女が小学六年のときだが、そのときアカリは数分くすぐっただけで気絶してしまった。
彼女の姉に「今度アカリをいじめたら、海に沈めるよ?」と天使のような笑顔で脅されたため、オレはアカリをくすぐるのはやめていた。
「秋君…くすぐるのは…ダメだ。お願いだから…それだけは」
アカリの懇願を無視して足の裏を優しくくすぐる。
「あっ!あん!ダメ…なの…ボク…くすぐったいのは…ホントに…ダメ…」
逃げようとするアカリの足首をがっちりとつかむ。
「隠したもの、見せてくれるんなら許してあげるけど?」
「それは…それは…無理…」
足の裏をくすぐっている指を二本に増やす。拘束されていないほうの足がバタバタと宙を蹴る。
くすぐったくてたまらないのだろう、アカリは顔を真っ赤にして必死に刺激に耐えていた。
「アカリ。あんまり暴れるとパンツ見えるぞ」
足をジタバタさせてせいでアカリのミニスカートはめくれ、ピンクと白のストライプの下着がチラリと見えていた。
「見てもいいよ?見てもいいから、くすぐるのと意地悪するの、やめて?」
普段のオレなら即座にその要求を飲んでいただろう。でも今のオレは違った。
くすぐったいのを必死にやせ我慢する、オレはそんなアカリのかわいさにすっかりまいっていたのだ。
普段はクールなアカリが軽くくすぐるだけでこんなにも悶えるのだ。
゛もっとアカリをいじめたい。悶え狂わせたい゛オレは指の動きを加速させた。
「あっっっっっっっっっっ…あん!く、くすぐったい!くすぐったいくすぐったい!」
アカリはイヤイヤをするように頭を振った。
「わかったから!見せます!見せるから!くすぐりやめてぇ!」
「見せるってなにを?」オレはくすぐりをやめずに聞いた。
「隠したやつだよ!あうううううう!なんでも見せるから!DVDでも、パンツでも、裸でもなんでも見せてあげる!…だから…もう許してぇ…」
指二本の刺激でもアカリにとっては相当の苦しみだったのだろう、彼女は必死に懇願した。
「ホントにぃ?イヤなら無理に見せてくれなくてもいいんだよ?」
オレは右手の五本の指全てを足の裏に当て、先ほどの責めで判明した、反応の激しかったポイントを集中攻撃した。
「ん!!!!!!」アカリは声にならない悲鳴を上げた。
そアカリの体が大きく飛び跳ねる。まるでだだっこ子のように両手を振りまわす。
背中に隠していたDVDケースがベッドの上に投げ出される。
ミニスカートは完全にまくれあがり、美味しそうなパンツが丸見えになる。
アカリは歯を食いしばって必死に声をかみ殺す。
オレはその姿に満足するといったんくすぐりを中断した。
「はう…ハァ…ハァ」アカリは息も絶え絶えの様子だ。
頬はうっすらと上気し、目は潤み、小ぶりな胸が荒い呼吸に合わせて上下する。
オレは興奮した。普段は冷静沈着な幼馴染の乱れっぷりにオレは欲情していたのだ。
アカリに対する恋愛感情はあったが、性欲の対象として意識したのは今が始めてだ。
これ以上続けたらオレの理性が持たない。オレはアカリを開放してやる事にした。
「アカリ。平気か?」オレは冷静なふりをしてそう訊ねた。
「平気じゃないよ…すごく…苦しかった…。秋君の意地悪…」
アカリは拗ねたように顔をそむける。
「ゴメンな。アカリがあんまりかわいい反応すら、調子に乗っちゃった」
「かわいい?ボクが?」
「うん。くすぐったがってるアカリ、すごくかわいかった。それに…色っぽかったよ」
アカリの耳元で囁く。アカリは゛ううっ゛とうめいた。おそらく恥ずかしかったんだろう。
「怒ってる?」
「ん?怒ってないけど…。でも今後ボクの事くすぐる時は手加減して欲しいな」
「いや、今日のも充分手加減してたんだけど………。
手加減してなら、またやってもいいの?」
オレはアカリの目の前で指をコチョコチョと動かして見せる。
「やっ!ダメダメダメ!く、くすぐったい」
アカリは腋をきつく閉じて身を強張らせた。直接くすぐっているわけでもないのに体をモジモジとゆすっている。
「アカリ。なにもしないから万歳して」
「絶対ヤダ」アカリは間髪いれずに即答した。しかも涙目でオレを睨んでいる。
「そんなにおびえなくても゛今日は゛もうくすぐらないよ」オレは゛今日は゛を強調していった。
「さてと、じゃあアカリの秘蔵DVDをチェックするとしますか♪」
オレは立ちあがると、先ほどアカリがベッドの上に投げ出したDVDに手をのばした。
しかし、オレの手がとどくより先にアカリがオレの手をつかんだ。
「アカリ?」
「約束だから、見てもいいけど。その…エッチなDVDだから、できれば見逃して欲しいな」
「へぇ〜。アカリもそういうの見るんだ」
「秋君とするときの参考にしようと思って」
オレは言葉を失った。
「そっか。じゃあそのときの楽しみってことで」
オレはベッドから離れて腰を下ろした。
しばらくアカリと会話した後、オレは彼女の部屋をあとにした。
アカリ視点
「ない…」ボクはそう呟いていた。
秋君が帰った後、ボクは例のDVDをもとの場所にしまおうとした。
゛一枚足りない?゛手元にはDVDケースが二枚ある。本棚から落ちたのは三枚。
暴れて放り投げたさいにベッドの裏にでも落ちたのかな。そう思ったボクは部屋中をくまなく探してみた。
しかし、いまだに最後の一枚は見つからない。見落としたはずはない。
ボクは記憶の糸を手繰った。
「あっ!」数秒の思考でボクはDVDのありかを悟った。
秋君のカバンの中。部屋に来たとき秋君のカバンは確か開いていた。
部屋にない以上、DVDはボクが放り投げたさいに、偶然にも秋君のカバンの中に入りこんだのだろう。
秋君の性格上、家に帰ったところでカバンを開く事はまずない。次にカバンが開かれるのは明日の学校でのことだろう。
それまでに、回収しなくてはならない。しかも、秋君に気づかれないようにだ。
他の二枚なら別に見られても多少恥ずかしいだけで済むが、アレだけは別なのだ。
カーテンを開き秋君の部屋の窓をのぞき見る。電気は消えている。
沢村家は秋君の一人暮しだ。ボクは沢村家の合鍵を持っている。
秋君は一度寝たらそう簡単には起きない。以上の情報からボクは決断を下した。
秋君が寝ているスキにこっそりと回収しようと。
数分後ボクは秋君の部屋の前に立っていた。ドアに耳を当てて中のけはいを探る。
物音はしない。静かにドアを開き室内に滑り込む。
室内まっくらだ。ボクは暗視ゴーグル越しに室内を探索する。
カバンは床に投げ捨てられていた。ボクは物音を立てないようにカバンを開いた。
目当てのものは簡単に見つかった。ふうとため息をついた瞬間。
「誰だ!」鋭い叫び声と共に視界が明転した。
「ありゃ?アカリ?なにしてんだ?」秋君は不思議そうに首をかしげた。
秋視点
室内に不審な気配を感じたオレは即座に飛び起きた。
電気をつけてみると、そこにいたのは星屋アカリだった。
「夜這い?」オレはちょっぴり期待しつつそう訊ねた。
「違うよ!ボクは…」相変わらずの無表情と抑揚のない声だが、動揺しているがよくわかる。
オレはアカリの手の中にあるものに気づいた。
アカリが冷静さを取り戻すより先に手の中のものを奪った。
「あっ!ダメ!」とり返そうと手を伸ばすアカリからひょいと逃げる。
「『美少女くすぐり責めベストセレクション』…なんだこれ?」
それはいわゆるアダルトムービーだった。しかもフェチモノだ。
「違う!…ボクは…ああ!違うの!違うったら違うの!」
なんだかよくわからないがアカリは軽くパニくっている。
「これはオレのじゃないしな…アカリのなんだろ?」
「いや、その…そうだ…けど…」アカリはごにょごにょと呟く。
「ふ〜ん。アカリ、こういう趣味なんだ」
「違う!それは違うの!」
「オレは気にしないよ。むしろ嬉しいかも」
「ええ!?嬉しいって…なんで?」
「なんでって」オレはアカリ足をつかむと足の裏を優しくくすぐった。
「みゃう!」アカリは奇妙の悲鳴を上げて悶えた。
「アカリ、くすぐるとかわいいんだもん」
「誤解だよ。ボク、くすぐられるの弱いもん」
「でも、好きなんだろ?」
「ううん。そうじゃないんだよ…」
オレはわけがわからなかった。アカリが嘘を言っているように見えない。
「ボクが好きなのは…くすぐられるんじゃなくて、くすぐるほうなんだよ」
「は?」
「軽蔑しないでね?ボク、女の子をくすぐっていじめるの好きなの」
アカリは恥ずかしそうにそう告白した。
「自分がくすぐられるのを妄想したりするのも好きだけど、実際にされるのは…弱くてダメかな。嫌いになった?」心なしかアカリの瞳は潤んでいる。
「そんなことない。アカリの事は好きだ」
「よかったぁ」アカリは満面の笑みを浮かべた。
一年に一度見られるかどうかというアカリの笑顔だ。オレはその笑顔で骨抜きにされた。
「オレも正直に告白する。今日アカリのことくすぐったじゃん?
はっきり言って興奮した。いや、欲情した。帰ってからくすぐったがるアカリの姿を思い出して自慰した」オレは理由もわからずに正直にしゃべっていた。
「ボクで自慰したの?」アカリはいつもの無表情に戻っていた。
「ああ。ゴメン。イヤか?」
「平気。秋君ならOKですよ。なんならエッチしてもいいんですよ?」
「くすぐりながらでもいい?」
「それはボクにとって死刑宣告にも等しい言葉だよ?」
「そっか」オレはアカリを押し倒した。
「え?秋君?」
「ゴメン。我慢できない。アカリをいじめたくてたまらない」
アカリ目の前で指をワキワキと動かす。
「ダメ!くすぐるのはダメです!」
アカリはくすぐりから逃げ様と身をよじる。
「アカリ。自分好みの超美少女をくすぐるチャンスがあったとして、アカリは我慢できる?」
「それは…その…」言葉を濁すアカリ。
「嘘ついたら一晩中くすぐるからね」耳元で囁く。
「…多分…我慢できない…かな?くすぐると…思う」
「じゃあオレも止めてあげない」
オレはアカリの細いウエストに指を当てた。
「わき腹はダメです!そこ弱いのです!」アカリは悲鳴を上げた。
オレは爪先で敏感なわき腹を優しく撫でまわした。
アカリはくすぐりから逃れようと身をよじる。しかしオレが太ももに座っているためどんなにもがいても責めから逃げる事は出来ない。
「なんでもします!なんでもするから許してください!」
アカリは必死に慈悲を懇願した。
「ホントになんでもする?約束破ったら拘束して気絶するまでこちょこちょするぞ?」
「なんでもします。だからもうくすぐらないでぇ」
「OK。わかったよ。じゃあオレのお願いはね『どんなにくすぐったくても我慢する事』。わかった?」
「そんな!そんなの卑怯だよ!」
「なんでもするんだろ?それとも約束破るのか?」
「だって…そんなのずるいです」
「ずるくない。ずるくない」オレはアカリのわき腹をさわさわとくすぐる。
アカリの華奢な体が指先の動きに合わせてビクビクと飛び跳ねる。
「これ以上くすぐるなら姉さんに言いつけます!」
オレの指がピタリと止まった。゛姉さんに言いつける゛それはオレにとって死の宣告と同義だ。
星屋月夜(つきよ)。アカリの姉でオレのもう一人の幼馴染。
オレの所属する高等部3年にして美貌の生徒会長。
猪突猛進で無鉄砲、かなりの傍若無人。しかし面倒見がいいためか彼女を慕う人間は多い。
両親が留守がちだったオレにとっては実の姉のような人物である。
彼女には親しい人間しか知らない別の一面が存在する。
月夜さんは「意地悪」なのだ。
オレの両親からオレのことを任されていた彼女はオレがイタズラをするたびにきつい「お仕置」をしたのだ。
彼女は痛みを感じるような罰は決して与えなかった。
その代わりに痛みよりもはるかにつらい責めをオレに施したのだ。
ある時オレは月夜さんのスカートをめくった罰として、椅子に縛り付けられさらには猿轡を噛ませされた、そして彼女はオレに「怖い話」を聞かせ始めた。
それも並の怪談ではない、大人でさえ震えあがるような極上の怪談だ。
その日の夜、オレの両親が外出するためオレはいつものように星屋家に泊まる事になった。
「今日は一人で寝てくれるかな?」月夜さんはにっこりと微笑みながらオレそう言った。
昼間の怪談ですっかりおびえきっていたオレはとても一人で眠れる状態ではなかった。
オレは一緒に寝てくれるよう必死に懇願した。
「そんなに私と寝たいの?もう仕方ないなぁ」その言葉にオレは安堵した。
「じゃあ昼間のより怖い話、たくさん聞かせてあげるからね♪」
月夜さんは天使のような笑顔でそう言った。
さらに怖い話を聞かされベッドの中でガタガタふるえるオレを彼女は優しく抱きしめた。
「大丈夫。お姉ちゃんが一緒だからね。なぁんにも怖くないよ」
この瞬間、オレは月夜さんに骨抜きにされた。
彼女にお仕置して欲しくてわざとイタズラしたこともあった。
月夜さんに意地悪されるのはオレの日常になった。
こないだも生徒会長命令でオレは学園祭でメイド服で給仕をさせられたりした。
そして月夜さんは超がつくほどのシスコンだ。
オレがアカリをくすぐりの刑にしたなんて知れたら、どんなに目に合わされるかわからない。
アカリが関係した事件でのお仕置は普段とはレベルが違うのだ。
あの地獄の責め苦を思い出すだけで震えが止まらなくなる。
「わかった。止めるよ…」
オレはしぶしぶとアカリを開放した。
月夜さんの知らないところでオレがアカリに意地悪したりからかったりする事はよくある。
普段はオレに意地悪されてもアカリはそれをわざわざ言いつけたりはしない。
それどころか、月夜さんの目の前でアカリにイタズラして、月夜さんが暴走したときも「姉さん落ちついて。こんなのスキンシップだから別にいいんだよ。ボク嫌じゃないからさ」とオレを庇ってくれたりもしたくらいだ。
そのアカリが「姉さんに言いつけます」なんて言うのだ、本気で苦しいのだろう。
「秋君…そんな顔しないで…」アカリが不安げにいう。
「そんなに…残念?やっぱり…ボクの事…くすぐりたい?」
「もちろん。でもアカリが嫌がる事はしたくない」
「わかった。秋君がしたいならボクがんばる」
「ホントか!」知らずにオレの声は弾んでいた。
「わっ!ダメ!今日はダメ!」アカリは飛び跳ねるようにしてオレと距離をとった。
「今日はもう遅いし、それに心の準備とかいろいろあるの」
「じゃあいつならいいの?」
「うー、じゃあ明日の夕方。代休だし」
アカリ視点
そしてその翌朝
「おはろ〜」姉さんは大きな欠伸をしながら居間に下りてきた。
千鳥足のようにフラフラしながらテーブルにつくとトーストにかぶりつく。
「おはようございます。姉さん」
姉さんは瞬く間に朝食を平らげるとボクの方を不思議そうに眺めた。
「アカリちゃん、なにしてんの?」
「下着選びです」ボクは簡潔に答えた。
「なんで?」食後のコーヒーを入れながら姉さんは続ける。
「初エッチの時にヘンな下着穿いてたら、秋君に幻滅される可能性がありますから」
「なるほどねー。……ん?アカリちゃん、今なんて言ったの?」
「だから初エッチの…」
「ストップ!」姉さんはボクのセリフをさえぎった。
「まさか?しちゃうの?告白した次の日なのに?初エッチを?」
姉さんは軽く混乱しているようだ。
「いけませんか?」
「いけなくはないけど…アカリちゃんはそれでいいの?」
「大歓迎です。今からわくわくしてます」
「そう?ならいいんだけど…」姉さんはちょっと歯切れが悪い。
「それで姉さん。どれがいいと思いますか?」ボクはアドバイスを求めた。
床には色とりどりの下着が並べられている。
「私に聞かれても…。私だって処女だし」
「意外ですね。姉さんすごくモテるのに」
「そりゃモテるけど…私に釣り合う相手なんてなかなかいないし…。実はあーちゃん狙ってたんだけどなぁ」
「あーちゃん」というのは秋君の愛称だ。
「なら姉さんも告白したらどうです?姉さんなら秋君確実にOKすると思いますよ?」
結婚に関する法律が改正されてすでに25年。今では重婚をするカップルも珍しくない。
「ムリムリ。告白なんて恥ずかしくって出来ないよ」
姉さんは頬を赤らめて照れたように笑った。
普段は物事をはっきり言う月夜だが、恋愛関係は非常に奥手なのだ。
「とりあえずこれなんかいいんじゃない?」
照れ隠しなのか姉さんは下着選びに話題を変えた。
姉さんが選んだのはシンプルなパステルピンクのショーツ。
まあ無難な選択と言えよう。
「わかりました。姉さんを信じます」ボクは残りの下着を片付けた。
「姉さん。今日、秋君に゛あの事゛話します」ボクは言った。
「あの事って…あの事?」姉さんはちょっと驚いた風だ。
「そうです。その…くすぐりの事です」ボクは決意を込めて宣言した。
秋視点
「ちょっと話があるの」月夜さんはそう言ってオレを訊ねてきた。
艶のあるストレートの黒髪。アイドル並に愛らしい顔立ち。
ロリ体型のアカリと違ってバストも適度に大きく腰もくびれていて、スタイルもいい。
十年来の付き合いだが、情けない事にオレはいまだに彼女と二人っきりになると緊張する。
「そんなに怯えないでよ。なにもしないわよ。アカリとの交際には私も賛成だし」
「そうなんですか?」てっきり反対されると思っていた。
「うん。アカリはあーちゃんにベタ惚れだしね。あーちゃんのことは私も信用してるし」
「じゃあ何しに来たんですか?」
「んー。忠告というかお願いというか」月夜さんは小首をかしげながら答えた。
「忠告って?」オレはちょっぴり怯えていた。
「アカリの事、受け入れてあげてね。あの子、ちょっと変わった性癖だけどさ」
「くすぐり好きってやつですか?」
「半分正解かな。今日、アカリの事くすぐる約束したんでしょ?」
「アカリ、しゃべったんですか?」
「まあね。……アカリが今日どんな反応しても、嫌うなよ?」
「嫌いませんよ。てか、なんかあるんですか?」
「詳しくは本人から聞く事。ただね、アカリくすぐられるの嫌がってないからね?」
「そうなんですか?昨日は必死に抵抗してましたけど?」
「それはいろいろ理由があるよ」月夜さんは珍しく真剣だ。
「わかりました。ところで…」オレは月夜さんを見つめて言った。
「月夜さんはくすぐり平気ですか?」その言葉に月夜さんが一瞬、表情を凍らせた。
「自分には弱点なんてないっていつも言ってますよね?じゃあくすぐりも平気ですよね?」
「もちろんよ!平気に決まってるでしょ!あはは。何言ってるのよー」
月夜さんは誤魔化すように笑った。
「じゃあ試してもいいですよね?」
「ええっ!」月夜さんが飛びあがった。
「アカリをくすぐる前の練習ってことで。月夜さんはくすぐり平気なんですから、別にいいですよね?」
「それは…その…」月夜さんが珍しく戸惑っている。
妹のアカリがアレほど敏感なのだ、姉である月夜さんもくすぐりに弱いに違いない。
オレの推理はどうやら当たっているようだ。
「それとも嘘なんですか?天下の月夜様にも苦手なものがあると?」
「嘘じゃないわよ!いいわよ。好きにしなさいよ」
月夜視点
そう叫んだ私はベッドに体を投げ出した。
(またやっちゃったよ…)私は心の中で激しく後悔していた。
頭に血が上ると後先考えずに行動するのが私の悪い癖だ。
あーちゃんがニコニコ笑いながら私の体にまたがる。
「月夜さん。笑ったり、暴れたりしたらダメですよ?」
(そんなのムリだよぉ〜)私の泣きそうだった。アカリほどではないが私はかなりのくすぐったがりだ。
「両手バンザイしてください」言われるがままに両手を上げる。
腋の下があーちゃんの眼前に無防備にさらされる。
あーちゃんは両手の人差し指を私の左右の腋の下にあてがった。
指先が触れるだけでもくすぐったくて仕方がない。
あーちゃんは指先を円を書くように動かした。
(ダメダメダメダメダメダメダメダメぇー〜〜〜〜〜〜〜〜!!!)
私はあまりのくすぐったさに暴れだしそうになる体を必死に制御する。
両手を下ろしたい。あーちゃんの腕を払いのけたい。くすぐりから逃げたい。
私は全身全霊でくすぐりに耐えようとした。
「月夜さん。体、ふるえてますよ?」
あーちゃんは意地悪そうに言うと、五本の指で腋の下をくすぐり始めた。
くすぐったさが一気に10倍以上に跳ねあがった。
「あぅうぅうぅう…。くっ…ひぃ…やっ…あうー」私の口から色っぽい悲鳴が漏れる。
(もう許してぇ!腋の下はダメなの!そこホントに弱いの〜)
私の理性は崩壊寸前だった。両足をジタバタさせてくすぐったさを紛らわせる。
「月夜さん。暴れちゃダメって言ったよね?」
あーちゃんは私の耳で囁くと。そのまま耳に吐息を吹き込んだ。
「きゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」その瞬間、私の理性は決壊した。
全力で手足をばたつかせてあーちゃんを振り落とそうともがく。
普段ならあーちゃんをぶっ飛ばす事なんて朝飯前なのに、今は笑いすぎてまともに力が入らない。
「もう止めて!認めるから!きゃはははははははは!わた、あはは、し、…くすぐり…あははははは。弱い…きゃははは、のぉ!だから許してぇ!」
プライドも何もかも捨てて必死に許しを懇願した。
「ダメです。嘘ついた罰です。あと三十分ほど悶えてください」
「そんなのムリよぉーーーーー!!きゃはははははははははははははははははははは!!
死んじゃう!死んじゃうよぉーーー!!」冗談抜きで笑い死ぬ。
「大丈夫ですよ。死なないように加減しますから」
「あははははははははははは!!そんな!なんでも、くすぐったいくすぐったいくすぐったい!!するからぁ!あっそこダメーーーーーーー!だから、あはは、許して……。ホントに、あうー。なんでも、いう事、聞くから…、助けてぇ」
この苦しみから逃れられるのなら私はどんな要求でも飲むだろう。
アカリが昨晩この部屋で私と同じように「なんでもするから許して!」と叫んだ事を私は知らない。
「ホントにぃ?」あーちゃんは責める手を緩めない。
「ホントだよ!もう限界なの!おかしくなりそうだよ…」
「じゃあお願い聞いてくれるんだね?」
「聞く!聞きます聞きます聞きます!だからストップ!くすぐるのストップ!」
「オレのお願いは…」あーちゃんが「お願い」を囁いた。
まともに思考できないほどくすぐったくされていた私は即座に了承してしまった。
三人称視点
「あんなにくすぐるなんてひどいよ…」月夜が少し拗ねたような声で呟いた。
くすぐりから解放された今も月夜はベッドでへばっている。
「月夜さんが嘘つくからいけないんですよ」秋がちょっと楽しそうに答えた。
「むー。確かに嘘ついたけど…あんなにいじめることはないとお姉さんは思うなー」
「まあまあ。それより、なんで嘘ついたんですか?」
「姉貴分のプライドかな。弟みたいに接してきたあーちゃんに弱みを見せたくなかったの」
「かわいいとこあるんですね」その言葉に月夜の頬が赤らむ。
「それはそうと、約束守ってもらいますからね」
「わ、わかったわよ。アカリの弱点教えればいいんでしょ?でもなんで?本人に聞けばいいのに?あの子、正直に答えると思うよ?」
「確かにアカリは正直に答えてくれるでしょうけど、それってなんか嫌なんですよ。
でも初体験からアカリには気持ちよくなって欲しいし…」
「エッチのときは自分がリードしたいんだ?」
「いけませんか?」
「そんなことないよ。アカリのためにがんばってくれるんだからお姉さんも協力してあげる」月夜は極上の笑顔を浮かべた。
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