ミニメロン作品

聖華学園の地下室

第6章 宮殿
 宮殿に忍び込みルイの後をつける三人の少女たちに、壁に飾られた絵画や装飾品などの美しさに見とれている暇はなかった。
 水の激しい悪戯に悲鳴を上げ続けている女の子の部分はもう既に限界に達しているのに、彼女たちはなおも渾身の力を込め続け、壁に身を隠しながら先行く王子を追い続けなければならない。
 三人とも女の子の部分をスカートの上からきつく押さえながら激しく身をよじり、歪んだ顔を汗でぐっしょりと濡らしている。
 しかし、彼女たちは何としても王子の部屋にたどり着かなければならない。
王子と彼がペンダントの中に隠ている少女との話を盗み聞きする事ができれば、もしかしたら呪いの謎が解けるかもしれないのだ。
 ルイは階段を昇って行った。
 その階段の所まで来た三人の胸は、絶望に包まれた。
 彼女たちの今の背丈では、よじ登る事はとても無理だ。
「元の大きさに戻るしか……ないかしら」
 優子は女の子の激しく耐え難い水の悪戯に顔を歪めながら言った。
「そうよ……どっちにしても……んあぁっ……もう限界だわ……」
 美奈子も今にも泣き出しそうな顔で身悶え続けている。
「だめよ。元の大きさに……んあっ……戻ったら……くぅっ……目立ちすぎるわ。すぐに……見つかってしまう……」
 二人を叱咤するジャスティンも、女の子の部分を責め嬲る水の激しい切なさに顔を歪める。
 三人は必死に頭を働かせようとするが、女の子の部分の激しい悲鳴が彼女たちの思案を妨害する。
 その間にも、ルイの足音は上の方へと遠のいていき、ついに聞こえなくなった。
「もうだめだわ……」
 美奈子が悲しげな声を挙げた。
 その声にジャスティンが否定する。
「まだ方法は……ああっ……あるわ。まずは……この宮殿の……ううっ……見取り図か何かを……探しましょう。王子の部屋が……どこにあるのかを……んあっ……調べるのよ」
 ジャスティンは先に立って歩き始めようとした時、目の前に無数の毛で覆われた巨大な物体が立ち塞がっている事に気付いた。
 その物体を見上げた三人は、思わず身を凍らせた。
 巨大なネズミが三人を見下ろしていた。

 自分の部屋のある階に着いたルイは、部屋のドアの前に立っているメイド服の二人の女性の姿を認めた。
 二人のうちの一人は手を後ろ手に縛られ、そのロープがルイの部屋のドアノブに結ばれている。
 短いスカートから伸びる美しい太腿をせわしなく擦り合わせる彼女の表情は、はげしい切なさに大きく歪んでいる。
 口から熱い吐息を漏らし、それと同時に身体を大きくくねらせる。
 そんな彼女の様子を厳しい表情で観察していた縛られていない方の女性がルイに気付いた。
「王子様、お帰りなさいませ」
「ん……くうっ……お……かえりなさいませ……んああっ!」
 後ろ手に縛られた女性も合わせて挨拶をしようとしたが、その間にも必死に身をくねらせ身の内に蠢く何かに必死に抵抗し続けている。
「ちょっと、挨拶ぐらいちゃんとしなさい。王子様に失礼でしょ!」
 縛られていない女性は身悶え続ける女性を叱咤する。
「一体彼女は何をしたのだね?」
 ルイの声は静かだったが、同時にある種の厳しさを感じさせた。
「この子、庭の木の陰で、ルイ様に禁じられている行為を行なおうとしていたのでございます」
 静かに頭を下げる女性の脇で、扉に繋がれた女性はさらに激しく身悶え小さな悲鳴を上げ続けていた。
 ルイは身悶え続ける女性に顔を向けて頷いた。
「それは誠にけしからん事であるな」
 ルイは彼女の汗と涙で濡れた顔に顔を近づける。
 それに気付いた彼女は大きく見開いた目を震わせた。
「お……お願い、あたし、もう……もう……ああっ、だめぇ!」
 彼女は再び目をきつく閉じ、身体を激しく揺すり続ける。
 ルイは彼女の耳元でささやく。
「何がもうだめなのだ? それに、お前が庭でしようとしていた禁じられた行為とは、何なのだ?」
 彼女は切なそうに目を閉じ、顔を背ける。
「いやっ、そんな恥かしい事……あっ……んんっ!」
 彼女の身悶えがさらに激しくなっていく。
 スカートに包まれた太腿を必死に擦り合わせる女性の切なくてたまらないという顔を、ルイは間近でじっくりと観察していた。
 王子の顔に、何かを期待するような妖しい笑みが浮かんだ。
 しかしそれはほんの一瞬の事で、そばに立っている拘束されていない方の女性に向けた顔は、元のりりしい王子の顔に戻っていた。
「君はもう下がってよろしい。あとは私に任せなさい」
「分かりました」
 彼女は深く頭を下げると、静かに廊下を去って行った。
 ルイはドアノブに縛り付けられているロープを外した。
「さあ、私の部屋でゆっくりと話を聞こうではないか」
 ロープに繋がれた女性は恥かしさで真っ赤になった顔を背けるが、王子の言葉に逆らう事はできない。
 ルイがドアノブからロープを外し、部屋の中へと引き込んだ。
 女は後ろ手に縛られたままロープに引かれ、せわしなく足踏みを続ける足を部屋に踏み入れた。
 ドアが閉まった直後、すぐ近くの廊下の曲がり角から一匹のネズミが現れた。
 ネズミがドアの前で立ち止まると、背中から三人の小さな少女たちが降りた。
 三人とも太腿を激しく擦り合わせながら女の子の恥かしい部分を両手でしっかりと押さえ、身体をきつく折り曲げ、辛そうに顔を歪めている。
 それでも彼女たちはドアの方に何とか歩み寄り、耳を押し当てる。
 部屋の中からかすかに声が聞こえてくる。
「ああっ……もうだめぇ!」
「何がだめなんだい? 言ってごらん」
「いやぁっ、恥かしいわ」
 さきほどドアに繋がれていた女の切羽詰まった声と、それを楽しんでいるルイの声だ。
 ドアに耳を押し当てている三人の少女に、ネズミは説明を始めた。
「この宮殿で働くメイドたちは、朝必ず紅茶を飲まなければならないの。その紅茶はとっても……その……強力で、飲んでから数分と経たないうちに、その……女の人にとってとても恥かしい行為がしたくてたまらなくなってしまうのです。けれども、彼女たちがそれを行なう事は、固く禁じられているのです。もしも違反すれば、最悪の場合、私のように魔法をかけられ動物に姿を変えられてしまう事もあるのです。しかしそれをせずに一日を過ごす事など、彼女たちにできるはずはありません。そのような時には、特別に王子様の許可を得て、彼の目の前でしなければならないのです。それはあまりにも恥かしい事なので、さきほどの女性のように、隠れて済ませてしまおうとする者が現れるのです」
「あたしも早く済ませたいわぁ」
 優子がネズミの話も上の空で必死に女の子の部分をスカートの上から押さえつつ、身をよじらせている。
「あたしも、もう、漏れそう!」
「あたしも、もうだめぇ!」
 美奈子とジャスティンも恥かしい所を手でしっかりと押さえながら顔を歪め身悶え続けている。
 三人の身悶えはしだいに激しくなっていく。
 固く目を閉じ、恥かしい女の子の部分に渾身の力を込め続けている三人の身体がガクガクと震え始めた。
 大いなる自然の力に耐え続けてきた女の子の部分が恥かしくてたまらない限界を迎えつつあった。
「ああっ、もうだめぇ!」
「あたしも、もうだめぇ!」
「ああぁっ!」
 三人は悲鳴を押し殺しながら激しく身を震わせた。
 恥かしい水の猛烈な力が女の子の恥かしい出口をこじ開けようとするのを感じつつも、か弱いその部分にそれを防ぐ事はもはや不可能だった。
 勢いよく噴出した熱く恥かしい水は、三人のパンティを濡らし、スカートを濡らし、太腿を伝い降り、廊下の上に水溜まりをつくり、みるみるうちに広げていく。
 水溜まりに合わせて彼女たちの身体も次第に大きくなっていく。
 やがて元の大きさに戻った三人の少女は、赤く染まった顔を恥かしさに歪めながら、廊下にできた大きな水溜まりの中にしゃがみ込んでいた。
 ネズミはいつの間にかいなくなっている。
 ドアの中から物音が聞こえた。
「まずい、出てくるわ。早く隠れて!」
 優子の言葉で三人は立ち上がり、慌てて隠れ場所を探した。
 近くにある廊下の分岐点の陰に逃げ込んだちょうどその時、ドアが開き、さきほどのメイドとルイが出てきた。
「これに懲りて二度とあのような真似はするでないぞ」
 ルイは厳しい口調で言いつけた。
「分かりました」
 メイドは王子の言葉にただ素直に頷くしかなかった。
 その時、メイドは廊下にできた水溜まりに気付いた。
「こ……これは……」
 メイドの言葉でルイも気付いた。
「お前、まさかこんな所で……」
 ルイはメイドを咎めるように見下ろした。
「ち……ちがいます。私ではありません。私が部屋に入った時はこんなものはありませんんでした」
 メイドは必死に反論した。
「それではだれがやったと言うのかね。お前ではないと言うのであれば、やった者をここへ連れてくるのだ。お前が人間でいられるうちにな」
 王子はそう言って部屋に戻り、ドアを閉めた。
 メイドは途方に暮れながらしばらくの間ドアの前に立ち尽くしていたが、どうする事もできず、うなだれながらも廊下を歩きはじめた。
 しばらくして三人の少女たちが目の前に立っているのに気付いた。
 大声を上げようとしたメイドの口を、ジャスティンの手が素早く押さえた。
「お願いだから声を出さないで」
 見知らぬ少女に耳元で囁かれながら、メイドは口を押さえる手から逃れようともがく。
「あなたが中庭で何をしようとしていたのか、私たち、知ってるのよ。その事で王子様からお仕置きを受けていたんでしょ? 宮殿にいる他の人たちにその事をバラされても構わないのかしら?」
 ジャスティンの脅し文句でメイドは急におとなしくなった。
「お願いです。どうかあの事だけはだれにも言わないで下さい」
 ジャスティンが手を放すと、メイドはそう言いながらしきりに頭を下げた。

 三人の少女たちはメイドの案内した衣装部屋で、恥かしい水に濡れた服を脱ぎ、メイドの着ているのと同じ服を身につけた。
「とりあえず、これで私たちはこの宮殿の中を堂々と歩き回れるっていうわけね。メイドさん、ありがとう」
「え、ええ……」
 優子の言葉にメイドは力なく返事をした。
「メイドさん、何か心配事でもあるのかしら?」
 ジャスティンに促され、メイドは消え入りそうな声で言った。
「それは……その……さっきルイ様から、あの水溜まりの犯人を連れてくるようにと言われてて、その……み……みなさんじゃなければ他にだれかを探さなければならないなって……その……」
「だったら大丈夫よ。とりあえず、廊下を奇麗に掃除しておく事ね。あんな水溜まりの事なんて、今ごろはきっと忘れてしまっているわ。だって王子様ですもの、あんな事をいちいち覚えていられるほどヒマなはずはないわ。そうでしょ?」
 ジャスティンの提案に、メイドの顔が明るくなった。
「それもそうね。それじゃ私、さっそく掃除してきまーす」
「あ、ちょっと待って」
 部屋を出ようとしたメイドを、優子が慌てて呼び止めた。
「今の、教えてあげたお礼にもう一箇所、案内して欲しい場所があるんだけど……」

「ここが、明日行われる舞踏会の会場ね」
 ジャスティンが巨大な扉を押し開くと、その向こうは広大な闇だった。
 ジャスティンはメイドの方に向き直った。
「案内してくれてありがとう。この事は決してだれにも言わないのよ。もし誰かに言ったりしたら、魔法の力で呪いをかける事もできるのだから」
「もしかして……あなたたちは……本当に……魔女?」
 メイドは怯えた声で聞いた。
 優子はジャスティンの目の合図でケータイを取り出すと、メイドの目の前でボタンを押した。
「案内してくれてありがとう。この事は決してだれにも言わないのよ。もし誰かに言ったりしたら、魔法の力で呪いをかける事もできるのだから」
 メイドは喋る小箱を震え脅えながら呆然と眺めていた。
「分かったら、さっさと行くのよ」
 ジャスティンの言葉で、メイドは逃げるようにその場を離れていった。
 その姿が見えなくなると、三人の少女たちは手に持ったランプを高く掲げ、闇の中に足を踏み入れた。
 装飾模様の彫り込まれた壁にランプの光を当てながら、広い部屋の中を歩き回る。
「ねえ、ジャスティン、何か魔法がかかっているものがあるかどうか、どうやって見分けたらいいのかしら」
 美奈子が壁の模様を眺めながら聞いた。
「私にもわからないわ」
 ジャスティンが答えた。
「でも、何か手がかりになる物が見つかるかもしれないわ」
 優子はそう言いながら、辺りを注意深く見回す。
 しばらくして、優子が遠くから聞こえてくる物音に気付いた。
「みんな、静かにして。誰かこっちに向かって歩いてくるわ」
 三人は急いで扉を閉め、中央の隙間から廊下を覗いた。
 スカートの短い白い薄地のドレスを着た一人の少女が廊下を歩いて来る。
 ジュリアだった。
 彼女は辺りを見回し人がいない事を確かめると、美奈子たちのいる広間とは反対側の扉を開き、中に入って行った。

 会議室では、数名の女性たちが席につき、ジュリアの入室を待っていた。
 未来人を思わせる身体にぴったりと張り付いたスーツが、彼女たちの身体のラインの美しさを際立たせている。
 スーツの放つ青白い光が、明かりのついていない部屋を明るく照らし出している。
「私はもうあなた方とは関係ないのよ。用があるのなら手短かにお願いできるかしら」
 ジュリアは厳しい表情で女性たちを見回した。
 女性たちもまた、鋭い目付きでジュリアを見つめている。
 一人の女性が口を開いた。
「どうしても、私たちともう一度手を組む事はないというの?」
「そうよ。私はもう決めてしまったの。ルイ王子と共に、ここにとどまると」
 ジュリアはきっぱりと言い切った。
 その返事に別な女性が反論する。
「ジュリア、よく考えるのよ。私たちは女性がオシッコをする権利を獲得すべく、歴史を変えるためにこの時代にやってきたのよね。そしてその権利を女性から永遠に取り上げてしまった張本人であるルイ王子を私たちのうちのだれかが説得し、小便少女の銅像を芸術家に作らせ、小便小僧の隣に並ばせる必要があった。そのために私たちはあなたを選んだ。しかしあなたは彼を説得するのではなく、彼と共にこの時代にとどまると言い出した。あなたのおかげで、女性たちが人前でトイレに行く事ができず、恥かしい欲求に耐えながら生活し続けなければならないという状況が永久に続く事になるのよ。その責任はどのように取って頂けるつもりなのかしら」
「責任? まるで女性がオシッコをする事が当然のような言い方ね」
 ジュリアのその言葉に、未来人の女性たちは動揺を隠さなかった。
「当然よ。私たち女性に与えられるべき当然の権利だわ。この時代へ来る前はあなたもそう言っていたじゃないの」
「……そうね」
 ジュリアは目を閉じ、嘲笑うような微笑みを浮かべた。
 そして、再び開いた鋭い目を正面の女性に向けた。
「そうよ。私もそう思っていた。でも、この時代の人たちにとって、女性は常に美しい存在であり、人に知られたくないような恥かしい欲求とは無縁であるのが当然と思われている。それも人間の一つの文化なのよ。それを、あなたたちの都合だけで潰してしまう事は間違いだわ」
「私たちだけの都合じゃないわ。世の中の全ての女性がそう思っているはずよ」
「私はそうは思わないわ。だって、ルイは私の一生懸命我慢する姿が可愛いって言ってくれるもの。私が我慢できずに粗相をしてしまう姿がとっても女の子らしい姿だって言ってくれるもの」
「他の女性たちは動物に姿を変えられてしまっているわ。計画実行の為にあなたに渡した装置の力でね」
「彼女たちが動物の姿になったのは自分の意志よ。彼女たちは恥かしい欲求を常に我慢しなければならない人間よりも、好きな時にできる動物の生活を選んだのよ」
 二人の会話に他の未来人の女性が口を挟む。
「でも、女性はもともと男性に比べて我慢しにくいと言われてるわ。それなのに、女性はそれを必死に我慢しなければならないなんて……」
「それはもともと男性が女性に比べて肉体的にも精神的にも痛みに対して弱いにもかかわらず、それを懸命に我慢しなければならないのと同じ事よ。自然は美しいとか、自然を大切にしようとか、口ではよく言うけれど、人間の生み出した文化は自然に逆らいながら生きる事を常に人間に要求する。人間は自分たちの動物的な本能に対しても必死に抵抗しなければならない。その抵抗に見事に成功した者こそが、人間的に優れた者として評価される。人間の文化とは、そういうものよ。文化の根底にあるその基本原理は、一つの時代の一国の王子を説得するだけでは変えられないわ。以前、世界の言語を統一させるためにバベルの塔の建造を阻止した時とは訳が違うのよ」
「だからあなたは王子の説得をやめたわけなの?」
 正面の女性に、ジュリアはきっぱりと答える。
「そのとおりよ。ところで、あなたたちはこんな意味のない説教をするために私をわざわざ呼び出したの?」
「いいえ。あなたがこの部屋の向かい側の部屋の空間に施した仕掛けについて教えて欲しいの。明日のあの部屋を起点にして、時空が歪み始めているらしいの。それに、歪んで分岐した空間のうちの二つからこの時代に何者かがタイムスリップしてきているらしいし……。一体どんな仕掛けをしたのかしら」
「あの部屋で彼女たちが強く心に思い描いた事がそのまま現実になるように、テレキネシス増幅器で対象時空間を設定済みよ。もう取り消しはできないわ」
「そのせいで宇宙全体が不安定になろうとしているのよ。早く取り消しの方法を……」
別の女性が形相を変えて言いかけた時、部屋の外から足音が響いてきた。

「おーい、ジュリア、どこにいるんだ」
 ルイは叫びながら、部屋のドアを片端から開けて回る。
「ルイ王子様、どうかなされましたか?」
 すれ違った一人のメイドがルイに訊ねた。
「な……何でもない。ただ、新しく入ったメイドがちょっとした粗相をしたらしいのでな。あ、大した事はない。君は自分の仕事に戻りたまえ」
 王子の言葉にメイドは頭を下げると、再び廊下を歩いていった。
 メイドの姿が見えなくなり足音が聞こえなくのを待ち、ルイは再びドアを一つずつ開けていった。
 やがて舞踏会が予定されている大広間の向かいの会議室の前にたどり着き、ドアを開けた。
 しかしそこには他の部屋と同様に、人の姿はなかった。
 ルイは次に、向かい側にある大広間のドアを開けた。
 そして、闇の中に浮かび上がる白い人影を認めた。
「ジュリア、こんな所で何をしているんだ」
 ルイは闇の中に立つドレスを着たジュリアの後ろ姿に問いかけた。
「この部屋にかけた魔法の具合を確かめていたのです。魔法には特に問題はなさそうです。明日の舞踏会はきっと成功する事でしょう」
 ジュリアは静かに答えた。
「それなら、とにかく部屋に戻ろう。またたっぷりとお茶を飲んで、君のとっても可愛らしい仕種をたっぷりと見せておくれ」
 ルイの言葉にジュリアは笑顔で答えた。
「ルイ王子様ったら、相変わらず意地悪ね。でもルイ様のためなら、あたし、頑張っちゃう。ふふっ、今夜も眠れない夜になりそうね」
 ルイとジュリアは部屋を出ると、寄り添って廊下を歩きはじめた。
 二人の姿が見えなくなった時、向かいの会議室の隣の扉が細く開いた。
 中の目が辺りに人のいない事を確認すると、四人の少女たちが廊下に出た。
「あー、びっくりした。危うく見つかる所だったわ」
 優子が胸をなで下ろした。
「それにしても、あの子、一体何者なのかしら。歴史を変えるためにこの時代へ来たとか言ってたみたいだけど……」
 美奈子が首をかしげる。
「もう一度聞き直してみようか」
 優子は携帯電話を取り出し、再生ボタンを押した。
 さきほど会議室から聞こえていた声が再生された。
「何か分かったかしら?」
 再生が終わった後で、ジャスティンが聞いた。
 二人の女子高生はケータイを覗き込んでいた顔を上げると、首を横に振った。
「一つ言える事は、あのジュリアとかいう女は歴史を変えようとしている未来人の仲間だったという事ね。それと未来人たちは私たちがタイムスリップしてきた事は知っていても、この場所にいる事には気付いていないという事。とりあえず明日の舞踏会を待ちましょう。魔法であれ仕掛けであれ、舞踏会が始まらなければ働かないし、調べても何も出てこないと思うわ」
 優子の提案に、他の二人も頷いた。
「そろそろ参加者が到着する頃よ。様子を見に行きましょう」
 ジャスティンの言葉で、三人は再び廊下を歩きはじめた。

「いたわ。あそこです!」
 突然廊下に響いた聞き覚えのある女性の声に、三人の少女たちが振り返った。
「あなた……まさか」
 優子は声の主を見て目を見開いた。
「ごめんなさい。掃除はしたのですが、ルイ様はよく覚えていたので、こうするしかなかったのです」
 さきほどのメイドが、ルイの脇で頭を下げた。
 彼女以外にルイの引き連れていた数名のメイドたちが、三人の女子高生を素早く取り囲んだ。
「お前たち、もしかしたら高校生かな?」
 ルイが三人に訊ねた。
「もしかしなくても、高校生です」
 優子の堂々とした答えに、ルイは妖しい笑みを浮かべた。
「なるほど。舞踏会に参加しに来たのだね。少しばかり到着が早すぎたので、メイドの服を着て宮殿の中を見物して回っていたというわけか」
 ルイはさきほどのメイドに向き直った。
「あの三人が着ていたという汚れた服を大至急洗濯し、舞踏会の開始までに乾かして、彼女たちに着せておくのだ」
「分かりました」
 メイドは深々と頭を下げた。


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