「なあ。足の臭いがきつい女ってどう思う?」
昼休み、中学時代からの親友の桃井が、突然そんなことを言った。
「どうしたんだよいきなり」
「いやさ……、愛香のことなんだけど……」
愛香というのは桃井の彼女だ。木本愛香。1年の時に桃井の方が告白して付き合い始めた。桃井が野球部、木本さんがブラスバンド部で、きっかけは高校野球地方大会の帰りのバスで偶然一緒になり、意気投合したらしい。学年では付き合いたての当初からおしどりカップルとして有名。もうすぐ付き合い始めて1年になるはずだ。
「木本さんがどうしたの?」
「あいつ、最近、靴下穿かずに靴を直履きしてるじゃん? だからさ、家に遊びに来たりすると、かなり臭うんだよね……」
「あー」
たしかに、ここ一ヶ月間ぐらい、木本さんを見かけるといつも素足で上履きを履いている。
はじめて廊下で見かけたときは驚いたものだ。木本さんとは1年の時に同じクラスだったが、ショートボブの真面目で大人しい印象で、制服を着崩すイメージがあまりなかったのだ。
「あれって何かこだわりなの?」
僕が聞くと、
「んー……一回聞いたときは、はっきりしなかったんだよね。『ちょっと、心境の変化』とかって誤魔化された」
と、桃井はため息をついた。
「心境の変化か……」
たしかにはっきりしない。桃井は木本さんと、すれ違いを感じているようだ。
「それに、ブラバン部の知り合いに聞いたら、愛香のやつ、最近部活サボりがちらしいんだ」
「へえ、意外だね」
「服装の乱れとか、生活の乱れとか……、もしかしたら悪い友達でもできたんじゃないかと心配なんだよね。だからさ、澤部、お前にちょっと頼みがある」
「うん?」
僕は、人にものを頼まれると、断れない性分だ。
親友の頼みとあればなおさらだ。
親友桃井の頼みというのは、放課後、木本さんの素行を調査して欲しいというものだった。桃井は放課後は毎日部活のため時間が取れない。だから帰宅部の僕に代わりにやって欲しいというのだ。
「……なんか、ストーカーみたいで、やだな……」
思わず愚痴がこぼれた。しかし、引き受けてしまったものは仕方が無い。
僕は、放課後になると、隣のクラスの前の廊下で窓の外を眺めながら、木本さんが出てくるのを待った。
「おっす。サワチン」
「!?」
声をかけてきたのは、幼馴染みの井塚沙織だった。
「さ、沙織!?」
沙織は一つ学年が下の1年生。教室のある上の階から降りてきたところらしい。たいして長くない髪の毛を無理矢理ポニーテールにしているのはこだわりらしい。スカートはしっかり折ってミニスカート状態。かなりミニだがスパッツなので恥ずかしくないという。昔から家が近く、ちょくちょく一緒に遊んでいた。そういえばその頃からポニーテールだった。僕が私立の中学に入って以降は疎遠になっていたが、昨年沙織が俺の通う進学校を受験するということで「勉強を見て欲しい」と頼み込んできた。受験きっかけで再び交流を持つようになり、沙織が合格してからは、ほぼ毎日登下校をともにしている。
「どうしたの? サワチン、そんなに驚いて。帰んないの?」
沙織はきょとんと首を傾げた。
「いや、今日はちょっと用事あるから……」
僕がそういうと、沙織は眉をひそめた。
「用事ってなに?」
食いついてくるな!
「……ちょっと、人待ってる」
「ふぅん……」沙織はじと目でコチラを見て「彼女さん?」
「ぶ……っ」俺は吹いた。「ち、違うよ!」
「あ、違うんだ。それじゃあ、あたしも一緒に待って良い? サワチンの用事終わったら一緒に帰る」
「ダメだよ!」
僕は思わず大声を出した。
沙織はびくっと目を見開くと、ぷっと頬を膨らませた。
「そんな大声出すことないじゃん! いーもん! あたしひとりで帰るー! サワチンのけちんぼ!!」
沙織はきーっと歯を出して威嚇すると、どかどかと音を立てて走り去った。
沙織は昔から、すぐ癇癪を起こすんだよな……。
にしても、けちんぼって……。
「あ、いけないっ」
僕は慌てて隣のクラスを見る。
沙織とのやりとりで、うっかりしていた。
教室の中には、……木本さんがいない! 見失った!
僕は、廊下を走って階段の踊り場までいく。
「あ」
声が出てしまい、慌てて隠れた。
木本さんは、きょろきょろと背後を気にしている。
危なかった……。しかし、見失わずに済んだ。ひと安心だ。
木本さんは、首を傾げると、向き直って階段を上り始めた。どうやら上の階に向かうらしい。
木本さんの所属するのはブラスバンド部だ。もし部活にいくのなら、隣の校舎の音楽室に向かうはず。上の階に行くということは、部活には行かないらしい。
ホントにサボりなのか……。
真面目な木本さんのイメージが、僕の中でガラガラと崩れていく。
見ると、やっぱり素足で上履きを履いていた。
うちの学校の女子用夏服。白いブラウスに紺のベストはきちんと第一ボタンまで留めてきちっと着ているし、すみれ色のちょうちょネクタイは緩めずしっかり締めている、灰黒チェックのスカートは膝小僧が隠れる程度で、しっかり校則通り。学校指定の白ソックスだけを穿いていないという。異様な格好に見えた。
いったいどこに行くつもりなんだろう……?
木本さんは、どんどん上階へのぼっていく。
四階までやってきても、まだ階段をのぼる。
この上は屋上だ。
木本さんは再度立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回した。僕は階段の手すりの後ろに隠れ息を潜めた。
木本さんは軽く息をつくと、屋上へ繋がる扉を開けた。
木本さんが屋上へ出て、扉を閉めてから、僕は手すりの陰から体を出し、彼女の後を追う。
屋上の窓からそっと外を見ると、奥の給水タンクの方へ向かって歩いている。
気付かれないことを確認して、僕も屋上へ出た。
彼女の後を追っていて、
「……っ!!?」
ひやっとした。
給水タンクの裏に、木本さんの他にもうひとり人影があったのだ。危うく見つかりそうになって、慌てて真横についていたはしごを登り、給水タンクの上に避難した。
「ごめん。せっかく呼んでくれたのに遅くなっちゃって……」
「ああ、ホントになぁ、待ちくたびれたぜ」
木本さんの声が聞こえる。
もう一人は男の声。
木本さんが、男と会っている……!
衝撃の事実だった。
桃井という彼氏がいながら、まさか……、あの木本さんが浮気……。
僕は現実から目を背けたかった。
これを、桃井に伝えないといけないのか……。
僕は、おそるおそる、給水タンクの裏をのぞき見る。
え?
木本さんと対峙している男は、金髪でピアスのガタイの良い男。同じクラスの芦浦好男だった。
木本さんが!? なんでこんなチャラ男と!?
芦浦という男はまったく良い噂を聞いたことが無い遊び人だ。桃井とはまったく正反対のタイプ。
「ごめん、好男くん……。なんでもするから許して」
顔を赤らめて、甘い口調で言う木本さん。
「ん、今なんでもっていったな」
芦浦はゲスな笑みを浮かべた。
「言ったよ……」
顔が真っ赤の木本さん。
「じゃあ、お仕置きが必要だなあ」
「へへ……」
木本さんの態度は、目の中にハートでもありそうなぐらいのとろけようだ。傍から見ても明らかだ。木本さんは、完全に芦浦の虜になっている。
嘘だ……。
桃井は、親友びいきとか関係なく、明朗快活な好青年。木本さんは清楚で真面目な魅力的な女性。
そんな画に描いたようなステキなカップルが、こんな男に壊されていたなんて……っ!
これから彼らがやろうとしていることは、僕だって良い歳だ、だいたい想像できる。
木本さんの様子からして、彼女と芦浦が関係を持ったのは一回や二回では無いだろう。僕は芦浦に殺意を抱いた。
この先を見たくない……!
だけど、いまはしごを降りると、角度的に芦浦に気付かれる可能性がある……。
僕はぎゅっと目をつぶり、両手で耳をふさいだ。
「……――ははは」
ん?
僕は、外からうっすら聞こえてくる音に違和感を覚え、両手を耳から離す。
「きゃははははははっ!! やはっ、あはぁぁっははっはっはっはっは!!!」
間違いなく木本さんの声。普段の彼女の口からは出そうも無いような、甲高い声だった。
僕はびっくりして再び給水タンクの裏を覗く。
「おい、愛香! ちょっとは我慢しろよ! つまんねーだろ!」
「やはははははっ!! だってぇぇ〜〜、そんなのっ、好男くんが開発したんだからぁぁあっはっはっはっはっはっは〜〜!!!」
芦浦が、仰向けに寝そべり万歳をした木本さんの両腕に乗って、彼女の腋の下をこちょこちょ人差し指でくすぐっていた。
なんだ……? これ……?
木本さんは、ショートボブの綺麗な髪の毛をブンブンと激しく振り回し、脚をジタバタと動かして暴れている。
眉をへの字にして、大口を開けて笑う彼女の表情。
初めて見る彼女の表情に、僕はドキドキした。
「お前、昔から腋の下大好きだったもんなあ。こうやって、おっぱいの付け根をくりくりされるのたまんねーだろ?」
「ひゃははははははははははっ!!! たまんないっ、たまんないぃぃい〜〜っひっひっひひひっひっひっひっひっひ!!!」
木本さんは、びくびくと体を上下に揺らして笑い狂っている。
乳房がぷるぷると揺れた。
膝を立て、バタバタと地団駄を踏む。スカートがまくれて、フリルの付いた白いパンティがチラチラと見えた。
僕は、鼻の奥が熱くなった。
あんなに苦しそうなのに、なぜか気持ちよさそう……。
「へへ、ずいぶん汗ばんでるな。じゃあそろそろ……」
と立ち上がる芦浦。
くすぐる手を止めると、はぁはぁと息を切らせる木本さん。仰向けに寝そべったまま汗だくで額に腕を当てる仕草。くすぐられた余韻か、まだ口元がゆるんでいる。完全に事後だ。
芦浦は木本さんの足元にしゃがむと、彼女の右足首を掴んで、かぽっと上履きを脱がせた。
「うへ、すっげぇ蒸れてんじゃん! ふやけてるし!」
「……も、もうっ……、好男くんのいじわるぅ……、好男くんのためにやってるのにぃ」
好男くんのため……。木本さんははっきりとそう言った。つまり、ここ最近彼女のが素足で靴を履いていたのは、芦浦の影響だったのだ。
芦浦は、左足の上履きも脱がせる。
彼女の両方の素足は、遠目にも蒸れて赤くなっているのがわかる。
芦浦は、木本さんの素足を揃えて抱え込むと、両足の裏をこちょこちょくすぐりはじめた。
「ふやぁぁあああっっはっはっははっはっはっはっはは!!! あぁぁああ゛あ゛ぁ゛〜〜はははっははははははははははははは!!!」
再び甲高い声を上げて笑い出す木本さん。
足の指がくすぐったそうにびくびくと動く。
「やっぱ蒸れてる方が効くだろう? じゅるり……」
芦浦は、右手で彼女の足の裏をくすぐりながら、なんと……
ぱくり。
彼女の右足の親指にむしゃぶりついた。
僕は、「げっ」と思った。一日中素足で上履きを履いて、きっと雑菌だらけだろうに……。
「ひゃぁぁああっはっははっははっはははっっは、いぃぃ゛ぃ゛ぃ〜〜ひひひひひひひひひひひひ!!!」
芦浦がじゅぽじゅぽと音を立てながら、木本さんの足の指をしゃぶる。木本さんの足は親指が他の指より長いため、舐めやすそうだった。
それもくすぐったいのか、木本さんは涎を垂らして笑い続けている。
「どーら? 最高らろ?」
「しゃいこぉおおほほほほほほほほ、しゃいこぉぉ〜〜〜うひゃっははっはっはっはっははっはっはっはっはっは〜〜!!!」
木本さんの素足は、芦浦の涎で糸を引いている。
木本さんはそんな状態で、上半身をねじり、大口を開け、涙と鼻水を流し、とろけるような瞳で笑い続けていた。
僕は、知らぬ間に勃起していた。
なにに興奮しているのか、自分でも理解できない。しかし、彼女の笑い声を聞けば聞くほど、股間が痛くなった。
あの、大人しい、真面目な、木本さんが……、あんなにバカ笑いして……。
「う゛っ」
そのとき、あろうことか、僕はうめき声を上げてしまった。
「誰だ!?」
芦浦が声を荒らげ振り向いた。彼と目が合う。
終わった……。
「なんだ、澤部か」
「……え、澤部、くん?」
木本さんが、口元に涎を垂らしたまま、きょとんとした表情で見上げてくる。
その表情があまりにもかわいくて、僕の股間はさらに痛くなった。
「お前、愛香で興奮してんだろ。いいぜ、下りて来いよ。お前にもやらせてやる」
芦浦はにやりと笑った。
僕は、桃井に対する罪悪感にさいなまれながらも、はしごを降りていくしかなかった。
僕は、人にものを頼まれると、断れない性分なのだ。
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