遺棄船の罠　４章

キャンサー作品

遺棄船の罠

４章　異生物襲撃

「それじゃ、ポーラとファニーは準備してあと・・・・」
「私も行く！！」
素早く挙手したのは、当初より調査を希望していたレイラであった。
「あなたが？」
エルザは目を丸くした。ポーラとファニーを選出したのは宇宙活動の本職であるからに他なない。本来なら自分が出たいところであるが、有事の際にこのコロンブスⅣを操作する者がいなくなる危険を冒せないためであり、決して適当な人選ではなかったのだ。
「行けるわよ！ちゃんと宇宙服での船外活動講習を受けて、４級許可証は持ってるわ」
自信ありげに語られたが、４級とはあくまでも必要最低限のもので、実際経験に関してはおそらくは皆無であろう事はエルザには容易に予想できた。
だが彼女は真っ先に調査したいという好奇心を現したのである。この場は引き下がらないだろう様子と、彼女以外の資格者がいないのが現状であり、断固拒否する必要性もなかった。
結局、調査に赴く選抜者は３名。ポーラ、レイラ、ファニーに決定し、これまた最新鋭の宇宙服に身を包んだ彼女達が宇宙遊泳を行いながら、異星人建造物へと流れて行った。

少々ピクニック気分の感もあったが、彼女達は自分達ができうる範囲の事を目一杯する事で、人類が初めて公式に接触した異星文明の実体に迫ろうと、努力していた。
『どう？今外壁のサンプルを計測器に入れたけど・・・・』
現地へ辿り着いたポーラが、命綱兼通信ケーブルを通してコロンブスⅣ操舵室に通信を送る。
「ちょっと待って・・・・え～と」
『結果表示が遅いようだったら、パネル右上のボタンを押してみて』
「これね・・」
エルザはリン達が見守る中、一人慌ただしく動き回り、向こうから送られてきたデーターの解析を行っていた。ポーラとレイラが不在である今、本職が彼女一人であるため、こちら側の作業は全て彼女一人で行わなければならなかったのである。
分析モニターは、ポーラ達が削り取って採取した外壁のサンプルデーターをあらゆる角度で分析を始め、判明した結果を次々に表示し始める。
「材質は・・・チタン、マグネシウム、アルミ、不明分２種、炭素系素材の複合物・・・・なお、加工法の推測不能・・・・・・」
「それって、材料は判るけど、調理法が判らない料理って事？」
モニターを覗き込んでジュリアが問う。
「そんなところね。その上、隠し味もあって、少なくても私達じゃ作れないってことね。やっぱり、ちゃんとした専門家が必要だわ」
一緒になって覗き込んでいたファーンが答える。
『エルザ』
「何？」
『解放ブロックみたいな所を見つけたわ。ここから中に入ってみるわ』
「ちょっ・・・大丈夫？」
ファニーの報告に、思わずエルザが唸った。当初の予定では外壁面に対する調査のみで、内部侵入が可能どころか、入ると言い出すとは思いも寄らなかったのである。
『今のところ、何の反応も検知されてないし、完璧に機能していないわ。今までに、この辺の磁気嵐を何回も受けて、機能障害でも起こしたんじゃなかな？』
そうした推論に対する返答を、エルザは持ち合わせてはいない。この異星建造物のシステムが、人類と同様の形式であれば磁気の影響で機能を停止する事もあり得るだろうが、そうした影響を受けないシステムが存在する可能性もある。人類が使用しているシステムが唯一無二でない以上、軽率な行動こそ控えるべきだとエルザは思った。
だが、そうして二の足を踏んでいては事態が進行しないのも事実であった。
「それじゃ、通話のできる範囲での捜索を許可します。ただし、相手に不穏な動きが感知されたら、すぐに戻るのよ」
結局彼女は調査を許可した。全く変化を見せない相手に、心のどこかで無人であるという判断が定着したのかもしれない。
『判ってる』
ファニーは簡潔に答えると、彼女は他の２人に合図を送って、中に入る許可を得られた事を伝えた。
３人はそれぞれ、人類初の快挙に携わる栄誉に笑みを浮かべて、建造物の中へと入って行った。皆、ここが遺棄された遺跡だと言う説を信じて疑わなかったのだ。
構造物の中は、当然ながら暗かった。太陽の光はもとより、コロンブスⅣの船外灯の光も入り込まない以上、視界の確保は彼女達の宇宙服に備え付けられているライトのみだった。
『ライトの角度を最大にして視界を確保して』
『分かってる』
３人はライトをランプ代わりにして、未知なる空間を進んで行った。一同は周囲の物全てに興味を示していた。そう、今彼女達の周囲全てが、今までに見た事のない様相であり、無言のままそこが異星の価値観による物である事を物語っていた。
『ちょっと趣味じゃないわね・・・・・』
外壁の紋様を眺めて、レイラは呟く。人類内であっても国の文化の違いによいって芸術感覚が異なるのである。別惑星レベルではその感覚の違いが更に広がっていても不思議ではない。
だが、そのかけ離れたデザイン感覚が、彼女達にその本来の用途を見抜けさせなかった。
最後尾にいたレイラが、不意に足を何かに挟まれたのである。
『な、何？』
ぎょっとなって自分の足を見たレイラは、今起きている状況を目の当たりにして、蒼白となった。
ただの紋様のと思われていた壁面の一部が幾つもの節足状に展開し、彼女の足を挟み込んでいたのである。
しかもそれは小刻みに動き、展開した部分の中央にある『穴』の中に彼女を引きずり込もうとしていたのである。
それは節足状の触手を持ったイソギンチャクが獲物を飲み込む様相にも似ていた。レイラは慌てて仲間２人の姿を求めた。２人は彼女の事態に気づかず、先に先にと進み、徐々にその距離を広げていく。
そうした事態がレイラを極度に不安と恐怖に駆り立てた。
『いっ、いやぁ～～～～～～！！！！だ、だれかっ！！誰か助けてぇ！！！！』
恐怖に支配されたレイラが張り裂けんばかりの声を上げた。その絶叫は緊急通信回路を通じて、同行していたポーラ達のみならずコロンブスⅣ船内にも鳴り響いた。一同はワイヤーで繋がっていたため、通常状態でも声が届いたのだが、パニックに陥ったレイラは、たまらず緊急通信のボタンを押したのである。
『レイラ！？』
二人は慌ててレイラの姿を探し、後方で壁に飲み込まれているかのような状態に陥った彼女を見つけた。そして同時に、壁面にあった幾つかの飾りにも見えた球体が発光しだすのを目の当たりにした。
それが何を意味しているか、正確なところは分からなかったが、ポーラにはその原因は容易に推察ができた。
『レイラ、緊急信号を、電波を止めて！周りが何か反応しているみたいなのよ』
それは確かに、彼女達の会話に反応するかのように光の点滅を繰り返していた。だが、自分の身に起きた事態で目一杯となっているレイラには、そんな声も周りの状況も見えてはいなかった。
『いやっいや～～～引きずり込まれるっ、助けてっ！早く早くっ！！』
『落ち着いてレイラ、緊急信号を』
『いや～～～～～～～～～～～～！！！！！』
船内で通話を聞いていたエルザは歯がみした。内部がどうなっているかは分からなかったが、レイラが不意なトラブルに巻き込まれて放った緊急信号が、異星の建造物を休眠状態から呼び覚まそうとしているのが予想できたのである。
しかもレイラはパニックに陥って収拾がつかない状態となっている。これからどのようなリアクションが生じるか一向に予想できない事態となってしまったのである。
「ポーラ、ファニー聞こえる？」
エルザは通話マイクに向かって叫んだ。
『エルザ、レイラが・・・』
「事情はだいたい分ったわ。緊急処置よ！彼女に麻酔を施して黙らせて」
『だめ、もう遅いわ。周囲の機器みたいなのが一斉に点灯し始めているの。意味は分からないけど、何となく嫌な予感がするわ』
その状況に直面していれば、ポーラでなくともそう感じたことであろう。
「だったら早く・・・」
『な、何よあれ・・・・』
「ポーラ？どうしたの？」
『ファニーは逃げて』
「ポーラ答えて！」
『駄目、囲まれてる』
「ポーラ！ファニー！」
『『あっあああぁぁぁぁ～～～～～～～～！！』』
聞きたくもない二人の絶叫がスピーカーから発せられたが、それはほんの一瞬の出来事であり、以後は全ての通話が途切れた。
「ポーラ！ファニー！レイラ！！」
エルザは反射的に彼女達の生命維持装置とモニターするパネルを見やった。そこに表示されていたはずの三人分の波形は全て無反応状態となっていた。それが意味するのは大きく二つ。
生命活動の停止、あるいはケーブルの切断である。
現状ではそれを識別する手段が無いが、カメラの映像やセンサーのデーター送信も同時に切れているため、後者の、まだ僅かでも望みがある方である事を祈るエルザであった。
「エルザ、アレの様子が変よ」
リンがエルザの肩を叩いて外を指さした。
「動いてる？」
エルザは唸った。窓の外に見える巨大な物体が、ゆっくりと回転し、先端と思わしき部分を動かしていたのである。その姿は長年放置されていた遺跡の罠が作動し、盗掘者を死の国に誘うために起動しだしたと思わせるには十分な様相であった。
「やっぱりまだ機能は損なわれていなかったんだわ」
エルザは異星文明の耐久力を軽視していた傾向にあった自分を悔やんだ。
「で、でも何で今になって急に・・・・」
不安げな表情を隠しきれないファーンが問いかける。
「多分、レイラよ・・・・彼女が何かのセンサーにふれて、一部の・・・何らかの機能を目覚めさせてしまった。その上、パニックになった彼女は緊急信号を発してしまった結果、その電波がアレの、待機状態だった機能を目覚めさせた・・・・」
これはあくまでも憶測であった。だが、大ハズレではない自信もあった。
「で、それでどうなるのよ・・・・相手を冬眠から起こして私達どうなるのよ・・・・」
「目覚めた相手が『熊』か『プーさん』かなんて分かる訳ないじゃない！」
苛正しげにエルザが怒鳴る。皆、不安感によりヒステリックな状況に陥りつつあったのである。
「待ってれば結果も分かるでしょうけど、私は待つのは反対よ！」
エルザがある意味、非情な発言をした。それは即ち、中の３人の安否を確認せぬまま行こうという意見である。
「私も、映画じゃたいていこのパターンは悪い方向に進む前兆よね」
リンも別の発想から同意をした。
「でも、中の３人がまだ・・・・」
ジュリアが当然の事ながら人道を漏らすが、自分にもどうしようもないことははっきりと分かっていた。
「そんな事言っても、今の私達にどうにかできる状況じゃないじゃない」
「ちょっ！みなんあれ！！」
無駄な論議を繰り広げる一同の中で、只一人外の建造物の様子を凝視し続けていたファーンが、いきなり叫び声を上げた。
一同が何事かと振り向く中、エルザはファーンが何を見て叫んだかを理解した。
移動を続ける事で今まで死角となっていた部分が晒され、視認できなかった物を発見したのである。それは、構造物に船体の半分以上を沈めた地球型の宇宙船であった。
エルザは素早くコンピューターを使って船体の照合を開始した。
完全な原型を失っていたため、検索に若干の時間がかかったが、コンピューターは確認できた船体の一部の特徴から、対象を『バーソロミューⅡ』の脱出艇と判断した。
消息を絶ち、彼女達が本来探していた相手が、ここにいたのである。だが、それは構造物との衝突事故という表現では収まらない状況であった。接触部分は始めから構造物の一部だったかのように同化をしており、別の視点で見れば、構造物から異質の物体が生えているかのようにも見える。
だが、バーソロミューⅡを知る彼女達には、そうした解釈はなく、あたかも巨大なアメーバーが他の生物を取り込んでいるようにしか見えなかった。
「なんて事・・・・」
エルザは問題のポイントをメインモニターに大写しにして状況を観察した。
「な、何アレ・・・」
リンが当然のごとく問いかける。
「バーソロミューⅡの脱出艇よ」
「やっぱり・・・・」
理解できるのはそこまでであり、実際に繰り広げられている状況に対しては、誰も満足の行く説明はできなかった。
「ど、どういう事？衝突したって事？」
「結果はそうかも知れないけど・・・・でも、何だか・・・・食べられているみたい・・・」
ジュリアの率直な意見は当を得ていた。
バーソロミューⅡの脱出艇は今この瞬間にも徐々にその船体を構造物の中へと沈めていた・・・・と言うより、呑み込まれ続けていたのである。。
「ええ・・・あれはまさしく、宇宙船を喰ってるわ」
見たとおりの現実を受け止め、ようやくにしてそれを言葉として発するエルザ。
「信じられない・・・・どう見ても人工物なのに・・・・・」
こうした反応は普通だと言える。少なくてもあの光景は、人類の常識の範疇を超えていた。
「ともかくここから離れるわよ」
あの様な物体の近くには一分一秒もいたくない。そうした感情に急き立てられたエルザは、操船シートに座ると、手早く各機器のスイッチを入れた。
「エンジン緊急始動。急速離脱！」
中に残っている仲間３人の安否も気にはなったが、それにも増してここに止まる事による不快感が勝った。エルザの操作に従い、最新鋭の宇宙船は停止させていたエンジンを急速に回転させ、回復させた推力で構造物との距離を取り始めた。
だがそれが結果としてコロンブスⅣの命取りとなった。活動を始めた時点では、その『構造物』はコロンブスⅣの位置を把握していなかったのである。不意に自分の内部で察知した緊急信号で警戒モードになったそれは、まずは内部で３つの異個体を認識し、更にケーブルづたいに別の大型物体を感知した。
だが、内部の異個体に対処する課程でケーブルを切断してしまい、大型物体、即ちコロンブスⅣの正確な位置を把握する手段を失っていたのである。
だが、コロンブスⅣが起動する事により、建造物は正確にその位置を把握し、それを捕獲するための行動に移る事ができたのである。
構造物はまるで生き物の様に、壁面を変形させて触手状にし、コロンブスⅣにからみつかせると、小魚を捕獲したイソギンチャクのように引き寄せ、その壁面に叩きつけるかのように接触させた。
まるで想定されていない事態にコロンブスⅣは成すすべなく構造物に接触した。
エルザ達は激しい揺れに見舞われ姿勢を崩したが、その衝撃は『物体』の衝突であるにも関わらず、巨大なスポンジに衝突したかのような遙かに緩やかなショックであった。
それでも船体の半分は構造物に沈み込み、バーソロミューⅡと同様の事態へと陥った。
「ぶ、ぶつかった・・・」
「って、言うか、これって捕まったって言う方が正確なんじゃない？」
身を起こしながらリンとキャロルが言った。
「そうね、どういう目的かは分からないけど、捕まったと言うのが正しいわ」
エルザも後者に同意して、操舵席から立ち上がった。
「異星の友人を招待してくれた・・・・・なんて平和的なオチにならないかしら」
リンが冷や汗を流しながら軽口をたたいた。それは誰もが心の奥底で望んでいた事だろう。
「そうあって欲しいけど・・・・・ともかくこっちはできる事をやりましょう」
「できる事って？」
ポーラの席に移動して船内チェックを始めたエルザを見やってジュリアが問うた。
「向こうに沈み込んだ側の破損表示が無いって事は、大きな損傷は無いって事よ。だから、そちら側のセンサーを起動させて、出来る限り中の様子を探ってみるのよ。上手くいけば内部構造が把握できるかもしれないし、ポーラ達も発見できるかもしれない」
「ほんとにそんな事できるの？」
「わからないわ。でも、何もせずでは進展は無いのも事実よ」
そう言ってセンサー類を片っ端から起動させたエルザは、無数に表示され始めた情報の一つを見て、その視線を止めた。
「？・・・どうしたの？」
エルザの変化を見て、リンが問いかけた。
「・・・・・・気圧があるわ？」
「え？」
「え？何？どういう事？」
それはあまりに唐突な情報であった。
「空気があるの・・・・・・しかも・・・地球型よ」
「それってつまり、あの中にこのまま入っても問題なしって事？」
「ええ、信じられないけど、あれを作った異星人は地球と同様の大気環境の生物だったみたいね」
とは言うものの、その可能性の低さをエルザは知っており、事実を前に自身の発言を信じていなかった。
「そんな偶然、あり得るの？」
ファーンのこの質問はもっともであった。映画では当たり前のシチュエーションも、現実に起きると嘘臭さこの上ない。
「無い事は無いけど・・・・・できすぎてるわ」
「でも、事実なんでしょ」
「ええ・・・・でも・・・」
エルザが確認したデーターによれば、大気は完璧に地球型と言う訳ではない。数値を見る限り、それは地球の空気組成ではなく、むしろコロンブスⅣを初めとする、その他宇宙船に共通の『船内空気』そのものなのである。それはまるで、宇宙船の空気が漏れてあの構造物内に充満しているようにも取れる状況だったが、もちろんそれはあり得ない。コロンブスⅣとバーソロミューⅡ脱出艇の空気全てが放出されても、あの構造物の内部を満たすことは不可能である事は、その大きさを見ただけで判る事だった。
今、得られる情報からは推測しか成り立たず、確証のない憶測を口に出すのをエルザが躊躇っていた時、小さな振動とともにけたたましい警報が船内に鳴り響いた。
「何？」
戸惑う一同をかき分け、船内監視版を確認したエルザはそこに表記された情報を見て、緊張の色を見せた。
「外壁が損傷したわ」
「損傷？押し潰されたの？」
「いいえ、局所的な荷重による物理的破壊・・・・つまりは、そこに何かがぶつかったって事よ・・・外壁を破る程の力でね」
「待って！・・・・・何かが侵入しているわ」
説明するエルザに変わってモニターを見ていたファーンが、更に緊張感を駆り立てる事実を報告した。
「な、何かって何よ」
「分からない。今、船内モニターを・・・・」
そう言って不慣れなキーボードを操作し、問題のポイントのカメラを一斉に展開させて映し出させたファーンは、モニターの映像を見た途端息をのみ、身震いした。
「な、何アレ」
「あれ、エイリアン？」
「全然人の形して無いじゃない！！」
他の者達も同様だった。
今モニターに映し出されているのは、僅かに縁が赤い、深緑の巨大植物と言う表現が近い活動物体であった。
地球の植物と根本的に違うのは、動物と変わりない早さで動いていると言う点で、さながら自走する食虫植物とも思える光景であった。
外見上は植物に見えたとしても、ここまで活発なそれは地球には存在しない。そうした彼女達の常識とは大きくかけ離れたが故に、その存在は必要以上に異質さを際だたせていた。
そうした物体が、怒濤の勢いで船内に雪崩れ込み、通路を進行していたのである。
「ねぇねぇ、この船、非常迎撃装置みたいなの無いの？」
もはや相手が友好的とは思えない状況となり、過激な対応手段を問いかけるファーン。
「一応あるけど、ほとんどのシステムは船外、つまりは船舶相手の撃ち合いを想定していて、船内に入り込んだ敵を一掃するシステムは用意されていないのよ」
「なんで、これ最新鋭の船なんでしょ！？」
「最新鋭だからこそ、強行突入される事態を想定されていないのよ」
「それじゃどうするの？」
「出来る限り警備システムを稼働させるけど、今も昔も、こういう事態に陥った場合、最後に物を言うのは人間よ」
「？」
「そこの壁の緊急って書かれたパネルを開いて」
エルザに言われるままにパネルを開くリン。そこには物々しい重火器が数丁装備されていた。
バッテリー式レーザーライフルに、液体ヘリウムを使用した冷凍ガン、連射性能に優れたプラズマライフル。どれも最新鋭のモデルで、取り扱いが容易な武器ばかりである。ただ、民間船として登録されているはずのコロンブスⅣに装備されている物としては問題がある物ばかりであるのは言うまでもない。
「これで戦うの？私達が？」
初めて見る本物の銃器を前に、リンは目を見開いた。
「仕方ないじゃない。私達以外に人員はいないんだから」
ほとんどやけくそ気味に言って、エルザは訓練で一応の経験のあるレーザーライフルを手に取り、隣のプラズマライフルをジュリアに投げ渡した。
「最悪・・・・こんな船、乗るんじゃなかった・・・・」
受け取った武器の重みを実感して、ジュリアは天を仰いだ。そうした嘆きは全員に共通した事と言えただろう。
トラブルとは無縁であったはずの最新鋭宇宙船に乗り組んでいたはずの彼女達は、一転、人類史上初の事態に遭遇したのである。こんな事態が起こると知っていれば、それを回避するための尽力も尽くせたであろうが、人類の科学は未来予知にまでは至っていなかったのである。
「ねぇ、武器は他に無いの？どうせなら少しでも数が欲しいし、相手が植物っぽいなら、火炎放射器なんて無いの？」
肝を据えて武器を物色していたリンが問うた。
確かに植物状の相手を見た時、エルザも同様の武器を考えていた。だが、宇宙船に火炎放射器を用意している例はかなり少ない。
火炎放射器は、構造自体はシンプルでレーザーライフルより遙かに低コストな武器ではあったが、その使用において、宇宙船内で暮らすために必要で貴重な酸素を大量に消費するため、万が一の事故も考え、装備していない事がほとんどであった。
当然ながら、そうした配慮はコロンブスⅣにもされており、この船内に正式な武器としての火炎放射器は１つも存在しない。
「無いわ・・・・もし火を武器にするなら、調理室の圧縮ボンベを使用すべきね」
「そうか！それじゃ私取ってくる」
「ちょ、ちょっとぉリン！？」
そのあまりに素早い判断に、エルザは操船室を飛び出したリンを呼び止める事が出来なかった。
エルザは慌てて船内マイクのスイッチを入れ、モニターの一つをリンの行動監視にあてがい、その姿に向かって声をかけた。
「リン！戻りなさい、侵入した生物は徐々に迫っているのよ」
それに対して、モニターに小さく映るキャロルの唇が僅かに動いたが、連絡用の通信機を持っていかなかった彼女の言葉を聞く事は出来なかった。

「大丈夫よ、見たとき連中は２ブロック以上も下の区画にいたじゃない。私達でも１０分はかかるんだから余裕で間に合うわ」
スピーカーから聞こえるエルザの制止の声に、独り言同然に反論しながらリンは走った。彼女のいた操舵室から調理室までと、調理室からエイリアンの侵入地点からでは、その所要距離は４倍以上も違いがあったのだ。
とは言え、のんびり行く気分でもなかった彼女は、全速力で通路を駆け抜け、自動調理器の列ぶ調理室に飛び込んだ。
「コンロは・・・・これね」
調理機器は自動式故に殆どがて密閉型であったが、自分でも調理したいと言う気分転換的な要望に応じる意味合いを含め、小型ではあったが通常の調理機も設置されている。
そこに辿り着いたキャロルは、下面のパネルを開け、コンロの燃料となっている小型の圧縮ボンベを見つけだした。
彼女は素人ではあったが、第一級の技士がいなくても航行可能と自慢されるコロンブスⅣの設備だけあって、接続ソケットもシンプルに出来ており、容易に取り外すことが出来るようになっていた。
「よしっ・・・と」
取り外したボンベを小脇に抱えたキャロルは、脇に転がっていたファイアースターター（要するにライター）を拾い上げ、点火できる事を確認する。あとはバルブを捻ってガスを噴出させて点火すれば、扱いは悪いが火炎放射器代わりになるはずだった。
実際、このボンベ一つ分でどこまでの効果があるかは判らなかったが、彼女としては少しでも強力そうな物にすがりたかったのである。

カラン

これが決め手になる事を祈っていたリンは、不意に金属物が転がる音に我に返った。
ほとんど反射的に振り向き、物音の正体を確認しようとしたとき、彼女の表情は凍った。
モニター越しに見ていた謎の植物系生物が、調理室の出口を遮る形でそびえ立っていたのである。
「・・・・・な、なんで・・・」
リンはたちまち恐怖に引きつり、硬直した身体を無理に動かして後ずさった。
植物系生物は不気味な脈動を続けながら徐々にその大きさを増していく。彼女が脱出口を見いだすべく、ふと視線をずらすと、出口上の通気ダクトの網が破られ、そこから今なお不気味な植物状物体が侵入しているのが確認できた。
「こいつ・・・通気口を・・・」
キャロルは理解した。アレは、全艦内に通じている通風口を通り、最短距離でここまで来たのである。彼女が試算していた距離差はあくまで『人』が通る通路を使用しての想定であり、相手がそうした『反則』を行うとは考えていなかったのである。
相手はまかりなりにも地球外生命体である。形状変化できても不思議では無かったが、動く植物と言う見た目のインパクトが、それ以上の特性の存在の可能性を薄れさせていたのも事実であった。
だが、こうなってはもう後の祭りであった。後悔したところで時間が戻りやり直しが出来る世界ではない。
今、この瞬間に出来る事で切り抜けるしかないのが現実であったが、彼女はあまりに無力であった。徐々に大きさを増し、出口を覆い隠すほどになる植物体を前に、彼女は後ずさるしか行動できなかった。
だが、それ程大きくもない調理室である。すぐに彼女の背は壁に行き当たりその退路を失った。
その時、彼女が抱えていたボンベが壁にあたり、低い金属音を鳴らした。
「！」
この時彼女は、自分がボンベを抱えていたことを思い出した。目の前の事態にその事を忘れていたのである。
彼女は唯一手の中にある抵抗の手段を躊躇無く使った。目一杯バルブを開き、ファイアースターターで点火。
たちまち凄まじい火炎がボンベから吹き出し、植物体に襲いかかった。
キシャアァー
おおよそ地球の生物では聞いたことのない奇声を上げて植物体が炎の中で踊った。声帯と思わしきところがどこにあるか、皆目見当もつかなかったが、その声こそエイリアンらしいとリンは思う。
そして同時に、火に怯むそれを見て、あれが決して殺せない相手では無いのだと言うことを認識した。
リンは炎を放つボンベを構えながらゆっくりと前進し、植物体を牽制した。そして脇にゆっくりと移動させると、僅かに見えた出口に向かってダッシュする。
（逃げられる！）
そう思った瞬間、植物体が今までにない敏捷な動きを見せた。
それは動く物に反射的に反応する機械のようでもあった。
植物体の本体から無数の触手が伸びた。それはまるで地球の植物の数年分の成長を超早送りで再生したかのような速さで、伸びた触手は鞭のようなしなやかさでリンの持っていたボンベを叩き落として奪い取って本体に呑み込むと、残った触手で彼女の四肢を絡め取り、脱出の道を完全に奪った。

「リン！！」
船内モニターで事態を見ていたエルザは、寸前の所で捕らわれてしまった仲間の名を叫んだ。だが出来るのはそれだけであった。
何の対処法も思い浮かばず躊躇しているエルザに、いても立ってもいられなくなったファーンが、くってかかった。
「どうにかしてよ、リンが捕まったじゃない！！」
「何を・・・どうすれば良いというの？アレは人智を超えた存在よ」
「だからって見捨てるの？知らない存在でも、アレは生き物よ、生き物！！判る？生き物だから殺せるのよ！殺して助ければ良いじゃない！！」
ヒステリックに叫んだファーンは、エルザが肩に掛けていたレーザーライフルをひったくり、操舵室を出ていった。もちろん、目的地は調理室である。
「ファーン！」
ジュリアが呼び止めたが、彼女は一目もおかず廊下の角に姿を消した。
「無謀よ・・・・」
生き物である以上、殺せる。エルザにもその理屈は判っていた。だが、相手が実際人間より脆弱であったとしても、その数が圧倒的なのである。
今、モニターで確認できただけでも植物体の数は１００体を超えている。中には連結状態で正確な数、大きさすら判らないのも存在しているのである。
この場に残ることは、ベストな判断であるとは言い難い。
エルザは決断を迫られた。

３章

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