キャンサー作品

ホーリーアーチ

エピローグ
 二人は全力で疾走した。相手が何処にいるかも分からない危険な状況だったが、少なくとも、あの場に居続けるよりはましだと思えたのである。
『何処に行くつもりなの?何処に行っても変わりは無いのよぉ・・・』
 まるで側で併走しているかの様にホリィの声は間近で響いた。その口調は些細な抵抗を行う彼女達の姿を楽しんでいるかにも思えた。それでもかまわず二人は走り続ける。
『ねぇ、もう諦めたら?』
「断ると言ったでしょう!」
『それじゃぁ、諦めさせてあげる・・・』
 何かを企んでいる!そう思った矢先、突如ドリスの足下が軟化した。
 彼女の周囲一角は沼地の様に変質し、そこに踏み入れてしまった彼女の両脚は、膝辺りまで沈み込み抑えられてしまった。
「あうっ!」
 大きくバランスを崩すドリス。
「ドリス!」
 不意の出来事に思わず足を止めるレミ。この時彼女は初めて異質なる世界から来た生物の一端を目の当たりにした。彼女は想像を超えた存在の実在に、躊躇しながらも仲間を助けるべく回れ右をしたが、当の本人はその行動を叱責した。
「止まらないで!行きなさい!!」
「でも・・・・」
「共倒れになってどうするの!大丈夫、勝算はあるのよ」
 真偽の程は確かではなかったが、レミは彼女の言葉を信じた。そうしなければならないと悟った。
「わかったわ・・・・・早く戻ってきてよ!」
 堪えてそれだけ言うと、レミは再び駆け出していった。
『何処へ行っても無駄なのに・・・・』
「そうかしら?」
 ホリィの声に、ドリスが挑発的ともとれる言葉で応えた。
『だって、あなた達は結局は掌の上だもの。いつでも捕らえられるわ。でもまずは貴女からね』
 声は実に嬉しそうだった。
「私だけでは満足できないの?黙って彼女は逃がしてくれないかしら?」
『だ〜〜め』
 返答はあくまで意地悪なものだった。
「なら仕方ないけど・・・・・それより話をしているように思えないわ。作り物でも良いから『相手』を具現化してくれない?出来るんでしょ」
『・・・・・・・・・・別に良いけど・・・・・』
 相手はこの時、ドリスの考えを見抜けなかった事で返答に詰まった。だが、有利な立場にいるという現実が余裕を与えていた。
 それはすぐに行動を開始した。ドリスのすぐ近くの壁がぐにゃりと変形すると、人型の形を形成し、見る間に集約して彼女の良く知る人物の姿となった。
「ホリィ・・・・・・」
 思わず呟くドリス。もっといびつな異星人が出て来るのではと想像していただけに、色々な意味で衝撃的であった。
『さ、これでいいでしょう』
 疑似ホリィはにこやかに笑った。
「ええ、私もその方がいいわ」
 ドリスも微笑むが、その表情は不敵な物があった。
「ねぇ、これ何だか分かる?」
 ドリスは笑って、まだ自由な腕を使って、胸ポケットの中にしまい込んでいたある物を取り出し、疑似ホリィに見せつけた。
『?』
 一目では理解できなかった疑似ホリィだったが、会得していた『記憶』を検索し、その正体を知ると、劇的にその表情を変えた。
『貴女!!!それは!!』
 それはフロンティア号の破壊にも使った、メインシャフトに備え付けられた、シャフト分断用緊急爆薬の総合点火スイッチだった。
「御名答!お楽しみは終わりよ。最後に驚く顔が見たかったんで、姿を現してもらったんだけど、満足したわ」
『やめなさい!!!』
 疑似ホリィが絶叫し、それに呼応した触手が一斉に彼女を包み込もうとうねった。。
 だが、触手の動きよりドリスの指の動きの方が遙かに早かった。
 力強く押されるスイッチ。
 瞬時にしてシャフト各所から連鎖的な爆発が発生する。ドリスと疑似ホリィの間近でも爆発が起き、二人の体は一瞬で吹き飛んだ。
 集中的に起きた爆発により、強度を維持できなくなったシャフトは各所で崩れ寸断されていった。
「ドリス!」
 レミは走り続けながら叫んだ。足場が崩れ落ちる直前、船首ブロックに飛び込んだ彼女は、壁に身を支えながら激しく揺れる廊下を進み、艦橋へとたどり着く。
 そして各種機器をスタートさせ、緊急離脱スイッチを、シールドガラスを叩き割りながら押し込んだ。
 今まで使われた事の無かったブースターが何の予兆もなく最大噴出され、船首部分はまだ繋がっていた何本かのフレームを引きちぎりながら離脱を開始した。
「ふううううううううっ!!!」
 前触れもなく襲いかかる加速Gに、レミはうめき声を上げながら耐えた。
 船首を失ったホーリーアーチ号は重心バランスを崩してしまい、その軌道に狂いを生じさせゆっくりと海王星へと落ちていった。その間にも船体は崩れて行く。
 やがて、地表に飲み込まれる直前、空間跳躍機関が臨界に達したのか、ホーリーアーチ号は断末魔の様な眩い光を放ちながらその空間から消失した。
 レミはその様子を、後方監視モニターで眺めていた。

「私は外惑星域哨戒船『フロンティア号』一級航海士レミ。この通信を最後に冷凍睡眠に入り救助を待ちます。設定惑星である火星圏到達は1998日後。救助されることを期待します」
 レミは通信機にメッセージを吹き込み終わると、自動送信モードに切り替えてマイクをおいた。ろくな設定もしないで緊急加速した結果、船首部分の推進剤は一気に底をつき、今は漂流状態となっていた。
 彼女は緊急用推進剤を使用して、コースを辛うじて火星圏に向けると、数年という時間を過ごすため緊急用冷凍睡眠装置の準備を行っていた。
(信じられない・・・・・あれは本当に現実だったのかしら・・・・・・)
 彼女はつい先程の出来事を思い起こし、僅かに身震いした。実際にそれを見たのはほんの一時だったものの、その一時だけで永遠に消えないだろう衝撃を与えた。
 出来れば夢であって欲しかった。だが、自分以外の全員がこの場にいないことが無慈悲にも現実である事を物語っている。
(報告書にはどう書こうかしら・・・)
 そんな事を考えながらレミは冷凍睡眠装置に横たわった。
(そもそも、信じてもらえるのかしら・・・・・・・・?)
 色々な意思が交錯する中、彼女の意識は薄れ、外的処置が行われない限り目覚める事のない眠りについた。





 どの位の時間眠っていたのか?自覚はなかったが、レミはゆっくりと覚醒していく自分の意識を感じていた。
(目覚める・・・・・?助けが来たの・・・・・・?)
 意識がはっきりと覚醒するのを待って、彼女は目を開けた。
 そこには宇宙服に身を包んだ二人の人物が立っていた。
『大丈夫?生きてるわね』
 宇宙服の一人が心配そうに尋ねた。
「ええ、大丈夫よ・・・・」
 レミはそう言って、ゆっくりと身を起こし、軽く頭を振ってぼんやりとしている意識を振り払った。
『そう・・・良かった・・・・・・・』
 宇宙服は本当に安堵した様子で言って、もう一人と頷き合った。
『それじゃあ、来て』
 レミは差し出された手を取って、冷凍睡眠装置から立ち上がった。
「ありがとう」
『いいのよ・・・・・・・今度は・・・・貴女の番なんだから・・・』
 そう言って宇宙服の人物はバイザーを上げた。
「・・っひ!」
 レミは恐怖に息を飲んだ。バイザーの奥には、妖しい目の輝きを放つホリィの姿があったのだ。そしてもう一方の人物はドリスであった。
『さぁ、迎えに来たわぁ』
 レミの手を握っていた手が変形し、彼女の腕を包み込み始める。そして同時に床も変形を始め、彼女を取り込み始めた。
「きゃああああああああああああ!!」
 レミは恐怖に駆られ絶叫した。
(うそっ!いやぁっ!違う、こんなの違う!!夢よ・・・きっとこれは夢なのよ!!)
 僅かに残った理性が悪夢の脱出を祈った。
 これが現実なのか、冷凍睡眠中に発生する精神不安定による悪夢なのかは分からなかった。だがレミは今、着実に『それ』を体験していた・・・・・・・・・

−End−


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