ミニメロン作品

学園祭で行こう

5
 少女はネグリジェを着たまま自宅の寝室の床に立ち、目の前の狂態を食い入るように見詰めていた。
 舞姫女子学園の制服を着たままベッドの上に仰向けに横たわり、大きく広げた手足を四隅の脚にロープで拘束されているのは、同じクラスの学園祭実行委員。そして、拘束された彼女の脇腹や腋の下に指を這わせながら激しく蠢かせている若い女性は、彼女たちの担任だった。
 ベッドの上の生徒は、担任の指先の激しい蠢きに、身を捩らせ笑い悶えている。
「きゃはははは、そこだめ、きゃははははは」
 甲高い悲鳴と笑い声が部屋に響いている。しかし、その声に驚いて部屋へ駆け込んで来る者はいない。不登校の生徒をケアする為には多少の荒療治が必要だからと家族を説得し、乱入を遠慮願っている為だ。
「だめなの? それじゃ、やめちゃおうか」
 担任の言葉に、ベッドの上の生徒は激しく首を振る。
「いやよ、やめちゃいや、もっと……きゃははははぁ!」
「ふふっ、それじゃ、もっともっとくすぐったくしてあげる。さあ、あなたもこっちへ来て手伝うのよ」
 先生に促され、部屋に呆然と立ち尽くしていた生徒は吸い寄せられるようにベッドへと歩み寄る。
「まずは、足の裏をくすぐってみて。踵から土踏まず、そして指の間へと指を滑らせて何度も往復させるのよ」
 先生の言葉どおりに伸ばされた手の指先が、ベッドの隅に拘束された片方の足の裏に触れる。
「きゃはははは、それ、すごい、くすぐったぁい、きゃははははは!」
 制服少女の身体がベッドの上で大きく跳ねる。ネグリジェの少女に触れられた足もまた激しく揺さぶられたが、それを拘束するロープは意地悪な指の蠢きから逃れる事を決して許さない。
「さあ、この子の顔をよく見るのよ。とっても嬉しそうでしょ?」
 先生の歌うような言葉に、ネグリジェの少女は小さく頷く。ベッドの上で身悶えるクラスメートの顔は、本当に嬉しそうで、まるで先生と少女の指の刺激を楽しんでいるかのように見えた。
 やがて、先生がくすぐりの手を止めて、ネグリジェの少女の方へ顔を向けた。
「そろそろ場所を交換しましょうか。今度はあなたが脇腹と腋の下をくすぐるのよ」
 ネグリジェの少女は言われるまま、先生の譲った場所に立ち、ベッドの上に横たわり激しく息を弾ませている制服少女の大きく開いた無防備な腋の下に手を伸ばす。
 不意に、制服とネグリジェの少女の視線が交錯した。
「あ……その、ごめん、あたし、つい夢中になって……」
 くすぐられるのがイヤで学校を休んだ自分を忘れ、クラスメートのくすぐり責めに夢中になっていた少女は、何と言って詫びていいか分からなかった。
 悪戯をとがめられた子供のように目を伏せる少女に、制服の生徒は明るく笑って見せる。
「あら、謝らなくてもいいのよ。とってもくすぐったくて、よかったわ。むしろ、あなたの方が可哀相。だって、この素晴しい感覚を堪能できないんですもの」
「えっ?」
 ネグリジェの少女は、思わず驚いて声を上げた。クラスメートの言葉だけにではない。いつの間にか背後に回っていた先生の手の手が、いきなり腋の下に押し当てられたのだ。
「せっ、先生!」
 少女の身体がビクッと震えた。
「安心なさい。あなたをすぐにこの子と同じようにしようというわけではないから。それは明日学校へ来てからのお楽しみ」
 先生は少女の腋の下から手を離すと、ベッド脇へ腰を降ろし、ロープを解いて制服少女を解放した。
「それじゃ、私たちはこれで失礼するわ」
「ええっ、もう帰るんですか?」
 部屋の入口に向かって歩き始める先生を、ベッドから起き上がったばかりの生徒が慌てて追いかける。
「そうよ。あ、そうだ。これから先生の家に来ない? さっきの続きをしてあげるわよ」
「本当? それじゃ、お邪魔させて頂きます」
 二人が部屋を出て行き扉が閉まった後も、含み笑いの混じった話し声が聞こえ続けた。
「あたしも、続きがしたい……」
 部屋に残された少女は、思わずそう呟いていた。
 そして思った。明日は学校へ行こう、と。今日はくすぐられるのが怖くて休んでしまったけれど、今はなぜかそれが待ち遠しかった。

「ふぅー……」
 図書室の机の前で、美鈴は深いため息をついた。目の前には歴史上の事物や人物について図解や詳細な説明の書かれた百科事典が広げられている。その脇に積み上げられている大小様々な本は、いずれも歴史や占術に関する文献だった。
 笑い巫女に関する古文書について、美鈴の母である聡子に尋ねたのは一昨日の事。しかし、柳沢家に望みの物は存在しなかった。
 戦国時代から江戸時代へと時が流れ、様々な学問が発展すると共に、根拠に乏しい占術はその権威を失って行った。それでも、笑い巫女の占術は一部の地域の伝統行事として習慣的に行なわれていたと言う。
 しかしある時、人が笑う事を堕落の証拠として忌み嫌う殿様が現れたという。その殿様はあらゆる娯楽に対して規制を設けると共に、笑い巫女の占術に対して異常なまでの嫌悪を示し、彼女たちが代々受け継いで来た占術に関する書物の全てを没収してしまったというのだ。
「けれども、笑い巫女ではない誰かが伝承を残しているかもしれないわ」
 そう言ったのは、美鈴のクラスを受け持つ歴史の先生。
 そして今、美鈴は彼女の助言に従って、図書室で調査をしているのだ。
 美鈴の隣には琴音が座り、やはり大量の歴史書に取り組んでいる。他にも、生徒会や学園祭実行委員、そして図書委員のメンバーなど総勢数十人が、机に積まれた文献に目を走らせたり、書架に列ぶ背表紙を見回したりしている。図書室にこれだけの人数が押しかけるのは、極めて珍しい事だった。
 しかし、これだけの人手をかけて探しているにもかかわらず、笑い巫女に関する記述はどこにも見当たらない。
 皆が諦めかけた時、図書委員の一人の高い声が追い撃ちをかけた。
「皆さん、そろそろ閉館時間ですよー」

 次の日の休み時間、教室に訪問者があった。
「美鈴、お客さんだよ」
 クラスメートに呼ばれて廊下に出てみると、そこには面識のない四人の生徒たちがいた。見た事のある顔もいくつか交ざっていたが、廊下ですれ違う程度なので名前までは分からない。しかし、彼女たちは美鈴の名前を知っている。
「柳沢美鈴さん。あなたが笑い巫女の末裔ね。笑い巫女に関する文献を探してるんですって?」
 代表格の生徒が念を押すように尋ねた。先輩なのか、彼女たちの中では最も背が高く、波打つ栗色の髪を肩の下まで伸ばしている。
「そう……ですけど」
 美鈴は怪訝な顔で頷く。いつの間にか、学校ではかなりの有名人になってしまったらしい。
 長身の生徒の顔が明るく笑いかけてくる。
「それなら図書室で調べ物をするよりも、もっといい方法があるわ」
「どんな方法ですか?」
「あなたが文献のありかを言い当てるのよ。笑い巫女の占術でね」
 彼女の突拍子もない提案に、美鈴は首を振った。
「そんな、無理です。第一、占いの儀式がどんな風にして行なわれていたのか、私知らないもの」
「そう、そこが問題よね。でも、その問題を解決するのが私たち魔術研究会の業っていう所かしら」
「魔術研究会?」
 そういえば、生徒手帳の課外活動一覧のページにそのような名前が載っていたような気もするが、帰宅部を決め込んでいた美鈴にとっては全く関係ないと思っていた。ましてや、魔術などという怪しげな名前の付く課外活動などには、あまりお近付きにはなりたくない。
「そう。西洋、東洋、和風を問わず、世界各地の魔術や呪術の儀式について研究を重ねて来た私たちにとって、笑い巫女の執り行った儀式がいかなるものであったかを推測する事は決して不可能ではないわ。もうあらかた準備はできてるの。昼休みに教室で待ってるのよ。迎えに来るから」
 先輩はそう言い残すと、美鈴の返事も待たずに足早に去って行ってしまった。
「ちょっと、迎えに来るって言われても……。まだ行くって言ってないのに」
 調査に協力してくれるのはありがたいが、彼女たちの手段はかなり怪しすぎる。無論、笑い巫女の方もまた同様に怪しい話ではあるのだからお互い樣なのかもしれないが、昼食ぐらいはゆっくり取らせてもらいたいものだ。
「せめて放課後にしてほしかったな」
 美鈴がぼやきながら教室に戻ろうとすると、今度は聞き覚えのある声に呼び止められた。
「柳沢さん、ちょっといいかしら?」
 振り向くと、そこには生徒会長の吉本志津奈が立っていた。彼女もまた美鈴の返事も待たずにまくし立てる。
「悪いんだけど、今日の家庭訪問、柳沢さんにも行ってほしいのよ」
 志津奈の話によれば、不登校予備軍に対して昨日行なった家庭訪問によって、五人中四人の生徒が本日登校して来たという。どうやら美鈴のアドバイスどおり彼女たちの目の前でくすぐりを実演する事によって、彼女たちの恐怖心を取り除く事に成功したらしい。
「でも、まだ一人だけ、不登校を続けている生徒がいるの」
 その生徒とは、二年三組の三宅真希子。彼女はくすぐられるのが恐くて学校を休んでいるわけではない。登校を親から止められているというのだ。
「担任の先生が昨日訪問した時はお父様はいらっしゃらなかったのだけど、お母様から抗議を受けたそうよ。だから、あなたに説得してもらいたいのよ」
「説得って言っても……」
 どう説得すれば良いのか。
 美鈴は力なく落とした視線を彷徨わせ答えを探したが、無論、答えが廊下の上に転がっているはずもない。
「それじゃ、放課後に迎えに来るから、それまでに考えておいてね」
 志津奈はそう言い残すと、足早に去って行った。
「ちょ、ちょっと……」
 美鈴は慌てて呼び止めようとしたが、すでに彼女の姿は廊下のずっと先の曲がり角に消えてしまっていた。
「考えておいてねって言われても……」
 一体、何を考えればよいのか。三宅先輩の親を説得する文句か。それとも、同行するかしないかをか。
 そうこうしているうちに、四時間目の開始を告げるチャイムが鳴り響いていた。放課後に家庭訪問とあらば、魔術研究会に付き合うのは、やはり昼休みしかない。その昼休みが間近に迫っていた。

 ギシッ、ギィッ。
 一歩歩く毎に、古い木製の廊下が軋む。
 ここは、美鈴たちの教室のある新校舎の裏にある旧校舎。美鈴と琴音は、辺りをキョロキョロと見回しながら、初めての建物の中を歩いていた。
 前に立って歩く長身の生徒は、さきほどの休み時間に訪ねて来て自分の提案を半ば強引に押しつけた先輩にして魔術研究会の会長である鳴瀬真弓。
 通り過ぎる部屋の標札には、「超常現象研究会」、「世界の宗教研究会」など、怪しげな名前が書かれている。
「一体、この建物って……」
 琴音は思わず美鈴の腕を抱える手に力を込めた。
 真弓は後ろの二人を振り返り、落ち着いた笑顔で説明する。
「私たちの他にも、この旧校舎に部室のある研究会がいくつもあるのよ。似たような名前の研究会がこの古い建物に隔離されているような気もするけれど、お互いの情報交換には意外と便利なのよ」
「へえ……」
 美鈴も辺りを見回してみた。ふと後ろを見ると、「魔術研究会」と標札に書かれた部屋をちょうど通りすぎた所だった。
「あの、あそこ、あなた方の部室ですよね」
 美鈴がその部屋の入口を指さすと、真弓は振り返る事なく答えた。
「そうよ。でも、私たちが今向かっている部屋は、そこじゃないの」
 真弓はさらにしばらく歩いた所で足を止めた。「共同研究室」と標札に書かれた部屋の前だった。
 真弓が扉を開け、三人は中に入った。
「皆さん、お待たせ。主役を連れて来たわよ」
 部屋には既に、さきほどの休み時間に見た顔や、それ以外の生徒数名が待機していた。皆、魔術研究会の者だろうか。いや、ここが「共同研究室」というからには、他の研究会のメンバーがいてもおかしくはなさそうだ。実際、理科の先生が身に付けるような白衣に身を包んだ生徒も何名か混ざっている。
 彼女たちの視線はいずれも美鈴たち三人に向けられていたが、美鈴にはその視線を気にしている余裕はなかった。美鈴の目は、窓際のカーテンが閉め切られた薄暗い部屋の空間の大部分を占める物体の方へ奪われていたからだ。
 大人が数名すっぽりと入れるほどの大きさのその球形の物体は、飴色に輝く金属線で出来ていた。金属線の束で出来た様々な向きの環が無数に組み合わさり、球面を構成しているのだ。
 球面の下部からは無数のケーブルが伸びている。部屋の隅では白衣姿の生徒数名がミカン箱ほどの大きさの装置を取り囲んでいる。その装置の上部は、無数の電極が円周状に並んでおり、部屋に君臨する球面の下部から伸びたケーブルの細かく枝分かれした先が、それらの電極に接続されていた。電極の構成する円周の内側にはモーターの軸が取り付けられており、軸から伸びた針が円周状に列ぶ電極の一つに触れている。
「これって、一体何なの?」
 震えた声で質問する美鈴に、真弓が自慢げに答える。
「よくぞ聞いてくれました。名付けて『ゴーストスフィア』。その名のとおり、幽霊を発生させる装置よ」
 真弓は、装置の周りに集まる白衣の集団を手で示した。
「設計と製作は、物理部の方々が担当して下さったの」
「へえ」
「ほう」
 美鈴と琴音は、訳が分からないまま気のない相槌を打っていた。
「幽霊を発生させる装置っていうのは、ちょっと語弊があるのではなくて?」
 白衣の生徒の一人が話に割って入った。
「そうね。確かに、この装置で発生する現象が必ずしも幽霊の正体なのかどうか、まだ見極めがついたわけではないし」
 装置から離れて立っていた制服姿の生徒の一人が同意する。
 その言葉に真弓も頷いた。
「確かにそのとおりね。でも今はそんな事はどうでもいいの。要するに、この装置によって、かつて笑い巫女たちが占術をしていた環境が再現できる可能性があるっていう事よ」
「それでは早速準備をいたしますわ」
 白衣の生徒はそう言うと、同様の服装の仲間たちに顔を向けた。
「あなたたち、ちょっと手伝って」
 それから美鈴の方へ顔を向け、部屋の中央を占める球体の方へ腕を伸ばして見せた。
「それでは、どうぞあちらへ」
 彼女の言う「あちら」には、すでに他の白衣の少女二名が到着していた。球面を構成する金属線を二人が片手で同時にかき分け、人が通れるほどの隙間を作る。彼女たちのもう片方の手には、縄跳びが握られていた。
「ちょ、ちょっと……どうぞって言われても……」
 美鈴は白衣の少女たちの態度に小さな恐怖を抱き始めていた。こういうシーンは、どこかで見た事がある。そう、ホラー映画などによく登場するシーンだ。狂気に取りつかれた科学者集団による人体実験。実際この部屋へ入ってから、幽霊などという不気味な言葉を聞かされたのだ。その後でこのような怪しい装置の中へ入れと言われて、素直に従える者などいるのだろうか。
 躊躇う美鈴の前に、琴音が進み出た。
「私たちにはあなた方のおっしゃっている事がよく分からないわ。一体どうしてこの装置で、笑い巫女の占術を再現できるの?」
 彼女にして珍しく、強めの口調だった。
「それはもっともな質問ね。分かったわ。時間がないから手短かに説明してあげる」
 白衣の生徒曰く、その装置は短時間で方向が激しく変化する磁力を作り出すのだそうだ。その磁力が人間の身体、特に脳の側頭葉と呼ばれる部分に影響を与える事により、人によっては幻覚が見えたりすると言う。
「日本でも西洋でも、神聖な場所っていうのは断層なんかの近くにあって、磁界の乱れが起こりやすいの。墓場で幽霊が目撃されるのも、気温の変化によって墓石の材料である岩石が伸縮を起こす事により磁気の乱れが発生する為という説が有力よ。そういった環境を人工的に作り出すのが、この装置というわけ」
「でも、それってかなり危ない装置なんじゃないの?」
 琴音の質問に、白衣の生徒が平然と答える。
「大丈夫。球体内部に発生する磁力自体は極めて弱いものだから。それに、今まで何度か実験してみたけど、実際に幻覚を見た者はまだいないのよ」
 その答えに、球体のそばでかき分けた金属線を支える白衣の生徒の一人が補足する。
「もっと磁力を強くすれば見えるのかもしれないけど、それだとこの装置の製作を許可してくれた先生方との約束に違反する事になるので」
 球体のそばのもう一人の白衣も口を開く。
「でも、笑い巫女の末裔であるあなたであれば、この中で身体をくすぐられる事により、ご先祖様のような力を取り戻す可能性があるのではないかというのが、私たちの考えなのです」
「それじゃ、最初にあなた方がそうやって試してみれば……」
 反論する琴音の手を、美鈴が静かに握った。
「琴音ちゃん、いいの。彼女達の言うとおり、やってみましょう」
「美鈴ちゃん……」
 慌てて振り返る琴音に、美鈴は静かに、しかしはっきりと自分の意志を告げた。
「私、知りたいの。ご先祖様たちの事が」
 琴音はしばし美鈴の目を見詰めた後、やがてゆっくりと頷いた。
「分かった。美鈴ちゃんがそう言うなら」

 球面の内側では、金属でできた円形のフレームが二つ、床に対して垂直に、上下で互いに直角に交わる形で組み合わされ、それらに接する形で床と平行ないくつかの円形フレームが配置される事により、外側を取り巻く金属線を球面状に支えている。
 その垂直円形フレームの頂上の交点に、万歳するようにまっすぐ上げた美鈴の手首が縄跳びで結びつけられている。
「ちょっと、どうしてあんたたちまでここにいるのよ」
 美鈴の背後に立っていた琴音は、美鈴の周りを取り囲んでいる他の三人の女子生徒たちに険しい視線を走らせた。怪しげな団体のいずれかは分からないが、白衣を着ていない所を見ると、少なくとも物理部の生徒ではない。
「いいじゃないの。こういうのは、大勢でやった方が効果があるのよ。それに、私たちも実験で何度もこういう事をやってるから、自分で言うのもなんだけど、けっこう上手なのよ」
 美鈴の前に立っていた小柄な少女が、胸の前に上げた手の指を蠢かせて見せた。
「もしかして、自分一人だけでこの子を独り占めしたいのかしら?」
 美鈴の右側の長身の生徒が挑発するような口調で言った。
「そ、そういうわけではないけど……」
 琴音の反論の声が小さくなった時、外野から真弓の声がかかった。
「これから電源を入れるから、さっさと始めてちょうだい」
 モーターの回るブーンという音が聞こえ始めた。
 磁力の影響で何がどうなるものかと感覚を研ぎ澄ませる美鈴。だが、まだ特に変わった事はないようだった。
「さあ、私たちも始めるわよ」
 長身の生徒の掛け声で、四人の生徒たちが一斉に美鈴の身体へ手を伸ばした。
 激しく蠢く四十本の指が、腋の下をまさぐり、脇腹を這い回っては肋骨の奧の神経を揉みしだき、腰やお腹に食いこんで蠢き、背中を這い回る。そして時折を抱き抱えられ、太股や脹脛にも蠢く指先が這い回る。
「きゃははははは、くすぐったーい、あはははははぁ!」
 髪を振り乱しながら激しい悲鳴と笑い声を上げる美鈴。
 さきほどの目の前の生徒の言葉どおり、彼女たの指はたちまち美鈴の弱点を暴き出し、執拗に責め嬲る。姉の理奈や妹の詩織にすらなかなか見付けられなかった数々のたまらない部分を、今美鈴を取り囲んでいる怪しげな部活動のメンバーは、いともたやすく見付け出し、耐え難い刺激を送り込み続けている。全身のあらゆる箇所で、ある時は強く食いこませて震わせるように、ある時は肌に触れるか触れないかのタッチで刷くように、そしてある時は服の上を滑るように動き回るいくつもの指先は、今まで美鈴が知らなかった弱点を次々と暴き出し、今まで經驗した事のないほどの嵐を送り込む。
「岡本さん、だったかしら? この子、ここもとっても弱いみたい。それに、ここも、そしてここも……」
 彼女たちは、自分たちの見付けた弱点を、琴音にも次々と伝授して行く。手本とばかりにその部分に妖しく指を這わせると、美鈴の身体がガクガクと痙攣し、一際高い悲鳴と笑い声が迸る。
「さあ、岡本さんもやってみて」
 生徒たちの一人に言われるまま、彼女たちが新たに見付けた美鈴の背中に散らばる弱点に指を這わせ、手本どおりに蠢かせると、美鈴の身体の痙攣と悲鳴と笑い声が、より一層激しくなる。
「だ、大丈夫?」
 慌てて手汚引っ込める琴音に、美鈴は髪を振り乱し笑いながら答える。
「だめよ、やめないで、それすごいの、もっとしてぇ、きゃはははは!」
 目の前の生徒が、笑い悶える美鈴の耳許で囁く。
「あなたのお姉さんや妹さんと、どっちの方がくすぐったいかしら?」
「そんなの、そんなの、分からないわぁ、きゃはははははぁ」
 質問に答えようと、家でのくすぐりの感覚を思い出そうとすると、脳裏に浮かんだ全身の刺激が今送り込まれている凄まじい刺激に重なり、美鈴を狂わせ、激しい笑い声を上げさせる。
「そう。それじゃ、分からせてあげるわ。気功法の研究により人間のツボを熟知した我が超能力研究会のくすぐりが最高にくすぐったいと認めるまで、徹底的にくすぐってあげる。さあみんな、あなたたちも、もっと念入りにくすぐるのよ」
 美鈴の右の生徒が脇腹や太股に這わせた指をさらに激しく蠢かせながら声を張り上げる。
「言われなくとも。私たち拷問の歴史研究会の活動の成果、たっぷりと披露させて頂くわ。どう、柳沢さん、これが古代ローマで行なわれていたと言う、くすぐり拷問の指の動きよ」
 一方左側の生徒もまた、美鈴の左半身のあらゆる部分に指の蠢きを走らせながら声を上げる。
「私たち魔女裁判研究会も、負けてはいなくてよ。私たちの研究によれば、魔女と疑われた美少女たちは、自分が魔女であると認めるまで、こういうふうにされたのよ。美鈴ちゃんなら、いつまで認めずにいられるかしら」
 耳に入った聞き慣れない文化部らしき物の名前について、その活動内容を想像する事はおろか、それが本当に存在するのかといった疑問を持つ余裕すら、今の美鈴にはなかった。
 だが、一つだけ言える事がある。それは、くすぐりについて研究する事が、彼女たちの部のれっきとした活動内容であるという事。だからこれほどまでに必死なのだ。彼女たちも、彼女たちの指先も、文化祭でのイベントを成功させるために懸命なのだ。
 生徒たちの指の蠢きが次第に激しさを増して行く。これまでに探り出された弱点の全てに同時に指が這い回り、妖しく蠢く。全身から送り込まれる無数の耐えが難い嵐に、美鈴は今にも気が狂ってしまうそうだった。
「きゃはははぁ、こんな、こんなの、あははははははぁ!」
 全身から送り込まれる凄まじい刺激に思わず目を閉じる。視界が闇に閉ざされた事により感覚の全てを支配した狂気の荒波が美鈴の理性を打ち砕く。
 巨大な津波によって嵐の空へと打ち上げられながら再び目を開いた美鈴は、その目を大きく見開いた。見た事のない光景が目の前に広がっていた。
「こ……こんな事って……」
 美鈴は一瞬笑う事も忘れ、自分がどうなってしまったのかも理解できず、その信じ難い光景を呆然と眺めていた。


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