ミニメロン作品

学園祭で行こう

3
 美鈴は真横に開いた両腕を二人のクラスメートに抱えられていた。他の数名のクラスメートが、美鈴の無防備な脇腹と腋の下に這わせた手の指を妖しく蠢かせている。それらの指によって送り込まれる狂おしい刺激に身を委ね、なすがままに笑い声を上げる。
「そろそろ交代の時間よ」
 遠くの方から声が聞こえた。
 周りに群がっていた三人の生徒たちがくすぐりの手を止めた。美鈴が息を整えている間、名残惜しそうな顔で離れて行く。それと入れ替わりに、別な三人の生徒たちが美鈴の傍に立った。ようやく息を整えた美鈴は、目の前に立っている生徒を見て目を見開いた。好奇心に目を輝かせている彼女は、琴音だった。琴音の小作りな手が、美鈴の脇腹に伸びて来る。
 それを見た美鈴の顔もまた期待と好奇心に満たされていた。大きく開いて拘束されている腕からできるだけ力を抜き、うっとりと目を閉じる。
 ブラウスの上から、脇腹にいくつもの指が食い込んで来た。それらの指が一斉に蠢き始める。瞼の裏側の闇の中で、美鈴は脇腹に蠢く指の動きに意識を集中する。琴音の指を味わいつくすために。そして、指の動きに狂わされるために。
 脇腹から送り込まれる刺激の凄まじさに、美鈴は激しく身悶え、甲高い笑い声を上げた。一瞬両腕に力が入り、腋を閉じてしまいそうになる。美鈴は慌てて逆方向に力を込め、大きく開いた状態を維持しようとする。
 その時、美鈴は気付いた。脇腹で蠢く指の動きには、覚えがある。それは、毎朝のようにベッドの上で味わっている指と同じものだった。美鈴は、目を開いた。
 そこは、教室ではなかった。美鈴はベッドの上に大の字に手足を開いたまま横たわっていた。自分の家の、自分の部屋だ。
 大きく開いた目が、姉の理奈と合った。理奈が美鈴に覆いかぶさるようにして、パジャマの上から脇腹に食いこませた指を激しく蠢かせている。
 美鈴は今にも迸りそうな笑い声を必死に噛み殺しながら、慌てて目を閉じた。
 指の蠢きに時折身体を痙攣させ眉根を寄せる美鈴の顔を見下ろしながら、理奈は意地悪な好奇心に満ちた笑みを浮かべた。くすぐりの手を止め、美鈴から離れる。
「さあ、琴音ちゃん、今度はあなたの番よ。寝起きの悪い美鈴を存分にくすぐって、しっかりと目を覚ましてあげるのよ」
「……はい」
 理奈の声に続いて聞こえた小さな返事に、美鈴は胸を高鳴らせた。今度こそ間違いなく琴音ちゃんだ。今度こそ現実だ。
 ベッド脇にあった人の気配が入れ替わったかと思うと、再び脇腹に指の感触が感じられた。
 パジャマの上から脇腹に食い込む指の力は、さきほどよりも弱い。ほどなく開始された動きも、さきほどの指ほど激しくはない。それでも、昨日の地下室での指の動きに比べて、少しだけ積極的な動きだった。
 その、まだ拙さが残る指の動きを満喫しようと、意識を脇腹に集中する美鈴。
 琴音の指は、美鈴の比較的敏感な部分を辿るように動いて行く。肋骨に食い込んで蠢きながら、徐々にその位置を変え、時折布地の上を軽く滑るように這い回る。
 ――琴音ちゃん、あたしの弱い所、ちゃんと覚えていてくれてる。
 嬉しかった。自分の身体に琴音が興味を持ち、理解し、もっと良く知ろうとして探りを入れられているような気がした。
 一つ一つの弱点で蠢く指の動きに酔いしれながら、美鈴は時折身体を痙攣させる。身体の反応を無理に押さえようとはせず、それによって弱点をアピールする。
 いくら身体が跳ねても、目を開いてベッドから起き上がらない限り、目を覚ました事にはならならない。だから美鈴は身体の中で蠢く刺激に安心して身を委ねていた。
 目を覚ますつもりはなかった。このまま琴音の指を何時間でも味わっていたかった。
 ふと、美鈴は琴音の顔が見たくなった。自分の身体をくすぐって身悶えさせるのを、琴音がどんな顔で楽しんでいるか、確かめたくなった。
 身を捩った時、うっすらと開いた目で琴音の顔を探した。
 きっと、子供が悪戯をする時のような好奇心に満ちた笑みを浮かべているはず。そう思っていた美鈴の期待は見事に裏切られた。琴音の顔は、まるで何かの試験を受けているかのようにこわばっていた。何かに怯えているかのように、眉根をかすかに歪ませている。
 ――琴音ちゃん、何を恐がってるの? あたしは琴音ちゃんにくすぐられて嬉しいの。だから琴音ちゃんも、もっと楽しめばいいのに……。
 パンパンパン!
 不意に、手を叩く音が聞こえた。続いて理奈の、まるで号令のような声。
「はい、そこまでよ」
 琴音の手が美鈴から離れた。琴音の顔に浮かんでいた怯えの色が、なお一層濃くなった。
「分かってるわね。制限時間内に美鈴を起こせなかったんだから、お仕置きを受けるのよ」
 理奈のその言葉に、美鈴は思わず飛び起きていた。
「お仕置きって、一体何をするの?」
 部屋にいた理奈、琴音、詩織の視線が美鈴に集中した。
「あら、今起きたのね」
「さっきから起きてたわ」
 理奈の言葉に反論する美鈴。自分は起きていたのだから、琴音がお仕置きなど受ける必要などないのだ。
 今にも口論を始めそうな二人に、琴音が割って入った。
「美鈴ちゃん、いいの。あたしが言い出した事だから。美鈴ちゃんがとっくに目を覚ましてた事は知ってるの。それでも寝た振りをしながら我慢できたっていう事は、あたしのくすぐりじゃ物足りなかったっていう事でしょ?」
 美鈴は思わず感心してしまった。琴音ちゃん、良く分かってる。
「だからお仕置きとして、あたしがくすぐられて、どんなふうにされるのがくすぐったいかを身をもって体験するの」
 ――そんなの、今の琴音ちゃんには無理よ!
 美鈴は心の中で叫んだ
 くすぐりに手慣れた家族から毎日のようにくすぐられてきた美鈴を、くすぐり初心者の琴音がくすぐって満足させられなかったのは、当然の事なのだ。お仕置きを受けるような事であるはずはない。
 それに、くすぐられる事に全く免疫のない琴音が理奈や詩織にくすぐられたらどうなってしまうのか。
「だめよ、まだだめ! たとえ姉さんたちでも、勝手に琴音をくすぐったりしたら、許さないわ!」
「安心して。彼女をくすぐるのは、美鈴よ」
 理奈の言葉に唖然とする美鈴。
 琴音の言葉が後に続く。
「あたし、美鈴ちゃんになら、何されても我慢できそうな気がするの。だからお願い、あたしにお仕置きしてちょうだい」
 琴音の言葉に、美鈴は目を輝かせた。琴音が自分にくすぐられる事を望んでいる。もしもこれが夢であれば、いつまでも覚めないでほしい。
「分かったわ。たっぷりとお仕置きをしてあげる。ついでに、くすぐられるのをいやがらなくなるように、たっぷりと特訓してあげるわ」
 美鈴が琴音の脇腹に手を伸ばそうとしたちょうどその時、階下から母の聡子が美鈴たちを朝食に呼ぶ声が聞こえた。

「琴音ちゃんは、この家に来るのが初めてだから、きっと疑問に思ってるでしょうね。この家ではどうしてこんなにくすぐりが盛んなのかって」
 緊張しているためかなかなか食の進まない琴音を見かねたのか、聡子がそう切り出した。琴音は慎重な面もちで頷いた。
「それは、笑う事が心身共に健康で過ごすための秘訣だからよ。でしょ?」
 詩織が得意気に答えを披露してから、聡子に同意を求めた。しかし、なぜか聡子は不機嫌そうに顔を曇らせている。
「あんた、何にも分かってないのね」
 理奈が横から口を挟んだ。
「ハズレだって言うの? それじゃ、正解は?」
「それは、笑いが家族のコミュニケーションを深めるのにとっても効果的だからよ。でしょ?」
 今度こそ正解間違いなしとばかりの答え方だったが、聡子は益々不機嫌そうだ。
 聡子は一度ため息をついた後、その顔を美鈴に向けた。
「美鈴、何も分かってないお姉さんと妹に、正解を教えて上げてちょうだい」
「え?」
 美鈴は答えにつまった。詩織の答えも理奈の答えもハズレだという事は、何が正解だというのだろう。美鈴には見当もつかない。
 だが、みんなの視線が自分に集中しているからには、何も答えないわけにはいかない。
「えーっと、それは……」
 その時、美鈴は何年か前に友達の家で見たアニメビデオの事を思い出した。
「そうか、分かった。誘拐されて、くすぐり拷問を受けたときの為の訓練ね」
 美鈴の答えに、茶の間は静まりかえった。無論、正解だとは思わなかったが、これほどの効果があるというのも意外だった。皆の箸を持つ手も止まっている。
 聡子がこめかみを指で押さえ、かぶりを振りながら沈黙を破った。
「あなたたち、もういいわ。これから説明するから、ちゃんと聞いておくのよ」
 皆は身を乗り出して、聡子の話に聞き入った。

 昔むかし、戦国時代の頃。自然災害は神の怒り、あるいはもののけの類により引き起こされるものであり、豊作は神様の機嫌の良い証しであると考えられていた。自然界で起こる様々な現象の全ては神の御業である信じられていた。
 だから、神と会話し、あるいは神の意志を読み未来を予想する為の手段として、様々な占術が生み出され使われていた。占術により得られた結果は政治的にも大きな意味を持っていた。
 とある村では、数ある占術の中でも「笑い巫女」と呼ばれる巫女たちの行なう占術に、とりわけ大きな信頼が寄せられていた。
 それは、村の中央に建てられた社の中で、手足を拘束された一人の笑い巫女が、他の数名の笑い巫女たちに何時間にも渡ってくすぐられ続けるというものだった。当事その村では、人がくすぐられて笑うのは福の神が憑依するからだと考えられており、その福の神の言葉を聞き分ける能力を持った巫女が、笑い巫女というわけである。
 彼女たちは儀式でくすぐられる度に凄まじい笑いと身悶えの中で福の神と出会い、様々な啓示を受け、それらを村の人々に伝えたという。また、笑い悶える笑い巫女の近くで願掛けをする者もあったという。

「その笑い巫女の一人が、私たちのご先祖様というわけ。文明が発展した現代にそんな占いを信じる人は少ないけれど、私たちの一族はずっと信じてきたのよ。くすぐられて笑うのは、福の神にお近づきになれた証だって」
 皆、神妙な面もちで聡子の話に聞き入っていた。くすぐられて笑いたくなるのは、確かに不思議な現象だ。昔の人であれば、神様とか精霊とか、目に見えない未知なる何かの仕業と考えてもおかしくはない。
「我が一族にとってくすぐりは、かつては神聖な儀式だったの。私たちが三度の食事を無事に取る事ができるのは、我が一族の守り神たる福の神のお陰。だからお礼の挨拶代りにこの世にお招きして差し上げるというわけ。あなたたちは単なる暇つぶしだと思っているかもしれないけれど、本来はそういう意味があるのよ」
 聡子は空になった茶碗の前に箸を置くと、静かに目を閉じ、手を合わせた。
 皆も聡子に習い、手を合わせた。

 琴音は美鈴のベッドの上に仰向けに横たわり、両腕を大きく広げていた。それぞれの腕を、理奈と詩織が押さえ付けている。
 ベッドの上に上がった美鈴が琴音の無防備な脇腹に手を伸ばすと、不安げな表情を浮かべていた琴音の顔が、恐怖に歪んだ。
 Tシャツの上から指を押し当てると、琴音は歯を食い縛り、顔を歪ませた。きつく閉じた目の縁に涙の粒が光った。まだ指を動かしていないのに、美鈴の指先には琴音の激しい身震いが感じられる。
 かねてからの望みどおり、琴音の身体を存分にくすぐれるというのに、美鈴は嬉しくなかった。自分が見たかったのは、琴音のこんな顔ではない。
「やっぱり、まだ恐いのね。あたしの指が」
 美鈴は琴音の脇腹から手を離した。理奈と詩織も琴音の腕から手を離す。
「ご、ごめん……」
 美鈴の指を拒絶してしまった事を謝る琴音に、美鈴は言った。
「いいの。腕を押さえるのはやめるから、そのかわり、できるだけ腋を閉じないように頑張ってみて」
 琴音の言葉にキョトンとした視線を返す琴音に、美鈴は続けた。
「腕を大きく開いたまま、手でシーツを握るの。どうしても我慢できなくなったら、脇を閉じてしまっても構わないわ。それなら恐くないでしょ?」
 琴音は頷くと、美鈴に言われたとおり、手でシーツを掴んだ。
「身体からは力を抜いていた方がいいわ。シーツを握った手で腋を閉じるのを防ぐんじゃなくて、できるだけ腕に力を入れないようにするの」
 美鈴は再び琴音の脇腹に指を押し当てた。琴音の目は再びきつく閉じられ、身体が一瞬大きく痙攣したが、顔に浮かんだ恐怖はすぐに退いて行った。それでも、肋骨が震えているのが指先にはっきりと感じられた。
「それじゃ、いくわよ」
 美鈴は脇腹に食いこませた指をゆっくりと蠢かせ始めた。
「ぐっ、んっ、んくっ……」
 琴音の身体がビクビクと痙攣する。シーツを掴む手に力が入り、脇腹を閉じようとする腕を引き留める。
「どう、くすぐったい?」
 肋骨の間をしごくように両手の指を蠢かせながら、美鈴は琴音の耳許で囁いた。
「ああっ、くすぐったい! くすぐったくてたまんないわぁ! きゃはははははぁ!」
 美鈴の質問に答えようと声を出した拍子に、堪えに堪えていた笑い声が琴音の口から堰を切ったように溢れ迸った。全身が大きくのけぞり、激しく痙攣する。
 美鈴は思わず、指の蠢きを緩めた。琴音の笑い声と痙攣が弱まった。
 そのまま緩やかに蠢く指を、ゆっくりと上の方へ移動する美鈴。とたんに、琴音の身体が激しく跳ねた。
「きゃははは、だめぇ、きゃはははははぁ!」
 指の触れる箇所がほんの少し変わっただけで、琴音は耐えられなかった。今までくすぐられれていなかった箇所にほんの少しだけ刺激を注がれただけで、凄まじい衝撃が全身を貫いた。腕に勝手に力が入り、シーツを掴む手を振りほどいて脇腹に密着してしまった。
 脇腹と腕の間に手を挟まれた美鈴は、手の動きを止めた。それでもしばらくの間、琴音の身体の痙攣は治まらなかった。
 琴音の腕の力が抜け、美鈴は手を引き抜いた。
 琴音はまだ目を閉じ、激しく息を弾ませている。
「琴音ちゃん、残念。まだ三十秒しか経ってなかったわよ」
 ストップウォッチを見ながら言う理奈の言葉に、美鈴が振り返った
「それじゃ、あと四分三十秒ね」
「いいえ。さっき言ったでしょ? 連続で五分間だって。琴音ちゃんが途中で逃げたから、もう一度最初からやり直しよ」
「ほんと?」
 それなら琴音が五分間耐えるまで、何度でもくすぐる事ができる。そして数時間後には、琴音の方から「もう一度腕を押さえて」とお願いして来るに違いない。
 美鈴の顔が一瞬輝いたが、すぐに曇った。
「でも……琴音ちゃんは初めてなのよ。それに、こんなに敏感なのに……」
 同情する美鈴の手を琴音が握り、自分の脇腹に導いた。
「いいの。美鈴ちゃんの指だもの。連続で五分間、たっぷりと味わわせて頂くわ」
「琴音ちゃん……」
「大丈夫。今ので、ちょっとだけど恐くなくなったから」
 琴音は再び腕を大きく開き、シーツを握った。目を閉じた琴音の顔は、恐怖の為か僅かに緊張してはいるが、同時に何かを期待しているような、うっとりとした表情を浮かべているようにも見えた。
 美鈴の胸の鼓動が激しくなった。琴音は今、くすぐりの刺激に怯えながらも美鈴の指先を必死に受け入れようとしている。
 美鈴は再び琴音の脇腹に指を押し当てた。琴音の身体が一瞬震えたが、すぐに治まった。眉間に走った襞も瞬時に消え去り、閉じられた瞼も穏やかだった。
 美鈴は指をゆっくりと蠢かせ始めた。
「んっ、くふっ、んあぁっ、くぅっ!」
 琴音の身体が激しく震え、顔が大きく歪む。首を左右に振り、のけぞり、笑い声を必死に噛み殺していた。
 美鈴は指の場所を変えずに、同じ場所を責め続けた。
「三十秒経過」
 理奈の声を聞いた美鈴の中に、残忍な心が少しだけ首をもたげた。琴音の耳許に顔を寄せ囁く。
「それじゃ、ちょっとだけ意地悪するわよ。今度はちゃんと耐えるのよ」
 言葉と同時に、少しだけ指の位置をずらす。途端に、琴音の身体が大きく跳ねた。
「きゃははっ、ああああぁぁっ!」
 甲高い悲鳴と笑い声を上げつつも、今度はなんとか腋を閉じずに耐え忍んだ。
 しかし、美鈴の指の意地悪は、なかなか終わらない。ゆっくりと蠢きながら、その位置を少しずつ変え続け、円を描くように移動する。指の動きは緩やかではあるが、その効果は琴音の身体を狂わせるには十分すぎるほどのものであった。
「きゃははははぁ、もうだめ、もうだめぇ!」
 琴音は笑い悶えながら、再び腕を降ろして脇腹に密着させ、ベッドの上で丸くなってしまう。
「ふふっ、これでまた最初からやり直しね」
 くすぐりの手を止めて悪戯っぽく囁く美鈴。
 閉じた腕に力を入れたまま息を弾ませる琴音。それがようやく治まり、顔を上げた。
「美鈴ちゃん、ひどい。そうやって何度もやり直しにして、ずうっとくすぐり続けるつもりなのね」
 抗議する琴音の顔は、微笑んでいた。言葉とは裏腹に、全く怒っていない。むしろ、美鈴の意地悪を喜んでいるかのようにすら見える。
「ふふっ、そのとおりよ。琴音ちゃんの腕をもう一度拘束しない限り、ずうっとくすぐっていられそうね」
「そうはいかないわよ。今度は耐えてみせるわ」
 琴音は再びベッドに横たわり、両腕を広げた。美鈴の指が、再び琴音の無防備な脇腹で蠢き始める。
 ゆっくりではあるが意地悪く蠢く指に再び耐え切れなくなった時、琴音は笑い悶えながら叫んでいた。
「きゃはははぁ、だめぇ、もうだめぇ!」
 琴音は一分ほど耐えたものの、再び腋をきつく閉ざしてしまった。
 ベッドの上で丸くなり息を弾ませる琴音の耳許で美鈴が囁いた。
「そろそろ素直に腕を押さえ付けられたらどう? 琴音ちゃん、本当はそうされたいんでしょ? それとも、まだ恐いのかしら?」
「こ……恐くなんかないわ。でも……」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
 美鈴は琴音の両手を腋から強引に引き離し、ベッドの上に大きく広げた。すかさずその両腕を二人の姉妹が押さえ付ける。
「ちょ、ちょっと、美鈴ちゃん……」
 琴音が抗議する間もなく、美鈴は琴音の脇腹に指を押し当てていた。指の感触に身体が震えたものの、最初のような拒絶反応はない。
「ふふっ、ほんとだ。もう恐くないようね」
「でも、美鈴ちゃんはいいの? あたしの事、ずっとくすぐり続けたかったんでしょ?」
「そうよ。でも大丈夫。この五分間が終わっても、あたしたちの遊びはまだまだ終わらないわ。あなたも遊びに参加してくれれば、美鈴ちゃんの事、もっともっとくすぐってあげる」
「そ、そんな……」
 琴音の目は、洩らした不平の言葉とは裏腹に、うっとりと輝いて見えた。それを確認すると、美鈴は指を再び蠢かせ始めた。
「きゃはははぁ、くすぐったぁい、あはははははぁ!」
 甲高い笑い声が再び部屋に響く。
 笑い歪んだ琴音の顔が可愛くて、美鈴はもっともっと可愛がってあげたくてたまらなくなった。もっと甲高い笑い声を上げさせようと、指の蠢きをさらに激しくする。脇腹の奧に食い込んで敏感な神経を転がしながら、急激に上昇して腋の下をくじり立てたかと思うと、今度は腰まで下降して括れの奧の神経を揉み転がす。
 それらの動きの一つ一が琴音に甲高い悲鳴と笑い声を上げさせ、身体を激しく身悶えさせる。
 激しく執拗な美鈴の意地悪な指によって送り込まれる刺激は、これまで琴音が味わった刺激とは比べ物にならないほどの凄まじさだった。実際には一分しか経っていないのに、琴音には何時間にも感じられた。
「きゃははは、だめぇ、もうだめぇ、きゃははははぁ!」
 激しく笑いながら叫んだ言葉のとおり、琴音はもう耐えられそうになかった。このまま指の蠢きが続いただけで、今にも気が狂いそうだった。それなのに美鈴の指の蠢きは、少しずつではあるが容赦なく激しさを増して行く。その指に上半身のあらゆる神経をかき鳴らされ、狂気の風に貫かれた全身が悲鳴を上げても、口では決して「やめて」とは言わない。狂気の嵐の中で、美鈴の指になら狂わされるのも悪くないと、いつの間にか思うようになっていた。
 身体のあらゆる箇所に勝手に力が入り、全身がガクガクと震え、大きくのけぞる。もう目を開けていられなかった。瞼の裏側の闇にもまた激しい砂嵐が吹き荒れていた。その嵐に飲み込まれ、全身を風と砂に貫かれながら甲高い悲鳴と笑い声を上げた。
 その時、ようやく美鈴の手が止まった。いつの間にか約束の五分が経過していたのだ。腕を拘束していた二人の姉妹がベッドから離れた。
「琴音ちゃん、よくがんばったわ」
 刺激の後遺症に震えながら、まだ目を開ける事のできない琴音は、激しく息を弾ませながら、美鈴に抱きしめられていた。美鈴の胸の鼓動がTシャツ越しに感じられる。激しく身悶えた後で汗まみれになっていた所に密着してきた肌の熱さが、なぜか心地よかった。そして、今まで自分の身体を責め嬲り続けていた凄まじい刺激の余韻もまた、全身の骨を甘く溶かしている。されている時はあれだけ狂おしかったのに、今はもっとしてほしい気がしていた。
「さあ、今度はあたしに仕返しをしてちょうだい」
 美鈴は琴音を起き上がらせると、入れ替わりに自分がベッドに横たわって両腕を広げた。
 理奈と詩織はどこからか縄跳びを持って来ると、その片方の端で美鈴の片方の手首を縛り、残りをベッドの下に通して、もう片方の端で残る片手の手首を縛った。
「これでもうあたしは腕を閉じる事ができないわ。たっぷりとしてちょうだい」
 美鈴はベッドの脇に立つ美鈴の顔を見上げた。くすぐられる喜びを覚え始めた琴音の顔に、もはや躊躇の色はなかった。自分の味わった刺激よりももっともっと凄まじい刺激を親友に味わわせようと、目を輝かせている。
「良かったら、あたしたちも手伝うわ」
 理奈はベッドのそばに腰を降ろし、準備完了とばかりに琴音を見上げている。詩織も反対側に座り、琴音を見ていた。
「それじゃ、お願いするわ」
 頷いた美鈴に、理奈が言った。
「美鈴は、あなたにくすぐられたいのよ。だから、どんなふうにくすぐるかは琴音ちゃんが決めるのよ。あらゆる弱点を徹底的に責めて笑い狂わせるか、それとも全身を軽く撫でさすって緩やかな笑顔を楽しむか」
「そうねぇ……」
 琴音は少し考えてから答えた。
「あらゆる弱点を徹底的に責めて笑い狂わせるわ。さっきまでのあたしと同じ感覚を味わわせてあげたいから」
「琴音ちゃん、ひどい。そんな事されたら、あたし耐えられないわ」
 ベッドの上で訴えた美鈴の目は、これから始まるイベントへの期待に妖しく輝いていた。
 ほどなく三人の指が一斉に美鈴の全身に襲いかかり、甲高い悲鳴と笑い声が美鈴の部屋に響き続けた。

「あたし、小さい頃、父が嫌いだったの。夜になると、いつも母をいじめてたから。ある日、あたしがその現場に居合わせて、父にくすぐられたの。それまでくすぐられた事がなかったのに、激しくされたから、気絶してしまって、それ以来くすぐられるのが恐くてたまらなくなったの」
 月曜日、学校への道で、琴音は自分の過去を美鈴に語った。
 最初に父親にくすぐられて以来、琴音は何度もくすぐられそうになった。その度に琴音は家中を逃げ回っていたと言う。
 その後、母親は琴音を連れて家を飛び出し、アパートで二人暮らしを始め、現在に至るという。
「今でも父親は嫌い。でも、くすぐられるのはちょっと好きになれそう」
「ちょっと? ちょっとだけ?」
 美鈴に追及された琴音は、赤らめた顔を下に向けて小さく答える。
「ううん。とっても」
「ふふっ、正直でよろしい」
 恥ずかしそうな琴音の顔を覗き込み、再び前を向いた美鈴は、校門の前に見知らぬ女性が立っているのに気がついた。向こうも二人に気付き、歩み寄って来る。
 清楚な黒のブレザーに、同じく黒のタイトなミニスカートという堅実そうな服装で、背の高い女性だった。顔も少し細めで、栗色の髪はポニーテールにまとめている。軽フレームの眼鏡が理知的な印象をきわだたせていた。歩を進める度に固いハイヒールの音がコツコツと響く。
「あなたがた、もしかして、柳沢美鈴さんに岡本琴音さんかしら」
 名前を言い当てられ、緊張した面もちで頷く二人。
「私はこういう者です」
 女性は懐から名刺を二枚取り出して二人に渡した。名は相沢柚葉。その脇には「教育委員会」の文字があった。
「この学校の文化祭で、いかがわしいイベントが計画されているというタレコミがあって、その調査の為に派遣されて来たの。学校関係者の話を聞く限りでは、どうやら本当の事のようね。あなたたちにも、お話を伺わなければならないわ。この件に関する重要参考人としてね」
 口許に微笑みを浮かべながら静かに話す柚葉の眼鏡のレンズが、朝の太陽に眩しく光っていた。


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