某山岳地帯のとある一角に、周囲の環境に不釣り合いな施設が建てられていた。
ちょっとした心霊関連の本では、自殺の名所とか心霊スポットの一つとしても紹介される土地柄でもあるためか、周囲は陰湿な雰囲気で、周囲数�舛紡爾簗渦箸匹海蹐�、廃屋の一つもろくに存在していない。
まさに植物だけが支配する土地のようにも見える不便この上ないこの環境に、１つの施設が目立たないように設立されていた。
●○コーポレーション研修場。
その施設の名目はそうなっていたが、周囲の状況を見て、その通りと信じる者はいないだろう。
あからさまに怪しいその施設は、おおかたの想像通り、非道徳的な目的のために存在していた。
『特別くすぐり奴隷調教施設』あるいは『くすぐり奴隷合宿所』と、その施設の関係者は呼んでいるそこは、その俗称どおりの施設であった。
ここは、彼等組織のくすぐり奴隷達の中で、質の悪い者・くすぐりに対し強固な耐性を持つ者・短期間による調教が求められている者・敵組織の関係者達に対して『特別調教』を行うための施設で、通常の施設のようなカモフラージュも施されていない、純粋なくすぐり調教施設であった。
それ故、人目をはばかることのない、この様な立地条件が選ばれたのである。
ただ、あからさまに怪しい外装にする必要もなかったため、一見すれば単なる建物に見えたが、外装はともかく、その警備は刑務所並となっており、収監され調教を受けている者が逃げ出さないように厳重な監視が行われている。
もっとも、もともと周囲が密林である事もあり、脱走者が出たことが一度もないのが現状であった。
そんな施設に一台のオフロード車がやって来た。
もちろんそれは道に迷っての結果ではなく、明確な目的があっての訪問であった。
施設の門は、この外部からの訪問者を、何の警戒も見せずに迎え入れた。
オフロード車は、施設にある滅多に使用されることのない来客用駐車スペースに入るとエンジンを停止させた。
程なくして、運転席から使い込んだ白衣を身に纏った男が姿を現した。
「くふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜！」
男は大きく体を伸ばし、息を吐いた。
「あ〜〜〜あ、やっぱり車で来るような所じゃないな」
長時間座っていた事による疲労に愚痴りながら、白衣の男は息を軋む身体を何度も解した。
「そう言う立地条件だって事は御存知でしたでしょうに」
出迎えに来た、施設側の『北田』と示されたＩＤカード兼名札を胸にした男が、その愚痴を耳にして思わず言った。
「ようこそ、施設長の北田です」
北田から差し出された右手を、男も素直に握り返した。
「でも、初めから場所が分かってれば陸路でも行けるかな〜っと、思ってな。それ用の車も借りたことだし」
「それは・・・・場所さえ把握していれば、陸地に存在しているんですから車で来るのも可能でしょうが、まともな発想じゃないですよ。道、整備されてなかったでしょう？」
北田は苦笑した。実際、車での来客は、この施設が正式稼働してからは初めての事である。
「あれを道と言うか？草木にほとんど覆われていて、獣道同様。おまけに落石はあるわで、同乗者がいたら確実に酔っていたぞ」
「偶然の訪問者対策としては完璧ですよ。ああ言う状況であれば、先に施設があると知らない限り、前進を試みる者はいませんからね」
したがって、組織の関係者は陸路ではなく空路による訪問・輸送手段を利用している。
「じゃ、何で、こんな駐車場がある？」
白衣の男は、唯一自分の車のみ止まっている駐車スペースを見回し、言った。
「ジョークです」
北田が速答し、男はその意味を理解しかねた。
「は？」
「いえ、貴方のような無謀者が来たときのためですよ」
「嘘つけ」
微笑みながら明らかに嘘と分かる発言に、男がつっこんだ。
「実際は、設計時に設計士がつい、いつもの感覚で駐車スペースを加えて設計してしまって、建築計画が実施されるまで関係者が誰も気づかなかったんですよ。内装面と逃走防止の外壁・警備面ばかりに意識が集中して、意味のない外回りに注意が向かなかったんです」
「それで？」
「気がついたのは着工に入って、基礎が出来上がってからだったんで、仕方がないから、そのまま駐車場にと・・・・・」
思えば極めて単純なミスである。
「それじゃ、この駐車場完成以来、初めての使用者か？俺は？」
「ええ、そうなります。まさか本当にここまで来るまで来るとは思いませんでした」
「そう言う予想を裏切るのが俺の楽しみだって話、知ってるだろ？」
「ええ、聞き及んでいます。おかげでこの駐車場がようやくにして役立ちました。ただの道楽かとも思いましたが、今回の件ではっきりしました」
「ん？」
「その『楽しみ』に、本気で身体張ってるんですね・・・・・影山さんは・・・・」
今回、全く予定になかった幹部視察に色々な理由を付けてやって来た白衣の男、影山に北田はしみじみとした口調で言った。
「それで、今日はどう言った御用件で来られたんですか？」
駐車場から施設へと移動するなか、北田は傍らにいる来客者に問うた。
「あれ？報告来てないか？」
問われた影山は不思議そうに聞き返す。
「この施設の機器類検査・・・・・と言う名目でしたけど、本当にそれだけで貴方がいらしたんですか？」
「これでも俺は、開発部の一員だぞ」
それどころか、一部門の責任者と言う立場である。異端扱いされてはいるが、肩書きからしてこんな辺境の施設調査だけに来る身分でもない。
「それは十分に承知していますけど、今回に限って何故貴方なんですか？」
「話せば長い事ながら・・・・」
「では、手短に・・・」
「・・・・・・・・・・・・暇な人材がいなかった・・・・」
実に寂しそうに影山は言った。開発部という部門は常に多忙という事はない。基本的には新機軸模索の実験、現存マシンの起動記録調査をもとにしたバージョンアップ規格やＯＳの開発は日常的な作業であり、決して全員が必要な作業ではない。
だが、今回はたまたま、マシン開発時にトラブルが生じ、その事後処理で慌ただしくなり、手の空いていた人物が彼しかいなかったという事情があった。
更に事情を明かすと、そのトラブルの元凶が影山自身にあったため、半ば片付けが終わるまで追い出されたという意味合いもあったのだ。
「お気の毒に・・・」
寂しげな影山の背中に向かって北田は言った。もっとも、もそこまで事情を察して言ったわけではなかったが・・・
「まぁ、いいさ、取り立て向こうでも常時必要とされている立場でもないし、帰りには、久々に有名ガラス工芸店に立ち寄るつもりだしな・・・・」
「工芸店？」
「メイド達が、そこの若旦那の作品をいたく気に入っててな、この前、新しい娘も入ったし、その娘用にも買ってくる約束をしているんだよ」
「ひょっとして『ミリア』って名付けた、アレですか？」
「ああ、知ってるのか？」
「組織内の公報で読みました。何故、幼女型なのかって意見が大半ですよね」
「試作故の制作者の趣味だな。だから情が移って廃棄が出来なかったって事だ。以後の量産型は熟女や女王様タイプが出るって話だが」
「科学技術も目覚ましい進歩ですね」
「本当の開発コンセプトを公には言えないけどな」
言って影山は苦笑する。皮肉をもらしながらも、自分がそちらの側に位置している事を十分わきまえているからである。
「ま、そんな最先端技術より、当面はここの施設だ。説明ビデオや資料なんかで大体の事は承知しているが、直に見るのは初めてだからな。不都合は生じていないか？」
真顔になって問いかける影山に、北田も仕事モードとなって応じた。
「ありませんよ。器機にトラブルが生じれば、すぐに報告する決まりですからね。少なくても、通常使用に関して判別できるトラブルは報告されていません」
影山は北田の言葉に、彼が施設長と言う役職をしっかりとこなしている事を感じ取った。とかく辺境の責任者となると、仕事がおざなりになる傾向があったが、彼は自分の責任をしっかりと果たしている事が感じ取れた。
「それじゃ、俺の仕事は目に見えない部分のみで済むわけだ」
影山は北田の仕事ぶりを見習うべきだなと思いつつ、それを完璧には実施できないだろう事を実感しつつ、トランクから工具類一式を取り出した。
「早速仕事に・・・・・と言いたいが、せっかく来たんだ。ここの施設見学をさせて貰って良いかな？」
この影山の依頼を断る理由が北田にはなかった。
施設内は基本的には幾つかに区分けされた、トレーニングジムのような構造となっていた。
各種有能くすぐりマシンや拘束器具が各部屋ごとに設置され、担当調教師以外も傍観できるように、出入口と中２階部分(室内上部)がガラス張りになっていた。当然ガラスは逃走防止として硬質ガラスになっており、各部屋の出入りに関しても、登録されたＩＤカードがなくては不可能となっている。
影山は傍観用中２階通路から、１階の調教部屋の一つをのぞき見た。
丁度そこでは、ＳＭ用の椅子に固定されている４人の少女達が、この施設独特の責め・・・と言うより、処置を受けている最中であった。
彼女達は揃って、アイマスクをかけられた状態で、イヤホン付マスクを被せられており、そのマスクは呼吸器用の管が備え付けられていた。その管からは神経を過敏にし興奮状態にするガスが微量に供給されており、彼女達の身体を火照らし続けていた。
だが、ガスの濃度が微量である為、それは決して理性を失わせる程の興奮状態とはならず、少女達は、その理性の波打ち際で不意打ち的に行われる調教師の責め(くすぐりや羽責め)を受けては、その刺激に反応した。そして、何度も不規則に繰り返される刺激を受けながら、自分が徐々に敏感になっていく事を実感していく。理性がそれを危険な兆候だと注意を促しても、ガスによって興奮状態になっている身体が快楽を欲する。
そんな状態を持続させ、強制的にではなく自ら快楽に身を委ねる体質へと変えていくのである。アイマスクとイヤホンは、外部の情報を遮り、感覚を触感に集中させるための物でもあったが、「不意打ち」を行う調教師には、反応が良くても肝心の表情が見れないとの不評もあった。それは機能優先と言う点で仕方のない事だった。
施設の構成としては、１階が調教施設、２階が調教師の居住区及び客室、３階が奴隷の居住区、地下が機械室と言う構成になっている。
奴隷が地下ではなく、最上階にいるのはこの施設ならでは構成であった。周囲に建築物もないため、他人に奴隷の存在を見られる心配もなく、また、陽の当たる場所に住まわせる事は地下の閉鎖空間よりも精神状態が保てるだけでなく、窓の外が密林である事を認識させ、施設から逃げ出しても無事に街に辿り着けない事を思い知らせる意味合いがあった。
彼は、２階を無視して３階内を軽く巡回してみて、中に収監されている女達が健康そうなのを見て、満足そうに頷いた。
３階は、小さなエレベーターホールから、３階フロアを遮る扉がＩＤチェック式になっているだけで、それ以外は自由に活動が出来るようになっていた。
調教がない時、奴隷達はこのフロアで自由に過ごす事ができ、小さな個室に共同広間と図書室など、生活に不自由ない作りになっていた。
女達は見慣れない男の姿に若干の興味を抱いたが、この施設内における男は全て自分達とは反対側の立場である事を知っているため、進んで声をかけようとはする者はいなかった。
当然の事ながら、影山の方から声をかけても、まともに返事をする者はいなかった。
そうして全く相手にされないまま３階の巡回を終えた影山は、いよいよ仕事に取りかかる事になる。今回、影山が行うのは、くすぐりマシンの設置されている１階と予備器機の保管されている地階であった。
彼はまず、常時使用されている１階の機器類から始めた。
各部屋のマシンは同タイプで構成され、それを１台の端末で集中操作する形式になっていた。
彼はまず、コントロール端末に自分の持って来たノートパソコンの配線を繋ぎ、自己診断プログラムを作動させ、チェックが行われる間、自身はマシン本体のチェックに取りかかった。
この部屋で使用されているくすぐりマシンは、典型的な拘束ベット型で、一部では『不二子型』と呼ばれているタイプであった。しかし、この特別調教施設用に特別な改造が施されており、くすぐりハンドの先端が微弱な電流を発するようになっていた。この微弱電流の刺激によって不感症な神経を徐々に過敏にしていくのである。
そうした機能のため、器機は通常タイプより精密化され、今回のような定期チェックが必要となったのである。
影山は、マジックハンドの指の一本一本に調査端子を刺し、電流の通過状態を携帯コンピューターで調べ、指の稼働部を触診し不具合がないかを確認する。
それを延々と繰り返すのである。
ここに水沢や清水と言った、彼をよく知る人物がいれば、影山が実に黙々と仕事をしている事を不信に思っただろうが、この場においてそのような疑問を抱く事のできる人物はいなかった。
このチェック後に、関連箇所が原因と思わしきトラブルが生じた場合、担当者の責任において対処する事が義務づけられているとは言え、彼の勤勉さは普段の彼らしからぬ行動であった。
「どうですか調子は？」
そんな彼の動向を全く知らない北田は、小休止のためのコーヒー持参で彼のもとを訪れた。
「特に大きな問題はなさそうだな」
モニターに目を離さないまま、影山は答えた。
「ただ、Ｄ級消耗品の消耗度が基準値より大きいな。使い込んでいる証拠だけど、交換部品の量を増やした方がいい」
「分かりました。次の定期発注の時に申告しておきます。リストは・・・・」
「作っておくよ」
言って影山は更にキーを叩き、作業を続行する。
そんな彼の黙々とした仕事ぶりを見て、北田は彼に対する組織内の評価を疑った。
そんな事を話題に話しかけようかと思った矢先、その報告は訪れた。
「大変です！」
北田の秘書が、今まで見せたことのない慌てようで駆け込んできた。
「何だ、騒々しい」
そう言う慌ただしさとは無縁の施設と思っていただけに、秘書の狼狽ぶりは滑稽に見えた。
「それが、奴隷が、奴隷が脱走したんです！」
「なっ！！？」
北田は秘書のような露骨な狼狽は見せなかった。だが、明らかに動揺した。施設内の構造と周囲の状況を思えば、脱走など考えようもない事であることは明白だった。
少なくてもそう考えるべきである。そう考えさせるために、この様な辺境に施設が設置されたのである。
考えようもなかった不祥事に、北田の心はパニックに陥った。
（予告）
影山が訪れた特別調教施設で起きた、突然の脱走事件。
思わぬ事態に責任者である北田は戸惑いを隠せない。
その時、影山は・・・・
次回、影山さんの私生活『影山の多忙な１日』〜中編〜
異端者の足跡がまた１ページ
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