『組織』内において、異端者とされる影山でも、『出勤』などに関する活動は、ごく普通のサラリーマンと大差ない。
だが、開発部幹部職の地位にあるため、何かしらの研究に携わっていなければ、毎日の出勤は義務とはされていなかった。
事務的な処理のために出勤が必要な日は予め予定されており、それ以外は突発的な事が起きなければ任意と言う待遇になっている。
ある意味、優遇あるいは非常勤顧問とでも言うべき扱いではあったが、裏を返せば出勤していてもその場でする事が無く、基本的に発案と情報集めが主体である彼の役職上、出勤の有無はそんなに必要がなかったのである。
そんなわけで、彼自身も今日は休みと考えると、その生活態度は曜日に関わらず、おもいっきり日曜の親父と化すのであった。
「旦那様、おはようございます。朝でございます」
一般人のごくごく普通の起床時間・・・・より、やや遅めの時刻。主から指定された時刻ピッタリに、本日の当番であるメイが、モーニングティーのセットを持って訪れた。
この手のシーンには最も絵になると言われる彼女は扉の前で一礼すると、返事の無い主の部屋に入って行った。
室内で再び朝の挨拶が行われるが、それでも主の反応は無い。出勤が決まっている時は一発で起きるか既に起きている影山だったが、こと休みとなると、寝ることこそが義務かのように思いっきり寝入ってしまうのであった。
「旦那様〜」
紅茶セットのトレイを机に置き、カーテンを左右に開き、ベットの中に丸まっている主を軽く揺するメイ。
「ん〜〜〜あと・・・・7分安らぎの時を・・・」
布団の中で全く庶民的な反応を見せて影山は言った。寝ぼけ状態の彼には、起こしに来た相手が誰かなどの判断はついていないであろう。
「もう、旦那様ったら・・・・」
既に準備が整いつつある朝食の事を気にしつつも、彼女は主の希望を聞き届け、律儀に時間の経過を待ち、再び声をかけたが、その反応は、
「あと5分50秒〜〜〜〜〜」
と、影山の中では1分10秒しか時が経過していなかったりするのであった。
・・・・・・・・
結局、彼が目覚めたのは、実に2時間以上が経過し、睡眠欲を完璧に満足させてからの事であった。
「んん〜〜〜〜よく寝た・・・・やぁ、おはようメイ」
思いっきり身体を伸ばし、満足げな声を上げて影山はベットから身を起こし、傍らに立つメイドに声をかけた。
「もうお昼前です!」
起きてくれなかった主に対し、僅かにべそをかいてメイが言った。既に用意されていた朝食は昼食へと変更されつつある。
「ああ、ごめん。ほら、この寒い季節の暖かい布団は人を虜にする魔物だから・・・・・」
「旦那様はいつもじゃないですか」
何割かの人々に同意を得られるだろう意見も、メイには効果は無かった。
「これから気をつけるよ」
「それも数え切れないほど聞きました」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・ひょっとして、怒ってる?」
「いつもの事で、問題はないですけど、お若いのに不健康ですよ」
「あ〜〜〜〜、その・・・ごめん」
「そう思うんでしたら、着替えて、お顔を洗って、軽く運動して食堂にいらして下さい」
「分かりました・・・・・で、メイはお召し替えを手伝ってくれないのかい?」
やはり拗ねているなと感じた影山は、少しでも話題を有利にしようと、普段は自分から絶対に言わない台詞を言った。
「だ、旦那様」
メイは赤面した。普通のメイドの立場上、そう言った行為はあり得てしかりであったが、主たる影山本人が庶民出身であるため、住まいは豪勢になっても貴族的生活には馴染みきれず、そう言った事をさせてはいなかったのだ。
にもかかわらずのこの台詞は、純情少女メイの反応を楽しむものであり、影山のささやかな反撃の意図があったのである。
そしてメイは影山の期待通りの反応を示してくれた。
「冗談だよ」
笑って済ませる影山ではあったが、この方法が通用するのも彼女だけで、アリスやシャディの場合であれば、喜々として行動に移ってしまったりするので、迂闊なことは言えないのである。
「もぉ、旦那様!早く支度をして来て下さい。でないと、お昼も抜きになりますよ」
影山が寝間着を脱ぎにかかったので、メイは慌てて部屋から出て行こうとする。
「分かったよ。で、モーニングティーを持って来てくれてるんじゃないのかい?」
「とっくに冷めちゃいました。下で用意し直します」
ちょっとふくれっ面でメイは主の部屋をあとにした。
この様にごくありふれた日常が殆どである影山ではあるが、彼の周囲には時折トラブルが舞い込む運命にある。それが大きいか小さいかは予測もつかない事ではあったが、少なくとも影山はそんな運命を悲観してはいなかった。
彼曰く『退屈しているよりはよっぽど良い』と言う事であった。
−某企業ビル内上位階層 重役室−
ヒラ社員にしてみれば緊張感漂うこの空間で、事務作業とは思えない荒い息使いと異質な音が微かにおきていた。
防音効果の高い作り故に、外に音が漏れることは無かったが、もし、この音を聞きつけた者がいたとしたら、好奇心にかられて中を覗き込んだ事だろう。
今、社内の聖域とも言える重役室の中では、初老寸前の重役が、応接用のソファに横たわる少女をバイブで嬲っていたのである。
重役は普段、社員達の前では絶対に見せない程の興奮状態となって、少女の秘所にバイブを出し入れしていた。
「あっ・・・はぁん・・ああぁ・・・はぁあああん」
バイブが蠢く度に少女は身悶え、淫靡な声を上げ、上気した顔を振り乱していたが、その瞳にはまだ冷静さが残っており、この場の主導権がどちらにあるかを暗に主張していた。
だが重役の方はそれに気づくことなく、うら若い肢体が乱れる様に魅入り、我を忘れて興奮していた。
「い、いかがですか?当社の新製品は?これでしたら奥様の夜の生活や、いらっしゃるなら愛人にも、今までにない快楽を与える事が出来ますよ」
少女は身悶えつつも、自分を責めている器具の説明とPRを行った。
「あ、ああ、実に素晴らしいよ」
重役は息を乱して即答する。今し方出会ったばかりの少女が、歳もかけ離れた男を前にしてここまで淫らに乱れる。そうさせられる『大人の玩具』の性能に感心した。
だが、少女の反応の大半は演技であった。彼女は端的に言えば訪問販売員。即ちセールスレディである。彼女の所属している会社の取り扱っている『大人の玩具』をセールスしている訳だが、この時代、正攻法でセールスが成功する可能性は皆無であり、その上、彼女の取り扱っている物の内容から、門前払いされるケースがざらであった。
そんな状況下の中で彼女が取った手段が、『商品の効果を実際に使ってもらい、見てもらう』と言う独自の手法であった。
簡単に言うと、まずは色仕掛けで接触を試み、若さと肉体とで相手を挑発した後、商品の効果を自分で試して下さいと、話を進め、演技で激しく乱れて見せて相手を興奮させ、その勢いで商品を購入して貰う・・・・・・と言うのである。
はっきり言って違法行為に類するはずだったが、購入した側が文句を言って来るはずもなく、販売している当人もある程度楽しんでおり、雇用会社も売り上げが上がっていると言う事実しか知らず、訴えを起こす要因が存在していなかったのである。
そしてこの少女の行動も徐々に情報化され、順に住宅街を回るのではなく、ある程度の所得を持ち、女性関係を多少なりとも(色々な意味で)抱えている者を対象にアプローチをするようになっていた。
この重役もそんな意味で選出されたのだが、自宅に訪問せず会社を尋ね、AVでしかないようなオフィスでの情事と言う演出を設定したところが、彼女の販売戦略であったのだ。
そして、ここまでしてもらった後、男が商品の購入を断れるかと言えば、そうそう簡単な事ではないだろう。
「それでは、そちらの商品でよろしいですか」
「い、いいとも、だ、だからもう少し試させてくれ」
「毎度有り難うございまぁす」
こうして少女、伊吹 耀子の売り上げはまた一つ上がるのだった。
某会社を後にした耀子は、手持ちの手帳をチェックしつつ歩いていた。
「うん、これでこの辺りのめぼしいターゲットは全てクリアしたわね。そろそろ隣の地区に行ってみようかな」
彼女の足取りは軽い。売り上げも順調に伸ばし、仕事内容にも不満がない以上、一般のセールスマンに時折見られる、足取りの重さなどは微塵も感じられない。
意気揚々、成功中のセールスマン特有の調子で彼女は静かな雰囲気の漂う、住宅街に訪れた。
「へぇ、結構静かで良さそうな街ね」
程度としては荒れてもいなく、際立って裕福にも至らない程度の住宅が程良い感覚で並んでいるのを見て、耀子は言った。が、観光的気分に浸ったのはその一瞬で、次の瞬間には、彼女は手帳を開き、記載してある情報に魅入っていた。
「まずは・・・・あ、ここにしよう」
彼女は、大差の見られないこの地区の情報から、一部抜きん出ていたモノを持つ人物を選出し、早速その住所のもとへと向かった。
「・・・・・・・平和で、暇だ・・・」
リビングのソファに横たわり、何気なしに選んだ本を黙々と読んでいた影山は、意外にもその本がつまらない内容だったため、睡魔に襲われ思わず大きなあくびをしてしまった。
そんな時に限って人は起こり得ないと知りつつも、刺激を求めるものであり、何事も起きない平和に納得するのである。
普段であれば場を飽きさせない存在のメイド衆が、何かを起こすものなのだが、生憎今日は新人研修兼社会勉強と称して、アリスとシャディの二人がミリアを引き連れて街に出ており、今はメイだけしかいなかったのである。
もともと内気なメイは、状況が意外なチャンスである事を理解しつつも、積極的に行動を起こす事もなく、ただ主の近くに二人っきりでいる事だけでも幸を感じ、それを満喫している。
自分から行動にでない以上、影山のリアクション次第と言う訳なのだが、彼は彼でマイペースのため、実にのんびりと静かな時間だけが経過していた。
そんな時、舘の呼鈴が鳴り響いた。
「!?」
影山は寝そべったまま首を反らして時計を見た。時間的にアリス達の帰宅時間でもなければ訪問客の予定もない。全く想定外の事態だった。
主の思いを見抜き・・・と言うより当然の反応として、メイが玄関口へと向かう。ややして彼女が戻ってきたが、その表情は微妙なものであった。
「誰だった?やっぱり展示館と間違った観光客か?」
影山が問う。彼は実質、この街で一番の土地持ちであった。先祖から継承された土地であり、大きな敷地に古風ではあるもののしっかりとした作りの館が建てられており、街の象徴的な建物にもなっていた。
だが彼は、自分が住む程度には大きすぎるとして、館をちょっとした歴史博物館兼イベントホールに改装して一般に公開し、敷地も公園としての利用を認めさせ、自分は別館を住居として住み込んでいたのである。
もちろんこの行為が純然たるボランティア精神で行われている訳ではない。そう言う意志も無いでは無いが、街への心証を良くする目論見と、本館の使用料金の類で少しばかりの小銭を稼ぐ事が本来の目的であり、時折、組織関係者の宴の会場にも使用される事があった。
そんなわけで、一応の敷居はあるものの、同じ敷地内にある別館を観光客が展示館の一つと勘違いをしてやって来ることが希にあり、今回もそんなケースの一つだろうと影山は思ったのである。
しかしメイの返答は、それを否定するものだった。
「いえ、こちらのお客様だったんですけど・・・・」
「客?訪問予定は無かったよな?」
影山は自分の記憶の確認を行い、メイは頷いてそれを肯定した。
「はい。訪問販売の方で、是非、旦那様にお会いしたいと・・・・」
「訪問・・・・ああ、セールスマンか、今時珍しいな。で、何のセールスだって?」
「わかりません、おっしゃらなかったものですから」
「ふ・・・・・・ん・・・・まぁいいか。退屈してもいたし、面白そうな健康器具だったら購入してみてもいいし、応接室に案内してあげて」
「かしこまりました」
一礼するメイであったが、その表情はやや曇っていた。だがそれを影山が気づく事は無かった。
「お待たせしました。一応ここの主の影山です」
ややして、先に待っていてもらった応接室に訪れ、おきまりの挨拶をした影山だったが、その直後、彼は身体を強張らせた。そこにいたのは予想していたセールスマンではなく、セールスレディだったのである。
訪問販売員=セールスマン=男の構図が出来上がっていた影山には、この状況は予想外であったため、瞬間的に思考が硬直したのである。
メイの戸惑いも、若い女性の訪問販売員と言う物に本能的な危険を感じての事だった。
「こちらこそ。私、Sm商事の伊吹耀子と申します。気軽にイブと呼んでもらって結構ですよ」
ソファから立ち上がり、屈託のない、それでいてどこか作られた笑みを浮かべて耀子は名刺を差し出した。
(若いな・・・・と言うより若すぎるな。メイ達と歳は離れていないだろうに)
名刺を受け取った影山は、早速予想外の訪問者を見定めにかかった。
おそらくは20歳前後だろう若さ、セールスレディの制服とも言えるタイトなスカートにブラウス。そして上着・・・・着用品目としては問題は無かったが、その仕様に関し一般的なそれとは若干の差異があった。
まずはスカート。通常、膝上〜センチと言う長さのそれが、彼女の場合、股下〜センチと言う状態で、最近の女子校のスカートに匹敵、あるいは上回る短さであり、屈めば見えてしまう可能性もある程であった。
そしてブラウスも胸元が意図的に開いているタイプのもので、名刺をもらって自己紹介されなければ、セールスレディと言うよりは風俗嬢の印象を得ること間違い無しの格好だったのである。
そうして影山が耀子を見定めてる間、彼女もまた相手を見定めていた。
(ふ〜ん・・・大きな土地持ちの若旦那って聞いてたけど、普通っぽいわね。メイドもいるから結構、遊んでるのかも知れないけど・・・・)
若い主&メイド=情事と言う構図はAVばりのシチュエーションであるが、金のある当主が独身であると言う状況はどうしてもそう言った連想をさせてしまうものであった。
彼女自身、その判断を軽率ではないかと思いつつも、今し方、影山と入れ違いに出て行ったメイドを観察した感じでは、少なくともメイドは主に愛情の類を抱いていると見て取れた。
それに対し彼がどう応じているのかが問題であったが、今、自分を見ている彼の視線は決して女嫌いのそれでは無い・・・・と言う判断に至り、脈はあると結論したのである。
「ま、とりあえず座って下さい。それで、名刺には書いてないですけど、何のセールスなんですか?」
影山は耀子に席を促すと、もらった名刺の裏表を改めて確認した。
「あまり大きな声では言えませんが・・・・」
耀子はそう言って、耳打ちするような小声になり、影山の関心を引くと同時に、聞き取らせるように彼の頭を近づけるよう軽く手招きする。それに応じて近づいてきた彼に合わせて自分の身体を僅かに前に傾ける。その際、計算された動きで膝と顎をわざとらしくない動きで上に上げ、影山の視点から胸元かスカートの中の下着が僅かに見えるように差し向けた。
これで露骨に動揺すれば彼女のペースであったが、相手の反応は殆ど無かった。視線の動きを見れば、確実に自分の身体に視線が行った事は分かってはいたが、それによる彼の反応、つまりは、付け入る隙が生じなかったのである。
「大人の玩具・・・なんです」
初手は不発に終わったものの、これが彼女の手段の全てではない。彼女は自分が覗かれている事に気づかないふりをして、話を続けた。
「・・・・・は?」
相手の言葉に影山が少々驚いた声をあげ、その視線を衣服の奥から、彼女の顔へと移す。
「ですから『玩具』です。夜の生活の・・・・・」
意味深に笑って耀子は言った。
「・・・ああ」
言葉に意味を理解した影山が少しぎこちなく頷き、ふと思いたった疑問を口にした。
「・・・ぶしつけだけど、君、年齢は幾つ?」
「19です」
しれっと耀子は答えた。
「19でこんなの売り回されてるのか?下手するとセクハラ行為じゃないか?」
見た目が若いだけかと思っていた影山は、相手が本当に若い事を知り、多少なりとも驚いたが、当の本人は涼しげな表情でその場に座っていた。
「あら、私は納得済ですよ。それに、必需・・・ではありませんけど、これはこれで結構楽しめるものですよ」
そう言って彼女は脇に置いてあったトランクを開け、中に並んでいる『玩具』の幾つかを取り出した。
「ポピュラーなものから当社のオリジナルまで、幅広く揃えていますし、オーダーメイドも受け付けています」
「オーダーねぇ・・・・」
影山は並ぶ『玩具』の一つを受け取って眺め、スイッチを押し、その動きを確かめた。
彼の手にしたバイブは良くあるタイプの物で、先端がくねりながら振動し、本体を多うシリコン樹脂の裏では連装された真珠サイズの突起がクルクルと回転を続けていた。
「それは振動・くねり・パールベルトの回転の複合刺激型ですね。結構強烈ですよ。一度味わったら快楽の虜になっちゃったりして、可愛いメイドの恋人さんも逃げられなくなりますよ」
「あれは、恋人と言う訳じゃ・・・・」
「あ、そうなんですか?そんな雰囲気かなって思ったんですけど、あ、それは内蔵の小型コンピューター制御で、使用者の最も感じる振動と動きを制御するタイプです。これも悶絶ものですよ」
耀子は影山の動きを逐一チェックし、彼が各々の『商品』を手にする度に、その説明を始めた。
「そうは言うけど、本当に説明通りの性能なのか?」
「ええ、もちろんです」
影山の疑問に耀子は断言した。
「私自身、実際に試してみましたし、購入していただければ、保証として、私自身でその性能を試していただいていますから」
「・・・・・性能を・・・・試すって?」
少しの間をおいて、その言葉の意味する自体を認識した影山は驚きを持って聞き返し、手に持ったバイブを掲げて見て、その視線を彼女の方へと投げかけた。その視線の意味を悟った耀子はこくりと頷き、ただでさえ短いスカートをたくし上げ、下着の一端を微かに見せて小悪魔的な笑みをうかべた。
「お好きにして下さって結構です。その上で気に入っていただければ是非ご購入願いますね」
耀子は止めとばかりに立ち上がり、影山の膝の上に座り込んで甘えた声を出してもたれかかった。
「おい・・・ほ、本当に良いのか?」
露骨に放たれる耀子の誘惑光線を受け、影山は早々に欲望を滾らせてしまう。
「ええ、これはマニュアルじゃありません。私個人の、お客様へのサービスと保証です。何でしたら恋人さんでは出来ないシチュエーションでもこなしますよ」
この一言が影山の、堪えていた煩悩に火をつけた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜なら、ここじゃまずいんで場所を変えてもいいかな?」
「ええ、かまいません」
答えながら耀子はやったと思った。彼の様な金持ち若様なら、興奮が冷めてしまうような高額な『玩具』を推薦しても受け入れてもらえるだろうと予想し、それは即ち彼女の業績に直結するのである。あわよくば常連客となる可能性もあるため、彼女は多少ハードなプレイも辞さない心構えとなっていた。
二人が連れだって応接室を出たところでメイと遭遇した。
影山は彼女に一言、地下へ言っていると告げただけで、それ以上の会話はなかった。
「地下・・・ですか?」
話を聞いていた耀子が先を行く影山に問いかけた。
「ああ、古い建物だからね。ちょっとした地下室があるんだ。あまり使われていないけどこの機会にと思って・・・・」
それは地下室なるところに何やらそれ用の部屋が存在している事を臭わせていた。
古い館の怪しげな地下室。あまりにお約束の状況に、結局この手の金持ちのやる事は、世間一般の妄想通りなのだなと耀子は思った。
「さて、ここだ」
階段で地下に下りて最初の部屋で影山は言うと、重そうな鉄扉を開けて中に入る。次いで耀子が中に入って周囲を伺うと、八畳程度の広さがあり、その中央に古い手術台のような無機質なベットが一つ、薄暗い白熱灯に照らされ浮かび上がっていた。
「旦那様もお好きですね〜」
特に雰囲気に気圧されることなく耀子は言った。彼女とて売り上げのために身体を張っているだけあって、多くの男と色々なプレイを行ってきていた。今回のように怪しげな部屋での『実施』はおろか、本当のSMホテルでの行為すらもあり、この程度の状況は退く材料には成り得なかった。
旦那様という彼女のおどけは、そんな場数をこなしてきた余裕から来ていた。
「拘束はOKなのかな?どうも、このバイブって言うのはこういったイメージがあってね」
改めて問うところが、今から行われる行為が、単なる『ごっこ』である事を印象づけていた。
「ええ、結構ですよ。それで脱ぎますか?」
「いや、最初はこのままでいい」
「それじゃ、上着だけは脱ぎますね」
そう言うと耀子は、その返事も待たないうちに上着を脱ぎ、身体にフィットした色っぽさ重視のブラウスをあらわにし、余裕の表情で上着を影山に手渡した。
「手慣れていることで・・・・」
影山は小声で言うと、渡された上着を部屋の壁にあるフックらしき物に吊す。その間に耀子の方は自ら拘束ベットに横になっていた。
「流石に自分では拘束できませんから、宜しくお願いしますね」
「早いな、ひょっとしてそっちの趣味があるのかい?」
セールスレディのあまりにも手際の良い行動に、影山は思わず尋ねた。
「さぁ、どうでしょう?」
耀子は意味ありげに笑う。本音を言えば、下手に焦らして気分を下げてしまうより、早々に行為に入った方が商談の交渉が有利に進むと考えての事である。今までの利益が殆どこの手法で培っていたため、これが彼女の常法となっていて当然と言えた。
影山は耀子の四肢を手慣れた手つきで拘束していく。その手つきが、滅多に使われていないと言う発言を否定する結果につながるのであるが、どちらもその点に気づくことはなかった。
そして耀子は拘束ベットにX字の状態で拘束された。
もともとミニであるため、僅かでも足下へ回れば開脚した脚から見えてしまう下着。そしてバンザイ状態で引き延ばされ、ぴったりとフィットし身体のラインを露わにした上半身。そして演技だが、微かに苦悶の表情を浮かべた様相はとても19歳とは思えず、この密室と言う条件が加わる事によって、大半の男性の欲望を掻き立てる格好の状況になっていた。
もしこの場が影山の所有施設内でなければ、彼もここまで冷静には成りきれなかったであろう。
「それじゃ最初はどれから始めようかな・・・・・・」
影山は耀子のトランクの中を覗き込み、中の『玩具』を物色し始める。そして最初に選んだのは、変哲の無いパールロータータイプのバイブであった。
他の商品と比べて、あまりに特徴のないシンプルなそれが入っていた事が逆に気を引いたのである。
「ああ、それは従来のものより若干大きくて、それによってより大きな振動を発生させる事に成功したタイプです。また、リズムモードで不規則な強弱変化もつけられます」
早々に入る耀子の説明。
「成る程・・・それじゃ、これから試させてもらおうかな」
「はい」
答えたものの、彼女にしてみれば、影山が意外におとなしい物を選んだ事に意外さを感じていた。
影山はローターのスイッチを入れ、振動を最強にするとコードを持ってローターを垂らし、上からそっと彼女の身体に降ろした。
「うくっっ!」
垂らされたローターが胸の先端に微かに触れた時、耀子はむず痒い感覚を感じて思わず声を漏らし、軽く身体を震わせた。
その反応は影山の満足のいくものであった。
(感度は悪くない)
訪問相手にしょっちゅうお試しをさせていれば、感度が鈍くなっているのでは無いかという勘ぐりがあったため、彼は試してみたのである。
彼女の反応に気をよくした影山は、そのままローターを垂らしたままの状態で彼女の身体の上を這い回らせた。
「あっく・・・・ふぅっく・・・あはっ・・・はぁあっく・・・・ううん」
ローターが乳首から乳房、乳房周り、脇腹、腰、腹、臍へと移動する度に、耀子は噛み殺したような声を漏らし、身体を小さく震わせ捩らせた。
その様相はローターを使用したダウジングの様でもあり、影山はそれによって耀子の敏感な部分を捜索しているかにも見える。
一方で耀子は今までの相手には無かった責めの、むず痒いようなくすぐたっいような、気持ち良いような、幾つもの感覚の混じり合った刺激に懸命に堪えていた。
ローターはくすぐったく感じるところ、快感として感じてしまうところを不規則に行き交い、喘ぎ声を堪えていると、不意に笑いが漏れてしまうと言った状況が続いた。
「やはっ・・・・あ、あはっ・・・・ああぁん」
使い方次第でこうも感じ方が違うのかと、身悶えながらも耀子は今更ながらに思った。自分で使った時との差異は実感があったものの、他人の使用でこうも差が出たのは始めての経験だった。
これは使用者の、行為に対する思い入れの違いが出たといって良かっただろう。
こうして上半身にローターを十分に這わせた影山は、更なるステップへと移行する。
「はっ・・・・あ!?」
耀子は不規則で、円を描くようなローターの動きが、直線的になった事に気がついた。
喉元から胸の間、そして臍から下腹部へとゆっくりと移動するそれを見つめ、彼女はその最終到達地点を悟った。
「やっ・・・・あっ」
ただでさえローターを触れるか触れないかの位置でソフトに這い回され、身体がより激しい刺激を求めて過敏になるつつあるのを実感している耀子は、ローターが目的地である股間に到達したときの刺激を想像して、僅かに身震いした。
その刺激は間違いなく自分を乱れさせようとする。そのこと自体は別に問題は無い。快感を味わうことは彼女も好むところであったが、一方的に乱れて自分のペースを見失う事が問題だった。
相手と共に興奮状態に入り、その勢いで余剰に商品を購入させる手段を用いてる彼女が、一人悶えていてはならないのである。実際、影山の行為はまだお遊び程度なのである。その証拠に彼の目は今だ冷静であり、身悶える耀子に対して悦を感じている様子が伺えたのである。
「ちょ、ちょっと待って下さい。ね、ちょっと、ストップぅ!」
「駄目」
耀子の懇願を軽く却下しつつ、影山はローターを更に進めた。
「うくっ!」
耀子は歯を食いしばって訪れる快感に備えた。売り上げをのため、自分だけが乱れて果てるわけには行かないと言ったプライドと意地が、彼女に必死の抵抗を試みさせた。
だが、股間に到達したローターの刺激は彼女の予想を上回った。と、言うより、身体が予想以上に快感を待ちわびていた・・・・と言う方が正しいかも知れない。
ともかく、好きではあったが、今は受け入れてはならない快感という刺激が大波となって彼女の身体を突き抜け、心の防波堤をあっさりと破って脳に到達した。
「やっ・・・・やはぁぁぁああああ〜〜〜〜〜ん」
食いしばり、堅く閉ざしていた口もあっさりと喘ぎ声を上げてしまい、激しい快感は彼女の身体をピクピクと跳ねさせ、拘束具をがちゃがちゃと鳴らした。
逃げたくても逃げられず、堪えることすら出来ない状況のまま、彼女は股間から送り込まれるローターの刺激に身悶え続けた。
「うっ!うぁっ!あはっ!」
何度も腹をピクピク上下させ、耀子の感覚は高みへと上って行く。精神的抵抗が皆無の彼女は、そのまま昇りつめるだけに思えた。だが、彼女がそのままストレートに達する事はなかった。
それは内面的要因ではなく、外的要因。すなわち責め側の影山の意志により、故意にそれが中断されたのである。
「ん・・・・ん・・・」
その身に絡みつく余韻に少し浸りながらも、耀子は影山を見やった。理性では望んでいた事ではあったが、絶頂に至りかけたところを不完全燃焼で中断され、本能と身体が不満を訴えていた。
「いい感じだね、それじゃ次はコレを使って見ようかな」
あくまでお試し行為に専念していると言った様相を見せ、影山は次のアイテムを選出した。
彼が選んだのは、一般的に『よがりハケ』と言われる物で、バイブに筆の先を装着させた様な形状をしており、バイブの振動によって毛先を震わせ、人間には再現不可能な刺激を与える定番『玩具』であった。
ただ、彼女の用意してきたそれは、毛先が厳選され実に心地よい感触を味わえる合成羽毛で出来た改良タイプであった。
もちろん耀子はそれを知っており、その点をアピールすべきだったのだが、乱れた息を整え、火照った体を鎮める事に専念していたため、それが出来ないでいた。
それでも、現状の自分が、影山の持つ『玩具』に嬲られた場合、どの様な結果になるかが容易に想像され、彼女の焦燥感を煽った。
だが影山は、彼女の焦りが杞憂かのように『よがりハケ』を持っているだけでいっこうにそれを使うような素振りを見せなかった。
「ど、どうかなさったんですか?」
これが呼び水となりはしないかと思う耀子ではあったが、先に進まなければ話にならないため、あえて彼の気を引く行為をして見せた。
「いや、ちょっと考え事さ・・・・・軽い準備運動が終わったところで、そろそろ本題に入っても良いかな」
本題と言う言葉が、更なる責めを連想させ、耀子にある種の恐怖感を与えた。
だが、彼女は目的達成のため拒否することも出来ず、仮に拒否をしたところで拘束された現状では、逃げようもない。
この時彼女は、自分が今まで相手にしてきた男達とは全く異なった、追いつめられた状況に陥っている事を、実感した。
「い、いいですけど、お手柔らかに・・・・・」
耀子は不安感を感じてか細く言った。
「ああ、怪我はさせないよ」
そう言って影山は、手に持っていた『玩具』ではなく、拘束台にはめ込まれていた掌サイズのリモコンを取り出し、手早くそのスイッチを押した。
「!?」
耀子は影山の行為と同時に、背中に微かな振動を感じて一体何が起きるのかと緊張した。そしてその答えは、意識ではなく身体が先に知ることとなる。
「あはっ!?あははははははははははははははははは!!!あっ・・・あっ・・・いやぁ〜〜〜〜っっっっはははははははは!!」
不意に全身を襲った耐え難いくすぐったさに、耀子は激しく吹き出した。彼女を拘束するベットから、彼女の身体を取り巻くように幾つもの小さな人の手を模したマジックハンドが姿を現し、至る所をコチョコチョとくすぐりだしたのである。
快楽の焦らし責めの再開と予想していた耀子にとっては、これは完璧な不意打ちであり、全く堪える隙が得られなかった。
「あひゃはははははははははは!あ〜っっははははははあはははあはははは!!な、何よこれ!?やぁっっははははははははは!!!」
人工の手は、赤ん坊の掌程度の大きさしかなかったものの、赤ん坊よりも遙かに滑らかに、力強く動き、何より耀子のくすぐったく感じるポイントを的確に責め続けた。
焦らされ敏感になっていた彼女の肌には、その刺激は強烈であり、今までに感じた事のないくすぐったさを彼女はふんだんに味あわされた。
「どう?こう言うのは君のところの会社でも扱ってないだろ?」
「ひゃはははははは・・・・な、なん・・・くひひひひひ・・・何っっっひゃはははははははは・・・何これぇ〜〜〜〜!」
「今君が感じている通り、くすぐりマシンだよ。こちらで作っているマシンの基本的なタイプで、ソフト・ハード両面で多数のバリエーションが開発されていて、こいつはその一つと言うわけさ」
笑い悶える耀子を尻目に、影山は淡々とマシンの説明をした。
「・・・・・聞いてる?」
「あはっ!あ〜っははははははははは!あぁははははははははははは!」
彼女も影山の説明は聞いていた。だが、尽きる事無く湧き上がるくすぐったさに、それについて対話するだけの余裕が無かったのである。
「な、何で・・・ひっひゃっははははははっはは!何で、こんなのをつ、つかっ、使うの〜っっひゃっはははははは」
「いや・・・・なんとなく」
身も蓋もない事をさらりと言ってのけ、影山は言葉を続けた。
「自社の製品の効果を実践で見せてくれるって話でふと思ったんだ、ついでにこっちのモニターもしてもらおうってね・・・・」
「やははははははははっ!そ、そんな事までは言ってないじゃない〜〜あ、あ、あ〜っはははははっははははは!!!」
「でも、シチュエーションに関してはどんな事でも良いと言ってたじゃないか」
「そ、それは、それは〜〜〜〜っははははははははははっはあははははは!」
耀子は激しく笑いつづけながらのけぞり、自分の発言を後悔した。個々に好みは異なる。これは当然の事であったが、彼女は自分の活動範囲に、そうした趣味の人物が存在するなどと考えてもいなかったのである。
そしてこれは認識の甘さ以前の問題であったが、このようなマシンが存在している事も、彼女には意外でしか無い。
耀子はともかくも、少しでもマジックハンドの責めから逃れようと、少しでも楽になれるポイントを求めて必死に体を捩り続けたが、マジックハンドは逃すまいと逃げる彼女の身体を追って、自由に動き回る。
このベットから降りない限り安息はない。そう知りつつも、彼女にはそれを行う事を許さない拘束具という戒めがあり、彼女の自由を束縛している。
「おね、お願い〜〜〜もう、許してぇ〜〜〜いやっはははははははははは!」
自ら自由になれない耀子は最後の手段として、自分の自由を握る人物に涙目になって懇願した。
「駄目!もう少しデータ−が取れるまでは、止めない。ちゃんとそっちの商品も買ってあげるから、これ位は我慢してもらわないと」
「きゃっははははははは!そんな・・・そんなぁ〜〜!っっ〜〜〜〜〜っやっははははははははは!!!!」
絶望感を感じながら、更に激しく悶える耀子。マジックハンドが着実に彼女の弱点を把握し、重点的にそこを責め始めたのである。
その動きのあまりの激しさに、ただでさえミニであるスカートは完全に捲くれ上がって下着を露出させ、ブラウスも何度かマジックハンドに引っかかった結果、ボタンがはじけて広がり、彼女の自慢の美乳をあらわにした。今日、彼女の胸を覆っていたブラは、安定感よりも色っぽさ重視のデザインであったため、激しく左右に捩る動きに着いて行けず、早々にずれて露出していたのである。
「何なら、君の商品とミックスで責めてあげようか?」
一層激しくなった彼女の反応を見て、頃合を感じた影山は、今まで手に持っていた彼女の商品の一つである『よがりハケ』のスイッチを入れ、あらわとなってプルプルと盛んに揺れている胸の先端に触れさせた。
「あっあはっ!やはぁぁん・・・・はやっはあははははははははははは!」
くすぐったさの中に不意に加わった快感に、耀子の笑い声に喘ぎ声が混じる。くすぐりによってかなり過敏になった肌に対する刺激に、彼女は快感とくすぐったさの混じるという感覚を始めて味わった。
くすぐったいのが気持ち良いのか、気持ち良い感覚がくすぐったいのか?
現状の耀子では判別のつかない感覚が彼女の全身を駆け巡り、絶えがたい刺激に彼女は翻弄された。
影山は、その反応に気を良くして『よがりハケ』をあらゆる個所に這わせる。
耀子はそれこそ笑い声とも喘ぎ声ともつかない悲鳴を上げてベットの上をのた打ち回り、数分後、快感による物かくすぐったさによる物か、当人も自覚できないまま絶頂を迎え、そのまま気絶してしまった。
影山は彼女の顔を覗き込み、それが本当の気絶であるのを確認すると、マシンのリモコンスイッチを操作して、くすぐりハンドの動きを止めた。
あたりに響いていた耀子の悲鳴も、マシンの駆動音も止み、室内に静寂が訪れる。
「・・・・・ま、こんなものかな?」
影山は壁面に設置されているデータ−収集用のコンピューターから今の起動内容を記録させたディスクを引き抜くと、一人頷いた。
実際、このデータ−の価値は彼よりも、配下の開発チーム及び同機種の製作者たちの方が重宝するものだった。
暇つぶしの行為のついでに記録を取っておけば、開発部グループ一同に多少なりとも、「まじめに仕事をしている」とアピールできると考えたのである。
そんな事に巻き込まれた耀子も不運といえば不運であったが、ある程度は自ら招いた災いとも言える。
こうして今日、暇を持て余していた影山は、不意に訪れた訪問販売員によって退屈と言う日々の怠惰から逃れることが出来た。
−後日談−
あれから耀子は当初自分が予想していた以上の『商品』を購入してもらった事で、今回の一件を他言しない事を決めた。
そう言われたからではなかったが、自分が身体を使って商品購入を勧めている事から、影山の過剰とも思える購入の意味する所を敏感に察知したのである。
彼女にしてみれば、当初の予定を遥かにクリアした事で問題は無かったように思われたが、数日後になってある事態が発覚する事になる。
それは彼女自身がくすぐりを含めた責めを欲していると言う事であった。
今まで通り、自社製品と身体を利用しての『営業活動』でも十分に絶頂に達する事は出来た。だが、同時に何か物足りないという欲求も沸き上がり始めたのである。
くすぐりと言う行為によって、極限状態になっての快感は彼女の持つ『玩具』だけでは到底再現できなかった。
その事実を実感した耀子の足は半ば自然と影山邸へと赴いたと言う。
−更に後日談−
新商品の紹介と称し定期訪問を始めた耀子に対し、流石にあまり使わない『玩具』を購入する事に引け目を感じた影山は、組織の本格的施設への紹介状を作って彼女を送り出したと言う・・・・・
その後、彼女の名がくすぐり奴隷のリストに加わるが、その事に対して影山の関心は特に無かったと言う。
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