影山は非公式開発であった試作のくすぐりマシンの緊急御披露目を行う事を水沢に承認させ、早速その準備を行わせる傍らで、メイド達にとある調査を命じていた。
どちらも若干の時間を要するため、彼は行き場が無さそうにステージで磔になったままの女スパイ三人の傍らに立ち、来客達のくすぐりイベントを眺めていた。
今回の会場責任者がこれに参加するのはまずいだろうと言う事で、格好をつけ、バニー姿のくすぐり奴隷達と楽しむ事を遠慮していた影山だったが、やはり眺めていると羨ましさが出てきてしまい、内心で後悔をしていたりする。
「ね、ねえ、もう許して下さい・・・・」
「私達、まだ何も掴んでいないし、奪ってもいないのよ・・・」
「今回の事は他言しないから・・・お願い・・・・」
磔となっている三人の女スパイ達は、現状で唯一交渉が出来る影山に懇願した。
「駄目」
彼をあまり知らない幹部達からは、敵に対して甘いと評価されるはずの影山の返答は意外にも素っ気なかった。
「我々の、組織の裏の姿を見た以上、君達の道は限られている。くすぐり奴隷となって堕ちるか、仲間になるか、笑い死んで処分されるか・・・・・だ。無事解放なんて選択は、今回の場合、あり得ないな」
こんな集会の場ではなく、自分個人の場合であればまだ助かったかも知れないのに。と、影山は彼女達の間の悪さを、心の中で同情した。
「だ、だったら仲間になるわ」
「そう、仲間になって忠誠を誓ってもいい・・・だから助けて」
ルリは影山の言葉から自分達が助かる可能性がある事を耳ざとく感じ取り、真っ先にその点を主張した。
「だから駄目だって。君達は一応『スパイ』だろ？当然、依頼者がいるはずだ。そいつらに何て言うつもりだ？よしんば、でまかせを言ったとしても、その後、君達が我々と接触している事を知られれば、疑念をまねくだけだ。ここは完全に音信不通となってもらった方が、君達の依頼者も勝手に状況を考えて納得してくれるだろ。まさか、企業が表沙汰に『送り込んだスパイの消息を明らかにしろ！』って言って裁判を起こすはずもないだろうからね」
結局、どうしても助けるつもりがない事を、影山は明確に示したと言える。
「どうせ仕事を受ける時、失敗して捕まった場合は、依頼主は関与しないって条件で高額な金を先払いしてもらったんだろ？」
影山の何気ない問いかけに、三人は絶句して応えた。全くその通りだったのである。スパイと言うより、本来、探偵事務所の職員であった彼女達が、この様な非合法な活動に身を投じたのも、ひとえに前金と報酬額の多額さに目が眩んでの事だった。
そして今、彼女達はその軽率な判断を悔いる事態に陥っていた。反省しても許してもらえぬ片道切符の事態へと・・・・
「旦那様・・・」
しばしの時を経て、アリスがメモを片手に近づいてきた。
「先の御依頼の結果です」
「早いな・・・」
意外そうに呻いて影山はメモを受け取り目を通した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
それ程多くない文章を手早く読み終えた後、彼はそのメモをアリスに返し、視線を女スパイ三人に向けた。
「何かあったのか？」
その様子を察知して、水沢が歩み寄って来た。何か悪い知らせかと勘ぐった様な様相に、影山は手をふるふると振って、三人の方を親指で示した。
「彼女達の背後関係ですよ。あの状況で嘘をつくってのも難しいとは思ったんですけど、探偵事務所だなんて言うのも今ひとつ信じられなかったんで、背後関係を調べさせたんです」
意味ありげにメモをヒラヒラさせて影山は言った。
「それで？」
水沢の瞳に好奇心の光が宿った。組織の総責任者である以上、こう言った情報は聞き逃してはならない義務が、彼にはあった。
「何の事はない、本当にただの探偵事務所みたいですね。職員はあの三人だけ。美人揃いで浮気の素行調査が早いって評判のようですが、実際の所は、今回、ここのイベントに美人の給仕が大勢出るって事で彼女達に依頼したんでしょうね、依頼主は・・・・」
もう少し大がかりな事を期待していたのであろう、語る影山の表情は、どこかつまらなそうな雰囲気を持っていた。
「依頼主？それも分かったのか？」
「未確認ですが、こっちの世界には全く関係のない、光井菱電工の重役の一人らしいですよ。ただ、情報部門連中が調べた事ではないので信憑性が十分ではないんで、出来れば確認しておいてほしいんですけど・・・・」
「光井菱電工？・・・・ああ、最近低迷しているあの企業か・・・あり得る話ではあるが・・・・・わかった、調べさせておくよ」
「お願いします。我々『テクノコーポレーション』の幹部が各地から集まるって情報を聞きつけて、何か新商品のデモを行うと思ったんでしょうね。この依頼主である重役さん、これで得た情報を手柄にしようと狙ったんじゃないんですか？」
「そんなレベルか？」
「さぁ、試しに言ってみただけですけど・・・・でも、その方が事後処理しやすいですけどね」
「そうだな・・・正式な報告にもよるが、最低限の処理はしておけよ」
「ええ、早々に彼女達の事務所を空っぽにしておけば、依頼主は、前金を奪って夜逃げされたと思うでしょう。その上、依頼内容が内容だけに、警察にも言わないでしょうしね」
影山が提案した処理は、水沢の承認を得るに足るものだった。
「そうだな、なまじ地位があるだけにヤバイ事は黙殺するか・・・・わかった、その件は
それで良いだろ。ところで、お前の言う、新型の・・・・」
水沢の話題が転化した直後だった。不意にこの場には不釣り合であるグラスが派手に割れる音と、下品な笑い、そして女性の声がさほど大きくもなかったのだが、それが立て続けに起こり、二人の注意を引きつけた。
二人は瞬間のアイコンタクトで同意すると、その現場の方へと歩みだした。
「どうした？」
周囲の者が集まり薄い人垣となっていた所に柿田の姿を認め、水沢がその背に声をかけた。
「あ、水沢さん」
「何事だ？」
「よくある事ですが・・・・酔っ払ったオヤジさんが、女性に絡んでるんです」
説明を受けた二人は視線を周囲と同方向に向けた。人垣の中央、そこでは、恰幅の良い中年男性が一人の少女の腕を掴んで引き寄せようとしていた。
「逃げるな、今度はお前をくすぐってやると言うのだ。奴隷はおとなしく従え」
「だから私は違うんです。酔いを醒まして下さい」
「貴様、逆らうか！？調教がなっとらん！儂が今ここで再調教してやる！」
冷静な判断力を持っている者が見れば、明らかに中年男性に非があると言うのは一目瞭然であった。絡まれている女性は奴隷の証であるバニー服など着用しておらず、れっきとしたビジネスデザインの服(もちろん女性用)を着用しているだけで、くすぐり奴隷である事を示すネームプレートさえ着けてはいなかった。
本当にアルコールが過ぎたと言う事である。
「あ、あの、お客様・・・・お相手を間違われています。どうかこちらへ・・・・」
この手の場面で必ず表れる勇気ある者。最初に出現した勇気あるそれは、何と影山のメイドのメイであった。
場違いであると言う事は、主のみならず本人も熟知していたが、今回の会場を仕切る影山のメイドとしての立場と、彼女自身の責任感が、内気である彼女を動かしたのであった。
だが、そんな彼女の一大決心も諫めようとした相手には伝わらなかった。
「何だお前は・・・お前も逆らうのか！？メイド風情が儂に逆らうな！」
酒に飲まれきっていた中年男性は、女性を掴んでいた手を乱暴に離すと、以外にしっかりとした足取りでメイに近づき、事もあろうか、酔いに任せて殴りつけるように彼女を突き飛ばした。
「あっ！」
たまらず床に倒れ込むメイ。そして周囲ではその行為にざわめきが生じる。
「ああっ、か、影山さん、まずいですよ・・・」
柿田が思わず声を漏らし、彼女の主に声をかけようとしたが、彼の記憶していた位置に影山の姿は無かった。
「あ・・・・？あれ？」
目標を見失い、戸惑う柿田を、脇にいた水沢が促した。
「あっちだ」
「え・・・あ！」
言われるままに水沢の視線を追うと、既に影山は倒れたメイの所へ辿り着こうとしている所であった。
「あ、あれ、いつの間に？」
「ほう、意外な修羅場だな・・・・」
柿田の後で声がする。聞き覚えのある声に振り向いた柿田の視界に如月・花山・清水の三大幹部がいた。
「柿田、面白いものが見れそうだぞ」
来たばかりの如月は、周囲の状況から事態をほぼ完璧に推測し、楽しそうに後輩に耳打ちした。
「そんな呑気な・・・」
苦笑する柿田であったが、この時点の彼は、如月の言葉に意味を正確には理解していなかった。
「上間さん、お酒の量が過ぎたようですね。少し頭を冷やされるがよろしいかと思いますが・・・・」
丁寧に、だが、かなり挑発的に影山は目の前の酔いどれ中年に向かって言った。
「何だと！？この青二才が、お前みたいな肩書き幹部ごときが儂に意見するだぁ？」
上間と呼ばれた中年も影山の悪評の方を信じているらしく、生意気にも意見してきた肩書き幹部を睨みつけた。
「くすぐり奴隷と来客と私のメイドの区別もろくにつかない様では、正常とは言えないでしょう」
そう諫めている間にも、影山は倒れたメイを抱き起こしていた。
「黙れ！お前に正常でないと言われては人間の恥だ！だいたい酔狂で幹部に抜擢された分際で儂にたてつくな！」
上間の、酔っぱらい特有のがなり声を聞いて、柿田は思わず水沢に視線を移した。影山の幹部への抜擢。その根元である水沢に対し、彼も疑問を禁じ得なかったのだ。
何故彼を？見た目も強靱そうにも見えず、顔もせいぜい並程度。花山の様な人生の重みも感じなければ、専門分野でもマシン開発でもあまり名を轟かせてはおらず、せいぜい迷声のみと言った所である。
組織に入って間の無い柿田にとっては、この疑問は当然と言える。思わず声に出して問おうかと思う彼であったが、現状を考え思いとどまった。
「身分がどうあれ、周囲に迷惑をかけては困ります」
「生意気言うな！俺を止めたいとぬかすなら、お前の力で・・・・」
酔った者の、この手の台詞はほとんどが共通している。だが、だからといって、台詞を省略し中断したわけでは無い。
最後まで聞くのももどかしいと感じたのか、影山が無造作に上間に近づき、口上中の彼に蹴りを入れ、ひっくり返したのである。
力を込めた一撃ではなかったが、蹴りが来ることを想定していなかった上間は簡単にバランスを崩してしまい、尻餅をついてしまったのである。
「ヒュウ♪」
思わず如月が口笛を吹いて絶賛した。
「おやおや、上間さん油断ですね」
花山もそんなやりとりを楽しそうに眺めていた。
「これで、丸くは収まらなくなったな」
清水も事の成り行きを面白そうに眺めている。
「そ、そんな他人事みたいな・・・・」
ただ一人、柿田だけは事の成り行きに客観的に成りきれず、慌てていた。
「あの人、喧嘩強いんですか？」
「どっちの事だ？」
柿田の質問に、水沢が問い返した。
「え・・・あ、上間・・・・さんです」
「ああ、さっき、お前の先輩殿を含めた三人が五本の指に入るって言っただろ」
「は、はい」
「上間は、その五指に入るか入らないかって所の実力者だ・・・」
「・・・・・へぇ・・・って、それ、博士にはやばいんじゃないんですか？」
残る五指に影山が入るとは到底思えなかった柿田が思わず水沢を見やった。
「かもしれんが、これは当事者の問題だし、会場に関しては奴の仕事だ。ま、参考までに見ていろ」
全てを見透かしているのか、水沢の反応は至って冷静であった。
そしてその間にも、影山と上間の対立は険悪な状態になっていた。
「水沢さん、まさかここまで来て止めはしないでしょうね」
上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外し臨戦態勢を取った上間が、ギャラリーと化している水沢に言った。許可を得た乱闘として黙認させたい意志が明確である。
「構わないが、遺恨はこの場だけだぞ。明日明後日に持ち越しは御法度と、この場で明言しておく。ま、それ以外にはルールは無しだ。好きにやれ。ただ、殺すなよ・・・」
「心得た！」
「感謝します」
意気揚々とした上間の返事に、影山の返事が混ざった。彼もまたヤル気満々の様相であった。
上間が典型的なボクサースタイルをとって身構る一方で、影山は少し手を左右に広げ軽く腰を落とす姿勢をとった。一見レスリングの構えにも見えたが、それよりは腰の位置は高いところにある。およそ格闘技の構えとは思えない体勢であった。
「柿田、博士と上間の親父さん、どちらがどんな攻撃で決めるか賭けないか？」
先輩からいきなり提案された内容は、柿田を困惑させた。
「こ、こんな時に呑気な・・・・・」
「いいじゃないか、で、お前は博士の技をどう見る？」
「あの上間さんは、どう見てもボクシングですけど、博士のは・・・・・・何です？変形のレスリングか何かですか？・・・あの姿勢だとそれ位にしか思えませんね」
全世界の流派を捜せば、あの構えを取る武術があるかも知れなかったが、柿田には格闘技の知識がそこまで豊富ではなかった。
「それじゃ、その回答にウィスキー一杯賭けてもらうぞ」
意味ありげに笑んで、如月は強引に賭を成立させる。
「類似の技でも正解にしてくださいよ」
「ああ、甘めの評価にしておいてやるよ」
そんな不謹慎な会話を交わして師弟コンビは渦中に視線を戻した。丁度そこでは、睨み合いが限界に達し、双方が動こうとする瞬間だった。
「その、くそ忌々しい顔面に渾身の一撃・・・それで勘弁してやる」
言うが早いか、上間が踏み込み、体重を乗せた右ストレートを放った。影山はそれに対応する素振りすら見せてはいない。
「あ、危な・・・」
柿田が思わず声を漏らすが、それが言い終わる前に決着はついた形となる。
上間の拳が影山に命中するよりも早く、彼は右手を自分の懐に突っ込み、そこに所持しているハンドガン『ベレッタ93R』を引き抜き、上間に突きつけていた。
いきなり拳銃を突きつけられ、さしもの上間もその動きを止める。
「なっ・・」
ドドドンッ！
硬直した上間の抗議より早く、影山が引き金を引き、３連射モードになっていた銃が、連続して３発の弾丸を放った。別名『マシンピストル』と呼ばれるある特定のハンドガンの特殊機能である。
外す方が難しい距離で放たれたそれは、確実に上間の身体を捉え、彼は弾かれるように仰向けに倒れた。
「う、撃ちやがった！ほっ、本当に！」
人垣の中から思わずそんな声が上がり、それに同調するように周囲からざわめきが起こる。
「あ、御心配なく、弾丸はゴム製です。命には別状ありません」
影山はしれっとした表情で言うと、銃から弾倉を引き抜き、その中の弾を何発か取り出すと、周囲で驚いている集団に向けて指で弾いて見せた。
「でも、あの距離だ。軽く骨はいってるな」
周囲はゴム弾による非殺傷性を認め、ほっと一息ついた形となっていたが、実状を知っていた清水が苦笑混じりに呟き、上間に僅かながら同情した。
「完璧にハズレだ。ウィスキーおごってもらうぞ」
「あ、あんあの有りですか？」
呆然とした表情で柿田が言った。この手のシーンのお約束と言えば肉弾戦であり、それを信じていた彼にとっては、予想以外の何物でもない。彼はその抗議を実施者当人にではなく、ポンと肩に手をおいた先輩に向けて言った。
「殺すな・・・って、言っただけで、武器の使用は禁じてなかったぞ」
こちらもこうなると予想していた如月が意味ありげに柿田に笑いかけた。
「でも、風情がないと言うか、ミもフタも無いと言うか・・・・」
「アレが博士のやり方だ」
水沢がその隣で言葉を続けた。
「だが気をつけろよ。確かにあいつは飛び道具で決めたが、銃を抜いたのは上間の仕掛けた後だっただろ」
「あ・・・・」
銃撃と言うインパクトが強すぎて、抜き撃ちの早さを見落としていた事に柿田は気づく。
「でも、奴の何より怖いところは、抜いて、突きつけた時点で相手が戦意を喪失したにも関わらず、撃った・・・・って事だ。抜き撃ちの早さより、その心情の方が問題だな」
「そう言えば・・・そうですね。撃つ必要までは無かったんだ・・・博士って・・・見かけによらず冷酷な人だったんですね」
如月の補足部分を改めて吟味した柿田は、思わず第一印象を破棄し交友の仕方を考えなければと思うのであった。
「その表現は・・・ちょっと、適切じゃないな」
神妙に考える柿田を見て、如月が言う。
「あいつは感情が気まぐれで極端なんだよ。普通につき合っていれば何の問題もないが、敵対者に対してはあそこまでなれる。もっとも今回は、上間がタブーを犯したのが原因であそこまでやられた訳だがな」
「タブー？」
意外な言葉に柿田は如月を見やった。
「ああ、お前も覚えておいた方がいいぞ。奴のタブー・・・『あいつの直属のメイド三人に、いかなる類の危害も加えない事』・・・・だ。公言はしていないが、普段の様子で分かる事だ」
「おっかないですね・・・・」
「だから、そう怖がるなって、それさえ無ければ、無害で、変なだけの博士なんだから」
柿田は新たな知識を含めた視線で影山を見た。
そこでは、影山が手近なバニーに、上間を医務室へ運び、手当をするように指示しながら、メイに気を使っている姿があった。
「ちなみに、変な部分はその他にも大きく繁栄されている」
二人の会話を聞いていた清水が、加わってきた。
「・・・・？と、言うと？ひょっとして開発関係ですか？」
「それもある！が、顕著なのは、さっきみたいな実戦だな」
その言葉は断言よりもむしろ、同意を求める様相が強くにじみ出ていた。
「そうだな・・・」
苦笑しながらも如月が頷く。
「え？実戦って？博士って射撃の名手じゃないんですか？」
「それも少し違いますね」
会話には更に花山が加わった。
「名手に近いかも知れませんが、厳密に腕前はセミプロ程度でしょうね。それも、道具の助力を得ての事。彼の通常時の得意分野は機械兵器の取り扱い全般・・・・と言った方がいいですよ」
「それって、武器一般ですか？この日本で？・・・・あ、それより通常時って・・・・・？」
柿田にとっては意外なことばかりだ露見してくる感じであった。そんな様子を楽しく思いながら如月は説明を続ける。
「さっき言っただろ。あいつは気まぐれで極端だって・・・・格闘技術もそうなのさ」
「・・・・と、言うと？」
「９勝１敗・・・・」
「え、何ですか？」
「俺と影山の、とある訓練試合の結果だ」
「・・・・・・え、先輩・・・博士に負けた事があるんですか？」
柿田は思わず声を上げた。１敗のみとはいえ、先程、あれ程の格闘技術を披露し、水沢からも屈指の実力者と評価されている如月が影山に敗れた事があるとは、思いもよらぬ事だったのだ。
「ちなみに、俺も９勝１敗」
「私は９勝１分けでした」
清水と花山が続いて語ったが、それも影山の外見から想像する実力から見れば快挙以上の現実であった。
「一体、どう言った気まぐれでそんな事が起こり得るんですか？」
「ルール無用・・・・」
清水が呟いた。
「え？」
「だから、試合にルールを設けず、さっきみたいに制限を持たせない状況での勝負だったんだよ。あっと、もちろん、武器の使用も無しだがな」
「それだけですか？」
「ええ、でも、柿田君。この状況を軽々しく見ない方がいいですよ。ルール無しと言う事は、行動に制限が無いと言うことです。彼はそんな状況を最大限に利用して、自分のもっとも闘いやすい闘いを行うのですから」
「でも、その条件は皆さん、同じに与えられるじゃないですか」
「条件はな」
柿田の疑問に、如月が部分的な同意を示す。
「だが俺達は全員、何かしらの『武術』の達人だ。それを極めてしまったために、動きや攻撃はその武道のルールに従ってしまう物なのさ」
「達人であるが故に、動きが身に染みこんでいると言う訳です。好きな事をして良いと言われてすぐに動きを変えられる程、武道は甘くはありません」
「でも、清水さんの武術も何でもありの・・・・」
「ああ、それでも武術として完成している為に『形』はある程度存在する」
そう言う清水の発言の後を如月が受け継ぐ。
「だが、影山には流派なんてものは無い。格好良く言えば我流。シビアに言えばガキの喧嘩でしかない。だが、それが変幻自在な無茶をするきっかけとなる訳だ」
「かなり無茶な闘いを仕掛けたんですか・・・・博士は？」
「聞くな！」
要点を突いた後輩の発言に、如月は思わず呻く。あまり思い出したくない事があったのだろう事は柿田にも容易に予想できた。
「そ、それじゃ、清水さんも・・・・」
「ああ、詳しくは語りたくない。無様な勝負だったよ・・・」
出来れば聞きたいと思う柿田であったが、後が怖そうなので言葉を呑み込み、その欲望を堪えた。
「で、でも、花山さんは引き分けたんですね・・・・・」
「ええ、引き分けと言うより、時間切れでしたね。私の柔術は受身的なカウンター攻撃が主体でしたから、彼の動きを待っていたのですが、彼もそれを知って迂闊に近づいて来ないまま・・・・・」
「時間切れ・・・と？」
「結果的にはそうでしたが、私も彼の闘い方には興味があったので、こっちから仕掛けてみたんです」
「で、どうだったんですか？」
「尽く、かわされました。もっとも、彼も警戒して反撃はありませんでしたから・・・」
「あれは、かわしていると言うより、逃げ回っていたって感じだったがな・・・」
当時のことを思い起こし、如月が呟く。
「それで、時間切れだった訳だが、その一戦で俺達が分かった事は、２分３０秒！その間なら、影山もトップクラスの格闘技術を発揮できるって事だ」
水沢が話の後を引き継ぎ、総括した意見を述べた。
「２分３０秒？何ですそのウルトラマン・レオみたいな制限時間は？」
柿田の質問はもっともであった。
「それ以上の激しい運動は、あいつの身体が保たないと判明したんだ」
「えっ？何かの持病でも？」
「いや、単に運動不足だ。息が切れて極端に動きが鈍くなるばかりか、翌日筋肉痛に悩まされるそうだ」
「・・・・・そ、それは何とも・・・」
そう、受けるしかない柿田であった。
組織７大秘密の一つ、影山の謎の一端を知り、複雑な心境を抱く柿田の複雑な視線にも気づかず、あるいは意に介さず、影山は会場責任者としての責務に没頭していた。
憎き存在であった上間を三発のゴム弾と言う、少々過剰な防衛手段で撃退し気を晴らした彼は、手早く邪魔な上間の身体を運ばせると、一連の騒ぎで散らかった周囲を手早く処置するように命じ、今回の被害者である二人のもとに歩み寄った。
「御迷惑をおかけしました。この通り、無礼な輩は(必要以上の)鉄槌を下しましたので、どうか御容赦を・・・・」
影山は上間に絡まれていた少女のもとへ行くと、形式に則った形で頭を下げ、会場責任者としての謝罪を行った。
「構いません。こういう事もあると納得しています。事なきを得たのですから、謝罪なんてなさらないで下さい」
少女も実に寛大で丁寧な態度で応じる。
「申し訳有りません」
「いくら責任者とは言っても、個々の感情まで鎖に縛る事は出来ないのですから・・・・自制心を失ったあの方が悪いのです」
「恐縮です・・・・」
「でも、話しに聞いていたのとかなり違いますね」
「は・・・・・？」
思いがけない言葉に、影山は地を取り戻し、改めて目の前の少女の姿を見た。
年の頃は17〜19歳位。引き締まった表情に均整の取れたプロポーション。セミロングの銀髪が鮮やかで、着用しているスーツの効果もあって大人っぽく見える、ちょっとしたキャリアウーマン風の少女は、どうやら偏った知名度を誇る影山の存在を聞き知っていたようである。
「初めまして」
少女は改めて頭を下げた。
「私はローラと申します。曽我部様の所で秘書をして・・・・・」
たわいない自己紹介はいきなり中断された。
影山が『曽我部』の名を聞いた途端、ズザザッっと、潮が引くように引き下がり、後に控えていたメイの影に隠れてしまった為である。
「あ・・・あの・・・」
あまりのリアクションに、ローラと名乗った少女は対処に困り、その場で硬直した。
「あ、あの人、来てるのか？」
まるで怯える子犬か子猫のようにキョロキョロと周囲を見回しながら影山は問うた。
ローラとは、彼の言う『あの人』が、自分の主の曽我部を示していることを瞬時に理解した。この辺りの反応は話に聞いた通りであったのだが、ここまで聞いた通りだとは信じていなかったのである。
「いいえ。事前連絡通り、今回は所用により欠席されています。私はその代行で出席したんです」
「そ、そうか・・・・・」
ほっと、これ以上ない安堵の息をもらす影山。
「本当に曽我部様を避けてらっしゃるんですね」
確認するかのようなローラの言葉に、影山はばつが悪そうに頷いた。
「ああ・・・あ、でも、勘違いしないでほしいな。彼女は美人で性格も悪くない。それは認めるけど・・・・・ああ言う人だから・・・ちょっと身の危険を感じて苦手なんだな・・・・」
「それは・・・分かります」
苦笑するローラ。
「ひょっとして、あの人・・・・君にも手を出した？」
そっと、周囲には聞こえない程度の声で、影山が訪ねた。経験から来る確証めいたものがあった。
案の定、ローラは僅かに頬を染め、小さく頷いて肯定するのだった。
「・・・・・やっぱり・・・・あの人ハードだからな・・・君も大変だな」
「そ、そんな事ありません。曽我部様はちゃんと優しく・・・」
主の弁護か、頬を染めて弁明するローラを影山は慌てて制した。
「いい、いい、それ以上聞くのも怖いし、深みにはまりそうだ・・・・と、ともかく、こんなトラブルに巻き込んでしまったけど、気を悪くせずいて下さいな」
そう言って一礼をした後、影山はローラの前を去り、もう一人の被害者であるメイドのメイの災難を労った。
「誰です？曽我部って？」
先のやりとりを遠まきに聞いていた柿田は、聞き慣れぬ名前に疑問符を打ち出した。
「幹部の一人、影山の天敵だ」
如月の答えは端的だった。
「そんな人いたんですか？どんな人です？」
「強敵だ。その上やり手だ。水沢さんと影山とを足して割って、性転換させたような人だ」
「・・・・・・・なんだか、かなり凄そうな人を連想したんですけど・・・・・」
「いつか会う時もあるだろう。その時に紹介してやるよ」
「怖いですよ何だか・・・」
そんな意見を聞いて笑う如月を見ながら、柿田は自分が入った組織の奥深さを知るのだった。
「噛みつきはしないさ。がだ、喰われる事はあるかもな」
如月は意味ありげに笑うと、後はその言葉の意味を詳しく聞きたいとすがる柿田をはぐらかすのだった。
上司が大人すぎるのか、当人が子供なのか、結局好奇心が抑えられなくなった柿田は、騒動の後始末が出来た頃合いを見計らって、影山の所へと向かった。
「御苦労様でした・・・・・色々大変ですね」
さしあたっての話題から入り、柿田は手近なバニーから適当なグラスを２つ取ると、その一つを影山に差し出した。
「酔っぱらいが出るのは覚悟しているよ」
そう言って、受け取ったグラスがアルコールだと知った影山は、少し苦笑して見せて中の液体をほんの僅かだけ飲んだ。
「酔っても、ああはなりたくないな」
「ああ言うのは、個人差がありますからね・・・・」
柿田も酔うと何をしでかすか、自制心に確たる自信がないため、積極的な賛同が出来ず、さしあたって無難な返答しかする事が出来ないでいた。
「とは言っても、正体を無くす程、酔うのも考えものだろ？あの人も、しらふであれば貫禄のある『おじ様』なんだが、酔うといつもああなる・・・普段、余程鬱憤が溜まってるんだろうね」
あの人とは、もちろん上間のことを指していた。影山の言い様を聞いていると、上間がらみのトラブルは始めての事では無いのが、なんとなく分かる柿田であった。
「そう言う、博士はどうなんです？」
「ん？俺はアルコールに弱いから、正体を無くす前に眠るか、頭痛に襲われてるよ。そもそも、酒は人間が作り出した物なのに、それに負けてどうするんだ・・・・て、言いたいな」
「はぁ・・・そうですね・・・・」
そう言う考えも、技術者ならではか・・・と、柿田は思った。
そんな二人の間に、アリスがスッと自然な感じで割って入ってきた。
「はいはい旦那様、言いたい事は分かります。ですから、これを呑んで落ち着いて下さい」
そうして差し出されたのは、小さなカプセルと一杯の水であった。
「アリスさん、これは？」
彼女の雰囲気からか、それとも金髪美女に免疫が無いのか、柿田は自分より年下であるのが一目瞭然のアリスに対し、思わず敬語を使っていた。あるいは先の一件で受けた忠告、『迂闊に彼女達に手を出した場合・・・・』と言うのが心に残り、思わず気が退けたのかも知れない。
「アルコール中和剤です」
「・・・・・・・・・・・・・・・って、博士ですか？」
意味ありげに笑むアリスを見て、しばらくした後、ようやく柿田はその意味を理解する。
「ええ、旦那様ってば、酔うと自分の事は思いっきり棚に上げて、まともそうなそうな意見を口にするんです・・・・」
「こらアリス、誤解しか招きようがない事を言うな・・・・初対面である柿田君に、噂だけでなくて、少しはまっとうな面を見せておきたいと思っただけだ」
それが酔いから来た発想かどうかは、容易に判別はつかない。
「あ、あの・・・」
既に本性の一端は見せてもらっている・・・・と言う言葉を、柿田は呑み込んだ。
「まぁ、冗談はそれとして、何か本題があるんだろ？」
柿田の本心を見抜いていたような問いかけに、一瞬彼はドキリとしたが、その問いかけが用意されたアルコール中和剤を呑みつつであった事が、影山の本質を更に見極めにくくさせていた。
「本題よりまず、一体どれが本当の博士なんですか？」
「・・・・・質問の意味が分からないな」
「会場司会者である博士、開発部であえて異質なマシンばかりに固執すると言われている博士、策士の博士、馬鹿をしている博士、紳士気取りの博士、冷酷無比に引き金を引ける博士・・・・・多面性がありすぎて、どうも掴み所が無くて、判断に困ってるんですけど・・・・・」
「・・・・・君は、上司の如月さんから何も聞いていないのかい？」
かなり真剣な剣幕で問いかける柿田を前に、影山は少し困った素振りを見せて頭を掻いた。
「え・・・・と・・・極端で、気まぐれだって事は・・・・・」
「うん、そのものズバリだよ・・・・」
柿田はそこで言葉に詰まった。批判をそのまま感受されていては会話の進行の余地が無いのである。
「気まぐれで、気分によって行動が極端・・・・・だからこそ水沢さんもこっちの行動の全てを予測できないでいる。だからこそ、影山と言う、変わり者の博士なんだよ。正直、奇抜なことを意図的にして、喜んでいる傾向もあるけど、他人に『自分』を意識認識させるには、良かれ悪かれ、他人とは違う面を持ってなければならないだろ」
柿田は考える、これも一種の哲学だろうかと・・・・
少なくとも影山は、他に自己を認識させる手段の一つとして『迷声』を利用している。
だが、それがポーズなのか地なのかがまだ判別できる状態ではなかった。
例えこの件を問いかけたとしても、その答えははぐらかされるに違いない。そう、柿田は思った。
この時、柿田は気づかなかったが、影山のこう言った行動の裏には、自分の本質・本心をあまり他人には知られたくないと言った、一種の照れに近い感情も含まれている事を。
「他に質問は？」
「あ、そ、それじゃぁ、さっき聞いてたんですけど、曽我部って人を苦手にしているそうですけど、どう言った関係で？」
「随分と、ぶしつけだぞ、それ・・・」
「す、すいません・・・・」
「関係はプライベート、人柄については謎の人物じゃないから、自分で調べられる。言えるのはそこまでだ」
「はぁ・・・・」
結局、当人に直接質問を試みた柿田であったが、肝心なところは分からず終いと言う結果に終わった。
問答した事により、更に影山に対する理解が混乱してしまった柿田が、その考えをまとめている時、タイミング良くシャディが準備完了の報告を伝えに来たため、彼の質問時間は終わりを告げた。
柿田は持ち込まれたくすぐりマシンの最終調整をし始めた影山の様子を窺いながら、手近な所にいたアリスにそっと声をかけた。
「あの・・・・もし良ければ、博士と曽我部って方の関係を教えていただけませんか？」
その問いかけに、アリスはキョトンとした表情で柿田を見ると、やがて意味を理解したのか、意味ありげに笑みを浮かべると、柿田にそっと耳打ちした。
「かつての・・・・恋人ですわ」
「！！！？」
思いも寄らなかった答えに柿田が一人で驚いている間に、アリスは再質問する事の出来ない距離へと移動していた。
「・・・・・・・・」
内容が内容だけに信憑性も乏しい事から、今度はシャディのもとへと移動した柿田は、同様に人目を憚ったような様子で先程と同じ問いかけを行った。
「敵よ！敵！！」
シャディの返答はシンプルでかつ、大音量だった。
「・・・・・・」
大声による影響で痛む耳を押さえつつ、柿田は立ち聞きと質問によって得た情報を総合し・・・・・・・更に混乱した。
かつての恋人であり、敵であり、天敵であり苦手としながらも完全に嫌ってもいない・・・・強いて言うなら悪友とでも言うのだろうか？
柿田は、影山に関われば関わるほど、訳が分からなくなっていくような気がしてならなかった。
『あ〜あ〜御来場の皆様。準備が済みましたので、お暇な方はステージにお集まり下さい。最初にお断りしておきますが、今回使用するマシンは、ただでさえ問題のある開発部「Ｃ」グループの試作品である事、実用性の有無も乏しい事、登録予定が『NH』シリーズである事から、お好みに合わない点が多々ありますので、過大な期待はなさらないようお願いします』
薄暗いステージの上でスポットライトを浴びた影山がマイクを取って一応の開始宣言を行った。その内容が実に卑屈に聞こえるのは、影山自身、自分の行っている事が奇異であるという自覚によるものだろう。
だが、彼の評価とは裏腹に、余興がなかった事、NHシリーズの迷声、捕獲されたばかりのスパイ(探偵)の末路、好奇心・・・・色々な思惑、状況が加わり、その場に集ったのは予想を上回る全体の３／４程となっていた。
『・・・・・・意外に多い・・・クレームは無しにして下さいね』
あくまでも自作品に引け目を感じているのか、オフレコとも思える発言を、影山はマイクを通して呟いていた。
「大丈夫だ、その辺は全員心得ているさ」
ステージ台の影山にも聞こえるように水沢が言った。
『それもそうですね。それじゃぁ、便宜上試作ナンバーＣ−００１。アメーバータイプです』
影山の合図と共にスポットライトが移動する。そこには三人のうちの一人であるルリが、拘束ベットにＸ字に拘束されていた。ただ、拘束方法が標準的な手首・足首の四肢だけに止まらず、肘・膝・肩口・腰と、かなり厳重な拘束になっており、彼女は身体を捩る事さえままならない状態になっていた。。
影山はそんな彼女のもとへと近づき、いつの間にか用意していた箱を、身動きがかなり制限された彼女の上に掲げた。
「見かけは悪いがれっきとした人工物・・・・玩具だから、心配しないようにね」
ルリにそう告げると、影山はおもむろに箱を上下逆にし、その中身を彼女の腹の上に落とした。
「ひゃっ」
何やらひんやりとした物体を腹に落とされ、ルリは思わず声を漏らす。そして腹の上で蠢く物を見て、引きつった悲鳴をもらす。
「はぁっ！あっ・・・何よこれ！？き、気持ち悪いぃ！」
確かにそれは見栄えの良い物とは言えなかった。言われた通りそれはアメーバー型であったが、類似と言うより、そのものと言った方が適切で、ホラー映画のように微生物であるそれが巨大化したようにも見える。
だがそれはホラーよろしく、人間を溶解捕食する事はせず、ヌトヌトと女体の上を蠢くと、プログラムされたとおりの行動を開始する。
『アメーバー』は本体を伸ばして数本の触手を形成しつつルリの身体に分散していき、その先端を鎌首の様に擡げたかと思うと、タイミングを見計らった様に、一斉に彼女の身体に突き立てた。
「はぁッ！？」
外見からは予期出来なかった刺激にルリの身が跳ねる。アメーバーが変形した触手は人体のくすぐったく感じるポイントに見事に配置されており、その先端は人の指先の様な動きで各ポイントをぐりぐりと刺激していた。
「あひっ・・・・あ・・・ああ・・・あひゃはははははははははははっっっはははっは！」
アメーバーの不定形という異質さによる恐怖心はあった。だが、先程散々とくすぐられた彼女の身体はこの手の刺激に対しかなり敏感になっており、見た目では序の口とも思えるアメーバーの責めに敏感に反応した。
「いやっいやぁ〜あ〜っっはははははははは！やはははははははははっ！や、やめてぇー！」
触手が蠢くたびにルリは身悶えたが、がっしりと拘束された身体はほとんど動かす事が出来ず、アメーバーの責めに対して何ら対応することが適わず、身を震わせ笑い苦しむ事しか許されなかった。
「・・・・とまぁ、御覧の通り、アメーバー本体には人体のくすぐったいとされるポイントをインプットしていますので、基本的な責めは心得ていますし、学習機能によって対象者の弱点捜索も可能です」
影山はルリの脇に立ち、自分が考案した物体の説明を行った。
「やはっやはっやはははははははははは！」
気が狂わんばかりに笑い苦しむ様相に反して、ルリの動きは微々たるものであった。ただ、激しく振り乱される頭・両手足首・小刻みに震える胸・上下する腹などが、その苦しみを体現していた。
そんな彼女の腹の上に陣取っているアメーバーの本体が、小刻みな上下運動に合わせて小さく跳ねるのを見て、影山は苦笑した。
「あ〜、お気づきの方はお気づきでしょうが、このアメーバー型はくすぐりに関しては特に問題はないのですが、腕力に関しては若干問題が残っています」
「それはどう言う事かな？」
「移動や対象に絡みつく力が不足している・・・・・・と言う事です。あれの基本構造は伸縮性のあるシリコン性素材の中に幾つもの鉄球を内蔵させて骨格とし、それを電磁石によってコントロールしてますが、あの本体の持てる容量では、しっかりと固定したり、目標まで移動する為の電力が得られなかったんです」
「ああ、成る程。だからこうして彼女をがんじがらめに拘束していたのか」
ここまで過剰に拘束する必要性があるのかと疑問に感じていた水沢が声をあげた。
「ええ、本当はもっと容積の大きいアメーバーで、映画の様に捕食っぽい行為を行って、自力で相手を拘束・くすぐりが出来る物を作りたかったんですが、大容量アメーバーでは逆に自重に負けて動けなくなってしまったんです」
「昆虫と同じだな。その辺は改良の余地有り・・・・と言う事か・・・」
幹部の指摘に、影山は素直に頷く。
「アメーバータイプに需要があれば・・・ですけどね。せいぜい、変質プレイ用のアイテムとしてしか注文は来ないでしょうね。こうして、変わった物体にくすぐられているのを見て楽しむ・・・・・それも一度見れば良い程度・・・・って言うのが皆さんの平均的反応のようですから」
それが分かっていて何故作る？影山の自己評価を聞いた一同の共通した心情であった。
「次にこいつですが・・・・」
今尚、身動きできない身体をアメーバーにくすぐられて身悶えているルリをそのままにして、今度はマヤの所へ移動する影山。
彼女も同様にベットにＸ字に拘束されていたが、こちらは手首足首によるベーシックな拘束となっていた。
そんな彼女のもとに来た影山は、またも唐突に先程とは別の箱の中身をマヤの上へと落とした。それは色こそ違いはあったものの、先程と同タイプのアメーバータイプであった。
別の相手に使用した以上、何らかの違いがある。そう期待して注目する一同であったが、その期待に反し、アメーバーは落下位置で固まったままの状態で動く気配を見せなかった。
「・・・・・・・・・動きませんよ。落として壊れましたか？」
柿田が言った。
「そんなヤワな作りになっているわけないだろ。丁度いい、柿田君、こっちに来て手伝ってくれ」
「は？」
一瞬戸惑った柿田であったが、間近で三人の生贄(しかも彼の大好きな巨乳)を眺める事が出来る事、そして、あわよくば影山と共い、試作マシンとやらでまた、彼女達をくすぐれるかも知れないと言う打算が彼の脳裏を支配し、結局ステージ上にて影山のアシスタントになる事を承認する選択をした。
「それで、何をすればいいんですか？」
ステージに上がった柿田が周囲の視線に緊張しながら尋ねた。だが、彼自身の視線は、女探偵達が気になるのか、チラチラとそちらの方に傾いていた。
「あのアメーバーのメイン・キーをやってくれ」
言うが早いか、影山は密かに用意していたヘルメットを、若さ故に注意力散漫となっていた柿田の頭に被せ、留め具をかけた。
「は、博士、何するんですか！？」
慌てて藻掻く柿田であったが、その手を影山が制した。
「実験・・・じゃなくて、デモンストレーションに協力してほしいんだよ」
「デモぉ？」
柿田は不審そうな声を上げた。彼の被せられたヘルメットはゴーグル部分にも機器が取り付けられて、従来の視界が完璧に遮られており、全く前が見えない状態になっていたのである。
「説明は順にするから、こいつはあのアメーバタイプとセットで使う物なんだよ。それじゃスイッチオン！」
理解が追いつかないまま柿田は、良く言えばモニター、悪く言ってモルモットとして、影山の言う協力を無理矢理に強いられた。
「うわぁ！」
起動して間もなく、柿田が叫び声をあげた。
これにより、周囲の幹部連中が一斉に数メートル後退したが、柿田にも機器にも変化が起きていないのを確認すると、一同はゆっくりと輪の直径を縮めていった。
「どうだい柿田君、密着ゴーグルに何が見える？」
「お・・・・・大きな胸が見えます！」
影山の問いかけに、柿田が喜々として答えた。今彼の視界を覆っているゴーグルには映像が映し出されており、そこに女性の豊満な胸が大きく映し出されていたのである。アングルとしては女性の腹から上を見上げている状態である。巨乳好きの彼にとってはかなり喜ばしい状況であり、先程の叫び声は苦痛などではなく、喜びによる物だったのである。
「柿田君、ちょっと周りを見回してみな」
「え、こ、こうですか？」
言われるまま柿田は首を動かしてみせる。
「あ、視界がちゃんと動く・・・・あれ、博士達が見えます」
「ぐるっと見回して、自分の視界の位置がどこか分かるか？」
「ちょっと待って下さい」
柿田は周囲を『見回し』その様子から自分の視界、つまりはカメラの位置を推測した。
「・・・・・・あれ？これってマヤちゃんの近くじゃないですか？」
「御名答。君の見ている映像は、さっきのアメーバーの視界だよ」
この説明に、柿田に集中していた幹部達の視線が先程のアメーバへと移る。するといつの間にか動き出していたそれが、身体の一部を持ち上げ、潜望鏡のようにキョロキョロと辺りを窺う素振りを見せていた。その動きはヘルメットを被った柿田の動きに見事リンクしている。
「お解りですか？そのヘルメットが、アメーバーのコントロール機になっていて『操作』する事が出来るんです。そんな訳で柿田君、動かしてみて」
「い、いきなり言われても動かし方が分かりませんよ」
今し方、選出されたばかりの自分に無茶を言う人だと、柿田は感じた。
「脳波コントロールだ。難しく考えず、自分の手足のつもりで考えてみな」
「・・・・・・・・こうですか？」
柿田は言われるまま、『前進』を試みた。すると、彼の意志に合わせ、今まで動かなかったアメーバーがゆっくりを動きだし、マヤの身体を這い上がり始める。
それを見届け、影山はマイクを持って語る。
「さて皆さん、見かけは同じですが、こいつには先程のアメーバーとは別の新機軸が使用されていて、本物のアメーバー同様に自在な変形が出来るようになっています」
「と言うと、骨格方式ではないのか？」
幹部の問いかけに影山は頷いた。
「ええ、動力は電力と言う点では一致しますけどね」
「ではどうやって形態変化が行えるんだね？」
「先程のアメーバーは、伸縮シリコンの塊の中に骨格及び稼働の要の小型鉄球を内蔵させた、着ぐるみみたいな物でしたが、こいつには砂鉄を混合させた軟質伝導プラスチックを伸縮シリコンで覆った方式となっています」
「軟質・・・？」
聞き慣れない言葉に幹部が疑問符をうちだす。
「殆ど液状・・・・と思っていただいて結構です。骨格式ではその形状変化に限界があると言う問題点がありました。ですが、この軟質プラスチックにを砂鉄を混合する事により、骨格無しな上に全体が細部に渡って電磁石コントロールが可能となったわけです」
影山の説明に、にわかに周囲がざわめいた。
「骨格無しの案として、伸縮シリコンの中に鉄球ではなく、砂鉄を満載すれば骨格式より更なる細かな動きにはなると言う事は分かっていました。ですが、そうした場合、異様な重さになるんで、用途上、どうしても液状に近い伝導物が必要だったんで研究・開発したんです。その結果、本物同様の形状変化が可能なアメーバータイプが完成したわけです」
一瞬、一同の間に沈黙が訪れた。一見、ほとんど不当たりであるアメーバー型くすぐりマシンにとんでもない新技術が導入された事に対しての感嘆の現れであった。だが一方で、革新的技術がこの様な場で産まれたギャップと、開発者当人の存在が、一同の心情を複雑にしていたのも事実であった。
「か、影山君、その軟質か液状・・・・伝導体とやらの情報を我々にも提示してはくれないかね？」
酔いも一気に吹っ飛び、やや興奮気味となった幹部の一人が影山に詰め寄った。影山には記憶に薄かったが、電気機器メーカー関連の部門幹部であった。
「か、構いませんけど、コスト面の問題が残ってますよ・・・」
彼の手を取り言い寄る姿はプロポーズのそれにも酷似しており、その妙な迫力に影山は思わず後ずさった。
「構わない！」
その幹部は言い切った。
「民間への実用化はこちらで研究する・・・い、いやさせてくれ。そうすればあのアメーバーに対するコスト削減にも繋がるはずだ」
彼にしてみれば、業界の革新的技術に関与したと言う事実が欲しかったのである。そうすれば『開発者』としての実績までは得られないものの、『開発メーカー』としての表の顔の業績は確保できる。そう言う打算があったのである。
利益を取得すると言う目的だけならば、開発者の暗殺と言うパターンもあるが、幹部一同が揃っている場でその様な暴挙が行われるはずもなく、また、既に影山の口からその存在が公言されている以上、権利の横取りは組織内では起こり得ない状況となっている。もし、その様な事を行えば、未遂であっても粛正される掟が組織内には存在していた。
したがって、『協力』を申し込む形が自然となるわけだが、開発メーカー・開発グループの栄誉を受けたいのは彼の部門だけではなかった。
「こっちにもデーターを提示してくれ」
「俺にもだ！」
たちまち関連者がこぞって名乗りをあげ、場は別の意味での盛り上がりを見せる事となる。影山はそんな『協力要請』の波状攻撃を受け、もみくしゃにされた。ひょっとすると言いだした彼自身が一番事の重大性を理解していないのかも知れない。
「待て待てストップ！」
その騒ぎがピークに達する前に制したのは、一同の共通した上司である水沢だった。
「気持ちは分かる。分かるがこの場では仕事の話は無しにしよう。希望部門には影山の方から後日資料を送らせるから、この場は一旦これでおしまいだ。そして参加部門全てによる共同開発としたらいいだろ」
有無を言わせない面もあったが、水沢の提案に一同は頷いた。
「そう言う訳だ。資料の方は頼むぞ」
水沢は、場が納まったのを確認して、影山に言った。
「了解。ルーキーに言っときます」
「あと、分かってるだろうが、お前の部門は名前は出ないぞ」
「当然でしょう。それで結構です。裏事実まで変えられては腹も立ちますが、それさえなければ十分です」
「相変わらず欲の無い・・・・」
影山個人の功績でもないが、彼がマシン開発の工程で産み出す技術は時折、凄い物が存在する。今回の件が最たる例でもあり、それに相応しい部門に参入すれば、その名は一般に広く伝わるのも夢ではない。にも関わらず、彼はそれを望まず趣味の部門に没頭しているのである。
「そうでもありませんよ。趣味的と評価の低い我が部門の存続と予算の捻出・・・その見返りは期待してますから」
その言葉に水沢が苦笑する。
影山の趣味的発想から成り立って研究が続けられる特殊マシン開発部門。実績皆無のここが稼働できるのも、彼自身の資財と、今回の様な副収入あっての事である。
この不思議な成り立ちを心底面白く思う水沢だった。
「きゃっははははっはははははっはははははは！あっ・・・・あはぁああぁぁぁぁぁ！」
場が一段落したところで、女性の激しい笑い声が一同の耳を突いた。マヤであった。
話が脱線していた最中も笑い悶えていたのだが、関心が新技術の方へ向いていたため、今まで忘れられていたのである。
一同が再び本来の余興に目を戻す。そこではマヤがアメーバに襲われ狂ったように身悶えていた。臍の上から胸元辺りに貼り付いたアメーバは、そこを拠点として触手何本も伸ばし、身動きの出来ない彼女の脇の下・脇腹・首筋をまさぐり、豊満な胸をタプタプと揺らして遊んでいた。
「あはっ、やはっ、やっっっははははははっははっっっははははっはきゃあっははははははっははは！」
「この巨乳の弄び方・・・・・柿田そのものだな」
動きを冷静に分析した如月がぽつりと呟く。
「脳波コントロールですからね、使用者の特徴が出るのも当然です。でも面白いかもしれませんね。使用者を分からないようにして、誰が操っているでしょう？って企画なんて・・・・」
アメーバーの動きを面白そうに眺めつつ影山は言った。
「もう新しい余興の発案か？」
相変わらずの発言に、水沢は苦笑する。考えてみれば、見る物見る物の転用を彼は考えているふしがあった。
「そうですね。それ以外にも、遠隔操作の範囲が広げられればちょっとした偵察アイテムとしても役立ちますし、実際に手が出せないので面白味に欠けるかも知れませんが、覗きや夜這いにも利用できそうですね」
「あ、成る程！」
花山の発言に影山がポンと手を叩く。
「確かに・・・・捕獲目標の家に侵入して鍵を開けて、ターゲットを拘束する事まで不可能では無いですね。後は回収班が開いたドアから連れ出せばいいわけですし・・・・・また、思っていた用途とは別の活躍場所が出来たかな？」
何事も発想の転換により使い道が広がる。そんな事を再認識させられる一時であった。
「それにしても柿田君、何本もの触手を操って、かなり慣れてきたみたいだね」
影山はアメーバが展開する触手の数が増えている事を見取って、ヘルメットを被っている柿田に向かって言った。
「凄いですよこれ、手が何本にもなったみたいで、それに、アングルも申し分ないです」
彼は満足そうに語り、それを体現するかのようにアメーバーも活発に活動していた。指先大の太さになって伸びるアメーバーの触手は脇の下・胸の両サイドの付け根・脇腹をぐりぐりとくすぐり、その周囲を髪の毛サイズの極小触手が何本も群がりわさわさと撫で回す。また、それらが束となり、即席の筆となったそれの一部が足の付け根・内股・股間をなぞり、足首から下はアメーバーが包み込み、足の裏表から指の間に至るまで、全体をニュルニュルとした刺激を与えていた。
「いやっっははははははははは！あ〜っっははあははははっははっははは！そんな、そんな、きゃあああっはっははははははははっ！」
たった一個人による全身責めにマヤは笑い狂った。不定形物体との接触という緊張感も、そのくすぐったさを和らげる助けにはならず、アメーバーが脈動するたびに沸き起こる刺激に彼女は堪える術無くのたうち回った。
柿田は更に触手を伸ばし、マヤの巨乳に付け根から先端まで、螺旋を描くように巻き付けた。その締め付けは決して強すぎず、ほんの僅かな圧迫程度で抑えていた。
そして彼は、胸に巻き付く触手のあちこちから極小の触手を伸ばし、圧迫された胸や乳首をわさわさと刺激し出す。
「ああっ！？あはっ、あはぁぁぁぁ・・・・・やっ、やっ、やっっはははははははははははは！！」
締め付けられ圧迫した胸にソフトな刺激を受け、マヤは仰け反って喘ぎ声をもらす。身体を捩って胸を振るわせ、胸に絡みつく触手を振り解こうとするものの、巻きついた触手はしっかりと胸に貼り付き、剥がれる様子はなかった。
更にアメーバーは形状変化を行い、その触手を伸ばしマヤの身体全体に絡みだして行った。その状況は縄によるＳＭ縛り技の模倣であった。
柿田はそれに加え、今までのくすぐりで判明していた彼女の敏感な部分・くすぐったいポイントを通る触手に、結び目に該当する『瘤』を作り、それを小刻みに振動させ、更には触手全体から、先程も使用した極細触手を出して全身を責め立てた。
「ああああぁ〜〜〜〜〜〜〜っ！！！あはっ、はぁぁぁぁん・・・・いやっっはははははははははははははははきゃあぁぁぁぁっははははははっははははははははは！！！」
全身を駆けめぐる快感とくすぐったさに、マヤは狂ったように身悶える。手足の拘束が彼女の死にものぐるいの運動を抑制し、くすぐったさからの脱出の道を完璧に遮っていたが、この状態になると、例え彼女の身が自由であっても、全身に絡みついたアメーバーを引き剥がすことは不可能であっただろう。紐状となり各所に伸びたアメーバーは的確にポイントを押さえ、新たに判明した弱点もカバーする徹底ぶりであり、マヤにはくすぐりに慣れると言うただ一つの可能性も失われていた。
「いやっっははははははははは！あ〜っっははははははははあはは！！ひゃ〜っはははははははははははははは！！！」
懇願する間もないままマヤはただ笑い狂っていた。呼吸が苦しくなり、脇腹が痛み出してもこみ上げる笑いを抑えることは出来なかった。そして何より、脳波操作であるが故に、柿田には疲労と言うものがなく、悶える彼女の様子を見て、更に興奮しだしていた。
そんな時、同様に見とれていた影山が、ある事を思い出しマイクを再び構えた。
「あ、あと、こいつの使用に関しての注意事項ですけど、アメーバーと言う複雑な形状変化を行う物体をコントロールするには、こうした脳波操作が簡単なんですが、あまり長時間使用し続けていると、脳が本来の肉体とアメーバーの形状とを区別できなくなって、運動能力の障害を起こすか、アメーバーのコントロールから戻れない可能性があります・・・・・」
ガッシャン！！！！！
けたたましい音と共にヘルメットが床を跳ね、壁を跳ね、そして壊れた。
今の話を聞いた柿田が、それこそ大慌てでヘルメットを外し、床に叩きつけたのである。
「あああああああっ！！！！何て事を・・・・」
一部パーツの欠けたヘルメットを拾い上げ、柿田の行為を非難する影山。
「そ、それはこっちの台詞ですっっ！！！！！」
真っ青になり全身から冷や汗を流して柿田は言った。
「何て事させるんですか、そんな危険があるんなら先に言って下さいよ！！かなり操作に慣れ親しんでやばかったんですよ！！！」
「いや、可能性があると言っただけで、まだそんな実験結果は出ていないんだが」
「そんなのを使わせたんですか！？」
あまりに驚いたため、呼吸が乱れているものの、身体がまともに動いている事から、柿田に障害が生じていない事は明らかだった。それでも、当人にすれば間一髪と言う思いが強かっただろう。
かなり興奮状態になった彼の肩をポンと叩いて影山は言った。
「良いデーターが取れたよ」
満面の笑顔で去っていく影山を柿田は脱力し、呆然と見送った。
「ああ言う奴だ。どこまで本気かは俺でも計り知れないが、今のうちにペースを把握しておかないと、今後振り回される一方だぞ」
影山の非常識な洗礼を受けた後輩を、如月は激励するのだった。
その後、生贄の祭壇に掲げられた三人は、幹部達熟練者のくすぐりを受け、極限にまで追い込まれ、新たなくすぐり奴隷の一員に名を連ねる事になる。
余談ではあるが、ユミカ用に用意していた影山第三のマシンは、マイクロマシン技術を導入した数機の蜘蛛型マシンであった。
自己判断力を持ち、『自律行動するくすぐりハンド』のコンセプトで開発されたそれは、予定通りの機能を得て、アームの制限のなくなったくすぐりハンドとして完成を見た。
だが、行動力を持たせるためにその形状を蜘蛛型にした点、さらに制作者が妙なこだわりを見せたため、その外観は実物と酷似していたため、１０�促汽ぅ困里修譴蓮△發里慮�事に対象者であるユミカの嫌悪感を誘い、良い反応を得られなかったと言う。
「目隠しして使えば良かったかな？」
とは、結果を見た影山の談だと言う。
「ふぅ・・・・・・アクシデントは２〜３あったが、ま、成功した方かな？」
組織の宴も勢いをなくし終わりに近づいた事を感じつつ、影山はキープさせていたトロピカルカクテルを飲んだ。
「幹部に怪我人が出ましたけど？」
傍らにいたアリスが意地悪い声で指摘する。
「死んでないならいいさ。あの人にも非があるし、水沢さんの公認の勝負だ。問題はない」
今まで忘れていた事を思い出し、影山はつまらなそうに答える。
「メイの方は大丈夫だったか？」
「あの程度、怪我の内には入りません。一方の上間様は肋骨二本が骨折していたそうです」
「自業自得。酒癖の悪さが直るなら、いいんじゃないか？」
（そうだろうか・・・）
などと思うアリスだったが、何につけても自分達の身を案じてくれる影山には恩義を感じていた。何しろ幹部の関心とメイドの身という比べなくても、どちらが優先か分かりそうな天秤で、常識外の選択を彼女の主はしているのである。
「旦那様がそうおっしゃるならいいですよ」
アリスは笑んだ。例え常識外れな幹部と酷評を受けようと、彼女達にとっては良き主である以上、何の不満もありはしなかった。
「影山さん」
気を抜き、珍しく飲酒を楽しんでいた影山に声がかけられた。銀髪の少女ローラである。
「ああ、ロー・・・ラさんだったか、今日は不快な思いをさせて悪かったね」
「いえ、それにも勝って楽しませて頂きましたので、ご心配は無用ですわ」
御世辞とも思えない笑みを浮かべてローラは言った。
「それならいいが、楽しんだって、あのマシーン気がに入ったのかい？」
意外だという意志を露骨に表面に出し、影山は問うた。
「ええ、結構参考になりましたわ。ただ、くすぐりマシンと登録なさらない方が関心が得られたでしょうね」
「それ、水沢さんにも言われたよ。こっちの作るマシンの大半は、その機能ではなくて、需要によって産まれた新技術に評価を得ているって」
「何故、影山さんはそう言ったコンセプトにこだわるんですか？」
「その他の・・・・って言うか、現状の方式に関しては大勢が研究しているからね、わざわざ大勢が揃って同じテーマに携わる必要もないと思ったのさ」
照れくさそうに頭を掻きながら影山は応えた。
そんな素振りを見て、ローラは内心彼の心情をなんとなく悟った気がした。
「ともあれ、気分を害されてないなら、こちらも一安心だよ。下手な事態になって曽我部さんに睨まれるのもおっかないしね。あの人には宜しくと言っておいてよ」
「ええ、今日はお会いできて良かったです」
恭しく頭を下げ、ローラは言った。これがパーティドレスであればスカートの両端を軽く持ち上げた儀礼的挨拶も行っていただろうと思えるほど、彼女の雰囲気は上品に感じられた。
「また会う機会もあるだろうし、それまでお元気で」
「ええ、それでは・・・・」
軽い挨拶の後のありふれた別れ。お互い話したりない気持ちもあったが、二人にはそれぞれに課せられた仕事が残っていたため、長話は出来なかった。
「旦那様、ローラさんの事・・・・気になさってますね・・・」
影山の数歩後ろをつき従っていたアリスがポツリと言った。
「何だ急に？」
背中を刺す視線に、僅かに歩調を乱しつつも現状を維持したまま応える影山。
「なんとなく・・・・です」
「ああ言う件があったのと、曽我部女史の所の娘って事だからな。多少は気にもとまるさ」
「それだけですか？」
背後のアリスから放たれる言葉に、影山はなぜか冷や汗を流す。ある種の嫉妬が含められている事は確実であり、彼はメイド衆のこの手の感情は思いっきり苦手だったのである。
「た、確かにアリス達とは別の個性を感じるよ。だけど、そこまでだ。何よりあの娘は曽我部女史の所の所属だ。下さいなんて言わないし、言ったとしても何を要求される事やら・・・・」
本気でそう思う影山だった。
とある海岸線のとある別荘、海を一望できるベランダに設えられた椅子に一人の女性が優雅に座っり夜の海を眺めていた。
熟された身体に気品ある表情。モデルとしても通用するだろうその女性は、黙って漆黒の海を見つめ続ける。いや、闇の中で聞こえる波の音を聞いていた。そんな彼女が波を音以外の物を聞きつけ、視線を闇の海から室内へと移す。
「お帰り」
女はベランダに隣接する自室に入ってきた少女ローラに向かって優しい声をかけた。
「ただ今戻りました」
ローラは軽く会釈し、自分の主、曽我部のいるベランダへと向かった。
「今日はトラブルに巻き込まれたそうじゃない？散々だったわね」
既に事のあらましを聞いていた曽我部はくすりと笑ってお気に入りの秘書を見やった。
「些細な事です。それに会場責任者が対処してくれましたので・・・・」
「そうそう、彼、派手にやったらしいわね。で、どうだった？始めて彼に会った感想は？」
「・・・・・・面白い方ですね」
少し表現に困った末、ローラは影山をそう評した。端的な感想であったが、それは曽我部の興味を引いた。
「最初にそう言う評価をするのも珍しいわね」
「そうですか？」
「ええ、大抵は『変わった人』あるいは『変な人』と言う評価で、ローラみたいな好意的な第一印象は少ないわ。ひょっとして気になるのかしら？」
意味ありげな視線を投げかけ、曽我部はローラの反応を監察する。
「そうですね・・・・・少ししかお話しする機会がありませんでしたけど、あの方は出来るだけ自分を異端的な立場につけようと意識している傾向がありますね。それが自己主張なのか単なる趣味なのかは容易に判断はつきませんが、本人は異端者である自分を自覚し、周囲の評価も容認しています」
「そうね。ただ単に気にしていないって感じもするけどね」
曽我部の意見にローラも頷く。
「難しいところです。なにぶん、影山さん本人が、なかなか本心を見せないので判断に困ります」
「それはそうよ。彼は初対面の人間に対してすぐに本心を表さないし、見せることにも抵抗を感じているんだもの。初対面でそれを見抜けるとしたら・・・・・彼以上の変人よ」
曽我部は笑って自室に入り、ローラのもとへと移動した。
「彼はね、孤独には慣れているくせに寂しがり屋で、その上照れ屋なのよ」
意味ありげな笑みをローラに向けつつ、曽我部は彼女の肩に手をやった。
「よく分かりません・・・」
「長くつき合わなければ分からないわよ。それより・・・・・」
曽我部はそう言うと、ローラを抱き上げた。
「曽我部様？」
「貴女が私以外の人物に、しかも男に興味持つなんて意外だったわ。私しか知らないと思ってたけど、どこかでつまみ食いでもしてたのかしら？」
「そ、そんな事ありません」
本心で言っているのではないとローラも判ってはいたが、彼女の瞳には妖しい光が灯っていたのを見逃さなかった。
「言うのは簡単。でも、質問は私が、貴女の身体に直接してあげるわ」
「そ、曽我部様」
夜の海岸に建つ別荘の一室で、二人のシルエットが重なったまま、ベットへと倒れ込み、窓の視界から消えた。二人の長い夜はこれから始まる。
−組織の面々編 終わり−
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