『組織』の宴は上流社会の優雅さを保ちながら盛り上がりを見せていた。
一同は酒に酔い、大型スクリーンに映し出されている美女達の笑い悶える様子を肴に内面的興奮を高めていた。
「うわぁ・・・・・・・・・・・」
「柿田君・・・涎・・・」
「え！？」
料理の皿を片手に持ったまま、硬直したように画面に見入っていた柿田が、影山の冷ややかな指摘を受けて我に返り、思わず袖口で口を拭った。
「おいおい、みっともない姿をさらすなよ」
つい先程まで料理を口にしていた所を拭ったため、柿田のスーツは汚れ、余計な失態を見せてしまう。そんな彼を見て、如月が思わず笑った。
「まあ、仕方ありませんね。あれ程の美女があれだけ大勢責められている姿を見せられては、我々でも気になると言うものですよ」
満足そうな笑みを浮かべて花山は言う。
「確かに、一つの余興として公開するにはもったいない気もするな」
と、こちらはウイスキーのグラスをあおっている清水。彼も最初のうちはモニターに映る光景に注目していたものの、懲罰を受けている者の半数近くが自分の部下であり、そして最も好みとする女子高生で無かったため、その関心はやや薄れていた。
「清水さんはこの余興を知ってたんですか？」
会場の提供者として、この件を知らなかった影山が何気なしに問いかけた。不満そのものはなかったものの、人の意表を突くのを好む彼が逆に意表を突かれたことは確かだった。
「いや、懲罰に関してはあの人に依頼をしたんだが、こう言う企画を考えていたとは思わなかったよ」
「対象人数が多かったからな、幹部や、その直属の部下でも行きすぎた独走は制裁されるって、見せしめに調度良かったんでな、急遽企画したんだ」
演台から戻ってきた水沢が、会話に加わった。
「ついで言うと、一挙公開はこの場にいないから、我々の手で制裁を加える事も出来ないし、予定のメインディッシュでも無いからつまみ程度にしたのさ」
「制裁・・・・・ですか・・・以前は『少年・少女隊』がほとんどだったんですけどね・・・そう言うのは」
黙々と料理を口にしながらも会話を聞いていた影山が思い出したように呟いた。
「何です？その『少年・少女隊』って？」
聞き慣れない言葉に柿田が問いかけた。
「十代の未成年者達による、調教チームの事さ。主な手口はナンパで誘い出して拉致しては、５〜６人でくすぐり・生殺し責めにして奴隷にしていくんだ。ある一定の年齢層に対しては捕獲効率は良かったんだが、若いだけに自分を抑えられない奴も少なからずいてな、暴走して拉致・暴行で警察に捕まる奴も結構いたんだ。で、結局、組織の存在が公になってしまう可能性も少なくないって事で、有望な奴を残して廃止になったんだ」
後輩の疑問に如月が答える。
「ついでに言っておくと『少年・少女隊』って名称は影山のマッド博士が勝手に付けた呼称だからな」
清水がタイミング良く補足する。
「そう言えば、警察に摘発されて組織の実体を公にしかけた『少女隊』は全員、清水さんが対応して、直々に『懲罰』・・・・されたのでしたね」
ふと、過去の出来事を思い起こし、古参である花山が意味ありげな笑みを清水に向けて浮かべた。
「あ・・・・知ってましたか・・・」
自分の女学生好きを再認識されて、思わず苦笑する清水。
「清水さんのこだわりは有名ですから・・・・・・」
「・・・って、そう言う影山の方が有名さは上だろう」
ぬけぬけと言う影山に、清水が皮肉っぽい笑みを浮かべて反論した。
「それより影山、気づいてるか？今この場で、モニターにもほとんど注目せず、黙々と料理を食っているのはお前だけだぞ」
この男はどこにいても何かしら違ったリアクションをしてみせる。水沢は、現状を見て、それを再認識した。
「そう言えば・・・・・余興とは言っても、滅多に見られる物じゃ無いのに・・・・ひょっとして博士は興味ないんですか？」
自分が呆ける様に見ていた事もあり、柿田の目には影山の行為は不思議としか言いようがなかった。
「まさか、だとしたらこんな組織にいるはずないだろ。くすぐりに悶える女も、マシンにも興味はあるさ。だけど会場の責任者として、それに集中する訳にもいかないだろ」
「相変わらず、そんな所は律儀な奴だな」
料理には集中しているくせに・・・・と、内心突っ込む水沢だった。
「はぁ・・・大変ですね」
「各部署の幹部はそう言う責任を背負うものだよ。水沢さんは総合管理。清水さんは組織の内情監査。博士はマシン開発。俺と花山さんは新人の調教師育成・・・・・ってな」
「会場責任者の博士は今回貧乏くじですか」
この様な宴で枷を受けている現状に、柿田幹部候補生は同情した。が、肝心の影山はさほど気にはしていなかった。
「心配ご無用！」
意味ありげな笑みを浮かべ、影山は言った。ここで本来、人差し指をチッチと左右に振る所を、フォークで行っているのが笑いを誘う。
「この屋敷の端末経由の映像なら、全て記録されているから、後でじっくりと楽しませてもらうから」
「ふっ・・・・抜け目無いな」
やはりそうかと笑みを漏らす水沢。彼の余裕は大抵根拠があっての事であるのを知っている笑みだった。
「あ、だったら僕の分もコピーして下さいよ！」
上級奴隷の所持者と言っても、くすぐった女性の数はまだまだ少ない柿田は、思わず本気で詰め寄っていた。
「ああ、マシンの稼働記録としても使えるから、その時一緒にコピーしておくよ」
「有り難うございます」
「いいって、請求書はちゃんと送るから」
「あう・・・」
一瞬、無料御奉仕を期待していた柿田は思いっきり絶句する。
「悪いね・・これも商売だから」
言って、影山は笑んで見せた。実のところ、マシンの記録映像なども編集されてくすぐりビデオとして市場に出回り、ささやかながら『組織』の収入源となっていた。
「あの・・・・安くして下さいね。・・・ところで、この記録から更に新しい型を開発する事になるんですか？」
「ああ、そんなところだよ。もっとも俺は指摘やアドバイスだけで、直接開発に関わらないけどね。俺はもっぱらＮＨシリーズを担当している」
「ＮＨシリーズ？」
これ又、聞き慣れない言葉に柿田は首を傾げた。もとより彼は自らの手、そして舌で相手を悶えさす事を好んでいるため、くすぐりマシーンに関しては感心を寄せていなかった。
「ま、異種くすぐりマシーンの総称だ。型式番号に“ＮＨ”が入っているタイプは全て俺の設計企画だよ。さっきも言ったけど、各種展示しているから後で見てみればいいよ」
「そうそう、こいつの変わり者さがはっきりと認識できるぞ」
「うぉぃ・・・・如月く〜ん」
ちゃかすような一言に、少々引きつった笑みを浮かべる影山だった。
影山が来賓達の様に、趣味の世界に入らないようにしているさなか、その代行を努めるかのように興味津々の眼差しでモニターに注目している身内がいた。
「うわうわっ！あんなエッチィなポーズで身動き出来ずに責められるって、すっごいハード！・・・・・あ、あんな所責められて、あそこ私弱いのよね・・・え〜！あんなに一斉に責められたら私だったら耐えられるかな？」
などと、率直な感想を我が身に例えて、一人身をくねらせているのは、「らしくない」と言わしめたメイドのシャディだった。
「シャディ、よしなさいよ。来賓の方々に聞こえるわよ」
隣にいるメイは、そんな同僚の痴態を見て、恥ずかしそうに身を縮めた。
「いいじゃない。ね、それよりメイはどう？あんな責め方されて耐えられる？」
「な、何で私に聞くのよ、知らないわよそんな事！」
メイは真っ赤になって言った。おおらかなシャディに比べ、メイは控え目で、実に対照的な存在だった。メイドらしさで言えば、メイの方が適してはいたが、それが際立つ事もなかった。
「うわ〜〜〜〜あんなに体を揺すって、胸の揺れ方がいやらしいわね。でも、巨乳度だったら私も負けてはいないわよね」
そう言ってシャディはぐっと胸を張って、自慢のバストを強調して見せた。９０�僖�ーバーの胸はまさに巨乳と言って良く、メイド服の上からでさえ、そのラインを見事に表していた。
「私もあんな風に胸揺らしていったら、旦那様を誘惑できるかな？」
「もう、巨乳ブームは下火よ」
素っ気なく言ったメイの一言に、ピキィ！と硬直するシャディ。心境としては体にぐさりと矢が直撃したような一撃を秘めた一言だった。
「今は巨乳より美乳が人気あるのよ」
実際にはそれが事実かどうかは分からない。そもそも個人的な好みが基本ではあるが、雑誌等での使用頻度は確かに低迷している。それが直にブームの低下とは言えないのだが、これはささやかながらメイの反撃でもあったのだ。
「わ、私のは形もいいし、垂れてもいないわ！」
健康・明るさと共に数少ない自慢を崩され、シャディはふてくされた。実際彼女は、美乳と言う点ではメイに劣っていると自覚しているため、つい余計なコンプレックスまでも思い出したのである。
「はいはい、二人とも、今日はお手伝いもいて暇だから口論も良いけど、声のトーンは落としてね。それと、最低限の仕事はしてよ」
二人の背後で少しおっとりとした口調の声がした。
「あ・・・」
「アリス・・・」
そこには声と同様、おっとりとした表情のメイドが立っていた。アリスと呼ばれた少女は、メイ・シャディと共に、影山メイド三人娘の一人で、最年長であるため一同のまとめ役的存在となっている金髪少女だった。
「ね〜ね〜、聞いてよアリス、メイったら巨乳は時代遅れなんて言うのよ」
「ね〜ね〜、聞いてよアリス、シャディったら所かまわず発情しているのよ」
「「 ！ 」」
「そんな事言ってないわよ」
「そんな事してないわよ」
見事に重なる二人の声。だが、この程度は日常茶飯事のアリスは一瞬も躊躇せず、二人をなだめた。
「はいはい、そう言う事は宴の後でね・・・・今ここで旦那様を困らせちゃだめよ」
あくまでおっとりとしたマイペースな口調であったが、言葉の内容には聞くべき点があった。『旦那様』を出されては言い返せるはずもなく、二人は揃って主の方に視線を送った。
「本当に、賑やかで、らしくないメイド達だな。お前さんが直々に選出しただけの事はあるが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そこには、身内の醜態に脱力し肩を落とす影山と、その肩をたたき、にこやかに話している水沢の姿があった。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
事態を察した二人は揃って縮こまるのであった。
これで二人は当面おとなしくなると判断したアリスは、もとの場所へと戻り、周囲を見回し、飲み物・食べ物の不足が出ていないかの確認を再開し始めた。
そんな時だった、一人の人物が彼女の目に留まったのは・・・・・
「旦那様・・・」
『組織』がらみの世間話で盛り上がっていた影山は、不意にやってきたアリスの呼びかけに、会話を中断した。
「ん・・何？」
アリスは一同に一礼してから影山だけにそっと耳打ちした。
影山は聞かされた内容を頭の中で反芻し、その意味をゆっくりと理解すると、途端に驚いた表情となってアリスの顔を見やった。
「それ、本当？」
「はい」
「確認したい。案内して」
「ん？何かトラブルか？」
席を外そうとする影山に、目ざとく水沢が問いかけた。
「かもしれません。事情は後ほど・・・少し失礼します」
そう言い残して、影山は案内役のアリスの後を追って他の来賓グループの影に消えていった。
「で、どこにいるって？その『不信人物』らしき人ってのは？」
そう、アリスから聞かされて以来、影山の心臓は高鳴っていた。相手が何者であれ、『組織』以外の人間がこの場にいる事は決してプラス方面にはならない。些細かもしれないが、この件で今後の『組織』の運命にも係わってくる可能性があった。
「あそこです」
アリスは指をさして相手に気づかれる危険を避け、視線で一方を促した。それを追う影山の視線。
「・・・・・・・・・・・って、あれは技術交換で招待したＭｒ.マルコ氏じゃないか」
「いえ、その隣の女性です」
「女性？」
てっきり男とばかり思っていた影山は対象とされる相手に視線を移した。
「女性って・・・・うわおぅ！！」
アリスが言う目的の人物を見た影山は思わず唸り、相手に見とれた。
それは彼等が準備したバニーガールであったが、肉体的な面で実に個性的だった。健康的なイメージを連想される陽に程良く焼けた肌。知的さを伺わせる顔立ちと、影山が基本的な好みとするショートヘア。そして何よりも強烈なのが、全奴隷内でもトップクラスに入るであろう、その巨乳だった。
いや既にそれは爆乳の域に到達しているだろう。男であればほぼ大半が、まずそちらに注目してしまうだろう乳を持つ女性がそこにいたのである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、あのバニーの何が妙なんだ？」
若干の間（見とれていた時間）の後、影山はアリスに問うた。
「旦那様が今、注目していた所です」
少し拗ねたそぶりを見せてアリスは言った。実は彼女、メイド三人娘の中では一番胸が小さかったのである。身長から見たバランスから見れば、彼女も十分平均を上回っているのだが、三人娘で比較するとどうしても見劣りしてしまい、彼女は密かにそれを気にしていたのである。そのコンプレックスが今回の発見に繋がったのだ。
「注目って・・・・アレだよな？」
言われて影山は再び女性・・・・・の乳に視線を向けた。
巨大な二つの乳房。そのボリュームは当然並のバニー服などでは抑える事など出来ず、今にもはち切れんばかりの窮屈さをありありと見せつけていた。少し激しい動きをすれば胸ポロは確実なだけに、通りがかる彼女を見かけた男達は、その期待を求めて飲み物を頼んだり色々と声をかけていた。
影山もそれを期待して彼女を観察していたが、ふと、ある事を思いだし、アリスの主張の意味を悟った。
「あ・・・そうか・・・そうだな、確かにアレは変だ・・・・」
「そうでしょ」
「ああ、だけど良く気づいたね」
「旦那様も男性ですから・・・・目先の事に目が眩んで、重要な点を見過ごされていたんですわ」
「全くだ・・・・・」
「この前のディーラーの時もそうでしたけど・・・・」
そう言ってアリスは過日、影山のお供で出かけたカジノで、ディーラーの胸に見とれて相手のトリックを見抜けず、少なからず主が損をした事を思い出した。と、同時に自分がその時にも嫉妬と劣等感を抱いていた事を思い出し、少しばかり気落ちした。
「悪いな、節操のない主で・・・・でも、アリスも悪くはないぞ」
アリスの心情を僅かながら察して、影山は言った。
「そうですか？」
「ああ、確か雇った日にも言ったろ？アリスは十分魅力的な女性だ、メイドにするにはもったいない位だ・・・って」
「でも私は旦那様に抱かれて愛された事はありませんよ」
実に複雑な思いを込めてアリスは語ると、その返答に期待をよせつつ主の瞳を見つめた。
「アリス・シャディ・メイ・・・三人とも直接俺が見いだした大切なメイドだ。軽はずみな欲望で潰したくはない。いつかは結論を出すが、今はまだ駄目だ・・・・もう少し待ってくれ・・・・・・あ、それより、彼女の確認をしてくるよ」
やや逃げるようにして、何かしらの後ろめたさを感じさせる後ろ姿を残して影山は目的の人物へと歩み寄った。
そんな主の背中を、アリスは半ば残念そうに、半ば安心したような表情で見つめていた。確かに愛してもらえる期待を持っていた彼女だったが、同時に同僚であるメイとシャディに対して抜け駆けをした罪悪感も感じていたのだ。
直属のメイドである三人は、揃ってお互いが主人に行為を寄せている事を知り、それを容認し合っている。
最終的な『判断』は主である影山自身に・・・・・と、決めてもいたが、肝心の主はその答えを彼女達に未だ示してはいなかったのである。
影山も三人の好意を少なからず理解はしていた。だが、残された者に対する気遣いが躊躇いの一つでもあり、何よりもまして彼女達に対しての自分の位置づけが出来ない事が大きかった。
このメイド三人は各々の事情で影山に拾われた者達であり、ある意味、彼が情にほだされて保護したとも言える。だが、彼の本文は『奴隷』斡旋組織のメンバーであり、幹部の立場にある。
そんな自分が一個人にのうのうと愛されて良いのか？愛して良いのか？
そのくせ『奴隷』の養成課程のくすぐりは好きである事を自覚しているため、妙に律儀な所がある彼は、その二律背反的な点を思い悩み、三人の思いを知りつつも受け入れる事が出来ずにいたのである。
幹部内で唯一、専属の奴隷を持たないとして称される彼の行為の真実がそれだと言う事を知る者は殆どいなかった。
メイド達はそんな影山の仕事の全てを知っている。その上での想いではあるのだが・・・・アリスは今だ主を独占できない寂しさを感じると同時に、四人の関係が続く事に喜びも感じていた。彼女、そして彼女等も相反する二つの想いを抱いていたのであった。
「ただいま」
少し、もの思いに耽っていたアリスのもとに影山が戻ってきた。
「これ、確認頼む」
そう言って、小さな紙片をアリスに手渡した。そこにはネームプレートと一緒に記載されている登録番号が走り書きされていた。
「はい」
アリスは紙片を受け取り、足早にカウンターの奥に姿を消した。
奥にある控え室の端末で必要な確認を済ませたアリスは、すぐさま影山の下に戻り、結果を簡潔に伝えた。
「そうか、やっぱり別人か・・・・で、本物はどうした？」
その内容は影山の予想した通りだった。
「まだ行方不明ですが、可能性からして館内で入れ替わったはずです」
「だろうな。地元に対して館をオープンにしていた事がアダになったな」
影山はぶっきらぼうに頭をかきむしり、困った表情をして見せた。何らかのトラブルが起きた際の彼の癖である。
「ま、余興の一つにはなるか・・・・・アリス、移動式のＴ−マシンをステージに用意してくれ。それとクジを人数分」
影山の言う『Ｔ−マシン』とは、くすぐりマシンの事である。彼はメイドを初めとする身内での会話では、大抵くすぐりマシンをそう表現していた。その方が言いやすく、格好良く聞こえるというのが主な理由であった。
「かしこまりました」
主の意図を察したアリスは一礼すると、今度は通用口の奥へと消えていった。
準備の整う間、若干の暇を得ることとなった影山は、その時間を費やすために水沢達の所へ戻ることにした。
「おう影山、どうしたって？」
如月達と談笑していた水沢が、戻ってきた彼に気づいた。
「ちょっとしたハプニングの発生です。ですが今、対応してます」
「おいまさか、深刻な状況じゃないだろうな？
「だったらもっと慌てていますよ」
戯けて言う影山だったが、水沢はじと目でそれを否定していた。
「だがな、お前の危機感は常人の参考にはならないからなぁ・・・・」
「そうですか？」
「何を今更、一昨年末にハワイ沖で行われた船上パーティの時、船内火災が発生して後数分で燃料タンクに火が回りそうだって時も、平然と何とかなる・・・って言ってただろう」
影山のとぼけっぷりが、本気で身に覚えがないと言っているように聞こえた如月は思わず会話にわって入った。
「そんな事、あったんですか？」
この時は柿田が組織に入る前だったので、初耳な事だった。
「でも本当に何とかなったでしょうに」
平然と言い切る影山。
「確かあの時・・・影山さんが火を見事に消してくれたんでしたね・・・・・・爆薬で船底に穴を空けて・・・・・・」
「・・・・！！そんな事をされたんですか！？」
「ええ、火は見事に鎮火。船の爆発・沈没の危機は去りましたが、機関室を初め下層部は全て浸水して、完全に航行不能になってしまいまして、救助の来る二日間、船は漂流しましたが・・・・・」
「でも！何とかなったでしょ」
「その結果だけで言うならな・・・・だが、やる事なす事がぶっ飛んでいるんだよ博士の場合！」
「そうかな〜最善と思ったんだけどな」
やや熱くなった如月に対し、あくまでマイペースな影山は、腕組みをして過去を思い起こして唸った。
「はは・・・確かに後先考えずにも見えるが、対応としては迅速・的確だったかもしれないな。だけど、影山の場合、それを何の躊躇いもなくするから怖いんだ」
「？」
「分からないか？機関室区画で、爆薬を使って船底に穴を空けるなんて、失敗して最悪の事態になるって考えなかったのか？・・と、言ってるんだよ」
水沢の指摘に影山は考え込んだ。この時点で彼が当時、その事を考慮していなかった事が明るみとなり、一同は揃って冷や汗を流した。
「・・・・・そう言えば、そんな可能性があったんですね。夢中で気がつかなかったですよ。いや〜人生の選択肢の奥の深いこと・・・・」
「そ、それで済ませますか？博士と言われる位なら、その程度の考慮は・・・・」
「柿田君、過ぎ去った事を言い合っても何も変わらないのだよ。現に我々は今、生きている。それで良いじゃないか。それに、悲観的可能性に後込みしていては開発者は前には進めはしないのだよ」
わざとらしく腕組みをし、あさっての方向を見つめて語る影山。
悲観的可能性すら思い浮かばなかったくせにっ！！と言うツッコミは全員の一致した見解だった。
「あの・・・水沢さん・・・・・何でこんな人が開発部の幹部やってるんです？」
聞かされていたＭＡＤ「Ｃ」の異名の意味を今、初めて体感したと悟った柿田が思わずその権限を与えた人物に問いかけた。
「ん？決まってるだろ、ああ言う奴だから・・・・面白いからさ」
当惑する柿田に、水沢ははっきりとそう言って見せた。
「旦那様、準備できました」
タイミング良く、と言うより、タイミングを見計らっていたアリスが影山の下へ訪れた。
「おう、それじゃ早速やってくれ」
「はい」
アリスは促されるまま、３０�兒擁�の箱を一同の前に差しだした。その上部には直径1１０�冂�度の穴があり、ありふれたくじ引きを連想させた。
「何をするんだ？」
怪訝そうに如月が問う。
「説明は後ほど・・・・とりあえず全員引いて下さい。悪戯じゃあありません。参加者全員です」
見渡すと、既に他のグループにもメイ・シャディをはじめとするバニー達が同様の箱を持ってまわっており、意味も分からぬままくじを引いていた。
「わかったよ」
とりあえず水沢は箱に手を突っ込み、適当なプレートを引き出す。
「番号が入ってる・・・・１０１だ」
「それじゃ、次どうぞ」
「・・・・・・２１番ですね」
これが良いのか悪いのか、分からないまま花山がプレートを振る。
「７３だ」
と、清水。
「こちらは４６」
これは如月。
「あ、僕は６ですね」
最後に柿田がプレートを取った。
「で、一体、何の意味があるんだ？」
『１０１』のプレートを振って問いかける水沢。
「ちょっとした余興です。とりあえずそこで待ってて下さい」
怪しすぎる笑みを残し、影山はその場を離れた。あの手の笑みを浮かべる時、よく不意を突いた事をするのを知っている水沢は、期待して良いのか不安がればいいのか複雑な心境となった。
「レディ〜ス ＆ ジェントルマ〜ン！！」
ややして、場違いな声がスピーカーを通して流れた。当然影山である。
いつの間にかステージ台に上がっていた影山は、いつもの白衣からタキシードにわざわざ着替えていた。
「さて、ここで予定を若干変更しまして、会場オーナーである私自らちょっとした余興を行いたいと思います」
その言葉に中途半端な拍手が起きた。水沢ではなく、影山による余興と言う点がその理由であり、彼を知る者は皆、この行為に何か“裏”があるのだろうと勘ぐってしまっていたのである。つまりは、この場で拍手をした者は影山の事を良く知らない者、あるいは酔っている者、あるいは社交辞令の一つとして割り切った者達だったのだ。
影山は後ろに控えていたメイからシルクハットとステッキを受け取ると、それを装備し、ステッキの先端をピッ！と、会場の一角に突き出した。
「そこのレィディ・・・・・こちらへ・・・・」
どこぞのＣＭで聞いた事のあるような口調で、影山は集団から一人の女性を指名した。「え？」
使命を受けた女性は突然の事に戸惑ったものの、すぐに気を取り直しステージに上がった。
その女性は、今し方までシャンパンを運んでいたバニーの一人であった。だからこそ立場をわきまえ、拒否することなくステージに上がったのである。
指名女性の少し焼けた肌が、セミロング一歩手前のショートヘアが、健康さと活発さを無言のままにＰＲしていた。
が、何より特筆し、一同に印象を与えたのが、その大きな胸だった。体のバランスを遙かに上回りぴっちりとしたバニースーツを押しのけようとし、少し運動らしい行為をすれば一同の前にその全体像を現すのではなかろうかと言う見事なバストに、会場の大半の視線が集中した。
「はいはい、将来有望そうなお嬢さん、お名前は？」
「は、はい。ユリカと言います」
巨乳のバニーは答えた。ネームプレートで判ることではあるが、これも一つの形式だった。
「それじゃあ、ユリカ君。ショーを手伝ってほしいので、向こうに立てかけているボードに背を着けて立っておくれ」
「は、はい」
ユリカは周囲の視線と影山の意図が分からない事に緊張しつつも、指定された場所へと移動した。位置としてはステージの中央に２�短擁�の無機質な金属板が設置されており、その脇にシャディが立っていた。
「こうですか？」
ユリカは背中にひんやりとした感触を感じながらボードの前に立った。
その傍らではシャディが密かに自分とユリカの胸を交互に何度も見比べ、やがてがっくりと肩を落としていたりする。
「ＯＫ、それじゃあユリカ君はじっとしててね。まずは肩慣らしから」
そういって影山は一本のナイフを取り出し、おもむろに彼女の方へと投げつけた。
「！！」
息をつく暇もない。
一同が気づいた時には、ナイフはユリカの頭上十数�冓佞蠅僚蠅貌佑�刺さっていた。
「おおっ！」
お世辞抜きに感嘆の声が漏れた。
「すごっ・・・・！博士ってあんな特技持ってたんですね」
「俺も・・・・・あんなの始めて見た」
柿田は単純に結果を、如月は鉄板だろうそれにナイフを投げ刺した影山の力に、それぞれ驚いた。
「では、少し高度な技を・・・ユリカ君、体でＹの字を作る感じにしてもらえるかな」
影山に言われるままユリカは両手を開げる。彼女の腕がある位置に達した時、突然ボードから枷が飛び出し、彼女の腕を固定した。そして一瞬遅れて脚の方からも枷が飛び出し、彼女の膝上辺りで両脚を求めて固定した。
「きゃっ！な、何です！？」
いきなりの出来事に当惑するユリカ。
「今後は下手に動くと危ないからね、固定させてもらうよ」
影山はそう言いつつ、背後で待機していたメイに目隠しをしてもらっていた。
（まさか・・・・・・・？）
彼の様子から共通した意志が当然のごとく発生する。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ・・・・あの・・・・」
我が身の危機を察してユリカも震えた声をもらす。
「大丈夫！君を傷つける真似はしないって」
そう言って影山が懐から出した両手には、計８本のナイフが指と指の間に握られていた。それを見たユリカの緊張感は一気にアップし、それが伝播した様に一同も静まり返った。
「レディ〜！」
構える影山。だが、その体はややずれた方向を向いていた。どうやら目隠しは本物のようである。
「旦那様、あっち・・・・」
控えていたメイが、向きを修正する。
「お？おおっ、すまない」
少し間抜けなやり取りの後、改めて構える影山。と同時にステージの光量が落ちていく。これは舞台裏のアリスの演出であった。
「や〜っ！！待って待って待って待って〜！！！！」
ユリカが恐怖のあまり体を捩って逃げようと試みるが、両手脚の枷が当然それを許すはずがなかった。
「絶対大丈夫だって！」
言い切る影山だったが、その根拠は示されていない。
やがて、ステージが闇に閉ざされたと同時に、影山が叫んだ。
「はいっ！！」
「や〜〜〜〜！！！！」
そしてナイフの命中音。
一瞬の沈黙の後、ステージに明かりが灯る。
ステージには、その場を動かなかったメイとシャディ、それに一滴の血を流す事無くボードに拘束されたユリカの変わらぬ姿があった。そして彼女を取り囲むように突き刺さっている計１０本のナイフ。更に満面の笑みを浮かべる影山の姿があった。
「おおおっ！！」
先程よりもさらに大きい感嘆の声。
そんな劇的な状況の中で、水沢は思わず吹き出していた。
「おい博士、ナイフが１０本あるぞ〜！」
「は？・・・・・・あぅぅっ！」
意味が分からないと言った影山だったが、当事者故に一瞬後には事態を把握し、間抜けな声を上げていた。
デモンストレーションで１本。今し方の『芸』で８本投げ、本来なら９本であるはずのナイフがなぜか１０本になって突き刺さっていたのである。勘の良い者ならこれの意味しているところは察しがつくだろう。
「だ、駄目だよシャディ！」
思わず叫ぶ影山。
「は・・・はうっ」
おそらくは真っ先に自分のミスを悟った彼女ではあるが、もう遅かった。その上パニックに陥った彼女は誤ってボードの側面にあった隠しパネルに触れてしまった。
その途端、ボードの中から瞬間的にナイフが飛び出し、あたかも刺さったかのような位置で固定される。
いわゆる芸能人奇術などに使用されるトリックボードである。結局影山は１本のナイフも投げることなく懐に戻していたのである。
あれよあれよと言う間にネタばらしをしてしまった二人はステージの上で硬直した。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・シャディ」
「・・・・・はい・・・・・」
「明日３時のおやつ抜き」
「そ、そんな旦那様っ！！明日のおやつって週一回の『有名店買い出しの日』の・・・・」
「ぬ・き！」
笑顔ではあったが有無を言わせぬ妙な響きがあった。
「はううっ！！」
『組織』の人間としては異色の『罰』宣告であったが、シャディには、これ異常なくこたえたらしく、短い悲鳴の後がっくりと肩を落とした。こころなしか、周囲が暗くなっているようにも見える。
やらせ無しのやりとりに思わず一同から失笑がもれた。
「・・・・さてさて、場も手頃に和んできたようですし、次のステップに入りたいと思いますが・・・・・」
「めげない奴だな・・・・」
気を取り直して更に進行を進める影山を見て、水沢は唸った。
「ではでは・・・・」
影山は懐から小さなリモコンを取り出すと、幾つかあるスイッチの一つを押した。
するとユリカを拘束していたボードが機械的に分解を始め、最低限の部分、即ち彼女を拘束したＹ字架部分を残して分離して行き、小さな立方体に折りたたまれ変形した。
ボードの拘束からＹ字架の磔と状況が変わったユリカは、まだ自分がさらし者になるのだと言う事を悟った。が、状況の変化は実は彼女の予想を上回っていた。
「さてと・・・・ユリカ君」
おもむろに影山が語りかける。
「はい？」
「質問があるんだけど・・・いいかな？」
「え、ええ・・・」
躊躇しながらも頷くユリカ。
「君・・・何者？」
「は・・は？」
ユリカは内心どきりとしながらも、辛うじてそれを表情に出さず、今の質問が分からないふりをした。
「君は誰か？・・・と聞いたんだけど」
「わ、私は見ての通り、奴隷見習いのユリカです。今日はこのパーティのバニーとして・・・・」
心なしかぎくしゃくと説明を始めるユリカだったが、それを影山が遮った。
「そのネームプレートと服の持ち主のことはいいんだよ。聞きたいのは君自身の本名と、あるのなら所属！」
「えっ！？」
ばれてた！事態を把握したユリカ（自称）の表情は見る間に青くなっていった。出来るのなら、今すぐにも周囲の人々を突き飛ばしてでも逃げたかったが、拘束された身ではかなわぬ事だった。
「無意味な対話を省きたいので先に言っとくけど、とぼける策は効果無いよ。君は思いっきり侵入者である事を証明して見せているミスを犯してるから」
今までの会話は、影山が手に持っていたマイクを通し会場全体に流れており、それを聞いた会場全体からどよめきが起こった。その動揺の波の大きさが彼女の正体に気づいていなかった度合いを示していた。
「何を・・・・」
「その思わず見とれてしまう胸・・・・・バニー服が窮屈そうだけど、正式なメンバーなら事前に全員サイズを調べて服のサイズを合わせているから、そんな状態には絶対なり得ないんだよ。服を誰かと交換したりしない限りね・・・・」
そう言って影山は、今にもバニー服からこぼれそうなユリカ（自称）の大きな胸を指先で軽く突っついた。
「それに今さっき、本物のユリカ君の所在も確認されたから、１００％君は他人・・・・と、言うわけで、名前・所属・侵入目的・その他もろもろを話してもらいたいんだけどな」
影山の得意げな説明にユリカ（自称）は、完全に言い逃れできない状況である事を悟った。
だが、だからと言って全てを語れるはずもなく、彼女は今までの接待スマイルを止め、強気な眼差しで影山に反抗の意を示した。
「有り難う。予定通りだよ」
マイクを通してではなく直接彼女にそう言うと、影山は再びマイクを取って会場に語りだした。
「さて皆様、お聞きの通りです。そこで先程のくじを見ていただきたいのですが、これより、そのナンバー順に彼女をくすぐり拷問にかけていただきます。持ち時間は一人一分で、本名・所属・目的を聞きだしてもらい、最終的に全ての情報を聞き出した方に彼女の所有権を与えたいと思います」
ユリカ（自称）の意志を考慮していない発言に、彼女は更に青ざめ、会場からは歓喜の声が上がった。先程からの懲罰シーンを見せつけられ、指が疼いていた者も少なくなかったのである。
一人一分の持ち時間は決して多くなかったが、対象となる女性は容姿・スタイル共に満足のいく基準に達している。
当然深刻なのはユリカ（自称）自身である。Ｙ字架に拘束され、身動きできない状況によるくすぐり責めがどんな物か、懲罰シーンを見ていただけに容易に想像が出来た。
責め側一同は一分の持ち時間に不満を持っても、責められる側は彼女一人で、１００名を越す面々からなる統計時間は絶望的なものでしかない。
しかも全てを白状して楽になる選択肢も得策ではなかった。誰の所有物にされるにしても、どの様な運命が待っているのか、バニーとして回っていた際に立ち聞きした各員の会話から容易に想像できたからである。
「では、始めましょう。１番から５番までのプレートをお持ちの方はステージへどうぞ。各員の同意があれば複数人の同時責めも認めますが、その場合、順番は一番最後の番号の方に準じますので、その点は御了承願います。さぁ、存分に彼女を笑い悶えさせて下さい」
『組織』の会合に潜入した彼女の悪夢が今、始まろうとしていた。
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