キャンサー作品

影山さんの私生活
第1章

第1話 組織の面々
 都心部より少し離れた、とある町。
 その、ほぼ中心に位置し、最も広大な敷地面積を有している、とある館。
 ここは、影山と名乗る人物が所有している建築物で、彼が住んでいる別館と、普段は観光用に資料館として解放している本館が存在していた。
 本館は貴族社会を思わせる豪華な作りになっており、1階のグランドホールは、時折色々なパーティにも使用されている。
 そして今、そこでは、持ち主である彼の主催によって、とあるパーティが催されていた。
 表向きは『テクノコーポレーション全幹部懇親会』とされていた。
 が、世間一般の懇親会とは少しばかり様相が異なる。ここでは、ある組織の幹部達が定期的に集い、それぞれの成果を報告し合っていた。
 その内容は、主に「人身売買」の報告。彼等の組織は、世界中に支部を持ちながら、その実体が殆ど一般に知れ渡っていない存在である。
 機密保持の徹底も理由の一つであったが、何よりも内容が一つに限定されているのが最大の要因と言えた。
 彼等が扱うのはただ一つ「くすぐり」のみであり、他の人身売買組織の様に、扱う「奴隷」に多様性を持たせておらず、万一発覚しても全体像が見えにくくなっていた。
 そして、その一つのテーマにあらゆる人間があらゆる方面から関与していたのである。人身売買としての交渉と輸入と輸出の問題・機器の開発・調教問題・調教師問題・施設問題・「敵」に対する問題・組織内部調査等、全て徹底して・・・・・


「旦那様、水沢様がお見えになりました」
 少々時代がかったメイド服に身を包んだ黒髪の少女が、白衣に身を包んだ男に声をかけた。
「ありがとう・・・・・・予定通りですね」
 男はメイドに一言言ってすぐに視線を、その後ろの人物に移した。
「普通の仕事より、こっちの方が大切だからな」
 そう言って、案内されて来た水沢は意味ありげな笑みを見せた。
「それでは失礼します」
 メイドは恭しく一礼すると、席を外し、通りがかりにいたバニーガールに指示を与え、二人に飲み物を持ってこさせた。
 この、グランドホールにメイド服を着た者は三人だけであり、他は全てバニーガール姿であった。
 メイド服の少女達は、ここの主である影山の館専属の者達で、後の者は全て人手不足用に派遣された組織の「くすぐり奴隷」達であった。
 本来は全員が「くすぐり奴隷」なのだが、今回の「会場」が個人所有だったため、統率用に待機していたのである。
「良い娘だな・・・・・・確か、メイって言ったっけ?」
 バニーからグラスを受け取り、水沢が言った。
「ええ、一番メイドっぽい性格の娘ですよ」
 自慢の娘とばかりに応える影山。
「そう言えば、この前会った、赤毛の娘、あれはメイドとは思えなかったな」
 その言葉の裏に潜む、もう一つの意味を敏感に感じ取り、水沢は苦笑した。
「ま、まぁ、面白い娘ではあるでしょ。それに、やる気もありますしね」
「お前は変わったのが好みだからな・・・・・」
「あの・・・・そう、断言されると・・・・・・」
 自分が変わり者であると言う事は彼自身も認めてはいた。だが、それを面と向かって指摘されては、あまり嬉しい物ではない。この影山の場合はある意味、コミュニケーション的な会話であるが、組織内では露骨にそう言う評価を出す者も存在していたのである。
「とは言え、否定しきれる事でもないだろ」
「確かに性格も、私の選んだ道も希少な物ですけどね・・・・」
「おいおい、責めている訳じゃないぞ。君みたいなのがいるから、組織も活気が出るんだ。実際、もっと陰気な物になると思ってたんだがな・・・・・」
 これは水沢の本心だった。組織の維持と規律性を重視した構成は自然と組織内部を重々しい雰囲気へと導いた。
 だが、影山はそんな空気に従いながらもマイペースを維持し、何時しか、水沢の目に止まった。
 妙な好奇心も手伝って、水沢は早々に影山と会う機会を得た。その二人が初めて出会ったのが、組織の「くすぐりマシーン」開発部であった。
 そこで彼は、異質と知りながらも己の道を進む影山の、個性と発送に興味を抱き、何度も会ううちに、奇妙な友情を得るに至っていた。
 そして、彼にある程度の自由を与えている内に、組織全体の雰囲気が変化したのである。もちろん、彼が全ての原因と言う訳では無い。だが、彼の存在が組織の必要以上の重々しさを緩和したのは事実であり、今、こうして、パーティを兼ねた幹部会議をも実施することまで出来るようになったのである。
「何に対しても、遊び心は必要ですよ」
 影山は意味ありげに笑って見せた。
「博士お久しぶり」
 不意に二人に声がかけられた。
 聞き覚えのある声に、二人が反応し、振り向くと、そこには赤毛のメイドに案内された二人の男がいた。
「旦那様、色男さんの到着ですよ」
 赤毛のメイド、シャディは早々に案内すると、バニーから直接飲み物を受け取り、二人の男に差し出した。
「それじゃあ、ごゆっくり!」
 深々と頭を下げた後に、彼女は小走りに去っていった。
「やっぱり、メイドには見えんな・・・・・」
 先の話題の少女の、元気があまり余っている様な後ろ姿を見て、そう呟く水沢だった。
「やぁ久しぶり。元気だったかい?色男君」
 シャディの口調を借りて、影山が手を差し出す。
「ああ、そっちはどうだい?マッド博士」
 負けずと言い返し、二人は握手した。
「ところで、後ろの若いのは誰かな?初対面・・・・だったよな?」
 影山は、緊張した面もちで立っている青年を見て、如月に問いかけた。
「ああ、紹介しておく。俺の後輩で、最近「調教師」の見習いを始めた柿田だ」
「どうも、初めまして。博士の噂は先輩から聞いてます。色々変わったマシンの開発をされてるとかで・・・・」
「ホールと地下室にも展示してある。後で見て回るといいよ。に・・・・・・しても・・・・ひょっとして、君が噂の柿田君か?」
 影山は記憶の中に、その名があるのを思い出していた。
「え?僕って何か問題でも起こしてましたか?」
 柿田は、末端要員である自分の名が、幹部の影山に知れ渡っていた事に一瞬焦った。特に手柄を立てた覚えのない以上、あり得るのは失態の方である。組織がらみの失態の結末を想像して彼は身震いした。
「いや、見習いの身分で特上奴隷を一人持っているって事で話題になってたんだよ」
「あ・・・奈津美の事ですか・・・」
 事実であった。経緯には如月が関係しており、立場上上司にあたる彼が認めたために異例ではあったが、見習いの柿田に奴隷の所持がかなったのである。
「実際、羨ましいぞ。こっちには特上奴隷なんて無いもんな」
「え、でも、博士の方も可愛いメイドが三人いるじゃないですか」
「あれは、あくまでメイドであって、奴隷じゃない」
「色々、博士にも事情があるんだよ。わかったろ、お前が組織ではかなり優遇されてるってのが・・・・」
 根に持っている・・・と言えば言い過ぎであるが、多少なりともお気に入りだった女性を譲ってしまった事を気にやんでいた如月が、横からわって入った。
「はい・・・・あ、でも、それじゃあ博士は奴隷を所持されてないんですか?」
「そうだな・・・・しいて言えば、マシン用実験台の娘達が専属の奴隷だな」
「なら、今日から影山も、特上奴隷の所持者だな」
 今まで楽しげに会話を聞いていた水沢が、不意に言った。
「は?」
 素っ頓狂な声を上げる影山。
「今日の報告会で分かるさ。さ、そろそろ時間だ。行ってくる・・・・・」
 意味ありげな言葉を残して、水沢はホールステージの方へと向かった。組織の長であるため、進行を行わなければならないのである。
「・・・特上の女を実験台にするなんて話は聞いた事ないし・・・どう言う意味だろ?」
「とは言え、君の参入後、組織体質が改変されてきたのも事実ですからね。あり得ない話でもないでしょう」
 自問する影山に答えるかのように、如月・柿田とはまた違う男の声がした。
「久しぶりですね影山君」
「花山さん!本当にお久しぶり」
 振り向き、その視界に上等な袴姿の男を認めた途端、影山は声を上げた。
「油絵オヤジ参上・・・・と、言う所ですね」
「・・・・・・・は?何です?」
「君の所の赤毛のメイドがそう言ってましたよ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・し、失礼しました〜!」
 慌てて、しかも思いっきり頭を下げる影山。当人が気にしていないとはいえ、高級幹部である花山に対して、このニックネームはあまりに無礼であった。メイドの主として焦るのも当然だった。
「いや、いいですよ。間違いではないのだし、ユニークな娘じゃありませんか。とかく、メイドと言うものは同じに見えるものですが、君の所は実に個性があっていい」
「すみません・・・・後で注意しておきます・・・・・・」
 そう言うしかない影山だった。
 その時、辺りの照明が不意に消え、一ヶ所だけがライトアップされた。ホールのほぼ中央で、マイクを持った水沢の姿がそこにあった。
「ご来場の皆さん、そろそろ本題に入りたいと思う。まず始めに、今日、この幹部会をこの様な形で開催出来たことに関し、会場の提供者の影山と、忙しい中、来ていただいた皆さんに厚くお礼申し上げます」
 形式的な挨拶と一例の後、水沢は手帳を片手に進行を開始した。
「まず始めに、組織の運営状態・機密保持の確認・調教施設の現状を警備部門担当の清水にしてもらう」
 水沢の紹介の後、入れ違いに一人の男がライトアップされた空間に姿を現した。
「どうも、清水です。まず、こちらをご覧下さい」
 男の合図と共にホールの壁の一部が展開し、大型のスクリーンが姿を現し、数種類のグラフを表示した。
「比較する組織が存在しないため、一般企業のような評価は出来かねますが、全体的に順調と言って良いと考えます。特に、影山さんの発案により実施された、調教施設外での活動・・・・・すなわち、組織の運営する民間施設・企業にも調教設備を整える事によって、奴隷達の会得は飛躍的に増大しています」
「そう言えば、花山さん所の新しい奴隷は、その一環の油絵教室で会得したんでしたね」
 清水の話を聞いていた影山が、ふと思い出したように、隣の花山に問いかけた。
「ええそうです。正直、あの発案はそれほど信じていなかったのですが、予想外でしたよ」
「あの清水さんの担当しているCDショップでも、良い奴隷が捕まったって話でしたね」
「ええ、万引きを行った女子高生だと言う話でしたね。ですが最近、そのお友達が行方を探して彼のCDショップ付近を嗅ぎ回っているそうですよ」
「清水さんならばれないでしょうけど、上手く行けば新たな女子高生奴隷が増えますね」
「そうですね」
 影山と花山は意味ありげな笑みをもらすと、再びスクリーンへ視線を移した。
「・・・・以上、この三種のコンピュータウイルスと、各企業内の組織関係のデーターの入っている全てのコンピューターは外部との接続を禁止する事で、データー的機密は保持されています。又、警察他、各関係各所に送り込んでいるメンバーの定期連絡も、組織の運営維持に欠かせないものです」
 そしてまたスクリーンの表示が切り替わり、画面いっぱいに日本地図が映し出された。
「次に各調教施設ですが、これについては多少の注意が求められます。と、言うのは、最近人里離れた施設に見知らぬ集団が出入りする事により、地元の住民の過剰な注目を引きつけてしまっているからです」
「何か対策はあるのかね?」
「はい。公式にはスポーツセンターや合宿センターとしての施設であると報告を行おうと考えます。それに伴い、各施設の調査を想定し、若干の改装を実施する予定です」
「改装というのは?」
「スポーツセンターであれば、トレーニング機器が不可欠ですが、それに拘束機能を密かに付けておきます。その方が隠し部屋を作るよりは効率的です。もちろん隠し部屋も作りますが、それほど数を要しません。つまりは、調教専用施設をスポーツ系施設に偽装するのです」
「なるほど・・・・」
「そして、そのためには、組織の表企業の名前をお借りしたいと考えてますので、その件は後日、直接当事者と相談したいと思います」
 知らぬ者が聞けば、実に巧妙と思うであろう内容の報告が次々となされる中、幹部クラスである一同は、料理と飲み物と雑談を楽しみながら、それを聞き流していた。大半の内容は既に聞き知っている事であったのだ。

 彼等の宴はまだ始まったばかりである。


−くすぐり懲罰−

「次に、各人には知らせていませんでしたが、これから組織の規律を乱した者に対する公開懲罰を行いたいと思います」
「はぁ?懲罰?」
 料理の味に集中しだしていた影山も、この不意の公表に思わずその舌の動きを止め、他の来賓同、様壇上の清水を見やった。
「わが組織は多少のトラブルに関しては、メンバーを保護していましたが、これから行う懲罰の対象となる者達は、組織の存在・施設を利用して私的に組織がらみの行動を起こした者であり、我々全体の不利益となりかねない行動をとったため、私と水沢さんの判断により逮捕しました。後に罪状と共に公開しますので、最終的は判決は皆さんにお任せしようと思います」
・・・・・・・・・・・・・以下続く


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