ミニメロン作品

聖華学園の地下室

エピローグ
「ここって、一応、学校よね…… こんなエッチなものをこんな所に置いていいのかしら」
 美奈子は水盤の脇にある銅像を見て目を疑った。
 金属でできた可愛らしい少女が台座の上にしゃがんでいる。
 少女のパンティは足首の辺りまで降ろされ、普段それが守っているはずの、スカートの中の太腿の付け根の女の子の部分から、一筋の水流が吹き出され、水盤への放物線を描いている。
「美奈子ったら、何言ってるのよ。女の子の自然な姿を表現した、素晴らしい芸術作品でしょ」
 美奈子の呟きに、優子が反論する。
 確かに優子の言うとおりだ。
 しかし、それを教育委員会や警察は認めるのだろうか。
「さーて、ここで問題でーす」
 突然優子は顔の前で人差し指を立てて見せた。
「世界的に有名な絵画『少女の聖水』によって、女性がオシッコをする場面に自然の美しさを見出し、それを人々に知らしめた画家の名前を答えなさい」
 優子が言い終わった時、香織が叫んだ。
「そうだ! それ、今度の歴史の試験に出るって言ってたっけ」
「えーっと、何ていう人だったっけ。あーん、思い出せなーい!」
 エリカも香織と共に頭を抱えている。
「美奈子は余裕なのね。答えを覚えてるのかしら?」
 優子は美奈子に訊ねた。
「い……いいえ、知らないわ」
 美奈子が答えた時、エリカがすっとんきょうな声を上げた。
「あ、分かった分かった。ジャスティンっていう人ね」
「エリカちゃん、正解!」
 優子はエリカを指差して高い声を上げると、改まった口調で歴史の先生の物まねを始めた。
「ベルサイユ宮殿に集まった女子高生が忽然と姿を消した直後、彼女たちは世界各地で相次いで発見されたのです。当時、消失した場所から発見された場所までの距離を短時間で移動できる交通手段はなく、この事件の真相は未だに謎とされております。その中に、ジャスティンも含まれていたのです。彼女は魔女としてフランス警察から追われていたために帰国する事ができず、発見された土地に住む一人の画家の家に住む事になりました。そこで彼女は絵の勉強をし、あの名画『少女の聖水』を発表するに至るわけであります。その絵の価値が世界的に認められた事で、彼女は魔女容疑を解かれ、帰国する事ができたわけであります。その後も彼女は『水の力』や『行列の切なさ』『我慢できなくて』など、女性と彼女たちを悩ませる水との関係を描いた作品を次々と発表し、いずれも世界有数の名画として……」
 優子は腰に手を当て、ある時はどこかを見上げるように、またある時はチョークで黒板に何かを書くような真似をしたりしながら話し続けた。
「あ、似てる似てる」
「ほんと、そっくり」
 エリカと香織は優子の様子の一つ一つに感心したり笑い声を上げたりしていたが、美奈子だけは目を見開いたまま固まってしまっていた。
「ちょっと、美奈子、どうしたのよ、びっくりしたような顔して」
 エリカに声をかけられて、美奈子は我に返った。
「な……何でもないわ。ただ、とっても似てるから、ちょっと驚いただけ……」
 実際はちょっとではなかった。
 自分たちがあの時代のフランスへ行った事によって、歴史が変わってしまったのだ。
 一緒にいた優子もまた元の世界で驚いている事だろうか。
 しかし、歴史が変わったのなら、なぜ自分はその前の事を覚えているのだろうか。
 美奈子は生徒手帳を取り出した。
 時間割表にあったはずの「国語」は全て「言語」に変わっており、「英語」は全て削除され、その分早く帰れるようになっていた。
 もしかしたら、自分が今いる場所は、元の世界ではなくて、パラレルワールドの中の別な空間なのかもしれない。
 それなら、そこにいたはずのもう一人の自分はどこへ行ってしまったのだろうか。
 もしかしたら、自分と入れ替わりに自分が以前いた世界へ行き、そこで不幸な目に遭っているのだろうか。
 美奈子は生徒手帳を見ながら凍り付いてしまっていた。
「あ、美奈子、彼氏が来たわよ」
「え?」
 美奈子は優子の指差す方に目を向けた。
 山田浩章が手を上げて合図しながら、美奈子たちの方へ歩いてくる。
 手には学生鞄の他に、重そうなコンビニ袋を下げていた。
「それじゃ、あたしたち、先に帰るわね」
 優子はエリカと香織を連れて、帰りの道を歩き出した。
 美奈子と浩章が一緒にいた事をネタにして美奈子に意地悪をした本人が、今度は気を使ってくれるのも、歴史が変わったせいだろうか。
「よっ、美奈子、銅像を見に来たんだね。やっぱり女の子のこういう姿って、芸術的だよな」
「え……ええ、そうね」
 浩章の言葉に何と答えてよいか分からず、美奈子は適当に答えた。
「それじゃ、今日も美奈子の芸術的な姿を見せてもらおうかな」
 浩章は、コンビニ袋からたっぷりと水の入ったペットボトルを取り出した。

(完)


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