ミニメロン作品

乙女の指が踊る時

2:先生のお仕置き
 一年生の自己紹介が一通り終わると、寮生たちは自分たちの話題に戻り、会場は再び賑やかになった。しかし美咲は固まったまま震えつづけ、理沙と若菜が声をかけても全く反応しなかった。
「美咲ちゃん」
 後ろから聞こえた声に若菜と理沙が振り向くと、ジュースの入ったペットボトルを手にした桜井千鶴が立っていた。
「あなた、美咲の知り合いなの?」
 理紗が尋ねると、千鶴は大きく頷いた。
「うん。美咲ちゃん、昔は私の家の近くに住んでたの。小学生の頃に引っ越しちゃったけどね。ねえ美咲ちゃん、あれからどうしてたの? 手紙書いたり電話したりしたかったのに、連絡先が分からなかったから……」
 千鶴がそこまで言った時、突然美咲が立ち上がった。千鶴に背を向けたまま口を開く。
「あたし、気分が悪いから部屋へ戻る」
「それじゃ、私が連れてってあげるから、案内して。ついでに美咲ちゃんの部屋がどこなのか覚えたいし」
 ペットボトルをテーブルの上に置いた千鶴の申し出に、美咲は語気を強めた。
「いいっ。一人で帰れるから、ついて来ないで」
「ちょ、ちょっと、美咲ちゃん……」
 早足で出口へと向かう美咲を追いかけようとする千鶴。その千鶴の制服の裾を、理沙の手が一瞬の早業でつまんだ。振り返った千鶴に真剣な顔で尋ねる。
「もしかしてあなた、美咲の事くすぐった事があるんじゃないの?」
 理沙の質問に、千鶴はうっとりとした顔で答える。
「ええ、毎日のようにくすぐってたわ。あの子、笑うととっても可愛いのよ。一度、ベッドに寝かせて手足を押さえて一時間くらいかけて念入りにくすぐった時なんか、すごく素敵だったわ。でもそれからすぐだったかしら。美咲ちゃんが遠くへ引っ越しちゃったのは」
「やっぱりね」
「やっぱりって、もしかして先輩も美咲ちゃんをくすぐった事あるんですか?」
「あるわ。時々だけどね。でもいつもその後すごく怒るの。今日も彼女にひっぱたかれたばかりよ」
「そうなの?」
 理沙の話を聞いて、千鶴は目を丸くした。
「彼女、くすぐられるのをとっても嫌がってるわ。それで、そうなった原因はあなたっていうわけね」
「えっ、あたしが?」
「そう。だからこれから、あなたにくすぐられた美咲がどんな気持ちだったか分からせてあげる」
 理沙はいきなり両手を千鶴の腋の下へと伸ばした。制服の上から左右の腋の窪みに押し当てた十本の指を激しく蠢かせる。
「くふっ、くはっ、きゃはははははははぁ、くすぐったぁい、きゃははははぁ!」
 甲高い笑い声が食堂に響いた。突然の笑い声に皆の視線が集まる。
 それに気づいた理沙は慌てて千鶴から手を離した。集まっていた視線はすぐに散って行き、一瞬だけ静まり返っていた食堂は、元の賑やかさを取り戻した。
「どう? くすぐられた感想は」
 今くすぐられたばかりの腋の下を護るかのように腋を閉じてうずくまる千鶴に、理沙が小声で尋ねた。
「すごくくすぐったい」
「やめてほしいって思った?」
「うん。でも変ね。今から考えると、もう一度されてみたい気もする」
「それじゃ、もっとくすぐってあげるわ」
 最後の声は雪絵のものだった。理沙たちと同じテーブルに座っていた雪絵は、いつの間にか千鶴の後ろに立っていた。その隣には聡美も立っている。
 千鶴が振り返る間もなく、聡美が千鶴の腋に腕を入れて持ち上げるようにして立たせ、そのまま羽交締めにした。
 千鶴の前に立った雪絵は十本の指を蠢かせながら、その手を千鶴の無防備になった腋の下へゆっくりと近付けていく。
「ちょっと待って。やっぱりここじゃまずいよ」
 そう言って止めたのは理沙だった。
「それもそうね」
 雪絵は理沙の意見にあっさりと同意し、蠢かせていた指を止めると、自分の座っていた席へと戻った。
「えーっ、つまんないの」
 聡美はそう言いながらも千鶴への羽交締めを解き、席に戻る。
「ここじゃなくて、どこでやるの? あたしも一回されてみたい」
 若菜は理沙に小声で尋ねた。
「そうねぇ、あたしたちの部屋には美咲がいるし、第一寮部屋でやると、雪絵たちの二の舞だし……」
「それってどういう事?」
「あの二人、笑い声がうるさいって、寮長から注意を受けた事があるのよ」
 若菜が雪絵と聡美の方へ顔を向けると、二人は舌を出して苦笑いをしていた。
「それじゃ、他にはどこがあるかしら。どんなに笑っても他人に迷惑がかからない場所となると……」
 その時、千鶴が会話の中に割って入った。
「そういえば、この学園には今は使われていない旧校舎があると聞きました。そこならどんなに大声で笑っても、だれにも迷惑はかからないと思うのですが……」
 千鶴からの意見に、理沙、雪絵、聡美の三人は、互いに顔を見合わせた。
「一体どうしたんですか?」
 若菜はテーブルに身を乗り出して三人に尋ねた。
 理沙がおずおずと答える。
「それが……あの旧校舎なんだけど、出るのよ」
「出る、って、もしかして……」
 若菜は両手の指を揃え、胸の前で垂らして見せた。
「ま、単なる噂だけどね」
「いや、でも、同じクラスで実際に見た子がいるのよ」
 そう言う聡美の顔は不安そうだった。
「まあ、この学校で噂されている七不思議の一つだからね。そういえば、聡美ってば初めて七不思議の話を聞いた日の夜、一人じゃ眠れないからって言って、私のベッドでいっしょに寝たのよね」
 雪絵の言葉に、聡美が慌てて声を上げた。
「ちょっと、それは言わない約束でしょ?」
「ああ、ごめんごめん。そうだ。おわびのしるしに、今夜はあたしの事を一晩中くすぐらせてあげる」
「いやよ。また寮長に怒られたらどうするのよ」
「いずれにしても、この時間に旧校舎に行くのはまずいと思うわ」
 理沙の意見を受けて、若菜が提案を持ち出した。
「それじゃ、明日の放課後ならどうかしら。日が落ちる前ならお化けも簡単には出て来ないんじゃないかしら」
「そうね、それなら」
 理沙が頷いた。その顔には明るさが戻っている。
 しかし聡美だけは旧校舎に近付く事に反対し続けた。
 結局、美咲と若菜、そして千鶴だけが、次の日の放課後に旧校舎の昇降口に集合する事となった。

「……このように、客の到着数がポアソン分布に従い、サービス時間が指数分布に従う場合、待ち行列長と待ち時間の平均を求める公式は……」
 六時間目。美しい金髪を肩の下まで伸ばした数学教師が黒板に数式を書きながら話している。
 美咲はこの数学の授業が苦手だった。もともと数学はあまり得意ではないが、特にこの授業の先生は、問題を当てられた生徒が間違えた場合、お仕置きをするという悪癖を持っているのだ。そしてそのお仕置きが、特に美咲にとって苦手なものなのだ。
「それでは、この問題を、そうね……湯本さん、お願いできるかしら」
「はっ、はいっ!」
 名前を呼ばれた美咲は慌てて立ち上がり、教科書を持って前に進んだ。黒板の前で、教科書に書かれた問題に目を通す。しかし緊張しているせいか、書かれている言葉や数式がなかなか頭に入って来ない。
「分からないのかしら」
 前に出てからしばらくして、先生から声をかけられた。
「……はい。すみません」
 小声で答える美咲。
「それじゃ、いつもどおりお仕置きよ」
 先生の手にはいつの間にか縄跳びが握られていた。縄の両端についたグリップの片方を上に投げ上げると、天井の梁を見事に滑り抜けて手元に戻って来た。
「そっ、そんな……お願いします、それだけは許して下さい」
「だめよ。これはお仕置きなんだから。そういえば、あなたにこのお仕置きをするのは初めてね。どんな悲鳴を上げるか、とっても楽しみだわ」
 天井の梁に吊された縄跳びで美咲の手を縛ろうとする金髪教師。
「先生、待ってください」
 事の成行きを興味深げな目で見つめていた生徒たちの中から、凛とした声が上がった。手を止めて生徒たちを振り返る金髪教師。
 声を上げたのは雪絵だった。立ち上がり、先を続ける。
「湯本さんは本当にくすぐられるのがダメなんです。だから許してあげて下さい」
 雪絵の勇気ある行動に、教室中がざわつき始めていた。
「それでは加納さん、湯本さんに代わってあなたがお仕置きを受けなさい」
「分かりました」
 先生の理不尽な言葉に素直に従い、黒板の前に進み出た雪絵は、万歳をするように上に上げさせられた手を、天井の梁から吊された縄跳びで縛られた。
「それじゃ、いくわよ」
 雪絵の無防備な左右の腋の下に十本の指を押し当て激しく蠢かせる金髪の女教師。
「くふっ、あはっ、きゃははははははぁっ!」
 生徒たちの弱点を知りつくした指先により腋の下へ送り込まれた凄まじいくすぐりの刺激に、雪絵はたまらず笑い声を上げた。
 先生の指は脇腹や腰、お腹へも移動しながら凄まじい刺激の嵐を雪絵の身体に送り込み続け、再び腋の下へと戻って来る。
 思わず腋の下を閉じようと腕に力を込める雪絵。しかしいくら力を込めても、縄跳で縛られた腕は下へ降りる事はない。雪絵の敏感な腋の下や脇腹、腰は、先生の指の蠢きから逃れる事はできず、凄まじいくすぐりの刺激にひたすら耐え続けるしかなかった。
 雪絵が笑い身悶える様子を食い入るように見つめる生徒たち。
 一分ほど経った所で、先生はようやくくすぐりの手を止めた。生徒たちから不満の溜息が聞こえる。普段であれば、先生のお仕置きは五分以上は続けられるのだ。
 先生は、近くで立ち尽くしていた美咲に声をかけた。
「それでは湯本さん、この続きはあなたがしてあげなさい」
「そっ、そんな事……」
「やらないと、お仕置きの続きはあなたに受けてもらいます」
「……分かりました」
 美咲は先生の指示に従い、万歳をしたままの雪絵の後ろに立った。
「ちょっと、何よあの子。自分を助けてくれた恩人に対して」
「そうよ。やっぱりあの子がくすぐられる所を見なきゃ納得できないわ」
 生徒たちのヒソヒソ声が美咲の胸に突き刺さる。
「いいのよ、気にしないで。そのかわり、後で覚えてらっしゃい」
 微笑みを浮かべた横顔を美咲に見せる雪絵。最後の言葉に恐怖しつつ、おずおずと先生を振り返る美咲。
「何をしてるの? 早く始めなさい」
 先生からの冷やかな一言で、美咲は両手を伸ばし、雪絵の無防備な腋の下に指を当てた。初めて触れた女の子の身体は柔らかく、温かかった。指を蠢かせると、雪絵の身体がそれに反応してピクピクと震えるのが指先に感じられた。
「くふっ、んふっ……」
 再び腋の下から送り込まれた刺激に、笑いを堪える雪絵。
 先生がすかさず声をかける。
「そんなんじゃだめよ。加納さん、ぜんぜんくすぐったがってないでしょ? ちゃんとこうやるのよ」
 先生は美咲の指に自分の指を重ね、激しく蠢かせた。
「くふっ、きゃはははははぁっ」
 途端に雪絵の口から笑い声が洩れる。
「それに、同じ所を長い間くすぐってもダメ。相手が慣れる前に、別な所を責めるのよ。たとえば、こことか、ここも、この子のくすぐったい所なんだから」
 美咲の手をつかんで脇腹や腰へ持って行き、再び美咲の指に重ねた指を蠢かせる金髪の先生。
「きゃはははぁ、そこもくすぐったーい、きゃはははぁっ!」
 雪絵の笑い声を確かめると、先生は美咲の指から手を離した。
「分かったら、早く続けなさい。もしもコツが分からないというのであれば、今日の放課後にでもたっぷりと特訓してあげる。そうねぇ、こういうのは何と言っても自分がされてみるのが一番よく分かるだろうから、他の子にも何人か手伝ってもらって……」
「わっ、分かりました」
 先生の言葉に恐怖を覚えた美咲は、雪絵の腋の下に当てた指を必死に蠢かせ、その手を脇腹や腰へと往復させ続けた。
 美咲の手の動きに応えるように、笑い声を上げる雪絵。
「ごめん、雪絵、ごめん……」
 美咲は小さな声で謝り続けていたが、その声は笑い声にかき消され、雪絵の耳に届いているかどうかは分からなかった。

「あたしたち、ちょっと寄る所があるから、美咲は先に帰ってて」
 理沙はそう言い残すと、若菜を連れて教室を出て行った。
 二人とも、帰りのホームルームが終わった後、やけに急いで帰り支度をしていた。それは、これからどこかへ急いで行かなければならないからだったのだ。しかし、それがどこなのかについては、美咲には分からなかった。
 美咲もようやく帰り支度を終え、廊下に出ようとした時、クラスメイトの一人に肩をつかまれた。
「ちょっとあんた、さっきのはいくら何でもひどくない?」
 振り返ると、そこには数名の女子生徒が集まっていた。
「い、一体何の事かしら」
 心当たりがないわけではないが、それでも毅然とした態度で聞き返す。
「さっきの数学の授業の事よ。先生のお仕置きから助けてもらった恩人に、よりにもよってあんたからお仕置きするなんて」
「仕方がないでしょ。先生がそうしろって言ったのよ」
「それじゃ、あんたは先生が死ねって言ったら死ぬわけ? 言っとくけど、あの先生からのお仕置き、受けてないの、あんただけなのよ」
「それじゃ、一体どうすればいいって言うのよ」
「これからあたしたちが加納さんに代わって仕返しをしてあげるわ」
 集まっていた女子生徒たちの一人のその一言で、彼女たちは一斉に動いた。数名の生徒が美咲の両手を掴み、腋の下を大きく広げさせようとする。
「一体何をするつもりなのっ、やめてよ!」
 恐怖を感じた美咲は必死に叫んだ。
「ちょっとあなたたち、一体何をしてるの?」
 美咲を取り囲んでいた女子生徒たちが、後ろから聞こえた声に振り返った。そこには美咲の悲鳴を聞きつけた本島聡美が鞄を持って立っていた。その隣には加納雪絵も立っている。
「な、何って、この子があまりにも生意気で礼儀知らずだから、ちょっとだけ注意していただけよ」
「『ちょっとだけ注意』ねぇ。私にはそんなふうには見えなかったけど」
「加納さん、あなた悔しくないの? お仕置きから助けた子にお仕置きされたのよ。せっかくの好意を仇で返された、その屈辱を晴らしたいと思わないの?」
「あ、あたしは別に……だけどそうねぇ、いつかは美咲ちゃんの事……」
 雪絵の言葉を遮るように、聡美が先を続ける。
「そうよ。この子はね、くすぐられるのが好きでたまらない変態さんなの。だから今日の事はぜんぜん気にしてないんだから」
「聡美、一言多いわよ」
「いいじゃないの。普段はあまり笑うことのない美咲がくすぐられたらどうなるか、それを見たくてたまらなくて、本人がいやがってるのにそれを強引に確かめようとする彼女たちのようなド変態じゃないんだから」
 雪絵に向かって反論しながら、美咲を取り囲んでいる女子生徒たちを指さす聡美。
「ちょっと、今のは聞き捨てならないわね。一体誰がド変態だって言うのよ」
 指さされた女子生徒たちの一人が聡美に詰め寄る。
「聞いてなかったの? あなたたちはド変態だって、はっきり言ったつもりなんだけど」
「なっ、何ですって?」
 美咲の周りに集まっていた女子生徒たちが、今度は聡美を取り囲んだ。
「ちょ、ちょっと、あんたたち……」
 美咲が彼女たちに声をかけようとした時、誰かに腕をつかまれた。雪絵だった。いつの間にか聡美のそばを離れ、美咲の近くに来ていたのだ。
「さあ、早く」
 美咲の腕を引くようにしながら教室を出て足早に廊下を歩く雪絵。聡美との口論に夢中になっている女子生徒たちは、二人が教室から消えた事に全く気付かなかった。

「さあ着いたわ。ここが旧校舎よ」
 理沙が若菜を案内しながら学園の裏手にある深い森の中をしばらく歩いてたどり着いたのは、木造の洋館を思わせる建物だった。新校舎よりも大きくはないが、それに近い規模の建物だった。屋根の一部に見られる腐りかけや、割れた窓ガラス、壁の至る所に見られる染みが、いかにも不気味な雰囲気を醸し出している。
「なんだか、本当に何か出そうな雰囲気ね」
 理沙と共に建物を見上げていた若菜が呟いた時、背後の草むらからガサゴソと物音が聞こえた。
「なっ、何?」
 驚いて振り返ると、そこには桜井千鶴が一人の女子生徒と共に立っていた。
「あれっ、あなたたち、今到着?」
 理沙の質問に、千鶴が唇を尖らせた。
「それはこっちのセリフです。先輩たちが遅いから、あたしたち、この周辺を見て回ってたんです」
「あ、そうなんだ……それで、その子は」
「はい。桜井千鶴さんと同室の、山崎恵美と申します」
 理沙と若菜に丁寧に頭を下げる恵美。栗色の髪を肩の上で短く切り揃えた、小柄な少女だった。
 理沙が観音開きの巨大な扉を両手で押す。ギギギ……、と音を立てながら、扉が開いた。
「それじゃ、みんな揃った所で、さっそく行ってみよう」
 広い建物の中に、美咲の声が大きく反響した。

「あっ、あのっ……」
 寮の前で、美咲は先に立って歩く雪絵に声をかけた。
「何?」
 足を止めて振り返る雪絵。
「あのっ、あ、ありがとう。二度も助けて頂いて」
「ああ、いいのよ。そのかわり、あなたの事、後でたっぷりとくすぐらせてもらうから」
 雪絵が笑いながらそう言った時、美咲の表情が険しくなった。
「そっ、そんな事……」
「あ、すぐじゃなくてもいいの。美咲のくすぐり恐怖症がある程度治まったらでいいから」
「恐怖症か……雪絵さんは、くすぐられるのが恐くないんですね」
「まあね。でも全然っていうわけじゃないの。くすぐられている時はくすぐったくてたまらないし、自分の身体を他人に操られているような気がする事もあるし。でも終わった後しばらくすると、なぜか思うのよ。もう一回くすぐられてみたいって」
「あたしは、そうは思わない」
「まあ、くすぐられた時の感覚は人それぞれだからね。所で、これからどうするの。よかったら、あたしの部屋で遊んでいきなよ。無理にくすぐったりしないからさ。自分の部屋に戻っても、同室の子、二人とも今日遅くなるんでしょ?」
「ええ、それはそうだけど……って、どうして知ってるの?」
「え? 聞いてなかった? あの二人、今日の放課後、旧校舎へ行くって」
「旧校舎?」
 雪絵の言葉に美咲は目を大きく見開いた。元来た道を引返すように走り出す。
「ちょっと、美咲ちゃん、一体どうしたのよ」
 呼び止める雪絵の声も、美咲の耳には届かなかった。
「だめよ、今旧校舎へ入ったら。あそこには、あそこには……」
 美咲はそう呟きながら、新校舎の裏手の森を目指して懸命に走り続けた。


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