日本の女子高生はケータイ依存症だ、と、ナンシーは思う。
この光景を病気と言わずして、何を病気と言うのだろう。
電車の座席から、改めて車内を見回してみる。
電車に乗っている大部分の女子高生は、メールを打っているのか、それともゲームをしてるのか、とにかくケータイの画面を見詰めながら凄まじい速度で親指を動かし続けている。
その様子は、ナンシーにとっては異様な光景であった。
ケータイメールもゲームも共に脳をダメにする、というような話を、以前テレビで聞いたことがある。もしもそれが本当なら、日本の将来はどうなってしまうのだろうかと本気で心配してしまう。
さらに恥ずかしい事に、ナンシーが今身に着けている制服は、彼女たちの一部が着ているのと同じものなのだ。
自分と同じ格好をして自分と同じ学校に通う女子高生たちが、学校帰りのこの電車の中の光景の異様さに加担している事が、ナンシーには腹立たしい限りである。
しかし、これでも先日までよりはだいぶましになっているのだ。
先日、ナンシーの近くに立っていた女子高生が大声でケータイの向こうの相手と喋っているのを、ガツンと注意してやったのだ。
その噂が広まったためか、今では電車の中でメールを打つ者はいても、通話をする女子高生は、少なくともナンシーの周りには見られなくなった。
自分が正しい行動をした事によって、みんなのマナーが改善された。それはとても気分のよいものだった。
友達の中には、「少しやりすぎじゃないの?」と言う者もいるが、ナンシーは自分のあの時の行動は正しかったと思う。
ナンシーを17年間育ててくれた、在日米軍に所属する父は、口ぐせのようにナンシーに言い聞かせたものだ。他人がどう言おうと、自分が正しいと思った事を実行しなさい、と。
悪い事をしている者を見ると注意して改心させてやらなければ気が済まない正義感の強さは、そんな父の影響なのだ。
ふと、ナンシーの目が、近くに立っている一人の女性に止まった。
黒髪を肩の下まで伸ばし、白いワンピースを着てミニスカートを穿いた彼女は、女子大生だろうか。
顔立ちの整った、清楚なお嬢さまといった感じの若い女性だった。電車の中でケータイを使わないという常識も持ち合わせている。
しかし、彼女の様子はケータイに興じる女子高生以上に異様だった。つらそうに目を閉じ、時おり眉根を寄せる。まるで何かに悩まされているようだった。
彼女が何に悩まされているかは、すぐに分かった。彼女は今、痴漢に遭っているのだ。
3人の男が彼女を不自然に取り囲み、彼女の身体を弄んでいる。一人の手はスカートの上からお尻を撫で回し、一人の手はミニスカートから伸びた太股を撫で回している。そして、もう一人の手は前の方からミニスカートの中へと侵入しているのだ。
「こいつら痴漢してるよー」
ナンシーは男たちを指さし、大声で叫んだ。
手を伸ばせば彼らのうちの一人の腕を掴む事ができたかもしれないが、出来ることなら彼らの汚らわしい手になど触れたくなかったのだ。
「やべぇ、逃げろ!」
男たちは慌てて女性を解放すると、他の乗客の間をすり抜けるようにして逃げて行った。
「大丈夫ですか?」
男たちが見えなくなった後で、ナンシーは女性に訊ねた。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
彼女は答えながら息を弾ませていた。さきほどの男たちに、よほどひどい目に遭わされたのだろう。
息を整えてから、彼女は言った。
「あなた、どの辺りに住んでるの? 後で遊びに行っていいかしら?」
ナンシーは、笑顔で大きく頷いた。やはり良い事をした後は、気分がいい。
ナンシーは、電車を降り、家に向かって歩いていた。
電車に乗っていた時、さきほどの女性に住所を聞かれたので、教えてあげた。週末に遊びに来たいという。とても楽しみだ。
赤い夕日に照らされた人気のない通りで、ふと、ナンシーは立ち止まった。
「そういえば、あの人の名前、まだ聞いていなかったわ。ま、いいか。遊びに来た時に教えてもらおっと」
ナンシーが再び歩き出そうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「何?」
ナンシー振り向くと、すぐ目の前にスプレー缶があった。
スプレー缶から噴射された霧を吸い込んだ瞬間、ナンシーの目の前が真っ白になった。
意識を失い倒れそうになったナンシーを、スプレー缶を持ったガスマスクの男が支え、担ぎ上げると、すぐそばに停めてあった車に向かった。
ナンシーを車の後部座席に寝かせると、男は運転席に座った。ガスマスクを外し、携帯電話を取りだす。
「予定どおり確保した。これからそちらへ向かう」
低い声でそれだけ言うと、男は携帯電話をしまい、車を走らせた。
目をさましたナンシーは、コンクリートの天井から吊された蛍光灯の眩しさに顔をしかめた。
腕が動かない。頑丈な台の上に仰向けに寝かされ、大の字に開いた手足に手枷、足枷をはめられ、拘束されている。
「やっとお目覚めかな?」
スポーツ刈りの男が台の左脇でニヤニヤと笑っていた。台を囲むようにして立っている3人の男の中の一人だった。
彼らの顔に、ナンシーは見覚えがあった。
「お、お前ら、あの痴漢野郎どもだな!」
ナンシーの甲高い声が部屋に響く。
「可愛い顔して実に勇ましいお嬢さんだな。だが痴漢野郎どもとは人聞きが悪い。俺達はただ、あの女を歓ばせてやってただけだよ」
男は不敵な笑いを浮かべながら答えた。他の二人の男もニヤニヤと笑っている。
ナンシーは男達を思いっきり睨みつけた。
「今すぐほどいて解放しないと訴えるわよ!」
ナンシーのその声に、両手をポケットに突っ込んで台の前に立っているパンチパーマの男が上体を反らして言い返した。
「解放するわけねーだろう!お前のせいで恥をかかされたんだからたっぷりお礼をしてやる」
いかにもチンピラといった感じのその男の言葉が合図であったかのように、台の両脇に立っている男の手が一斉にナンシーの身体に近づいて来た。
レイプされる、とナンシーは思った。
「アメリカ人はレイプされても泣き寝入りなんかしないんだからね!」
ナンシーは叫びながら、なおも男たちを睨んだ。
「レイプなんてしねーよ! ただ苦しい思いはするけどな」
男の笑みは、ますます不敵さを増して行った。
両脇の男の手が、ナンシーの着ていたブレザーの内側へともぐり込み、ブラウスの上から腋の下に触れた。そこを執拗になぞるように、指が妖しく這い回る。
ナンシーは思わず笑い声を上げそうになり、必死に堪えた。こんな男たちに、笑った顔など見せるわけにはいかない。
指の動きに身体が勝手に蠢きそうになるのを必死に抑え、平然さを装いながら、
「こんな事して楽しいの?馬鹿じゃない!」
と、余裕を見せる。
男たちはナンシーの腋の下や脇腹に指を強く食い込ませ、揉むように指を動かした。猛烈な刺激の稲妻がナンシーの全身を何度も走り抜ける。その度に、ナンシーは葉をくいしばり、激しい笑い声を上げそうになるのを必死に耐え続けた。
数分ほど経っただろうか。唐突に男たちはくすぐりの手を止めた。
「こいつ不感症なのか、つまらねーからやめようか」
男たちの一人のその言葉を聞き、ナンシーは一瞬気を抜いた。
その時、いつの間にかナンシーの足もとの方へ移動していたリーゼントの男が、突然ナンシーの靴を脱がせ始めた。靴下の上から足の裏に指を這わせ、蠢かせる。
足の裏に襲いかかったその妖しい刺激は、ナンシーにとって、さきほどの腋の下以上に耐えがたいものであった。
「キャハハハーちょっとやめてよー」
突然ナンシーが笑い出した。
ナンシーは日本に住んでいるが、家にいる時もほとんど靴をぬがないため、足の裏はいつも蒸れて敏感になりすぎていたのであった。そこへ何本もの指が這い回ってはたまらない。
「おねが〜い!やめてよー!あーっはははははははははははははははははははーさわらないでよぉーっはははははー」
甲高い笑い声を上げながら、足枷に拘束された足を必死にばたつかせ、足の裏を執拗に責めなぶる男の妖しい指の動きからなんとか逃れようと必死に足首をくねらせる。
「何だ足の裏が弱点か〜」
スポーツ刈りの男がそう言った時、リーゼントの男がくすぐりの手を止めた。
「俺いいこと思いついた。買い物行くからお前らでやっといてー」
そう言い残して部屋から出て行く。
後に残された二人の男は、お互いに顔を見合わせた。
「へへつ、面白くなってきやがったぜ」
目を閉じて息を弾ませていたナンシーは、男たちのその言葉に肩をビクッと震わせた。目を開くと、二人はナンシーのそれぞれの足の前に立っていた。
「ま、まさか、そんな、もうやめて、お願い!」
ナンシーは必死に訴えたが、その訴えは男達を喜ばせる以外に何の役にも立たなかった。
「へへっ、さすがのお嬢様も、ここをこうされるとたまらないらしいな。思わず笑ってしまうくらい面白ぇか? 俺達も面白くてたまんねぇぜ」
スポーツ刈りの男が、ナンシーの片方の足の裏に指を這わせた。同時にパンチパーマの男も残りの片方の足の裏に指を這わせる。
「きゃーっはははははははははははははははははははははははははははははははー」
狭い部屋に、ナンシーの甲高い笑い声が再び響く。
猛烈な刺激の嵐がナンシーの弱点である二つの足の裏を同時に襲う。
足の裏が別の生物になったかのように勝手に蠢き、妖しい指の動きから逃れようとする。しかし、足をしっかりと固定している足枷は、それを許さない。それどころか、足ん蠢きは男たちにナンシーの弱点を教え、彼等の指の動きをさらに耐え難いものへと変化させていく。その動きはなおも激しさを増し、ナンシーの敏感な神経を悩ませる。
ナンシーは今にも気が狂いそうだった。いつの間にか足だけでなく全身で身悶えながら、狂ったような笑い声を上げ続けていた。
あまりの狂おしさに、ナンシーの目から涙がこぼれた。それは肌から染み出した汗と共に、ナンシーの顔をぐっしょりと濡らした。
「お願い、もうやめて、お願い、きゃはははは、もうだめぇ、もう、きゃははははぁぁ!」
ナンシーはもはや、自分が笑っているのか泣いているのかすら分からなかった。
自分が下衆なチンピラどもにいいように弄ばれているという事が悔しくてたまらないのに、足の裏への悪戯による自分の身体の妖しい反応を、どうする事もできない。
一刻も早く足の裏の刺激から逃れたいのに、男たちはなおもナンシーから新たな悲鳴と笑い声を引き出そうと、執ような悪戯をくり返す。
男たちが指を滑べらせる道筋を変えたり、足の指の間を激しく責め立てたりする度に、ナンシーの笑い声と悲鳴が激しさを増す。
まるでロックコンサートでエレキギターを打ち鳴らすかのように、男たちは2つの足の裏に指を滑べらせ、ナンシーの甲高い悲鳴と笑い声のメロディーを響かせ続けた。
やがてナンシーの声が渇れ、身悶えの体力も消耗し、身体がピクリとも動かなくなるまで、ハードロックの演奏は続けられた。それは約2時間もの超ロングナンバーだった。
ナンシーにとって、まさに永遠とも思える2時間だった。
妖しく激しい刺激の嵐に意識を失ったナンシーの顔は汗と涙、涎と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
|