(た)作品

水たまりのできる模擬試験

第1章 さあ、試験開始!
 その日は、11月にしては気温の低い朝を迎えた。テレビの気象情報によると、今年いちばんの冷え込みだという。

「行ってきまあす!」

 そんな中、一人の女子高生が元気よく家を飛び出して、駅へと向かった。

 女子高生は、名前を水沢美由紀といい、中高一貫教育の私立の女子校に、中学の時から通っている。彼女は現在高校2年生。今日は将来の進路を決めるための大切な模擬試験の日だ。女子高生はカバンの中から受験のしおりを取り出し、電車のルートを再確認すると、今日の試験会場へと向かった。

 彼女が在籍する大手予備校は、この地方では最大のシェアを握っており、今日実施される模試についても、大学への進学を希望している高校2年生は、ほぼ全員が受験すると言っても過言ではない。したがって、受験人数も多く、各受験生は、希望する進路に従って、この日のために借り上げられた多くの試験会場に分散して模試を受けることになっている。

 彼女の今日の試験会場は、「英剛学園高校」という場所であった。美由紀という女子高生は、女の子らしい可愛い顔をしているが、女子にしては珍しく、数学の成績が良く、理系志願であった。

 そんなわけで、英剛学園に一緒に入ってくる受験生は、男子が多かった。ただ、この場所で受験する人の全てが理系ではないらしく、女子もそこそこの人数がいた。

 彼女の今日の試験場所は、講堂兼用の大教室であった。駅からのバスが混んでおり、何台かやり過ごさざるを得なかったため、会場に着いたのは試験開始の間際だった。女子高生は、いつもの模試のときと同じく、自動販売機のところで、眠気覚ましのホットの缶コーヒーをグイッと飲んでから、すぐに教室に入り、自分の受験番号の席を探し、そこに座った。彼女の席は、3人掛けのシートの真ん中で、隣との間隔はかなり広いものの、これでは、席を立つにもいちいち隣の男子生徒に動いてもらわねばならない。中学の頃から女子校に通う彼女にとっては、同じ年の男子生徒というのは、身近にはいない異様な存在である。彼女は、見慣れない異性に挟まれて、何だか少し妙に緊張していた。

 講堂兼用の教室なので、人数は多い。ただ、周囲を見回しても、女の子はほとんどいない。窓の外に見えている別棟の教室は文系の会場のようで、女の子が結構いる。でも、この場所には女子はほとんどいない。とても美しい顔をした美由紀という女子高生は、この部屋の中でとても目立っているに違いない。美由紀はふと、自分が「女子高生」なんだなと、変なことを意識した。


 チャイムを合図に、「女子高生」の模擬試験は、英語からスタートした。英語も重要科目であり、配点が高いために試験時間も長く、90分もある。センター試験を意識して、後半の30分はヒヤリングとなっているが、センター試験よりは試験時間が短いので、本番とは違って、ヒヤリングの前の途中休憩はない。設問内容も、レコーダー配布ではなく、スピーカーで放送されるため、当然のことながら途中退席は想定されておらず、ヒヤリング試験の最中に教室から出てしまうと、それは棄権したものとみなされる。これは、センター試験と同じルールである。ただ、例外的に前半60分の筆記試験の途中でのみ一時退席が認められているが、彼女の席は3人掛けの真ん中で、左右のどちらに行こうとしても、必ず隣の男子生徒に声を掛けて、一旦席を立ってもらわないと出て行けない構造になっている。

 女子高生は、今日はほんとにひんやりするなと思いながら、筆記試験の答案用紙にえんぴつを走らせた。


戻る 第2章