昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。
教室のあちこちで仲の良い者同士が集まり、机を向かい合わせて弁当の包みを広げている。
しかし、雪絵はいつも一人だ。クラスの皆は、雪絵とは今一つ話が合わない。
皆の話題といえば、芸能人やテレビのお笑い番組の事など。
一方雪絵は芸能界には興味はなく、テレビといえばニュースやドキュメンタリー以外ほとんど見ないのだ。
耳を澄ますと、芸能人の秘密がどうとかいう声が聞こえてくる。
きっと、昨日妹が見ていたあのおぞましい番組の話だろう。
不意に雪絵の腋の下や脇腹に、昨日の妹の指の蠢きの感覚がよみがえった。
身体を内側から狂わせる異様な刺激を思い出すだけで、全身がガクガクと震えそうになる。
妹はあれから数時間に渡って雪絵の全身をくすぐり続け、笑い疲れて抵抗する力を失ってもなお容赦なく送り込まれる妖しげな刺激の嵐から逃れられないまま、狂気の中で気を失ってしまったのだ。
そのおぞましい感覚を頭から振り払い、弁当の包みを広げようとした時、机の前に一人の生徒が立っているのに気づいた。
「あっ、聡美さん」
昼休みに誰かから話しかけられるのは、ここ最近滅多にない事だった。
聡美は自分の弁当の包みを持ち上げて見せた。
「お昼ご飯、ごいっしょにいかがかしら」
「え、ええ。でも……」
聡美の提案に頷きつつも、周りの生徒たちを見回す雪絵。教室で聡美と二人で食事をする事が、なんとなく恥ずかしい。
いつも一人で弁当を食べている雪絵が、今日に限って聡美と一緒なのを他の生徒が見たら、どう思うだろうか。
そんな事を考えていた雪絵の心を読んだかのように、聡美は提案した。
「外、行かない?」
庭の中央にある噴水が、円筒形の池の上に透明な水のドームを形造っている。
その噴水の池の縁に、雪絵と聡美は座っていた。
周りを取り囲む芝生の上で、他の生徒たちが御座を広げて食事をしたり、本を読んだりしているのが遠くの方に見える。
これだけ離れていれば、顔を見られても、自分たちがどこのクラスの誰なのかはすぐには分からないだろう。
「雪絵さん、今度の日曜日、あたしの家に遊びに来て頂けませんか?」
二人が弁当を食べ終わる頃、聡美が切り出した。
「え、ええ。いいわよ」
特に予定を入れていなかった雪絵は素直に答えた。
「それじゃ、午後一時に例の公園で」
日曜日。
約束の時間よりも少し早めに公園に着いた雪絵は、息を整えようと深呼吸した。
ここは先日聡美が雪絵の頬に口づけた場所だった。
それを思い出すと、いくら深呼吸しても息は整わず、胸の鼓動は早まるばかり。
やがて白を基調としたシンプルなドレスに身を包んだ聡美が現れた時、雪絵は思わず目を見張った。
――うわぁ、聡美さん、すごく綺麗。
息を飲むと同時に、何も考えずに制服で来てしまった自分が恥ずかしく思えてくる。
見取れている雪絵の腕に、聡美は自分の腕を絡ませた。
「さあ、早く行きましょ」
公園を囲む小さな森を抜けると広大な花畑があり、その中央に大きな洋館があった。
「ここが聡美さんの家? すごいお屋敷ね。まるでお城みたい」
洋館を間近で見上げる雪絵の手を引き、聡美が玄関へ案内する。
扉を開けると、整列して待っていた何人ものメイドたちが頭を下げた。
「聡美お嬢さま、お帰りなさいませー。松本雪絵様、いらっしゃいませー」
声を揃えて挨拶をする彼女たちの列の間には、赤い絨毯が敷かれ、奥に見える階段へと続いている。
――うわぁ、メイドさんがいっぱい。
いかにもお嬢様らしい聡美の家の優雅さに、雪絵はただ驚くばかりだった。
「さあ、早く私の部屋へ」
聡美の言葉に、メイドの一人が進み出た。
「わたくしがご案内いたしますわ。どうぞこちらへ」
赤い絨毯の上を先に立って歩くメイドの後、雪絵と聡美が続く。
階段を上がり、壁に並ぶドアの一つの前で、メイドが立ち止まり、二人に向き直った。
「こちらです」
メイドはドアを開けると、二人に中に入るよう促した。
「ありがとうございます」
礼を言いながら部屋の中に足を踏み入れた雪絵は、目の前の光景に目を見開いた。
「あっ!」
雪絵の声に、部屋の中にいた者たちが一斉に顔を上げた。
彼女たちは皆、半袖の体育着にブルマという格好の女子生徒たちだった。
一人の生徒が何人かの生徒に羽交締めにされ、また別な生徒は床に腹這いになった別な生徒の上にのしかかっている。
「これは一体どういう事?」
聡美に向き直って尋ねる雪絵に、聡美は笑みを浮かべて答えた。
「今日からあなたも、あたしたちの仲間入りという事ですわ」
聡美は身の危険を感じたが、逃げようとした時はもう遅かった。
メイドによって扉は閉ざされ、聡美と部屋にいた生徒たちによって、雪絵はあっけなく取り押さえられてしまった。
「きゃはははは、くすぐったーい、もうだめ、死んじゃう、もうやめて、お願い、きゃははははぁ!」
部屋の中央のベッドの上で、雪絵はかん高い笑い声を上げながら身悶え続けていた。
ベッドの四隅から伸びるロープに縛られた手足は大きく広げさせられたまま閉じる事ができず、その無防備な雪絵の身体を何人もの女子生徒の手が這い回り、指を妖しく蠢かせ続けている。
その指の蠢きは、耐え難く異様な刺激を全身に送り込み、かん高い悲鳴と笑い声を上げさせるのだ。
「足はだめなのぉ、きゃははは」
思わずそう叫ぶと、靴下をはいたままの足の裏を這い回る指の動きは更に激しくなり、更には指の間にも無遠慮に侵入し、意地悪く蠢きながら耐え難い刺激を送り込み、更にかん高い笑い声を雪絵に上げさせる。
それに負けじと、腋の下や脇腹で蠢く指もまた激しさを増し、凄まじい刺激の嵐を送り込む。
「腋もだめぇ、脇腹もだめぇ」
雪絵がそう叫んでも、指の動きは容赦なく雪絵を責め続け、身悶えさせる。
かん高い悲鳴と笑い声、そして激しい身悶えの一つ一つは、雪絵の身体のどこがくすぐったいのかを意地悪な生徒たちに的確に伝え、彼女たちの指の動きをより一層意地の悪いものにさせる。
「もうだめ、もうやめて、きゃははははぁ」
凄まじく妖しい刺激の嵐に身悶えながら、朦朧とする意識の中で、雪絵は悲鳴と笑い声を上げ続けていた。
雪絵にとって気が遠くなるほどの時間が過ぎた後、ようやく生徒たちのくすぐりの手が止まった。
「どう? あたしたちのくすぐりは。くすぐったくてたまらないでしょ。あなたの笑顔、とっても素敵だったわ」
ベッドの上でぐったりとした雪絵に、聡美がうっとりとした様子で言った。
「どうしてこんな事するの?」
雪絵は息を弾ませながら、うわごとのように尋ねた。
「もちろん、私たちの指で笑い狂うあなたの顔が見たいからよ。言ったでしょ? 私はあなたの事をもっと知りたいの。どこをどんなふうにくすぐられるのが一番くすぐったいのか。そこをくすぐられると、どんな可愛い顔で笑うのか。それに長い間くすぐられ続けていると、くすぐったいのがだんだんと快感に変わっていくのよ」
「そっ、そんな事絶対あり得ないわ!」
雪絵は叫んだつもりだったが、笑い疲れた喉から発せられた声はかすれ、叫び声にはならない。
「あなただって、くすぐられるのが苦手なんじゃなかったの?」
「苦手? 確かに私はとってもくすぐったがりだけど、だからこそ楽しめるのよ。くすぐったいのを堪える快感をね」
「あんた、ちょっとおかしいわよ」
雪絵の指摘に、聡美は笑みを浮かべたまま答える。
「だれでも始めはそう言うのよね。まあいいわ。あなたがそんなにいやがるのなら、今度は別な子をくすぐってみようかしら」
言いながら、聡美は一人のショートヘアの生徒の背後に立った。
それを合図に、他の生徒たちが彼女の両手を広げさせ、しっかりと抱え込む。。
「ちょっと、なんであたしなわけ?」
両手を拘束されたショートヘアが不平をもらすが、聡美は構わず雪絵に言う。
「雪絵さん、この子も私と同じくらいものすごいくすぐったがりなの。普段は愛想があまり良くないけど、くすぐられると可愛い顔で笑うの。さあて、今日はどんな笑い声を聞かせてくれるのかしら」
そしてショートヘアに確認する。
「覚悟はいい?」
「す、好きにすれば?」
彼女の言葉を合図に、他の生徒たちの手が、彼女の脇腹や腋の下に襲いかかり、指を激しく蠢かせ始めた。
「ひいっ」
上半身の最もくすぐったい部分から送り込まれる刺激の嵐に、小さな悲鳴を上げるショートヘア。
「くっ」
笑いを堪えるショートヘアの脇腹からお腹、そして背中へと移動するくすぐりの手。
「きゃはははは、くすぐったーい」
激しく変化しながら送り込まれる妖しげな刺激に、ついにかん高い笑い声を上げるショートヘア。
「もうだめぇ、きゃはははぁ」
聡美に腋の下をくすぐられている彼女の笑い声を聞いているうちに、雪絵の全身に再びさきほどのくすぐりの刺激が甦る。
くすぐられている間はやめてほしかったのに、今はどういうわけか、それと同じ刺激に笑い声を上げているショートヘアが羨ましく感じられる。
「あの子、みんなにくすぐられてあんなに喜んでるよ」
いつの間にか、雪絵の拘束されているベッドの脇で、妹が腕枕の上に顎を乗せていた。
「なんであんたがここにいるのよ」
一応尋ねてはみたものの、答えを聞かなくても理由は分かる。
アイドルをくすぐって秘密を聞き出す、あの番組を毎回見ている妹なら、彼女たちがこの屋敷や学校で幾度となく繰り返してきたと思われる、この妖しげな宴を満喫しているに違いない。
「どう? お姉ちゃん。あの子みたいにもう一度くすぐられてみたくない? 今度はきっと、すごく気持ちいいよ」
「だれがそんな変態じみた事」
無邪気な顔で質問する妹から顔を背けながら答える雪絵。
それは、自分に対する戒めの言葉でもあった。
人を強制的に笑わせる、あの意地悪な刺激を自分から求めるなど、どう考えても異常なのだ。
彼女たちのような変態の仲間になる事だけは、御免被らなければならない。
「きゃははは、くすぐったーい、もうだめぇ、きゃはははは」
ショートヘアの生徒は腕を広げたまま絨毯の上に座らされ、無防備な脇腹や腋の下を聡美にくすぐられ続けながが、他の生徒たちに足の裏や指の間をくすぐられ続けている。
「あたしは……あたしは……」
彼女の事が羨ましい。
聡美の指を敏感な所に感じながら笑い悶えるショートヘアの彼女の事が。
「ふふっ、くすぐったくてたまらないのね。それじゃやめてほしいのかしら?」
聡美が意地悪く尋ねると、ショートヘアが叫んだ。
「だめぇ、やめないでぇ、やめちゃいやぁっ!」
くすぐりの刺激に身悶え笑い叫びながら、その執拗な悪戯を望む生徒の叫びに、雪絵はいつの間にか、その刺激を欲し始めていた。
そんな自分が信じられない雪絵の耳許で、妹が囁く。
「お姉ちゃん、聡美先輩の事好きなんでしょ? だったらお願いしなよ。もう一度雪絵の全身をくすぐって下さいって。早くしないと、聡美先輩、あの子に取られちゃうよ」
「だれがそんな事……」
妹の甘やかな誘いの言葉に、雪絵はかろうじて理性を保ち、抗い続ける。
――でも……でも……。
ショートヘアの悲鳴と笑い声が再び激しくなった時、雪絵はたまらず叫んでいた。
「さ、聡美さん、お願い、私の事も、その子と同じようにして下さいっ!」
「ふふっ、この子と同じように、たっぷりとくすぐられたいのね。いいわ。望みどおり、たっぷりと可愛がってあげる」
聡美は確認するように言いながら、雪絵の方に歩み寄った。
「さあ、あなたたちも手伝うのよ」
ショートヘアをくすぐっていた生徒たちを、雪絵の方へ呼び寄せる聡美。
「ちょっと待ってよ。やめないでって言ったのにぃ」
自分へのくすぐりをやめられてしまい不平をもらすショートヘアの背後に、雪絵の妹が腰を降ろし、ショートヘアの腋の下に手をかけた。
「慌てなくても時間はたっぷりあるわ。今度はあたしがたっぷり可愛がってあげる。そうだ。お姉ちゃんとどっちの方がくすぐったがりか、比べてみようかな」
雪絵の妹が指を蠢かせ始めると、その蠢きのもたらす聡美とは微妙に異なる刺激の波に、ショートヘアの少女は再び敷く笑い悶え始めた。
一方聡美は雪絵の全身を這い回る指の巧みな蠢きで雪絵にかん高い悲鳴と笑い声を上げさせながら、歌うように宣言した。
「さあ、今夜は朝までたっぷりと可愛がってあげる。私たちだけじゃないわ。ここで働いているメイドたちも、みんな今夜を楽しみにしていたの。彼女たちは私たちよりももっともっと上手なのよ。とっても楽しみでしょ? 私もとっても楽しみだわ」
その夜、雪絵は聡美と彼女の仲間たち、さらには聡美の家に仕えるメイドたちから一晩中くすぐられ続けた。
その、いつ果てるともなく続く妖しげな刺激の嵐は、激しく巧みなくすぐりによる変質的な快感を、雪絵の身体の奥深くまで刻み込んでいったのだった。
もはや彼女たちの指なしでは生きて行けそうにないほどに。
すっかり暗くなった校舎の廊下を、宿直の教師が歩いていた。
夜の学校は不気味だと他の教師がよく言うが、いい歳の大人がよくそのような事を言えるものだと彼女は思う。
遠くの方に何やら小さな光が見える。
教室の一つの電気が点いたままになっているのだ。
その教室から異様な笑い声が聞こえてくる。
慌ててその教室に駆け寄り、扉を勢いよく開ける。
「あなたたち、こんな時間まで何をやっているの。下校時刻はとっくに過ぎてるでしょ? 早く帰りなさい!」
厳しい口調で発せられる教師の声に、両手を広げた雪絵とその両手を抱え込んでいる生徒たち、そして雪絵の脇腹や腋の下に手を這わせていた生徒たちが、一斉に動きを止めた。
しかし、笑い声の止んだ教室で、生徒たちは未だ無邪気な笑みを浮かべている。
そんな彼女たちの様子に、教師はなおも厳しく問いただす。
「ちょっと、先生の話聞いてるの? 何なのよ、その不気味な笑いは」
教師にとって、生徒たちは明らかにヘンだった。
それは教室の生徒たちも全員が自覚していた。
同時に彼女たちは知っていたのだ。
いずれ近いうちに、目の前の教師もまた自分たちと同じように、ヘンになってしまう事を。
―おわり―
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