ミニメロン作品

女子校生秘密のゆびあそび

1
 校舎の屋上で行われていた演劇部の練習が終わった時、時計の針は7時を回っていた。
 しかも今日は後片付けの当番だったりしたものだから、帰れる状態になる頃には辺りはかなり暗くなっていた。
 体操着からセーラー服へと着替えを終えた雪絵は、校舎へと続く扉を開き、闇に包まれた内部を覗き込んだ。
 夜の学校は不気味だとよく言われるが、まさにそのとおりだと雪絵は思った。
 しかし、屋上から昇降口まで辿り着き外へ出るためには、どうしても校舎の中を通らなければならないのだ。
 雪絵は昇降口を目指して歩き始めた。
 暗い廊下は静まり返り、恐怖映画の舞台としては申し分のない雰囲気だ。
 その不気味な廊下をひたすら歩き続ける雪絵。
 気のせいか、遠くの方から笑い声が聞こえてくる。
 その声から逃げるように足を早める雪絵。
 早く校舎から外に出なければ、本当にお化けと対面してしまいそうだ。
「きゃはははは、もうだめ、許して、お願い!」
 今度ははっきりと笑い声が聞こえた。気のせいではない。
 しかもその笑い声は、何か悲鳴のようにも聞こえる。まるで他人からいやがらせを受けているかのようだ。
「こんな時間に一体何事?」
 足を止めて目を凝らす雪絵。
 遠くの方に光が見える。全ての教室の灯りが消されている中で、一つだけ灯りの点っている教室があるのだ。
「あの教室ね」
 足早に歩み寄り、窓から中の様子を伺う。
 そこには信じられない光景があった。
 机や椅子は全て後ろの方に寄せられ、教室の中央で一人の女子生徒が他の女子生徒たちに両手を掴まれ、大きく広げさせられている。
 彼女たちは皆、夏の体操着にブルマという格好だった。
「きゃははは、くすぐったくて死んじゃうよぉ!」
 悲鳴にも聞こえるかん高い笑い声は、両手を広げさせられた生徒の物だった。
 なんと彼女は閉じる事のできない腋の下や脇腹を、周りの生徒たちにくすぐられているのだ。
「ちょっとあんたたち、もう30分経ったでしょ?」
「今度はあたしたちの番! 早く交代してよ!」
 くすぐりに加わっていない数名の女子生徒たちから、そんな声が上がる。
 笑い声を上げている生徒は、今まで少なくとも30分もくすぐられ続けていたのだ。
 しかも、これから別な生徒によって、新たなくすぐりが行われようとしているのだ。
 ――なんて酷い事を!
 雪絵の胸の奥から怒りがこみ上げてきた。
 くすぐりに夢中になっている生徒たちは、不平をもらす生徒たちとなかなか交代しようとせず、最後のとどめとばかりに激しく指を動かす。
「ンムムッ、くぅっ、キャハハハハ、もうだめぇ!」
 くすぐられ続ける少女は必死に笑い声を堪えようとするが、腋の下や脇腹、腰などから送り込まれる凄まじく妖しい刺激に耐え切れず、再び激しい笑い声を上げてしまう。
 雪絵はそれ以上見ていられず、教室の扉を勢い良く開けた。
「あんたたち、何をやってるの! 弱い者いじめなんてしちゃダメでしょ!」
 雪絵の声に、教室が静まり返った。
 すかさず、くすぐられていた生徒を周りの生徒たちから引き離し、自分の背後にかくまう雪絵。
「ちょっと待ってよ」
「あたしたちはその子の友達よ」
「いじめなんてしてないわ」
 彼女をくすぐっていた生徒たちや、順番を待っていた生徒たちから、そんな声が上がる。
 現場をはっきりと見られているというのに、どうして彼女たちにそのような言い逃れができようか。
 まさか、人をくすぐる事がいじめでないと本気で思っているわけではあるまい。
「とにかく今日この子はあたしといっしょに帰るの! 下校時刻はとっくに過ぎてるでしょ? あんたたちも早く帰りなさい!」
 雪絵の言葉に不満げな顔を見せる女子生徒たちであったが、やがて全員がセーラー服を持って教室を出て行った。
 彼女たちが近くの更衣室へ入るのを見届けると、助けた女子生徒を連れて別な階の更衣室に入った。
 ロッカーの陰で、彼女が着替え終わるのを待った。
「さきほどはありがとうございました」
 彼女が着替えながら礼を言う。
「あたし、小さい頃からものすごいくすぐったがりなんです。だからみんな面白がって、あたしの事くすぐるのをやめようとしないんです。助けて頂いた上に待たせてしまって、申し訳ありません」
「いいのよ。風紀委員なんだし、嫌がらせをされている子を助けるのもあたしの仕事なんだから。それにあなたを一人にしたら、また彼女たちにつかまってしまうかもしれないでしょ?」
「確かにそのとおりですね。ありがとうございます。えっと……」
 彼女が何かいい淀んでいるのを聞いて、雪絵はまだ自分の名前を告げていない事に気がついた。
「あ、あたし、松本雪絵。雪絵って呼んで。確かあなたは同じクラスの……」
「はい。野々村聡美です。聡美って呼んで下さい」

 二人が外へ出た時、辺りはすっかり暗くなっていた。
 夜の校舎は不気味だが、校舎の周りには森のような庭が広がっており、生い茂る木々が暗闇の不気味さを際立たせている。
 まさかお化けなどは出ないだろうが、早く聡美を家まで送り届けなければ、暗闇から再びいじめっ子が出現するかもしれない。
「雪絵さんは演劇部なんですね」
 早足で歩く雪絵に、後ろを歩く聡美が楽しげに話しかけてくる。
「そうよ。今日は体育館が使えなかったから、屋上で練習していたの」
「それで帰りがけに教室の前をとおりかかったわけですね」
 聡美の言葉を聞きながら、雪絵は思った。
 もしも今日の練習がいつもどおり体育館で行われていたら、あるいは雪絵が後片付けの当番でなかったら、聡美は今ごろどうなってしまっていたのだろうと。
「ところで雪絵さんももしかしてくすぐったがりなのですか?」
「ええ、そうよ」
 聡美の質問に、雪絵は素直に答えた。
「それじゃあたしと同じですね。あたし、腋の下と脇腹がものすごく弱いんです。それから足の裏とかもものすごくくすぐったいんです。指の間とか悪戯されたりしたら、もうたまりません。でも他の場所も強いわけじゃなくて、たとえばお風呂に入った時とかに石鹸つけた手の指先で全身撫で回されたりすると、悲鳴を上げながら身悶えちゃったりしちゃうんです」
 聡美の話を聞きながら、雪絵は身震いした。
 聞き流そうとしても、足の指の間を指で悪戯される感覚や、全身をはい回る石鹸まみれの手の感触を想像してしまう。
「雪絵さんはどうですか? 特にくすぐられると弱い所とか、どんなふうにくすぐられるとくすぐったいとかって、ありますか?」
 聡美の無邪気な質問に、雪絵は振り向いた。
「聡美さん、さっきからくすぐりの話ばっかりね。なんだか聞いているだけでくすぐったくなってしまうわ」
 それは、決して誇張ではなかった。聞いているだけで、妖しく蠢く指先に身体の至る所を悪戯されているような感覚に襲われる。
 話を聞くだけでそうなってしまうのだから、もしも本当にそのような事をされたら、気が狂ってしまうかもしれない。
「あ、ごめんなさい。くすぐりは苦手なのに、変ですよね、あたし」
 謝った聡美の顔が、不意に雪絵の方に近付いてきた。
「でもあたし、雪絵さんの事、もっとよく知りたいんです」
「え?」
 次の瞬間、聡美の唇が雪絵の頬に触れた。
「あっ!」
 思わず驚きの声を上げる雪絵。
「それじゃあたしの家こっちなので。また明日学校で」
 唇を離した聡美は、雪絵に向かって手を大きく振りながら、雪絵とは別な道を走り始めた。

 家に着いてからも、聡美の唇の感触が頬から消えなかった。
 誰かにキスをされるなど、生まれて初めての事だった。
 思い出すだけで顔が火照るのが自分でも分かる。
「さあ皆さんお待ちかね、『アイドルの秘密を暴け』の時間がやって参りました。本日のゲストは、現在歌にドラマに大活躍の……」
 茶の間のテレビでやっているのは、見慣れない番組だ。
 いつもこれほど帰りが遅くなる事はないので雪絵には分からないのだが、今目の前でお菓子を頬張っている妹は、よく見ている番組らしい。
「お姉ちゃん、顔赤いよ。どうしたの?」
「何でもないわ」
 聡美との事はなるべく思い出さないようにしているつもりなのだが、やはり顔の紅潮は妹にも分かってしまうほどのものらしい。
 秘密を守るというのは、なかなか難しい事である。
「彼女の持つ数多の秘密を暴かんと……」
 テレビのアナウンスに、妹が画面の方へ顔を向ける。
 妹としては、雪絵の持っている秘密よりも、アイドルの秘密の方に興味があるらしい。
 しかし、その画面に映し出されていたのは、雪絵の想像を絶する光景だった。
「くすぐり仮面による拷問が今開始されました」
 アナウンスのとおり、画面の向こうでは水着姿の某アイドル歌手が両手両足を大きく広げた格好で、十字架にハリツケにされ、仮面を付けた女がそのアイドル歌手の無防備な腋の下や脇腹に手を這わせ、指先を激しく蠢かせている。
「あっ、始まった。すごい、あの子くすぐられるとあんなに笑うんだ」
 妹は、アイドル歌手に対するくすぐり拷問の様子を、目を輝かせながら食い入るように見つめている。
「果たして彼女はくすぐり仮面の巧みな指の蠢きに耐え続け、彼女の持つ恥ずかしい秘密の数々を守り通す事ができるのでありましょうか」
 まるでサーカスか何かのようなアナウンスと、容赦なく続けられるくすぐり拷問の様子に、雪絵は開いた口が塞がらなかった。
「なっ、何なのこの番組は」
 雪絵の言葉など聞こえないかのように、妹は画面に釘付けになっている。
「まずは腋の下と腰への同時攻撃。どちらも敏感な部分です」
「きゃははははは、くすぐったーい! もうだめ、もうだめぇ、きゃはははははぁ。でもこんな事で白状なんてするもんですか、きゃはははは」
 画面ではくすぐり仮面によるくすぐりに、アイドル歌手がかん高い悲鳴と笑い声を上げている。
「おっと、今度はいきなり脇腹とお腹へとくすぐりの手を異動しました。こちらもまた非常にくすぐったい箇所であります」
 アナウンスのとおり、アイドル歌手ををくすぐる手は、次々と場所を変えて彼女の全身を動き回り、彼女に更なる悲鳴を笑い声を上げさせる。
 雪絵はその画面を見ているだけで、全身に鳥肌が立った。
 アイドル歌手が感じている凄まじいくすぐったさに、自分も襲われているような錯覚すら覚える。
「果たして彼女は……」
 もう雪絵は見ていられなかった。
 テーブルの上に置かれていたリモコンを取り上げ、テレビに向けて電源ボタンを押した。
 突然沈黙したテレビに妹が表情を変えた。
「ちょっと、いきなり何すんのよ」
 テレビの沈黙した原因を知った妹が、雪絵に向かって叫んだ。
「この番組、学校の友達みんな見てるのよ。早くテレビつけてよ」
 ああ、それで学校であんないじめが流行るのね。
 雪絵は、妹の見ていたこの番組が、さきほどの聡美へのいじめの原因と見て間違いないと考えた。
 ならば、妹にこのような番組を見せる事は、風紀委員としても認めるわけにはいかない。
「ダメよ。こんな番組があるから世の中がおかしくなるの。もうこんなの見ちゃだめ」
 手に持ったリモコンを妹に取られないよう、妹から遠ざける雪絵。
「そんなの偏見だよ。とにかく、そのリモコンこっちによこしてよ」
「ダメ」
 リモコンを奪おうとする妹の手から更に遠ざけようと、高く持ち上げる雪絵。
 その瞬間、妹の関心はリモコンから、雪絵の無防備な腋の下に移った。
「スキあり!」
 妹が素早く雪絵の身体にしがみつき、リモコンを持ち上げた腕の付け根の腋の下に手を回した。
「しまった!」
 雪絵が叫んだ時、妹の手が雪絵の腋の下で激しく蠢き始めた。
 敏感な腋の下から送り込まれる妖しい刺激は、凄まじい嵐となって雪絵の身体の中に吹き荒れた。
「きゃははは、そこはだめぇ! やめてぇ! やめなさいっ!」
 たまらずかん高い悲鳴と笑い声を上げる雪絵。
 腋の下を懸命に閉じようとするが、すでにその部分に取り付いた手は、腕に挟み込まれてもなお蠢き続ける。
 誰かに助けを求めようにも、両親は二人ともいつも仕事で帰りが遅いのだ。
 たとえ隣近所が雪絵の声を聞いたとしても、それが笑い声であっては誰も助けに来ないだろう。
「お姉ちゃんもめっちゃくすぐったがりィ! 腋の下が弱いのね。今日はアイドルじゃなくて、お姉ちゃんの恥ずかしい秘密をいっぱい聞き出しちゃおう」
「秘密なんて、そんなのないもん。だから、もうやめてぇ!」
「それじゃぁ一晩中くすぐり続けてもしゃべらないのね」
 妹の言葉に、雪絵は恐れをなした。
 送り込まれる刺激の妖しさと凄まじさに今にも気が狂いそうなのに、このまま一晩中続けられたらどうなってしまうのか。
 夜中には親が帰宅するので一晩中など無理なはずではあるが、それでも雪絵がどうにかなってしまうには十分すぎるほどの時間がある。
「そんなぁ」
 恥ずかしい秘密をしゃべればやめてくれるのだろうか。
 雪絵の脳裏に、さきほどの聡美との出来事が浮かんだ。
 だが、それは誰にも知られず、二人だけの秘密にしておきたかった。
 そうしなければいけないような気がした。
 それに、仮にその事を一つ話した所で妹の執拗なくすぐりの手が止まるとも思えない。
「きゃははははは、もうだめぇ!」
 雪絵はかん高い悲鳴と笑い声を上げ続け、腋の下から脇腹、腰、お腹や背中へと場所を変えながら激しく蠢き続ける妹の指により送り込まれる刺激の嵐に耐え続けるしかなかった。


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