(た)作品

女子大生…花見とトイレと行列と

エピローグ その時冴子は、それは悪夢を断つ才覚を持つ女性
 だが、この状況を何とかしなければならない、この場から立ち去らなければならない…そう思って知紗子は顔をあげ、隣にいたはずの冴子の姿を探した。だが、そこに冴子の姿が見当たらない。

 その時、トイレの入り口の奥の女子便所の中から「すいません…あの…」という声が聞こえた。それは、紛れもなくさっきまで自分の隣にいたはずの冴子の声だった。

 もはや冴子も尿意が耐えられなくなっていたのだ。そして、隣で自分の女友達が失禁して下半身をぐっしょり濡らす姿を見て、「このままだと自分もこうなる」…そう思った冴子は意を決して狭い女子便所の中に飛び込んでいったのだ。

「すみません…順番代わってもらえませんか…もう、もれそうなんです。」

 冴子が必死に訴える。だが、誰も動かない。

「お願いです…もう…ずっと我慢してるんです…お願いです…」

 みっともないと知りつつトイレの順番を譲ってほしいと周囲に懇願する女性。おしっこの順番を代わって欲しいと冴子がもれそうになりながら涙目になって訴えても、そんな失禁寸前になった女性の哀願に耳を貸そうとする人は誰もいなかった。

 それはそのはずだった。みんな尿意が高まっているのだ。みんな今にも自分がもらす寸前になって、女性たちはみんな必死になって尿意に耐えているのだ。

「トイレの行列の先は踊り狂っている…」そんな事を誰が言ったのか、女性たちはみんな排尿の順番を待ち焦がれ、身をよじったりジダンダを踏んだりしてみんな必死の思いでおしっこを我慢しているのだ。

 必死に排尿の順番を待ち焦がれ、今にも下から液体をほとばしらせそうになりながら今か今かと排泄の場所を待ち望んでいる…それは冴子だけではない。「一刻も早く排尿がしたい」「1分、いや1秒でいいから一刻も早くおしっこがしたい」という願いは、この場に並んでいる女性全てに共通のものなのだ。

「お願いします…」

 いくら頼んでも順番は譲ってもらえない…一刻の猶予もない切羽詰まった尿意に追い詰められた女性の目に、ふと、トイレの床の小さな排水口が目にとまった。トイレの床を掃除する時に水を流す排水口…女子便所の床の真ん中に網状の蓋をかぶせてある、どこにでもある小さなトイレの排水口だ。

 女子便所の床のタイルの真ん中に口を開けた直径10cmほどの小さな穴…それを見た瞬間に冴子の覚悟は決まっていた。

「もういいです。」

 そう言うや否や、冴子はトイレの小さな排水口の蓋をまたいで立った。周囲が「えっ」という顔をするのも構わず、冴子はタイトスカートをするするとたくし上げ、排水口の蓋の上でパンツをずらそうとストッキングの淵に手をかける。

 周囲が「えっ」という顔をするのは当然のことだった。この公園の女性用のトイレの中はそれほど中が広いわけではない。トイレがもっと広ければこんなに混むこともないだろう。だが、明らかに花見シーズンで集中する女性客を捌き切れない大きさの小さな女性用トイレは、見ようと思えば外から中の様子を簡単に窺うことだってできるのだ。

 外には女性ばかりではなく、冴子からは異性にあたる男性だっているだろう。そんな場所でお尻をまくってしゃがみ込めば、うら若き妙齢の女性がトイレの床に激しいしぶきを散らす姿を男性に外から見られてもおかしくないのだ。

 だが、冴子にはそんな事を考えている余裕はもうなかった。とにかく排泄しなければならなかった。トイレの外に出て、物陰にしゃがんで木陰で排尿するという手もあるだろう。だが、冴子の火急を告げる下半身には、トイレの外に出て人に見えない陰を探す時間は残されていなかった。

 冴子もまた、知紗子と同じように竿を持たない女性である限りは、たとえ人に見られていようと下半身を露わにしない限りは尿意から免れないのだ。

 少しきつめのストッキングを腰をくねらせながら下にずらす冴子。せめて顔を見られないようにと入口に背を向ける冴子だったが、その代わり、年頃の美しい女子大生のきれいなお尻がトイレの外から丸見えだった。

 お尻からストッキングが脱げると、冴子はパンツに手をかけ、パンツとストッキングを一気に下にずらした。一瞬だけ冴子は後ろにお尻を突き出すような姿勢になり、そして、するするとパンツをずらしながら、冴子はトイレの排水口の上にしゃがみ込んだ。

 しゃがんだまま、自分が思った場所に排尿が届くように排水口の上に照準を定める冴子。自分のしゃがむ場所を微調整して、自分の体の真下よりも少し前に排水口の蓋が来るように位置を決めると、冴子はそれまでずっと下半身に込めていた力をゆっくりと抜いた。

 最初は緩やかだった流れが、すぐに激しい勢いとなって排水口の上にたぎる。黄色い冴子の女性尿が排水口の蓋に当たって飛び散り、冴子の靴も太もももびしょびしょに濡らしてゆく。それだけではなく、あまりに勢いの激しい女子大生のおしっこが周囲に飛び散って、冴子の近くに並んでいた人が顔をしかめて後ろに下がるぐらいだった。

 ジョォォォォっ!…

 排水口の周囲に冴子のおしっこが飛び散り、黄色い液体が泡をたてて排水口に渦巻き、そして、斜め上から床のタイルに刺さる冴子の水流が生卵を混ぜるかのようにトイレの床のおしっこを攪拌し、じゅぶじゅぶと泡をたてては渦を巻いて順番に排水口に流れてゆく。

 排尿姿を人に見られる羞恥と、排尿が間に合ったという安堵がないまぜになった感情が冴子の中に湧き上がる。そして、感情がごちゃまぜになりながらしゃがんで排尿する女性の全身に、あの、ずっと我慢していたおしっこをようやく放てた時のスーッとする快感が女体の下から上へと立ち昇ってゆく。

 適当なところで切り上げようと思っていた冴子だったが、やはり、女性が我慢していたおしっこを途中で止められるわけはなく、冴子もまた、知紗子と同じように衆人環視の中でダラダラとおしっこを床に垂れ流すのだった。

 女性の下半身から切れ目なく流れ出るおしっこを止められず、我慢から我に返るに従い、冴子の心の中に覆いがたい恥ずかしさがこみ上げてくる。しかも、外からは男性の声もする。異性に見られているか振り返って確かめることはできないが、凝視されていてもおかしくはないだろう。しかも、冴子は美人だ。

 我に返った冴子の頬を羞恥と屈辱の涙が伝う。やはり、衆人環視の中でお尻をまくって排尿することは、女性にとって耐えがたい羞恥であり屈辱だった。女性が人の見ている前で下半身を露わにすることは恥辱の極みだろう。だが、それだけではない、冴子は下半身を露わにしながら、その女性の秘めたる場所、決して人に見せてはならない場所からおしっこをたぎらせる姿を人に見られているのだ。

 トイレでしゃがんで泣きながら排尿する女性…誰にも順番を譲ってもらえず、さぞかし冴子は悔しかったことだろう。

 やがて冴子も排尿を終えた。

 排尿を終えると冴子はささっと自分のティッシュであの場所を拭いて立ち上がり、大急ぎでパンツとストッキングをはいてスカートを下ろすと、ごみ箱にティッシュを投げ捨てて逃げるようにその場を立ち去った。

 外から見られたかも知れない…今は間に合った安堵より恥ずかしさが勝っていた。そんな女であるが故の羞恥に冴子は指で涙を拭っていたが、だが、トイレの外に出ると、そんな事を言っていられない光景が冴子の目に飛び込んできた。

 冴子が列に戻ると、下半身をぐっしょり濡らした知紗子がまだ行列の途中にしゃがみ込んでシクシクと泣いていたのだ。人前で粗相をして、二十歳も過ぎた女性が下半身をびしょ濡れにして泣いている姿、それはとても惨めなものだった。事が終われば何もなかったかのような冴子の姿に比べれば、下半身を濡らす知紗子の姿は同性としては目をそむけたくなる悲惨さだった。

 彼女を何とかしなくてはならない…

「知紗子、行くよ…」

 そう言うと冴子は知紗子の腕の中に自分の腕を通し、泣きじゃくる知紗子を立ち上がらせた。そして、とりあえず人目につきにくい少し離れた茂みの中に知紗子を連れ込んだ。

 それからの冴子の動きは電光石火の速さだった。何せ、知紗子とは違って冴子は今となってはほぼ無傷なのだ。たとえトイレの中での排泄姿を後ろから見られたかも知れないが、結果として冴子は着ている服を汚したわけでもなく、今の彼女の様子は外から見れば何もなかったのと同じなのだ。

 それだけの判断力を持つ冴子だけに、その後の行動は鮮やかなものだった。

 知紗子を植え込みの奥にしゃがませると、冴子は知紗子にズボンのウエストサイズを尋ねた。サイズを聞くと冴子は知紗子を置いて公園を離れ、駅からの道すがらにあったはずの衣料店に入り、知紗子に合うサイズのありあわせのジーパンと、下着のパンツを買った。それからコンビニに寄ってタオルと紙袋を買い、冴子は走って公園に戻ってきた。

 そして知紗子の下を脱がせ、タオルで拭いてやり、買ってきた下着とジーンズをはかせると、濡れたスキニーとショーツをビニール袋に押し込んで紙袋に入れ、それを持たせると冴子は知紗子を家に帰した。

 そして自分は宴席に戻り、「知紗子は気分が悪くなって先に帰った」とみんなに報告するところまで含めて完璧だった。

 もし冴子が美人ではなかったとしても、いわんやもしも不細工であったとしても、結婚するなら冴子のような女性を嫁に選ぶべきだろう。

 冴子のような女性がおもらしを見せてくれることはないかも知れないが、いや、冴子が人前でおもらしすることなんて絶対にないだろうけれど、それ以上に、長い人生を共に生きる伴侶として、いざという時に危機を回避する判断力や胆力は、女性のみならず人としてなかなか得難い大切な能力だからだ。

 男としては、できれば冴子のような女性を伴侶に選び、そして、終生大切にしたいものだ。


(完)


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