ミニメロン作品

学園祭で行こう

11
 私服で登校するのは小学校の時以来の事だった。服装が自由なのは嬉しいけれど、これまで制服での登校が当たり前だったためか、どの服を着て行くべきか迷ってしまう。
 最終的に美鈴が選んだのは、白のブラウスにピンクのセーター、それに紺色のジーパンだった。
 女子がズボンをはいて学校へ行くなど、こんな時でもなければ滅多に体験できる事ではない。そう考えた生徒は以外と多かったらしく、クラスメイトの半分近くがズボンを穿いて登校していた。
 琴音もまた、美鈴と同じピンクのセーターに紺色のジーパン。先日二人で買い物に行った時にお揃いで買った物だった。
「ねえ、見て見て。本当に私服だわ。うらやましい」
「本当ね。私も一度でいいからしてみたいわ。私服登校」
 休み時間、廊下の窓から教室を覗き込む他のクラスの生徒達の間から、そんな会話が聞こえて来る。
 そんな中で、私服の生徒たちは朝のホームルームの時に委員長から配られた紙切れを持って、仲の良い者同士集まり相談している。
「ねえ、どの先生がいいと思う?」
「やっぱり保健室の先生でしょ。美人で生徒たちの憧れの的だし。普段の顔も素敵だけど、くすぐって笑わせた顔も見てみたいと思わない?」
「そうね。その先生も捨て難いけど、やっぱり担任の椎名先生でしょ。お仕置きと称して生徒をくすぐる先生が、自分がくすぐられた時にどんな反応をするか、知りたいと思わない?」
「それもそうね」
 そのような会話が教室のあちこちで聞こえて来る。
 中にはすでに紙切れに名前を書いている者もいた。
 そして、それらの紙は昼休みに回収され、即座に開票作業が行なわれた。
 教壇の周りに集まったクラス全員の視線は、数名の先生の名前と正の字の並んだ黒板に釘付けとなっていた。
 正の字に最後の棒を書き加えた委員長が厳かに発表した。
「以上の結果から、私たちのクラス全員によるくすぐりのターゲットは、椎名先生に決定しました」
 生徒たちの間から喚声が上がる。
 椎名先生の名前の下に書かれた正の文字は、保健室の先生と僅か2票差である事を示していた。

 放課後、机を後ろへ寄せられた教室に、紺色のジャージに着替えた生徒たちが輪になっていた。
 その輪の中心で、委員長である近藤真希子が声を上げる。
「それでは皆さん、明日は私たちの担任である椎名先生を存分にくすぐれる日です。先生の滅多に見られない笑顔を見たい人も、今までくすぐられた怨みを晴らしたい人も、この貴重な時間を有意義に使うための練習をこれから始めたいと思います。とても幸運な事に、近くの高校から素晴しいトレーナーたちが来てくれました」
 真希子にトレーナーとして紹介されたのは、紫のジャージを着た女子生徒たち。そのうちの数名が、美鈴の手足を大の字に広げて抱え込んでいる。文化祭の日にこの教室に現れたばかりか、家にまで押しかけて着て散々美鈴をくすぐった、くすぐり部員を自称する生徒たちだ。
「それで、何で私が練習台なわけ?」
 美鈴が真希子に向けて不平の言葉を発した時、美鈴の片手を抱えていた生徒が悪びれもなく答えた。
「だって、美鈴ちゃん、くすぐられるのが大好きなんでしょ。本当は練習台にされて嬉しいくせに。素直じゃないんだから」
 軽く引っぱたいてやろうと思ったが、腕を拘束されていてはどうにもならない。
「それではさっそく、お手本をお願いします」
 真希子に促され、紫色の生徒たちが一斉に美鈴の身体に手を伸ばす。美鈴の弱点を早くも熟知していた指先は、たちまち美鈴を激しく身悶えさせていた。
「きゃはははぁ、くすぐったい!」
 思わず笑い声を上げた美鈴の耳許で、腕を掴んでいた生徒の一人が囁く。
「だめよ。今日は効果的なくすぐりの方法を部長がみんなに解説するんだから、なるべく笑い声を上げないようにして、静かにしてないと」
 彼女の言葉に懸命に笑いをこらえる美鈴。しかし全身を這い回る指の蠢きは、美鈴の笑いの神経を容赦なくかき鳴らす。美鈴は歯を食い縛り、こみ上げる笑いを懸命に抑え、全身に吹き荒れる凄まじい刺激の嵐に耐えていた。
「彼女たちの指の動きを良く見ておいて下さい。時には強く、時には軽く、強弱をつけながら指の動きを複雑に変化させると、とても効果的です。しかしこの子の場合、たとえ多人数でこのようなくすぐりを行なっても、特定の箇所だけをくすぐっていたのでは、すぐに慣れてしまいます。このような場合は、くすぐる位置を微妙にずらしていくと……」
 くすぐりに参加していない、くすぐり部の部長らしき紫ジャージの解説に合わせるように、美鈴の身体で蠢いていた無数の指が、位置を微妙に変える。
「うっ、くふぅっ、んぐっ、ああっ、もうだめぇ、きゃはははははははぁ!」
 新たな弱点を責め嬲る指の動きに新たな神経がかき鳴らされ、美鈴はたまらず再び甲高い笑い声を上げた。
 注目しているクラスメイトたちは、くすぐり部員たちの指の蠢きと美鈴の身悶えと笑い声の凄まじさに、思わず生唾を飲み込んでいた。
 部長がパンパンと手を叩いたのを合図に、部員たちの指の蠢きが止まった。手足を拘束されたまま、息を弾ませる美鈴。その身体は刺激が去った後も小刻みに痙攣し続けている。
 美鈴の笑い声によって中断されていた部長の解説が後に続く。
「……このように、凄まじいくすぐったさを与える事ができるのです。常にくすぐる場所を少しずつ変える事は、できるだけ多くの弱点を探すという観点からも、とても重要な事です。一つの弱点を責め続け、それに慣れられたら別な弱点を責める。これを多人数でされれば、どんな気丈な女でもたちまち可愛らしい笑い声を上げる事間違いありません」
 部長の解説が終わった後も、美鈴のクラスメイトたちは皆あっけにとられていた。
 自分に向けて促すように部長が頷いているのに気づいた真希子が、ようやく声を上げた。
「それじゃ、出席番号の若い方から5人、さっそく柳沢さんをくすぐってみて下さい」
 真希子の声に従い、5人の生徒たちが美鈴の前後に立ち、無防備な脇腹や腋の下、背中、太腿などに手を這わせ、指を蠢かせ始めた。
「きゃははははぁ」
 美鈴は再び笑い声を上げたものの、クラスメイトたちの指の蠢きは、くすぐり部員たちのそれに比べて幾分か物足りなく感じられた。
「ねえ、これ、どう?」
 美鈴の後ろに立ち脇腹を責めていた琴音が耳許で囁いた。
「もうちっと下の方へずらして見て。そう、そこ、すごいわ、きゃはははは」
 琴音と美鈴の会話を聞きつけた他の生徒たちも、一斉に自分の指の動きの感想を聞こうとする。
「ねえ、ここ、どうかしら?」
「右の子と比べて、あたしとどっちがくすぐったい?」
 交代で美鈴をくすぐるクラスメイトたちのそんな質問に一つ一つ答えているうちに、彼女たちもコツを掴んできたのか、いつの間にか彼女たちの指の蠢きは美鈴を激しく身悶えさせ、甲高い悲鳴を上げさせていた。

「大丈夫だった?」
 学校帰り、琴音は美鈴に不安気な声で尋ねた。辺りはすっかり暗くなっている。
「大丈夫って、何が? とっても楽しかったよ」
「私にくすぐられた事が? それともみんなにくすぐられた事が?」
「もちろん、両方よ」
「そう」
 琴音の声は今までになく静かで、それでいて真剣だった。二人の間に沈黙が訪れた事に不安を覚えた美鈴は、必死に言葉を探した。
「その……琴音ちゃんのくすぐりも、前よりもすごくうまくなったと思うわ。とってもくすぐったかったよ」
「でも、あのくすぐり部員の子たちの方が、うまかったんでしょ?」
「それは、彼女たちが普段からそれを集中的に練習してるからよ」
「私も、美鈴ちゃんをくすぐるのを集中的に練習してみたい。そして、美鈴ちゃんを思いっきり笑わせてあげたい」
 琴音は美鈴の手を片手で掴んだ。その手を美鈴が強く握り返す。
「そしたら私も琴音ちゃんにたっぷりとお返しをしてあげるわ。もちろん、琴音ちゃんがくすぐられるのにもっと慣れてからの話だけど」
 そこまで言ってから、美鈴は思いついたように明るい口調で続けた。
「そうだ。これから琴音ちゃんの家に遊びに行っていいかしら。私の身体で夜中までたっぷりと練習させてあげるわ。私の家だと理奈お姉ちゃんや詩織がいるけど、あなたの家なら私の身体を独占できるでしょ?」
「本当? でも、美鈴ちゃんの家族の人、心配するんじゃないかしら」
「大丈夫。お姉ちゃんたちも琴音ちゃんの事お気に入りだから、許してもらえるわ」

 二人が琴音のアパートに近づいた時、耳障りな物音が耳に届いた。アパートを見上げた琴音は、思わず息を飲んだ。
 誰かが美鈴の部屋のドアを乱暴に叩いている。二人はアパートを取り囲むブロック塀の陰に隠れて様子を窺った。ドアを叩いているのは、酒に酔った男のようだ。
「おらぁ、開けんかい、お前がここに居るっていう事は分かってるんだ。開けねぇって言うんなら、こっちにも考えが……」
「やめてっ!」
 闇の中に甲高い声が響いた。塀の陰を飛び出した琴音が、街灯の光に照らされながら険しい視線を不信人物に向けている。
「だれだ、てめェ……」
 そこまで言ってから、男は細めていた目を大きく見開いた。
「まさかお前は……」
 男がそこまで言った時、琴音も何かを悟ったかのように目を見開いていた。
 思わず走り去る琴音。その後を追う不審な男。塀の外へ出ようとした所で、男が何かに足を取られ、前のめりに倒れた。塀の陰に隠れていた美鈴が足払いをかけたのだ。
 急いで琴音の後を追う美鈴。男が立ち上がった時には、二人の姿は闇の中に消えていた。
 アパートから数分ほど走り続けた美鈴は、立ち止まって息を切らしている琴音にようやく追いついた。
「美鈴ちゃん、どうしたの? まさかさっきの人は……」
「そう。あの人は私の父親よ」
 琴音は息を調えながら、ようやくそう答えた。その声は走った疲労よりもむしろ恐怖のせいで、わずかに震えていた。

 次の日、琴音は美鈴の家から登校した。
「私と母は、ずっとあの男から逃げ続けていたの」
 学校への道を歩きながら、琴音はそう切り出した。
「昨日、母は男がアパートから離れるとすぐにそこを出て、近くのホテルへ泊まったそうよ。いずれにしても、あの人がすぐ近くまで来ている以上、私たちはここに長く留まる事はできないわ。だけど、私、いやなの。美鈴ちゃんと離ればなれになるのが」
「琴音ちゃん……」
 美鈴は思わず立ち止まった。
「そんなの、私もいや。私、母やお姉ちゃんに頼んでみる。琴音ちゃんの家族といっしょに住めないかって。私たちで、琴音ちゃんたちを守れないかって」
「だめよ。余所樣の家に迷惑をかけるような事はしちゃいけないって、母ならきっと言うと思うから」
 悲しげに俯いた琴音の表情は、髪に隠れて見えない。やがて顔を上げると、美鈴に信じられないような明るい笑顔を美鈴に向けていた。
「さあ、早く行かないと遅れちゃうわ。今日は先生をくすぐる日なのよ。遅れたら昨日の特訓がムダになっちゃうわ」

 椎名先生へのくすぐりは、その日の午前中の授業を潰して行なわれた。
 全校生徒が集まった体育館の中央で、ジャージ姿の椎名先生は、同じくジャージを着た美鈴のクラスメイト数名に大きく広げた手足を抱え込まれ、拘束されていた。
 その先生の周りには数名のクラスメイトが取り囲むように立ち、その周りに他のクラスメイトが同じくジャージ姿で腰を降ろして待機している。
 その周りには制服を着た他クラスの生徒たちが腰を降ろし、あるいは二階の通路に並んで事の成行を見物している。
「お願いだから、お手柔かにしてちょうだい」
 そう懇願する椎名先生の声が、不安そうに震えている。しかし、もちろんそんな言葉に耳を貸す生徒はいない。
「何言ってるんですか。先生が私たちをくすぐる時は容赦しないくせに」
「あれはお仕置きだから……」
 一人の生徒の言葉にそう答えようとすると、別な生徒が横槍を入れる。
「あら、それを言うなら、これは賞品なのよ。苦労して勝ち取った賞品ですもの。存分に堪能させてもらわないと、ねぇ」
 同意を求めるように周りを見回す生徒に、皆もまた大きく頷いた。
「そんな……」
「恐がっていられるのも今のうちよ。さあ、みんな」
 先生の後ろに立っていた生徒はそう言いながら、先生の無防備な脇腹に手を当て、指を激しく蠢かせ始めた。
 それを合図に、他の生徒たちの手も一斉に襲いかかる。
「きゃははははぁ、だめぇ、くすぐったぁい、きゃはははは!」
 広い体育館を揺るがさんばかりの笑い声が甲高く響く。凄まじい刺激の嵐に顔を大きく歪め、身悶え続ける先生の姿を、他のクラスの生徒たちが食い入るように見詰めている。
 笑い声が少しでも勢いを失うと、彼女をくすぐる生徒たちの指は微妙に位置を変えながら、更なる弱点を探る。そして先ほどにも増して先生を激しく身悶えさせ、甲高い笑い声を上げさせるのだ。
 そして、生徒たちの指が疲れる事には、今か今かと待ちくたびれていた別の生徒たちと交代する。そして新たな指の激しい蠢きに、先生は更に激しく笑い悶えるのだった。

 帰りのホームルームの時間、教室に現れた椎名先生は、その顔に気だるげな疲労を浮かべながらも、普段に比べて僅かに穏やかな表情に見えた。
 まるで午前中のくすぐりによって彼女の角ばった性格の一部が溶かされ、丸くなったような感じだった。
 その先生に、琴音はいきなり名前を呼ばれ、前に出た。
 クラスメイトたちに顔を向けて立った琴音の脇で、先生が口を開いた。
「今日、皆さんに残念なお知らせをしなければなりません。本日を以って、岡本琴音さんが転校する事になりました」
 教室が一瞬静まり返った。美鈴は先生の言葉が信じられず、目と口を大きく開いたまま固まってしまっていた。
「先生、嘘でしょ? あたしたち、一言もそんな話聞いてないし……」
 クラスメイトたちがが思っていた疑問を、委員長の近藤真希子が代表してぶつけていた。
「それは無理もありません。彼女の転校は、今日突然決まったのですから。これは彼女の家庭の事情によるもので、詳しい理由は私からは言えません。皆さんもその事について尋ねる事のないようお願いします」
 教室の中が騒然となる中、美鈴は一人静かに俯いていた。

 人びとのざわめきが辺りを包む中、電車の発着を知らせるアナウンスが流れている。
 駅のホームに立つ美鈴は、ボストンバッグの脇に立つ琴音と向き合っていた。
「本当に行っちゃうのね」
「ええ」
 美鈴の声にそう答える琴音は、悲しそうに俯いている。その琴音の肩に、隣に立つ母親の由香里が手を当てる。
「だいじょうぶ。向こうへ着いたら、柳沢さんだけには連絡先を教えてもいいわ。そうすれば時々は会えるでしょ?」
 確かに、時々は会えるかもしれない。しかし、琴音の転校先が今の場所から遠く離れており、そう簡単に行ける土地ではない事を、美鈴はすでに知らされていた。
「私、誰にも言わないから、安心して」
 美鈴のその声に、琴音は俯いたまま小さな声で答えた。
「美鈴ちゃん、私に言ったよね。いつか、今まで私にくすぐられた仕返しをしてくれるて。あの言葉、嘘じゃないよね」
 二人の間に、しばしの沈黙が訪れた。
 琴音にくすぐられて気が狂うほどのくすぐったさを味わいたい。そしてその仕返しに、琴音を思いっきりくすぐってあげたい。それは美鈴にとって、未だ実現されていない夢。琴音が遠くへ行ってしまい、簡単に会えなくなってしまったら、その実現の日はさらに遠のいてしまうに違いない。
「ええ、嘘じゃないわ。いつかきっと……」
 ようやく声を絞り出した美鈴は、その声が水に濡れたように襞くちゃに歪んでいる事に気付いた。頬を涙が伝い降りて行く。
 ホームに電車が入って来た。
「それじゃ私たち、もう行かないと」
 由香里は美鈴に頭を下げると、琴音の肩を抱きながら、電車のドアをくぐった。
 指定席券と座席番号を見比べながら、自分たちの席を探す。
「あった。ここよ。琴音が窓際。早く座りなさい」
 由香里に促された琴音であったが、通路の少し離れた所で俯いて立ったまま、席に座るどころか由香里に歩み寄ろうともしない。
「さあ、琴音」
 通路を引き返そうと由香里が足を踏み出した時、琴音は由香里に背を向けて走り出していた。
「琴音っ!」
 人目もはばからずに大声を上げる由香里。しかし、まるでその声が耳に届いていないかのように、琴音は走り続けた。
 琴音が電車を飛び降りたちょうどその時、扉が閉まった。
「琴音ちゃん!」
 目を見開いた美鈴の肩に、琴音は思いっきり飛びついた。
 動きだした電車の扉の向こうで由香里が何か叫んでいたが、その声は美鈴にも琴音にも聞き取る事はできなかった。
「私、やっぱり美鈴ちゃんと離れたくない! 絶体、絶体離れない!」
 琴音はそう叫びながら美鈴の肩に顔を埋め、泣きじゃくっていた。
 震え続ける琴音のを、美鈴の手がそっと抱いた。
「私も、琴音ちゃんと離れたくない。ずっと一緒にいる。そしていつか、いつかきっと……」

 朝の到来を告げる小鳥のさえずりに、柳沢美鈴は蒲団の中で耳を傾けた。窓のカーテンの隙間からは真っ青な空が覗いている。
 すぐ隣では、琴音の可愛らしい顔が軽い寝息を立てている。琴音の身体にそっと寄り添い、ぬくもりを確かめる。
 琴音がこの家で暮らすようになってから一週間が過ぎていた。美鈴と家族が家を出た後、琴音は留守番がてら、だれも頼んでいないにもかかわらず、家の中の掃除や洗濯などをこなしつつ、大検の勉強に励んでいる。
 学校の友だちや先生は、皆、琴音はすでに遠く離れた街で新しい学校に通っていると思っている。琴音が美鈴の家にいる事は、美鈴の家族と、時々合宿と称して美鈴の家に泊まりに来るくすぐり部員たちだけの秘密だ。
 将来は学校の先生になりたい、と、琴音は言う。椎名先生のように、可愛い生徒たちを存分にくすぐりたいと。
 琴音のその言葉を聞いて、美鈴にも将来の目標ができた。やはり先生になって、生徒たちを存分にくすぐってみたい。
 そして、いつかは琴音の事も……。
 美鈴の動きに気付いたのか、琴音の身体もモゾモゾと動き出し、ゆっくりと目が開いた。
「あ、美鈴ちゃん、おは……」
 寝ぼけた声で挨拶しようとする琴音の口を、人さし指でそっと塞ぐ美鈴。
 もう片方の手を伸ばし、枕元の時計を確認する。そろそろ家族が起こしに来る頃だ。
 ドアが開き、理奈と詩織が部屋に入って来た。
「まだ寝てるのね」
「ええ、ぐっすりと寝てるわ。さあて、先に目を覚ますのは、どっちかしら」
 詩織は理奈と顔を見合わせ、ベッドに歩み寄ると、せーので蒲団を引き剥がした。
「私、美鈴お姉ちゃんに十円!」
 詩織はそう言うなり、狸寝入りを決め込んでいる美鈴の足を抱え込み、足の裏に指を這わせて蠢かせ始めた。指によって送り込まれる妖しく凄まじい刺激に、美鈴の身体がピクリと震え、時折足の指が蠢く。
「それじゃ、私は琴音ちゃんに百円」
 理奈は琴音の足を抱え込んで足の裏に指を這わせた。
「きゃはははぁ、だめぇ、くすぐったぁい、きゃはははははぁ!」
 甲高い笑い声を上げながら、のたうち回り、ベッドから転がり落ちる琴音。
「あれぇ、今の笑い声は寝言かしら。それじゃ、今度は腋の下を責めてあげるわ」
 理奈の残酷な言葉に続いて、美鈴の耳にさらに激しい悲鳴と笑い声が届いた。
「だめぇ、そんなにされたら私、死んじゃうわぁ、きゃははははぁ、もうだめぇ、もう、きゃははははは!」
 琴音の激しい笑い声に、美鈴は思わずベッドから身を起こしていた。
「お早う、美鈴お姉ちゃん」
 大きく見開いた美鈴の目の前で、にっこりと微笑み挨拶する詩織。そして彼女のすぐそばには、枕をかかえた琴音が目を閉じたまま立っていた。
「きゃははぁ、だめだったらぁ」
 寝言のふりを決め込みながら笑い声を上げて見せる琴音。
「理奈お姉ちゃん、後で十円ね」
「しょうがないわね」
 妹と姉の会話を聞きながら口をとがらせた美鈴は、再びベッドに横になった。
「私、もう一回寝る」
 うつ伏せになり枕をかかえる美鈴の脇腹は、完全に無防備な状態となっていた。そこへ、顔を見合わせた三人の指が一斉に襲いかかる。
「さあ、起きなさい。起きないと、もっともっとくすぐったくしちゃうわよ。さあ、琴音ちゃんも手伝って。そおれ、こちょこちょこちょこちょ……」
 理奈の歌うようなその声に合わせるかのように、詩織と琴音の指が美鈴の全身を這い回り、激しく蠢く。美鈴の身体に耐え難い刺激の嵐が送り込まれる。
 やがて部屋には、美鈴の甲高い悲鳴と笑い声が響き続けていた。

―完―


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