それからしばらく・・・・・・・
彼女の極限状態も限界に達していた。
既にマジックハンドは収納され、彼女の体はX字拘束の状態のみとなっていたが、絶頂を求め体を捩り続けた結果、衣服は乱れて半裸状態になり、その身は何もされていないのにムズムズとした感覚に悩まされ、ピクピクと震えながらも絶頂に導いてくれる最後の僅かな刺激を待ち望んでいた。
「もう限界みたいだな」
「はあっあ・・・・あっ・・・」
呻きながら首を縦に振る。もはや彼女はまともに応える気力すらも失せていた。
「一応確認するが、もう死のうなんて思ってないか?」
くどいが、何度も自分で認識させる事によって、強制ではなく自分の意志であるという認識にさせる目的があった。
「はっはいいっ!」
「いきたいか」
「はっ、はい。は、はっ、はっはや・・・く、お願いですから・・・」
必死に懇願するマキ。今や彼女は、指で軽く撫でる程度でいってしまう状態にまでなっていたのである。
「分かった分かった。それじゃぁ、これで・・・・」
そう言って影山は、傍らの『道具箱』から、お気に入りの一本の羽箒を取り出した。
「あ、ああ・・・・」
それを見たマキの目が歓喜に潤む。
「これでどこを撫でてほしい?首筋?胸?太股?」
影山は羽をひらひらさせながら、マキの体に近づけたり遠ざけたりして、更に彼女の感情を煽った。
「ど、どこ、どこでもいいです。だから速く・・・・!」
「それじゃぁ、はだけていやらしく勃っている乳首を一撫で・・・・・」
「あっ・・・・あっ・・・・・・・」
羽がゆっくりと近づくにつれ、ようやく訪れようとしている絶頂に、彼女の胸は高鳴った。
だが、彼女をそこへ導いたのは、全く別の箇所からの刺激だった。
「ひっ!」
影山のもう一方の指が、ぐっしょりと濡れたマキの股間に触れ、激しく擦り上げたのである。
「ひっああああああぁぁっ!!!」
羽に神経を集中していたマキは、その不意打ちに全く対処できず、訳の分からないまま、あっという間に絶頂に達してしまった。
そしてその瞬間、影山の指がまたもリモコンに伸び、あるスイッチを押した。
その途端、今まで収納されていたマジックハンドが一斉に起動して再び姿を現し、余韻真っ只中のマキの全身を容赦なく襲った。
「うあぁ・・あきゃははははははははは!あひゃぁぁぁん・・・・あっああっひひゃははははははははははははは!!だ、だめ・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
余韻と相成って、くすぐりは笑いを引き起こしながらも快楽を伴い、もともと焦らされきっていた体に容赦なく快感の束となって襲いかかる。
「あああああああああっっっっっ!!!!!!だ、だめぇぇぇぇぇぇ!!!!」
脳天を貫く、恐ろしいまでの快感にマキは再び絶頂を迎え、一呼吸もしないうちに更なる絶頂を迎え、それは治まる事を知らなかった。
断続的に続く絶頂感に、狂ったように悶え続けた彼女は、気が狂うかと思われる直前に、気絶という安息を迎える事になった。
翌日
「あの・・・・影山・・・様・・」
リビングでくつろいでいた影山のもとへ、マキが訪れた。彼の思惑通り、今の彼女は昨日行われた説得(影山:談)に応じ、安易な死を選択しないようになっていた。
昨日の宣言もあるからであろうが、万一、またそう言う事を考えれば、彼女の脳裏に『説得』行為がよみがえる事は確実であり、それが一種のブレーキ代わりになる事だろう。
先日、彼女が着用していた黒装束は、「むさ苦しい」と言う理由で廃棄され、代わりにちょっとHなアニメ番組や特撮ヒーロー番組風の忍者服が用意され、彼女は今、それを着用していた。
いきなり慣れない薄着になった事で恥ずかしがっている所が妙に色っぽい彼女であった。
「何かな?惰眠を貪っている今は、難しい話は無しだよ」
わざわざソファをベット代わりにしている影山に、マキは神妙な面もちで問いかけた。
「・・・・・いいんですか・・・森本様の情報をお伝えしなくても?」
彼女はあの後、死を諦め、自ら絶叫した『情報提供』を申し出たのだが、影山はそれを受け入れなかったのである。
「直接関与してこなければもういい・・・・」
と言うのが彼の言い分であったが、マキにとっては、自分の命を狙っている相手を放置するのが信じられなかったのである。
「昨日も言ったけど、それは聞かないって言っただろ。本気ならもっと本格的に襲ってくるよ。特に今、実害がないならほっとくさ」
「でも・・・・・」
妙に納得いかないマキを、影山はパタパタと手を振って押し止めた。
「いいって、いいって、それより君は俺の保護下に入った訳だけど、組織がらみの行為だから、近日中にボスの水沢さんに紹介するからね。それまでは適当にくつろいでいいよ」
「でも、悪いです。何かお手伝いすることがあれば・・・・・」
本人が危機感を持たない以上、先の会話は成立しないと判断したマキは、情報提供を断念し、いつか求められた時に返答できるようにしておこうと思いつつ、話題を変えた。
「仕事は立場が公式に確定したら決めるから・・・・そうだな、暇だって言うなら、アリス達に聞いてみてくれ。今の所、俺には用事はないから・・・・」
「わかりました」
恭しく一礼して去るマキを見やって影山は考える。
それは今、話題になった森本の事であった。彼女にはああ言ったものの、気がかりな点はまだ幾つか存在している事も見逃せない事実だったのである。
「わからんな〜資料だと森本って奴は、合理化のためなら子供に爆弾を運ばせる事すらする程の奴だってのに、わざわざ失敗の分かりきっているマキを送り込むかな?捨てたって事にしても、こっちに押しつけなくても、自分の部下の玩具にした方がよっぽど有効だって事は分かってるだろうし・・・・・・・何か・・何かあるはずなんだよな〜〜」
唸って見せて影山はソファから身を起こす。
本人でもないのに、その人物の思考が100%分かるはずもないと言う持論が、この時脳裏をよぎっていた。だが、マキの素性を知った時から、何か引っかかる警戒心が、いつものように彼を呑気状態にさせなかったのである。
「旦那様」
思考に行き詰まった影山に、入室してきたメイが声をかけてきた。
「一般回線で、水沢様からお電話です」
そう言ってメイは、この部屋にあった電話の子機を取って差し出した。
「ああ、ありがとう」
受け取って回線を切り替える。
「もしもし影山です」
『おう、昨日の伝言聞いたぞ。ま〜た、変なのを養護したみたいだな』
いきなりの毒舌に、影山は受話器の向こうの人物に対し、苦笑を漏らした。
「変なの・・・は無いでしょう。いい娘ですよ。ちょっとドジですけどね。で、一応、組織がらみの事でしたから形式を踏みましたけど、基本的には専属メイド扱いにします」
『ああ、聞いている。それに関しては異論はない。それに俺も、お前の人選には興味があるからな。会わせてもらうさ』
「それじゃ、日程は連絡していた日でいいんですね」
『ああ、OKだ』
「分かりました、それじゃぁ、当日に」
『ああ』
事務的な会話が終了し、影山は待っていたメイに子機を手渡す。
「ふぅ、これで手続きはほぼ完了か・・・・」
ふと呟くと、影山は受話器を戻したメイに向かって言った。
「メイ、お目通りが済めば、晴れて彼女は後輩だ。あまり苛めるなよ」
「あ〜、酷いです旦那様、それじゃぁ、私が意地悪な先輩みたいじゃないですか」
冗談とは知りつつも、あえてむくれて見せるメイ。
「冗談だよ」
「ええ、分かっています。それより、水沢様への紹介は長いんですか?」
「いや、形式上の行為だから、実際は顔合わせ程度だよ・・・・・」
そこまで言った時、唐突に影山はひらめいてしまった。
「ちょっと待て!!」
「!?」
不意に出た言葉が自分に対する発言と思ったメイは、主の次の指示を待ったが、当の影山は、ブツブツと独り言を言っていた。
「いやまてよ・・・・だがそうか・・・そうすれば・・・一応のつじつまは合うか・・・・でもまさか・・・・・」
しばらくの間、そう言った独り言を続けた後、影山はちらりとメイを見て呟いた。
「嫌になるな・・・・」
「え?何がですか?」
唐突に発せられた言葉に、メイは困惑した。
「こんな事を思いつける人間が・・・さ。っと、それよりメイ、水野病院に電話して、地下施設の使用許可を貰ってくれ。それとマキをここに読んでくれ」
理由の説明はなかったものの、メイは指示をすぐさま実行に移した。
程なくしてマキが訪れ、その後すぐに水野病院への連絡がついたと言う知らせを受けた影山は、早速車で現地へと向かった。
水野病院とは、組織の運営する総合病院で、この地域一の規模と施設を誇る大病院だった。
もちろん『組織』の「本来の目的」の為の施設も整っていたが、もともと怪我人・病人を相手にする施設なだけに、ターゲットの最低基準である『健康な人物』が見つけにくく、その上、今話題の医療ミス等を起こして、視察監査をされないように、必要な予算は惜しみなく投資されているため、設備・人的資材共に充実し、医療ミスも全く起こしていないため、自然と世間から注目され、迂闊な行動は出来ない状態に陥っていた。
表の顔が大きくなりすぎた為に、裏の顔が出せなくなってしまった典型的な例だった。
そのため現在は、外部の者が臨時でその『施設』を利用するか、病院内の関係者が『罰』と称して看護婦や女医を責める程度に止まっている。
そんな事情のため、水野病院をまかされている院長は、影山の訪問予告を知らされた時、自宅に設備を持つ彼が、何のためにここに訪れたのかと、戸惑いを見せたと言う。
その時、何故か『医療施設である水野病院』に用事があっての訪問であるとは微塵も思われなかった事が、院長の、影山に対する評価の一旦と言えよう。
「こんちは、院長。相変わらず客が多いね」
「やはり病気や怪我って言う訳でも無さそうだな。一体何の用だ、もと不良患者」
院長と影山は、玄関先で出会い頭に軽口の応酬を行った。
「あれ?連絡行ってないですか?地下の特別施設を使いに来たんですよ」
「ああ、それは聞いている。この時間帯なら予約無しでもまず順番待ちなど無いが、わざわざここに来なくても、施設なら自宅の地下にあるだろう。何故だ?」
「ああ、違いますよ。『組織』の施設じゃなくて、『水野病院』の施設として借りたいんです。彼女の体を調べるために・・・・・」
影山はそう言って院長の想像を否定すると、自分の後に立っていたマキを促した。流石にさっきまでのコスチュームは公的な場所では怪しすぎる為、ここに至る途中で立ち寄ったデパートで購入した質素なワンピースを、彼女は着用していた。
「ふん・・・珍しく新顔だな。新しいメイドを雇うのか・・・・流石に他の三人には飽きたか?」
「「「!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
「う・・・・・・い、いやっ、失言だ・・・・」
お約束の冷やかしの後、軽く笑うつもりでいた院長だったが、何故か同行してきたメイド三人衆の殺気を含めた冷たい視線を一斉に浴び、冷や汗を流しながら思いっきり縮こまってしまった。
「雇うかどうかは、この健康診断次第ですよ。それで早速使いたいんですけど・・・・・」
「ああ、正式な手続きだったからな、ちゃんと準備はしてある。判らない事があれば、内線で呼んでくれればいい」
「分かりました。それじゃぁ早速・・・・」
影山は一同を促すと、院長に軽く一礼し、地下へと続く一般エレベーターへと向かった。
「それにしても・・・・」
影山達を見送って院長は思う。
「こんな所に来るときもあの服装とは・・・・・彼女達も意外に気合いが入っているな・・・・・」
医者とも思えない白衣に身を包んだ男を先頭に、ワンピース少女一人とメイド服の少女が三人。事情を全く知らない一般客にはどの様に見えただろうと、考えずにはいられなかった。
水野病院の地下施設は、組織専用とは言え露骨な秘密エレベーター等は無く、十四ヶ所に設置されているどのエレベーターからでも行くことが出来る。
これも世間体を考慮しての事で、秘密裏な区画は存在しておらず、施設も完全に医療検査室の様相と機能を持っている。
ただ、『 関係者以外立入禁止−水野病院委員長−』と書かれた立て札だけが、一般人の侵入を阻んでいた。
不用心とも思えるが、人気のないフロアでは意外と威圧感があり、病院と言う建物自体が特殊性を出しているため、その立て札一つだけで十分な効果があったのである。
もっともこのフロア施設の使用を予定している影山達に、立て札の効果は微塵も発揮されなかった。
病院最下層である地下三階の特別検査施設に一同は踏み込んだ。
診察室も、そのコントロール室も中は無人ではあったが、各機器は既に電源が入れられ、何時でも稼働できる状態にされていた。
「それじゃ、早速始めよう。マキちゃんは、あのベットに横になってくれ」
言われてマキはおずおずとベットに向かう。慎重なのも当然だった。いきなり理由も説明されず、こんな所に連れ込まれては、誰であろうと戸惑うものである。
「あの・・・・・ベットからHな機械は出てきません・・・・・・よね」
丸一日も経過していない体験が脳裏をかすめ、思わずマキは尋ねていた。
「ああ、安心していいよ。そう言う仕掛けはたくさんあるけど、今回は使わないから」
手をパタパタ振って、影山は軽々しく言った。
「あ・・・・あるんですか・・・・」
素人目では決して分からない仕掛け付きベットを見て、マキは冷や汗を流した。
「だから今回は使わないって・・・・・・それとも使ってほしいのか?」
「いっ、いえ、違います!!」
思いっきり否定すると、マキは慌ててベットに横になると、備え付けの枕に合わせて自分のポジションを直した。正直なところ、あの快楽は癖になりつつあった。だが、あそこまで乱れる自分に対しての羞恥心もまだ健在であり、進んであの責めに身を委ねる勇気が無かったのである。
「よし、位置はいいな」
マキがベットで落ち着くのを見計らい、影山はベットの脇に装備されているリモコンのスイッチを押す。
カシャ!
するといきなり枷がベットから飛び出し、あっという間にマキの体を固定した。
「きゃあぁ!な、何で拘束するんですか〜!?」
あの時の感覚が甦り、マキが思わず悲鳴をあげ、はっとなる影山。少しの間、手に持ったリモコンを眺めた後、彼はばつが悪そうに言った。
「すまん・・・・・つい、いつもの癖で・・・」
「い、いつもの癖って・・・・」
「いつもこんなパターンでね」
影山は照れくさそうに頭を掻くと、再びリモコンを操作し、マキの四肢に絡みついていた枷を解除し、リモコン自体もベットのポケットに戻し、自分は隣のコントロール室へ入っていった。
「あの方は自然体で嘘がつける人なのね・・・・・・・・・」
自由を回復したものの、今し方のやりとりを思い起こして、冷や汗をかくマキだった。
「それじゃアリス、体内スキャンを始めてくれ」
コントロール室入るや否や、影山は待機して待っていたメイド達に言った。
「はい。それでスキャン対象は何に設定するんですか?」
起動のための諸準備を済ませていたアリスは、まだ聞かされていない理由を問う意味も込めて言った。
「異物の捜索」
実に抽象的な指示だった。だが、こうして言葉を濁す時、影山本人すら確証がないのか、言いたくないかのどちらかである事を彼女達は知っている。
こうした時は、本人が話してくれるまで待つしかない。そのためアリスは問い返す事をせず、指示されたことを実行した。
アリスの操作によって、水野病院の地下特別施設にしかない、最新鋭の技術を導入した体内スキャンマシンが動きだし、程なくして「それ」は発見された。
スキャン結果を表示するモニターには、マキの下腹部にタバコケース程の大きさの物があることを示す影を映しだしていた。
「何ですこれ?」
シャディの問いかけに、即答は無かった。
「旦那様は何か予想なさってたんじゃないんですか?」
メイが答えない影山を不思議そうに眺め、問いかけた。
その影山はモニターを凝視し、形容の難しい複雑な表情となっていた。
「予想したんだよ。森本って奴が、戦力としては不必要なマキちゃんを何のために使用したのか・・・・ってのを・・・・そいつになったつもりでね」
メイの問いかけに影山は彼女達と目を合わせず、頭を乱暴に掻きむしって語りだした。「それで何か思い立ってここへ来たんですよね」
アリスが問う。
「ああ、こっちの考えた事と内容が同一だったとすれば、とんでもない事態だからな・・・・・・でもな、一方では考えすぎだって・・・・否定の結果が出たらいいなって期待もあったんだ。こんな真似を実際に実行する奴なんていないって・・・・ね」
「で、結局何をお考えになったんです?それにあの結果は予想通りなんですか?」
好奇心いっぱいでシャディが問いかける。
「ああ・・・・予想していた通りだ」
うなだれて答える影山。そして言葉を続けた。
「確証はまだ出ていないが・・・あれ・・・・・多分・・・・・・爆薬だと思う」
「ば、ばく・・・・!?」
唐突である上にショッキングな発言に、メイド一同が硬直した。
「『ばくやく』って、あの・・・爆発物のアレ・・ですよね」
一応の確認を取るため、シャディが問いかけた。
「ああ、その爆薬だよ」
「あの人・・・人間爆弾何ですか?」
空想の産物でしか無さそうな事に、メイも大いに驚愕した。
「内容的にはね・・・・本人が知っているかどうかは・・・・・いや、多分知らないな。そう思えば、彼女が受けた任務と実力のギャップの説明がつく」
珍しく深刻な表情となってモニターを見つめる影山。
「アリス、あの物体を詳しくサーチできるか?」
「それが・・・材質に細工が施されているようで、はっきりとした映像が取れないどころか、静止画さえぼやけるんです。私の操作が完璧でない事もあるかもしれませんけど・・・・」
この手の機器の操作には、素人とはいえ多少の自身を持っていたアリスであったが、今回はお手上げで、素直に降参の意思を体で表した。
「仕方ない、院長に御足労願うか・・・・」
影山が予測していた事で、最悪のケースが実現する兆しを見せ、その思いは暗く沈んでいった。
「正体不明の異物が見つかったって?」
影山の連絡をそのままに聞いた院長は、慌てた様子で影山達のもとへ訪れた。執務の途中であったにも関わらず、体内にあった異物と言う説明が医者としての彼の好奇心と危機感を刺激され、連絡後、五分足らずでの到着だった。
「これが何なのかは、あらかた予想はしているんですけど、材質が特殊らしくて詳しい様子が分からないんです。これ、摘出可能ですか?」
「どれ・・・・」
影山の説明と共にモニターを覗き込んだ院長は、早速興味を引かれたらしく、すぐさまコントロールシートに座って、最新のコントロールパネルを操作し始め、あれよあれよという間に不鮮明だった物体の画像をクリアーにした。
「お見事!」
流石に関係者と、影山が素直に賞賛した。
「実際に調べないと分からないが、やはり、特殊な材質みたいだな。このマシンのオート機能で物体の自動捕捉が出来ないとはな・・・・」
「かなり特殊ですか?」
モニターを覗き込んでアリスが問う。
「この機器でこうなら、一般の医療機器ではひょっとすると影も映らないかもしれん。それに、これだけのサイズの異物が体内にあって拒絶反応も無いって事は、表面に何らかの処置が施されているな・・・・・・」
そう言って院長は再びモニターに視線をおとし、仮説を確証する様に、一点を指さした。
「ほら、この部分・・・・体の細胞と一部癒着している・・・材質そのものか、処置のおかげか・・・・体内組織が無機物を異物と認識していない証拠だ」
未知なる物体に対し、院長は理解できる医学的面を説明しだす。その間、専門用語やそれ以上の単語が短時間に飛び交い、影山一派を困惑させた。
「・・・・・まぁ、とんでもなく手が込んだモノってのは理解しましたけど、最初の質問の、取り出せるかどうかってのはどうですか?」
今の所の、最大の関心はそこにある。
「半融合しているんだぞ。無理だ!・・・・・と、言う所だが、それは先月までの話だ」
意味ありげな笑みを浮かべて院長は影山を見た。
「?・・・・何か新しいシステムでも?」
「ああ、魔法部門の技術応用で作られた役立たずに、物質転送システムと言うのがあって、それが当病院にテスト配備されている。それを使ってピンポイントで排除する」
「・・・・・凄いじゃないですか!!」
実在しているのなら、単語の持つ意味だけで十分画期的な発明と言えるそれの存在に、影山は大いに驚いた。その一方で、魔法部門なる部門とは何だろうと思った彼だったが、今はそれを脳の彼方へと追いやって、今し方抱いた疑問を院長にぶつけた。
「でも、それが何故、『役立たず』なんですか?」
もっともな質問だと、待ってましたと言わんばかりに院長が頷いた。
「実は転送できるサイズに限界があってな。丁度あの物体サイズがぎりぎりなんだよ。本来の用途は、帝王切開無しで赤ん坊を取り出したりするはずのそれが、結局は弾丸摘出程度の事にしか使っていないんだ。しかも、一回の使用でとてつもない電力を使ってしまってな・・・・」
「それは・・・・・」
難儀な事で・・・と、影山も思ってしまう。
「だから悪いが、摘出は消灯時間後になるぞ。今、実施すると、確実にブレーカーが落ちて、手術室の半分は機能を停止するからな」
「ええ、こっちも飛び込みだったんですから待ちますよ。作業は院長がやってくれるんですよね」
「もちろんだ。アレにも興味があるからな。どうやって無機物と有機物を癒着させているかの手法が分かれば、人工臓器開発の大きなプラスにもなるからな。実施の際は連絡するから上の特別応接室でくつろいでいてくれ」
そう言って院長は一足先に部屋を退出していった。
「だ、旦那様いいんですか?」
身内だけとなった瞬間、不安そうにシャディが言い寄った。
「何が?」
「彼女ですよ。何故、院長にあれが爆弾かもしれないって言わなかったんですか?そうすれば最優先で摘出してくれたはずなのに・・・・・今、この瞬間に爆発したらどうするんですか!」
「大丈夫だよ」
シャディとは全く正反対に、余裕を持って影山は応える。
「俺を狙っての人間爆弾ならもうとっくに爆発しているはずだよ」
「何故そう言いきれるんですか?旦那様は・・」
シャディほど慌ててはいないものの、メイも危機感は感じていた。
「時限式だとしたら、今になっても爆発しないんでは不自然だし、タイミングが難しいだろ。外部操作式だとしたら、チャンスが何度もあったのに、今になっても何も起きないし、こうして疑惑を持たれているのに、敵から何のリアクションも無い。それに彼女の身体の異変関知式にしても、昨日の『説得』で身体の異変を認識していないのは変だ・・・・・と、言う訳で、もっと別の起爆システムがあるはずなんだ。少なくても、今まで通りにしていれば問題ないはずだよ」
あくまで仮定でしかなかったが、実際、こうして事なきを得ている。彼女達にしてみれば、今にでも爆発の危険を持つ人物のそばにいるのは気が退けたが、主が全く動じていないのであれば仕方なかった。
結局、一行は当事者のマキには何一つ事実の説明を行わず、九時間後にもう一度検査を行う旨だけを伝えた。
結局、メイド達の心配をよそに、何事もなく時間は経過し、影山達一行は再び地下施設に勢揃いした。
だが、根本的に本職達の独壇場であったため、特にする事もなく、影山達はコントロール室の片隅で、水野病院スタッフの作業の様子を見学する事しかなかった。
物質転送システムは、その名称が背負う内容に相反して、諸準備にかなりの時間を費やすシステムだった。
転送対象の位置を正確に計測し、多大な電力によって蓄えた転送エネルギーを対象に照射する。
転送エネルギーを受けた物体は電子レベル以下に瞬時に分解され、周囲の遮蔽物を通り抜け、転送ポイントに移動され、そこでもとの『物体』に再構成される。
この時、万一、転送ポイントに1ミクロン以上の物体があった場合、再構成は失敗し、変換できなくなったエネルギーが爆発的に放出され、周囲を消滅させてしまう。
これは可能性ではなく、数多くの実験とその失敗により突き詰められた事実であり、結局の所、このシステムが実用段階で無い事を物語っていた。
これが待ち時間の間、影山がレポートで知った物質転送システムの概要であった。
実際、失敗による事故は、水野病院の表の顔の大きなイメージダウンと成り得るため、スタッフ一同は、この作業が裏表どちらにも属さない、いわば個人的な内容にも関わらず、細心の注意を持って専念していた。
「お見事!」
数時間前の院長のスキャニング機器操作と同様の発言であったが、スタッフ一同の手際に対する評価は、影山のこの一言が全てを物語っていた。
「さてと・・・・・」
一部癒着していた細胞と共に転送を行っていたために、外観に生物的生々しさを残すそれを眺めて、影山は一息ついた。
正体不明のため、一応密閉されたガラスケースの中に保管されているそれが何なのか?所持者そのものに問いただしたかったが、彼女は現在、転送によって欠損した体組織の一部を処置する手術を引き続き受けており、話が出来ない状況にある上、おそらくは聞いても判らないだろう事は、予想してしかるべきだった。
「何でしょうねこれ?」
隣にいた院長に、彼の視点からの意見を問う影山。
「さてな。医学以外は専門外で全く分からんし、仮説を述べても説得力が得られないからな。それより、そっちはどうなんだ?さっき聞いたが、お前さんはこれを爆薬と言っているそうじゃないか」
「状況推理による仮説ですよ。いや、空想かな?とりあえず、こっちの分かる範囲で調べてみたいんで、引き続きここの機材と、コレの所有権・・・貰っていいですよね?」
「ああ、かまわんさ。だが、サンプルの提供と有用な情報はちゃんと組織に公開するんだぞ」
院長としては、有機物癒着の秘密が、この物体に対する唯一の魅力であった。
「それとな、もしそれが爆薬だとしたら、何がスイッチになっているか知らんが、一応周囲の温度を35〜37度に調節しておいた方がいいな」
影山には院長の提案が瞬時に理解できた。
「摘出された際の安全処置・・・・ですね」
「そうだ。もう一つは、『処分』された場合を想定して・・・かもしれんが」
あり得る話であった。
「間に合わせだが、保温ジェルをケースに注入しておく。二時間は保つから、後はそっちが責任を持って管理してくれ」
責任を持ってと言う所で、妙に力が入っている事を察した影山は、その心情を理解して、思わず失笑した。
「切実ですね」
「公の機関、それも世間でも注目をあびていいる部署の責任者ともなれば当然だ。くどいが、この施設では爆発なんかさせるなよ。敷地内もだ。病院に恨みのある者の犯行なんてケースで調査を受けてはたまらんからな」
言いながら処置を済ませると、院長は早々にその場を去った。影山がらみの処置で、日中の執務がまだ残ってしまっているため、その処理に向かったのである。
「さて、それじゃぁ、こっちも調べてみるか」
「だ、大丈夫なんですか?もし、破裂したら・・・・・」
怯えきった表情でシャディが言った。体内から摘出され、直にそれが見られるため、彼女の恐怖感はいっそう増大していた。
それでも、逃げ出さないのは、そこに影山がいるからに他ならない。が、その姿はずっと物陰に隠れたままだった。
「多分このままなら大丈夫。それにまだ、爆弾って証明されてもいないしね・・・・」
「当面は爆弾の線で調べるんですね」
メイは言ったが、その言葉に影山は心底困った表情になった。
「そうしたいんだけど・・・・・マキちゃんが暗殺目的で送り込まれたのなら、アレが爆弾であるのは確実なんだよ・・・・でなけりゃ、話が繋がらないんだ」
「そうですよね。本人が知らないだけに質が悪いですわ」
「こんな事を実施できる奴は鬼だよ・・・・」
影山はアリスの意見に賛同しつつ、言い放った言葉に後に、思いつけた自分もそう変わりはないと、心の中で付け加えていた。
「それじゃ問題は、何が起爆スイッチになっているかですね」
アリスが顎に指をあてて思考する。
「ああ・・・・院長も言っていたけど、ここまでの経過からして、衝撃・身体変調・当人の意志は除外してもいいだろ。樹の上から落ちたり、組織式の拷問を受けたり、本人が死にたいと言っても反応は無かったからな」
「時限式の線はやっぱり薄いですか?」
こちらはシャディの疑問であったが、彼女は今だ物陰の後であった。
「それも違うな。無差別テロならまだしも、一定の目的の為であれば不確定な方法は採用しないだろ」
「それじゃ一体・・・・・」
「多分・・・・・俺なら、音声識別式にするな。ある特定の人物の声紋に反応して・・・・」
言葉の最後に両手を広げ、爆発を意味するゼスチャーを行う影山。
「では、ターゲットは旦那様ではありませんね。ずっと接触していたんですから・・・・」
最初に除外された人物が、自分の主でありほっとするメイ。
「誰か・・・心当たりがあるんですよね」
一連の行動が全て仮定の確認であることを察していたアリスが問いかける。
「ああ、俺でないって事で察しはつくよ・・・・多分、水沢さんだな」
「水沢さん!?」
メイド達も少なからず予想はしていた。だが実際、名をあげられると関連が見いださないため、どうしても驚く結果となってしまう。
「それを確認するためにも、あの人に予定通り会うさ。アリス・・・いや、メイ、兵器開発部に連絡して、実験用地を一つ、水沢さんの会見日程に会わせてレンタルしてくれ。それと、予約が決まったら、待合い場所をそこに変更したと水沢さんにも伝達してくれ」
「あ・・・・はい」
指示を受けたメイは早速パタパタと部屋を出ていった。
「旦那様」
メイが姿を消した後、アリスが静かに声をかけた。
「ん?」
「些細な事ですけど、今、何故、私ではなくメイに行かせたんですか?」
影山にしてもメイド達にしても、内容的には誰が言っても構わない内容だったが、あえて訂正されたことに少なからず疑問を抱いたのである。
「ああ、単純な事だよ。兵器開発部の連中は、そのほとんどがメイのファンなんだよ」
「あ・・・成る程・・・・」
要は色仕掛けである。もっとも、メイにはその意識はなく、向こうが一方的に熱を上げるだけではあったが・・・
僅かではあったが、自分が信用されていないのかと嫉妬したアリスは、自分のはやった考えを反省した。
数日後・・・・
軍事演習所と何ら変わらない広い空き地に影山と水沢は佇んでいた。
時折吹く横風が、砂埃を巻き上げ二人を横殴りしていた。
そんな状況下で影山は(マントを羽織ったり、西部劇の格好をすれば絵になったかな?)などと呑気な思考を抱いていた。
その一方で水沢は、急遽変更となり指定されたこの地で、その意図を見抜けず当惑している。
「お前との会見はスパイ映画みたいに色々なところで行ったが、ここは最近では最も奇抜だな」
「ええ、実験をやりったかったんでついでに・・・・・」
「実験?」
水沢は問い返した。影山の実験=くすぐりマシンの実験と言うのが公式のように定着していた水沢にとって、この場所での実験と言う意味が理解できなかった。
実のところ、彼は会見場所の変更理由を聞かされてはいない。各支部の視察に出かけ、会見前日に戻ってきて、その旨を知らせる伝言メモを見せられたのである。
ここへ到着したのも実は時間ぎりぎりであった。
「すぐに済みます。こちらです」
そう言って、設置されている待避壕へと向かう。
その中では既にメイ・シャディ・アリス・マキが控えており、主の到着を待っていた。
待避壕に入る際、マキの姿を見た水沢は、彼女が連絡のあった女忍者だなと悟ったが、肝心の影山は彼女を紹介せず、変わりに一本のマイクを彼に突きだしていた。
「な、何だ?」
「一言、何か言って下さい」
とは言え、いきなりそんな指示では、理解に苦しむばかりである。
「何を?」
「水沢さんの『声』が必要なんです。とにかくマイクに向かって一言・・・・それでOKですから」
「さっき言ってた実験か?」
「ええ」
何が起きるか皆目見当もつかなかったが、取り合えずすぐに結果が出るのならと、水沢はマイクを取り、スイッチを入れた。
「水沢だ・・・・」
変なことを言って、突っ込まれるのを危惧した彼は、オーソドックスな一言で済ませた。
その直後、
ズドォォーン!!!!!
耳を突く爆音が鳴り響き、待避壕が衝撃で揺れた。どこかで爆発物が炸裂したのである。
「お・・おぉっ!!?」
不意をつかれた揺れに、水沢はバランスを崩すして片膝を着いた。
「うわちゃぁ〜〜やっぱりな・・・・・」
そんな中で、爆発発生を予測していた影山は、揺れに動じることなく、平然とバランスを保っていた。
「やっぱり?やっぱりって何だ!?」
まさか爆発が起きるとは思っても見なかった水沢は大いに戸惑った。
「爆発のデーターは取れたか?」
「はい、全て記録しました」
「おい!一体何がどうなってる!?」
「じゃ、それを採取したサンプルと一緒に研究部に回してやってくれ」
「うぉい!」
「あ、紹介します。彼女が連絡していた忍者のマキです」
水沢の抗議も聞こえないのか、しれっと傍らの少女を紹介する影山に合わせ、当のマキがペコリと頭を下げる。こうなっては一人慌てふためいている水沢だけが妙に浮いているようにも見えた。
「だからぁ!状況の説明をしろって!」
真剣に詰め寄る水沢の眼前に、少し困った表情の影山がいた。
「・・・・聞きたいですか?」
「当然だ!」
「今の爆発物、彼女の体内に仕掛けられてたんです」
この状況下においてはほぼ共通の返答を、水沢は行い、影山も事情を話さずに済ませられるはずはないと判断し、マキを指さし、率直に事態を説明した。そう、極めて率直に。
「何?」
「で、それに音声センサーらしき仕掛けがあるようなんで、水沢さんの声を聞かせてみたところ、大当たり。彼女の爆弾に気づかずに会見していたら、全員ミンチでしたね」
「全然わからんぞ。そもそも何で俺の声なんだ?」
「つまりは手の込んだトラップだったんですよ。彼女・・・力量不足のマキちゃんには、何も説明せず、密かに声紋起爆式の小型爆弾を体内に入れたまま、俺の暗殺を命じます。そして彼女は思惑通り失敗します。本来なら・・・と言うか、他の幹部であれば彼女は慰み者になっていたんでしょうけど・・・」
「ま、規則でも、スパイの処遇や処分は余程のことが無い限り、現場幹部に依存しているからな」
「ええ。でも何処で知ったのか、森本って人物は、この手の身の上の女性に対しては俺は弱いと言う事を知って、その上で彼女を俺のもとに送ったんですよ。で、先方の思惑通り、俺は彼女を養護してしまった。その上、律儀に形式に則って、水沢さんの紹介も行う・・・・で、紹介して、水沢さんが彼女の前で一言でも喋れば、爆弾は起爆、周囲の人々を巻き込んでの暗殺が成立する・・・・・って言う、回りくどい計画だった訳です。確かに刺客を使って直接水沢さんを狙うよりは安上がりで成功率は高いですからね。俺が紹介しなくても、彼女が生きて俺の身の回りにいれば、何回も出会う機会はあるわけですから」
水沢は影山が看破した計画を思考した。確かに彼の身の回りは厳重に警護されており、暗殺はもとより、接触すら容易ではなかった。だが、影山達幹部との接触は容易であり、敵はその環境を利用したのであった。
「そう言われれば確かにな。だが、本当に手の込んだ方法だな。だがそれはそれで、その計画を見抜いたお前もお前だが・・・・」
その計画に影山がえらばれた事に関しては納得がいった。だが、その影山が計画を見抜くなどとは誰も予想しなかったであろう。
「考えたんですよ。森本って人間が合理化で、目的のためなら手段を選ばない奴だって聞いて・・・・」
「どんな風にだ?」
「単純明快!水沢さん暗殺が敵対組織である我々に対して大ダメージになる事は誰でも考える事です。でもそれが困難だからって、よりによって小物である俺に対象を変えて満足するのか?ってね。送り込んだ人選も無茶苦茶ですし、合理化と言われるからには裏に何かあるって感じたんです」
「それで?」
「それだけです。後は自分ならどうやって水沢さんを狙うか、影山という人物が何かの役に立つのか・・・・・・って考えたら、無防備な幹部影山が、ボス水沢と意外に親しい構図が認識されて、後はあっさりとこの手が思いついたんです」
「なんと・・・・・高名な森本殿も、発想は影山と同等か・・・」
クールとか冷酷とかが似合う敵大幹部が、目の前のマニアックな研究者とイコールで繋がる考えた時、その双方のギャップの大きさに、水沢は思わず吹き出した。
だが、味方側の当事者には深刻であった。
「正直、こんな非人間的手段を考えて実行する奴もそうですけど、それを見抜く奴も結局は同じ発想を持っているって事ですからね。後は実行するかしないかの違いだけとは言え、そんな事が思いつけた自分に幻滅しますよ」
不真面目・行き当たりばったりが心情のような男と同格にされては、森本も心外と言えただろうが、影山も冷酷・残忍・非道う者と同類扱いされ、不本意の極みと言える。
影山はサディスティック的な面とフェミニスト的な面の、相反する感情を持ち、その葛藤に人知れず苦悩している時がある。
その感情が今、彼を自責していることを水沢は悟った。
「別にいいじゃないか」
自然と水沢はフォローに入っていた。
「考えるだけなら、その発想は大いに結構。お前は少なくても、実行を躊躇うまっとうな良心があるんだろ。それがある限りは、お前は奴にはなれん」
「そう思いますか?」
「ああ、少なくても全員に対して冷酷になれない限りはな・・・・お前にあのメイド達をくすぐり奴隷にする事はまだ出来ないだろ?」
「う・・・それは・・・まぁ・・・」
途端にいいどもる影山。この手の話題は幹部達の宴等で度々話題となる。中途半端にしか事情を知らない者達にとっては、幹部の専属メイドがくすぐり奴隷としての登録がされていない事が奇異としか見えないのである。
仕事と趣味と私生活が一致していないだけと言うのが影山の主張であったが、水沢は仕事と趣味と私生活と良心が完全に一致していないか、仕事として割り切っていないとの評価を出している。
だが、その状況が今の影山を構成しているのであればそれでよし・・・と、水沢は思っていた。
「お前はあいつみたいに味方を捨駒にするような人間にはなれん。それは保証する。お前はお前の色を出し続ければいいんだ。三流ギャグキャラが森本見たいな強敵と対等の部分があったって事実は、それだけであいつに対しての挑発にもなるからな」
「それは・・・誉めているのですか」
正直、そんな気にはなれない影山だった。
「当たり前だ。お前を上級幹部に推薦したときを覚えているか?」
「周囲の幹部が反対しまくっていましたね」
ため息混じりに影山が答える。あの時のいざこざで、彼の所属する支部ではかなりの人事異動が生じた。半ば強引な引継の際に汚職等が発覚し、『制裁』された者が結構出たのである。
「あの時の反対連中が、森本と同じ心境だ。格下と思っていた相手が肩書きだけでも並ぶのが許されないのが、生粋のエリート意識を持つ連中だ。肩書きだけでなく実力を見ていればいいのに、肩書きが最優先だと思っている・・・・」
「それを諭すための推薦でしたっけ?」
「いや、酔狂だ」
臆面なく水沢は言い切った。
「当時、同じ様な発想しかしない幹部連中ばっかりだったからな。異質な物を持つのがほしかったと思っての推薦だったが・・・・・」
「後悔しましたか?」
「いや、後悔したところもあるが、それ以上に楽しませてもらっている」
意味ありげに笑って見せて水沢は言葉を続けた。
「お前は幹部として活躍するより、道化師として活躍していく方がいいんだよ。それでい
て美味しいところは奪っていく・・・・この前の宴で捕まえた爆乳女みたいにな」
「そう言えば・・・・彼女の素性ってどうでした?」
忘れ去っていた事を思い出し、問いかける影山。
「最初に自白した通り、単なる雇われ探偵だったよ。雇い主は一般企業だった。幹部集会で何が発表されるかを知りたかったそうだ」
「そうですか」
答えた影山の表情は物足りなさそうであった。
「それよりどうだ?彼女は今、調教の初期段階だが、お前が手がけてもいいぞ。権利は当然、捕まえたそっちが最優先だしな」
「巨乳クラスは間に合っていますよ」
影山の返答に、黙って聞いていたシャディが自慢げに胸を張った。
「それに彼女には、それ以外の引きつけられる何かがありません」
あの女探偵も、決して悪い線では無い。あの魅惑のボディであれば、十分上級奴隷に名を連ねるはずであった。それを影山は簡単に蹴ったのである。
「ま、いいが・・・・それにしても、お前のメイド採用基準って、一体何なんだ?一度聞きたいと思ってたんだ。彼女達の何がお前を魅入らせた?」
それはメイド達一同の疑問でもあった。
「さぁ・・・・俺も気まぐれですからね・・・・あえて言うなら、出会い頭の印象と個性ですね」
はっきり言って、答えと言うには不十分すぎた。だが、「なんとなく」行動する事こそが影山であろうと水沢は思う。
この先彼の身の回りはどうなっていくのか?
全く予想のつかない出来事に、水沢は自然と期待感に似た感情を抱いていた。
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