キャンサー作品

影山さんの私生活
影山の採用基準

前編
 ある晴れた昼下がり・・・・・
 影山専属メイド三人娘の一人であるアリスは、快晴の日差しの下、庭の手入れに勤しんでいた。
 草木に水をやり、手押し型の芝刈り機を押す姿は実に様になっており、西洋のメイド服に身を包んだ金髪美女の存在を近所で知らない者などいなかった。
 もちろん、黒髪のおしとやかな少女、赤毛の元気娘の存在も有名であり、ある意味で彼女達は館の近所の有名人となっていた。
 館の外に出れば声をかけられる事も少なくない。
 だがそれに彼女達がなびく事はなかった。彼女達は共通して忠誠に近い思いを自分達の主に抱き、それ以上の想いをそれぞれの胸の内に秘めており、それが最高の形で伝わる事を願いつつ、主が好んでいる自分達の個性をそのままに、マイペースで過ごしていた。

「やっぱりこの季節の芝は成長が早いわね・・・・・」
 いつものように、敷地内の一角にある一本の大きな広葉樹の下でアリスがのんびりと小休止をしていた時、それは唐突に起きた。
「きゃん!」

 ドサッ

 女性の短い悲鳴と共に、何かが樹から落ちてきた。
「何?」
 アリスがそれを確認する。そこには、あからさまに怪しい黒装束に身を包んだ少女が、落下の際に打ち付けたお尻を痛々しそうにさすっていた。
「あらあら、大丈夫?」
 まずは何者であるかを問うべきなのだろうが、相手の痛々しさから反射的に安否を気遣う声が出たアリスであった。単なる呑気とも取れたが、これが彼女なのである。
「は、はいぃ〜」
 涙目で答えた謎の少女であったが、その直後ピタッと硬直し、改めて眼前にアリスがいる事を確認すると慌てて飛び退き、身構えつつ首に巻いていた黒布で顔を覆った。
「み、見ました?」
 少女は恐る恐る問う。
「何を?」
 演技か本気か、ずれた質問をするアリス。
「私の・・・顔です」
「見たも何も、今し方はっきりと・・・・」
 根本的に聞く必要もない質問であったが、アリスは律儀に答え、それを聞いた少女は思いっきりショックを受けていた。
「見・・・・見られた・・・・見られたからには目撃者の即時抹殺が掟・・・でも、でも、何も関係のないこのお姉様を殺すなんて・・・いいえ、これも私の業・・・・済みません、貴女を殺します・・・・・・・悪く思わないで下さい」
 何やら一人で盛り上がり、少女は颯爽とアリスに襲いかかった・・・・・つもりだった。
 彼女は自分とアリスの間にあった芝刈り機に躓いて派手に転倒すると、地面から隆起していた樹の根で、ものの見事に頭を打ち付け、そのまま失神した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え〜っと・・・・・・・・・・・・」
 対処に困ったアリスの周囲に虚しい風が一吹きした。


 影山は、今日はたまたま自宅である館にいた。
 その専用執務室でコンピューターを使い、何かのデーターを熱心に閲覧していた。
 そこへアリスがやって来た。
「あの、旦那様・・・」
「ん、何だい?」
 軽いノックの後、アリスが入室してきたが、珍しく執務に夢中になっていた影山は、声だけで応えた。
「こんなの拾ったんですけど・・・」
「・・・・捨ててきなさい・・・・」
 失神のため、台車によって運ばれてきた少女を見る事もなく影山は即答した。拾ったと言う言葉に、犬か猫だろうと解釈しての反応だった。
 影山自身は動物は好きでも嫌いでもなく、何かきっかけがなければ興味を示す事は無かった。
 彼の性格からすれば、普段は他人が動物を飼う事に異を唱える事は無いのだが、この発言には過去のトラブルに原因があった。
 影山にとって災難でしかなかったそれは、以前、同じ様な感じで始まった。
 その日・・・・唐突にシャディが拾ってきたのは、何故か小猿だったのである。迷子か捨てられたのかは今尚不明のままだったが、拾った本人が当時、某猿まわしグループの影響を受け、どうしても飼いたい。面倒を見る。と言いだし、持ち前の熱心さで主から許可を得てたのである。
 それから数日、彼女は順調に飼育を行っていたものの、とある日、何かの拍子に小猿に引っかかれ、手の甲に小さな傷を受けてしまった。
 この時は「ムツゴロウさんでも怪我をする」と、笑顔で許していたシャディであったが、その晩、これ又たまたま衛星放送で放映されていた、一匹の猿から病気が感染し、アメリカが危機に陥ると言う内容の某映画を見て、自分も感染したのではと本気で思いこみ、パニックを起こしたのである。
 その騒ぎで、猿は逃げる。シャディは錯乱(?)する。騒ぎを聞きつけ警察は来る。パニックのシャディの言葉を真に受け、警察は疾病対策センターに連絡するはで、僅か数時間で街中に騒ぎが広がり、それを嗅ぎつけ駆けつけた地方TVにまで放映されてしまうと言う経緯があった。
 その後、街ぐるみの捜索で猿は捕獲され、動物園に引き渡されたが、影山は、各方面からきつい説教を受け、始末書を書かされる羽目となった。
 もちろんシャディに感染の事実はあろうはずが無い。
 ここまで話が肥大する例も珍しいのだが、さすがに懲りた影山は以来、無関係な動物を飼う事を禁じたのであった。
 もちろんアリスもその事情と心情は分かっていたが、今回は根本的に事情が違っている。
「でも旦那様、無碍に捨てるとそれこそ警察沙汰ですよ」
「ん?」
 アリスの微妙な言葉のニュアンスにひっかかり、影山は彼女の「拾った」モノに初めて視線を移し・・・・・・・・硬直した。
「アリス・・・・・・何だそれは?」
「旦那様には何に見えますか?」
「・・・・・・・・・・忍者らしきコスプレをした女の子・・・・・」
「私にもそう見えます」
 アリスは主のリアクションに期待して、影山は自分の見たモノが気の迷いでない事を確認する意味で、互いに視線を合わせると、今度はそろって頭にコブを作り目を回している少女を見やった。
「これ、何処で拾ったって?」
 今の時代、落とし物もここまで来たかと思いつつ、影山はアリスに事情を問い始める。
「庭の一本木から落ちてきたんです。その後、見たとか何とか言ってたかと思うと、いきなり詰め寄ってきて、つまずいて、頭を打って気絶しました」
「・・・・・・・・何だそれは?・・・そもそも何者だ?」
「さぁ・・・・旦那様のお知り合いかとも思ったんですけど、心当たりありませんか・・・・」
 一つの手がかりが無くなり、本当に残念そうにアリスは言った。
「どう言う意味かな?」
「いえ別に・・・」
 微妙な言い回しに、じと目で睨む影山から視線を逸らし、悪戯っぽい笑みを浮かべるアリスだった。
「ん・・・・・・・・」
 その時、回りが騒がしい事もあってだろう、タイミング良く少女が小さく唸り、目を覚ました。
「あ・・・?」
「丁度良い、目を覚ましたな。事情は直接本人に聞いた方が早いな」
 そんな言葉を受けながら、少女はゆっくりと身を起こし、周囲を見回し、視界内に二人を止め、まだ少し呆けている思考で状況分析を始めた。
 真正面にいる男、それが彼女の記憶と合致した。
「あ・・・か、影山・・さんですね?」
「?・・・ああ」
「おっ、お命・・・」
 少女は背中に背負っていた忍者刀で斬りかかろうと、右手を背に回したが、その手は虚しく宙を彷徨った。その上、急に動いたため、台車の上に乗せられていた彼女の体はバランスを崩し、見事に倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫?」
 心配そうにアリスが助け起こす。
「は・・はい。それで、あの・・・私、刀を背負っていませんでした?」
 アリスの手を借り、起き上がった少女は、自らが持つ疑問を彼女に投げかけた。
「・・・・ああ、ここに運ぶ途中、邪魔だったから取っちゃったんだけど・・・・・あらいけない、そう言えばあの樹の所に置き忘れていたわ」
 呑気なお母さんそのものの台詞であったが、この少女にとっては事態は深刻であった。
「そ、そうですか・・・ならば唯一の体術『地獄突き』で!」
 アリスの邪気のない善意によって、武器を失った事を知った少女は気を取り直し、右手手刀を影山の喉に向けて突き立てた。
「な、何だ?」
 今ひとつ相手の行動が理解できない影山だったが、彼の体は見事に反応し、突き出された手刀を左手で払うと交差法の要領で、そのまま左手の拳骨を少女のタンコブが出来ている部分を軽くこづいた。
「!!!!!!はぁううううぅ〜〜!!」
 少女は頭に走った激痛に思わずうずくまった。
「・・・・・君、ひょっとして俺を狙いに来たのか?」
 少々、信じられないと言った様子で尋ねた影山だったが、少女の方は露骨にそれを肯定する表情となってそれに応えた。
「どうやら、そうらしいな・・・それで君、名前は?」
「な・・・・名前?・・・・私は誰?ここは何処?貴方は誰?・・・・ああ、頭を殴られたショックで忘れてしまいました」
 あからさまに白々しい嘘だった。おそらくは言った本人すら通用するとは思っていないだろう。
 案の定、影山はそんな言い訳に思わず失笑していた。
「よし、なら、手っ取り早く、もう一発頭を殴って記憶を・・・・」
「や〜〜っ!!待って待って待って!痛いの嫌です。嘘ですから殴らないでぇ!」
 拳を掲げる影山を前に、頭を抱え、いともあっさり降参する少女であった。
「・・・何か調子狂うが、取り合えず敵対者みたいだから拘束しておくか。アリス、簡易拘束ベルトを取ってきてくれ」
「あ、はい」
 指示を受け、そそくさと出ていくアリスを見送った後、影山はうずくまる少女を覗き込んで語った。
「事が事だから、これから色々と質問させてもらうけど、まずは名前くらいは教えてくれるだろ?」
「・・・・マキです」
 少女はぽつりと語った。
「見た感じ、忍者のようだが、実際そうなのか?」
 その問いかけに、マキと名乗った少女はこくりと頷く。
「はい。先祖代々、今だに続いています」
「その代々・・・は、一定の人物に・・・と言うか、家系に仕えているのか?それとも雇われて動くグループなのか?」
「両方・・・・です」
「狙いは俺の命だけか?」
 何はともあれ、これだけは確認したいと思う影山だった。あまり危険を感じない彼女のに対して拘束具を用意させたのも、この結果をメイド達に聞かれたくないと言う理由もあったからである。
「はい」
 いとも簡単にではあったが、影山の知りたい情報は手に入った。
 取り合えず、メイドにまでは害は及ばない事を知り、安堵する影山だった。
「次に依頼者と、この行為の目的・・・・は、まぁ教えてくれないだろうから質問を変えるが、その任務に君が選ばれた理由は聞いているかい?それとも志願したのかな?そっちの方が可能性はありそうだが・・・・」
 任務開始前に樹から落ちて発見される程度の人物を、依頼者もしくは人選者が選ぶはずもない。そう考えての質問だった。だが、マキの発した言葉はその考えを否定する方向の物だった。
「そんな、下忍の私が恐れ多くも、諸先輩達をさしおいて要人暗殺に志願できるはずがありません」
「なら、選抜か?俺を要人扱いするなら、何でもっと腕のいい連中が来ない?失礼だが君は忍者という職にはあまりにも向いていないぞ。出会って僅かな時間しか経ってないけど、これは断言できる」
 本人も自覚はしているだろうと思っての一言であったが、実際、他人に指摘されれば結構こたえる物であり、マキは体に何本かの『矢』が突き刺さった感じがした。
「ぐっ・・・そ、そうですよね。やっぱり向いていませんよね。私ってば失敗ばっかりで単純な尾行すらまともにこなせなくて、一族の名を貶める一方で、森本様も最後のチャンスのつもりでこの任務を任せて下さったんだと思うんです。敵幹部の中では、最も殺りやすいとされる異端者の影山・・・・・組織全体としては大きなダメージにはならないだろうけど、幹部という肩書きだけで「はく」は付くと・・・・・」
「・・・・えらい、言われようだ」
 敵側の評価を実際に耳にして、敵からもそんな評価を受けているのかと、多少なりとも傷ついた影山だった。
「あっ、済みません。当人の前で・・・・」
「いいって・・・・それより、仮にも敵だろ俺は・・・・本当に向いていないな」
「あうぅ・・・・・」
 連続して酷評を受け、マキは更に気落ちした。
 そんな時、アリスが拘束具を持って戻ってきた。
「旦那様、持ってきました・・・・けど?」
 ちょっと困った表情の影山と、妙に暗い雰囲気のマキを見やってアリスは僅かな時間で何があったのだろうかと疑問に思うのだった。
「悪いなアリス。せっかくだけどそれ、必要なさそうだ」
 影山の指摘通り、マキに逃げる意志は存在していなかった。実質、最後のチャンスのつもりで挑んだ任務にものの見事失敗し、己の無能さを敵側の存在である影山に容赦なく指摘され、完璧に諦めの境地に陥っていたのだ。
「この後、彼女から聞けるだけは聞きたいが・・・・アリス、悪いが各敵組織の幹部クラスに森本って奴がいるかを調べてくれ」
「!!?何故あの御方の名前を!!何故、私が森下様の配下と分かったんですか?」
「何故っ・・・・・・・って、今さっき自分で言っていたじゃないか」
「・・・・・・あ!・・・・あう・・・・・・」
 確かに。影山の拷問調ではない世間話のような問いかけのせいもあっただろうが、この度重なる失態は、彼女に完璧なとどめをさした。
「重ね重ね・・・・・私、完全に忍者失格ですね。誰のお役にも立てず、森本様の期待にも応えられない・・・・・・もう私、疲れました。この場で私を殺して下さい」
 思い詰めたマキの言葉に、周囲の空気が重くなった。
「ふ〜ん・・・・」
 影山は考え込んだ。失敗は今に始まった事ではないはずなのに、ここまで思い詰めていたとは思っていなかったのである。
「どうなさいます、旦那様?」
 そう言うアリスの目は、助けてやってほしいと懇願していた。
「う〜ん・・・なぁ嬢ちゃん。2・3疑問があるんだが・・・・」
 影山がそうもらした矢先、部屋の外から賑やかな足音が近づいて来た。
「旦那さま〜、おやつですよ〜オ・ヤ・ツ!美味しいお・・い・・・・・・」
 足音の主は聞き間違えようのないシャディの物だった。陽気な声と共にやって来た彼女は、部屋に辿り着き、中を覗き込んだ瞬間、硬直した。彼女の予想だにしていなかった光景がそこにあったためである。
忍者風のコスチュームを身にまとって蹲っている見知らぬ少女に、寄り添う位に近くにいる主。そしてその傍らには、簡易拘束ベルトを持つアリスが立っている。
 この状況をシャディは素速く分析し、考え得る中で最も可能性の高い、一つの仮説を導き出す。それが・・・
「旦那様!!また別の女を連れ込んでぇ!!あまつさえアリスとコスプレ拘束3Pなんてずるい!!!」
 本気で発せられたシャディの台詞に、影山は思わずひっくり返った。
「何故!何故なの旦那様!!この魅惑の巨乳美少女シャディちゃんを差し置いて他の女とばかり・・・・私に言ってくれれば、何時でも何処でも無料御奉仕なのにぃ〜!」

 ズパァーン!

 あまりに恥ずかしいシャディの一人悶絶に耐えかねたアリスが、思わず手近な本棚にあった百科事典の一冊で過激なつっこみを入れた。
「うみゅぅ・・・・」
 小さな呻き声と共に沈黙するシャディ。
「全く・・・貴女はリアクションが派手すぎるわよ」
「じょ、冗談よ冗談。で、本当のところは何なの?スプレプレイと思ったのは本当だったんだけど・・・・」
「まぁ、断片的な情報ではそう見えても仕方がないわね。実は・・・かくかくしかじか・・・で・・・」
 アリスは文章でのみ可能な表現方法を利用して、事の経緯を説明した。

「じゃあ、彼女って殺し屋なの・・・」
 さすがにその肩書きを持つ人物を実際に見る機会を得て、シャディも驚きの声を上げた。
「まぁ、そうなるか・・・」
 ストレートな言い回しに反し、彼女のあまりにも能力の低さを肌で実感している影山は言葉とのギャップに苦笑と、一筋の汗を流すのだった。
「それじゃぁ、とっとと始末しちゃいましょうよ」

 ズパァーン!

 そう言って、いきなり怪しげな目つきになって、どこからともなくポケットナイフを取り出すシャディに、本日二発目のつっこみが入った。
「うみゅみゅ・・・・」
「だから極端な反応をしないの!」
 ハードカバー写真集を片手にしたアリスが言った。
 この時、言葉には出さなかったものの影山は、高価な本を打撃武器に転用される事に恐怖を感じ、以後『シャディつっこみ用』のアイテムの開発を急務とする事を決めたと言う。
「話が思いっきりそれたな・・・・どこからだったっけ?」
「え・・・と、旦那様が疑問が幾つか有るとか言う事だったと思いますけど」
「あ、そうだったそうだった・・・・え〜っとマキちゃん、森本って言う主人は君の能力を十分に把握しているんだよね」
 当初張りつめていた重い空気もすっかり吹っ飛び、いつものペースに戻った影山が問いかける。
「はい・・・」
「そっちが言った通り、俺が狙いやすいってのは認めるし、これでも組織幹部だから暗殺されれば一つの警告となるのもしかりだ・・・・でもそれを、森本なる人物が重要視していたかだな。いくら何でも、暗殺って任務を君に任せるなんて、間違って出来る選出じゃないだろ。意図的でなければこんな人選は不可能と思うんだ」
「実力も十分でない彼女がここへ来るべき、何らかの理由が・・・・・旦那様の暗殺以外にあると?」
 主が自身の命を軽視している事に、少なからず不満を抱きつつも、アリスは影山のいわんとしている事を悟った。
「と、思う方が自然だろ。彼女一人で暗殺を遂行しろなんて言われていたら、誰も本気じゃないだろうって考えるだろ」
「うんうん」
 影山とアリスが考察を述べる中、シャディは知らないながらも頷いて見せて会話に参加している素振りを見せ、その一方では容赦ない影山達の酷評に、マキは更に暗く落ち込んでいった。
「だから、彼女以外に『本命』である人物か、目的があると思うんだ。現代の忍者も昔同様に結果最優先なら、彼女を捨て駒にする事ぐらい平気でするだろうしね」
 主のそんな他人事のような発言を聞いた時、いきなりシャディが駆けだし、執務室内のインターフォンをひったくり、短縮番号をプッシュした。
「?」
「・・・・あ、セバスチャン?警戒態勢をとって、敷地内を調査して!・・・・・え?・・・そんな、貴方の本名なんて今はいいの。旦那様の命を狙っている忍者マンが居るかもしれないのよ!・・・・・そうよ・・・・だから急いでよ・・・そう、判ったわねレイモンド!・・・・・・だから名前に関する苦情はいいのよ!」
 一気にまくし立て、受話器の向こうの人物との会話の後、シャディは一方的に回線を切った。メイドが執事に指示を出すのは結構異例であり、この館でも珍しい事であった。だが緊急事態であれば、その様なことは言ってはおれず、適材適所の面からしても、彼女より執事の方が、その手の作業は手慣れている。
 ちなみにシャディの相手は、この館の執事長で、会話に出てきた『セバスチャン』『レイモンド』なる名詞は、執事と言えばこう言う名前が伝統であると言いはり、彼女が勝手につけた愛称である。
「相変わらず思いこみが極端なのか、冗談なのかよく分からないが、この判断は正しいな」
 自分が行おうとしていた行動だけあって、影山も特にシャディの行為を止めようとはしない。
「彼女は旦那様最優先ですからね・・・・・あ、もちろん、私もメイもですけど」
「・・・・・・・」
 意味ありげに送られるアリスの視線を影山はばつが悪そうに避けた。そして、照れ隠しにわざとらしく頭をかく主を見て、微笑ましく思うアリスだった。
「それでは、私も先程の森本なる人物の事を調べてきますので」
 少しの間が訪れた事を肌で感じ、アリスは今、自分が出来る事を行うべく、席を外した。それでも、シャディが依頼した敷地内の捜索が終了するまでには終わるであろう自身が彼女にはあった。
「ふむ・・・どっちも結果が出るまで少し時間がかかるな・・・」
「あ、そうだ!だったらオヤツですよオ・ヤ・ツ!これに呼びに来たのが本来の用事だったんですから〜」
「ん?ああ、そうか・・・・なら、マキちゃんもお呼ばれしなさいな」
「は?はい?」
 いきなりの話題転化に戸惑うことしかできないマキであった。


 館内で最も頻繁に使用される部屋の一つである洋風の食堂では、影山・シャディ・メイ・アリス・そしてマキの五人が本日のオヤツを前に団欒としていた。
 オヤツを前に、にこやかな表情を見せるシャディ。
 さっさと調べものを済ませ、優雅に湯飲みで日本茶をすするアリス。
 影山のティーカップに紅茶を注ぐメイ。
 目の前に置かれた二切れの高級ヨーカンと抹茶アイスを前に、どうして良いか分からず、呆然としているマキ。
 それぞれがそれぞれの形でこの一時を過ごしていた。
「あ・・・あの・・・」
 当然と言えば当然ながら、この場にいる違和感に耐えきれなくなったマキが、おずおずと影山に問いかけた。
「ん?」
「何で私はこんな所に居るのでしょうか?」
 敵対者であるはずの自分が、敵対者達の団欒の輪の中にいる。現場を実際に見なければ、誰に説明しても信じてはもらえないだろう光景の中心にマキはいたのである。
「君がここに侵入したから・・・だろ」
 さも、当たり前のように影山が答える。経緯としては間違ってはいないが、疑問が残らないわけではない。
「え、ええ、それはそうなんですけど、私、一応、貴方の『敵』なんですけど」
「じゃあ、まだ俺の命を狙っているのか?」
 影山の質問には、根本的にマキを敵対者として認識してないふしがあった。
 相手が自分を敵と見なしていなければ、又、敵対者としての表明を実力で示されないのでは、何を言っても始まらなかった。
「・・・・・・いいえ・・・・」
「なら、外れた矢を心配しても仕方ないだろ。警戒の必要もないし、するのは弓の方で、矢じゃない。それに場合によっては再利用できる可能性もあるしな」
「・・・・って、旦那様、彼女を雇うつもりですか!?」
 影山の言葉の意味を悟って、今まで食べる事に集中していたシャディが思わず声を上げた。
「ん〜?実際の所、まだよく分からん。状況が完全に把握できたら・・・・だが、マキちゃんはどうだい?」
「わ、私はあの方を裏切れません」
 正直、自分の所属していた所では考えもしなかった提案に、マキは驚きながらも主への忠義を見せた。
「とは言え、片道切符の使い捨ての任務だったんだろ」
 容赦ない影山の一言は見事にマキの心をえぐる。
「挙げ句に任務失敗じゃぁ、帰れないだろ。だったらここに再就職すればいいじゃないか?」
「・・・・・・・」
「もう一度捨て駒になれとか、森本と戦えなんて言わないから、マキちゃんの実力の範囲でここの手助けをしてもらえれば良いんだ」
「そうして、少しずつ情報を入手しますか?」
 マキは影山が、妙に自分を気にしている理由を考え、最もありそうな可能性を口にして、軽蔑の眼差しで相手を見た。
「意外にシビアな意見だな。けど断っとくけど、そんなつもりは無い。森本って人物が本当に敵であっても、こっちに実害がないなら例え大物であっても気にはしないさ」
「でも、私は何の取り柄もない女ですよ。当初の任務である、貴方を殺す事だって、今この場が最大のチャンスと分かっているのに、実行する勇気も無くて・・・・忍者として訓練を受けてきたはずの私には屈辱です。こんな思いをする位なら、潔く・・・・・」
 マキの切実な言葉に考え込む影山だったが、ふと、ある案を思いつき、おもむろに席から立ち上がった。
「?」
 一瞬、一同が影山に注目した。
 と、その時、インターフォンが鳴り、それをシャディが取ると、2・3の言葉を交わした後、受話器を置いた。最後に『アルフレッド』と言う名詞が出た事から、相手はどうやら執事である事が予想された。
「旦那様、敷地内の全ての捜索の結果、彼女以外の侵入者は居ないそーで〜す」
 妙に明るいノリでシャディが言った。
「それじゃあ、やっぱり厄介払い・・・・」
 小声であったが、アリスの声はマキの耳にも届く。
 アリスが調べた所、森本は合理家で冷酷、目的達成には手段を選ばず、その手段にさえ上限が無いとも言われている人物であった。
 結果的に合理性があれば、一個人の抹殺に核すら使いかねないとも言われており、その情報から、自分の組織に何ら益とならないマキを捨てるのにも納得はいったが、影山には不完全燃焼的に疑問がくすぶり続けていた。
 何故この時期になってなのか?何故回りくどいことをするのか?
 が、当面の問題では無かったため、影山はさっさと気持ちを切り替え、当面の問題であるマキを少々険しい表情で見つめた。
「マキちゃん、さっきの物騒な意見・・・・殺して下さいって言う意志に変わりは?」
「ありません・・・・・」
 即答だった。
「なら仕方ない。意志は尊重するよ・・・・・ついてきてくれ。それと、アリス、メイ、シャディ、君達も手伝ってくれ」
 マキには覚悟は出来ていた。その一方で、メイド三人娘の方は、主の予想外の反応と、思いがけない協力要請に、その真意を見抜けず戸惑うのだった。

 館内移動の後、一同が着いたのは、館内にて「組織」の色が最も出ている地下室の一つであった。
 一見、拷問部屋を連想させる雰囲気に、マキは自然と緊張し、メイド3人娘の方は、使用経験こそ無いものの、当番で何度も掃除に入っているために、彼女のような緊張と言う物を抱いてはいなかった。
 それでも、何を手伝わされるのだろうかと言う好奇心が終始つきまとっている。
 ある一室に全員が入室してから、影山はくるりと振り向き、マキに視線を向けた。
「では、本人の意思を含み、これより女忍者マキの処刑を行う・・・・・・けど、本当にいいのか?」
 緊張感いっぱいに始まった台詞であったが、どうしてもクールに成りきれない影山は、ころりと口調を変え、マキが決心を変えていないかを問うた。
「はい」
 マキの決心は固かった。
「・・・仕方ない・・・・じゃあ、あの台へ・・・・・」
 影山は自殺願望が今だ残っているマキに対し、ため息をつくと、部屋の中央にある無機質な金属製のベットを指さした。
 マキは頷き、ベットに横たわり、全く抵抗する事無くベットの上でX字の体勢で四肢を固定された。
「では、組織の形式に則って行う。執行人は俺を含め、この室内の四人だ」
「!?」
 主の発言から、自分達が見学・アシストではなく、執行人である事を知ってメイド達は思わず顔を見合わせた。
「そう言う訳だ。ではシャディ、レッツゴー!」
 一同の躊躇も考慮せず、影山は強引に話を進める。
「え?あ?で、でもいいんですか旦那様・・・・私達じゃ・・」
 『刑』の主旨は言われなくても理解していた。だが、テクニックそのものが不十分・・・と、言いたかったが、それは主も十分承知している事でもある。
「いいって、練習練習!」   
 おどけて見せて、意味ありげに笑う影山を見て、メイド一同は、彼が何かを企んでいるのを悟った。
「そう言う事なら・・・・」
 この部屋の雰囲気と『処刑』という言葉に、少しばかり気負いしていたシャディは、途端にいつもの調子を取り戻し、軽いステップでマキの横たわるベットへと向かった。
「にひっ・・・・それじゃぁ、いくよ。覚悟してね」
 シャディは、少し怯えた目で最後を待っていたマキを覗き込むと、その場にはそぐわない実に嬉しそうな表情をすると、おもむろに彼女の無防備な両方の脇の下を、今だ着込んでいた黒装束ごしにこちょこちょとまさぐった。
「ぶっ!ぶひゃはははははははははははは!!!!」
 一瞬の間も置かずマキが大爆笑する。その、影山の予想すらも上回るリアクションに一同は驚き、しかけたシャディすらも猫のように驚き、身を退いていた。
「すごく弱いんだな。ま、それはそれで好都合。シャディ続けて」
「は〜い」
 シャディは気を取り直し、今度はにじり寄るようにマキの下へと向かった。
 その手は既にくすぐり態勢に入っており、逃げる事の適わないマキは一層怯えた様子でそれを見据え、身を捩った。
「あ・・・や・・・や・・・な、何で『くすぐり』なんですか〜」
「何言ってる。ここじゃ、調教も処刑も罰ゲームも宴会もみ〜んな、くすぐりなんだから」
「ひぃ〜ん!!」
 あまりな事実に悲鳴を上げるマキ。
「それじゃぁ・・・・」
 言うが早いか、シャディの手が再びマキの脇の下に潜り込んだ。
「はうっっっ!ぐひゃっはははははははははは!!」
 またも間髪入れずに、笑い悶えるマキ。今度は若干堪えたようでもあったが、公平に見て、さほど耐えたとも言い難い。
 何の訓練も受けていないシャディの責めは、基本的にくすぐったいとされる箇所を、今まで『組織』がらみの行事で見ていた事を、見よう見まねでくすぐっているにすぎない。
 それでも、過敏症なのか、超くすぐったがりなのか、マキは激しく反応し、くすぐりから逃れようと、出来うる範囲で上半身をくねらせ、脇の下の位置を変化させ続けた。
 だがそれも、拘束された身では限界がある。
 シャディはその、はかない抵抗に悪戯心を刺激され、猫じゃらしにじゃれつく猫のごとく、執拗に脇の下を追い求め、くすぐりを続けた。
「あひひゃあ〜ははははははは!やーっははははははは!」
 くすぐられる度、激しく身悶えるマキ。それに呼応するかのように、シャディの虐め心も増大して行き、ついに逃げる余裕を与えるくすぐりから、揃えた指で脇の下をしっかりと押さえ、ぐりぐりとこね回す容赦ない責めに移った。
「あっぎゃ〜っはははははは!!そ、それダメ!!いっいっいやっはははははははは!!」
 マキはこれまでにも増して激しく悶え、脇の下に貼り付く指を振り払おうとしたが、行動範囲の限られている彼女の腕では、それは不可能な事だった。
「アリス!第二陣!」
 影山は、女スパイ(忍者)を責めるメイドと言う、異質ではありながら、ある意味マニアックな構成を直にして、沸き上がる興奮を抑えつつ、次のステップの指示を出した。
「自由にしていいんですか?」
 指名を受けたアリスが問いかけた。
「笑い死にさせないようにね」
 処刑と言う名目でありながら、その条件さえのめば後はOK。と、その意思を影山は伝えた。
「はい」
 そう言ってアリスも嬉しそうな表情でマキの下へと向かった。やはり彼女も、シャディとマキの絡みを見て悪戯心を刺激された様である。
 アリスはマキを責める場所に、腹部を選んだ。
 彼女は上半身の激しい動きに合わせ、左右に震える腰の、左右のくびれ部分を両手で摘むと、ゆっくりと肩もみの要領でこね回した。
「あ〜〜っははははははははははははは!あっあっあ〜っははははは!それダメ!ダメダメ!!ぎょわっはははははははは!!!」
 新たに加わった刺激に、マキは更に激しく笑い悶え、これ以上ないくらいに大きく口を開け、笑い声を上げた。
「くるしっ、くるひっ、い〜っひひひひひっひっひひひひひ!ひひゃははははははは!」
上半身に加え、腰までも激しく振り回し、マキはそれこそ必死に脇と腰に貼り付いた四つの手を振り払おうと試みたが、そんな努力をあざ笑うかのように、アリスとシャディの手はそれぞれのポイントを維持していた。
「あひゃははははははは!く、くるしぃ〜ひひひひひひひひ!おな、お腹痛い〜っひひひっひひひひひ」
「あら、そんなに苦しい?それじゃ、優しくしてあげる」
 例え相手が同性出会っても、相手がここまで敏感に反応すれば、責める側は興奮してしまうだろう。
 アリスは、両腰を揉み回す手を離して優しく微笑むと、今度は10本の指先を腹に添え、不規則に腹部一帯を徘徊した。
「はひひひひひひひひひひひ!はぁっんっ・・・・やふふふふふふふっふふふふ」
 先程に比べれば弱々しい責め方であったが、マキにとってはそれすらも耐え難い刺激となって全身を駆けめぐった。
 ただ、笑い声の中に若干、艶やかさが混じりだしたのが唯一の変化であろうか。
 アリスは巧みに、そして2度と同じパターンを描かないよう意識して、両手の指先を腹に這わせ、その中で一際反応のあったポイントに対しては、指先で引っ掻くようにして重点的な刺激を送っていた。
 その度にマキの体は跳ね上がり、悶え、さながらバサロ泳法のごとく下半身は上下した。
「ほらメイ、貴女もいらっしゃいよ」
 今だしっかりと脇の下を責め続けるシャディが、おずおずと見守っているだけのメイに声をかけた。
「あ、あの・・・私・・・・・」
 さすがに内気な彼女は、痛々しげにも見える彼女の身悶える姿を見て、気の毒に感じていた。
 だが、そんな彼女の背を、影山がぽんと叩いて前へと押しやった。
「だ、旦那様・・・・」
「何事も経験だよ」
 主にそう言われては行くしかない。メイはおずおずと間合いを詰めていくと、マキの足下に陣取った。
「そ、それじゃ、私は足を・・・・」
 そう言って、マキの足袋を脱がせると、無防備となった彼女の足の裏に、触れるか触れないかのタッチで指を這わせ始める。
「あひっ!!あっ!あっ!あっ!あっ!それもダメェ!!いやっっははははははっははははははは!」
 マキは更に加わった刺激に、悶え方を更にパワーアップさせ、足の裏を責め手のメイから遠ざけようと精一杯努力する。
 だが、足首を固定する枷は頑強で、足をその場で躍らすだけの結果にしか成らなかった。
「あら、メイも意外にやるわね」
「何だかんだ言っても、しっかり責め方を心得ているわね。私も負けないから」
 脇の下を中心に、こね回すようなシャディのくすぐり。
 腰と脇腹を妖しく這い回るアリスのくすぐり。
 足の裏全体を遠慮がちなソフトタッチでさするメイのくすぐり。
 この三者三様の責めは、マキの体に相乗効果となって襲いかかり、一人一人が自分のやり方に固執しているのにも関わらず、慣れることのないくすぐったさを与え続けていた。
「やめてぇええ〜!!ゆ、ゆるし・・・きょわっははははっはあぁぁぁぁぁぁ!!いいぃぃぃぃっ、ひきゃっははははっはははっははっははははははは〜!!」
 マキは激しくのたうちながらも、何とかして堪えようとはしていた。だが、誰か一人の刺激に堪えようとすると、残った二人に対して無防備となり、余計にくすぐったさを増大させる結果となってしまっていた。
「ひょわっはははははは!ひゃぁっははははっははははは!!こんな、こんなのいや〜っはははははは!ひと思いに・・・・・ひと思いにひひひっ〜っへへへへへへへへ!殺してよ〜っ!!!!!」
 マキは懇願したが、その望みがかなえられる事はない。そもそも、実施者である影山に彼女を殺すつもりなど微塵も無いのである。
 だが、くすぐりに悶える女体を目の当たりにする時の反応は正直なもので、彼は自分も参加したいという衝動を精一杯堪えつつ、頃合いを見計い、くすぐりを一旦止めるべく、パチンと指を鳴らしてみせた。
「やははははははははは!あ〜っはははははは!や、やめ、ほあははははははははははははははははははっはははははっははは!!!」
 合図にも関わらず、一向にマキの笑いは止まらない。影山の視線を気にして、遠慮がちだったメイ以外、影山の合図の意図に気づかぬどころか、聞こえない程、夢中になってくすぐりを続けていたのである。
 そもそも、最初から『合図』など決めてもいなかったので当然ではあったが。
「・・・・・・・・・はい、一旦ストップ!」
 何やら空しさを感じつつ、影山は口頭による指示を出した。それにより、ようやくにしてくすぐり責めは小休止となった。
 くすぐりの手を止めてさがるメイド達と入れ替わりにマキの傍らに来た影山は、激しく喘ぐ彼女の顔を覗き込んだ。
「こんなのは嫌か?後、数時間続ければ確実に死ねるんだが・・・・・・」
 そう言って影山が右手を腹の上に添えただけで、マキは怯えたような悲鳴を小さく上げ、身動ぎした。
「はぁっ!・・・こ、こんなの嫌です・・」
「ふ〜ん、それじゃぁこれは?」
 マキの拒絶の言葉に、影山は意地悪そうな笑みを浮かべて台座から離れると、ベットの傍らに設置されているリモコンに触れた。
 その途端、マキの周囲を取り囲むように無数のマジックハンドが台座から姿を現し、わきわきと準備運動とも思える動きを始めた。
「ちょっ・・・・・何?・・・まさか・・・・い、いや〜〜っ!!それやめてぇ〜っ!」
 マジックハンドの動きから、その用途を敏感に察知し、マキは悲鳴を上げた。必死に体を揺すり、許しを請うマキであったが、影山の反応はクールだった。
「駄目!」
 一言で要求を拒否し、影山は手にしたリモコンのスイッチを押す。
 その途端、待機していたマジックハンドが命を得たように、一斉にマキに群がった。
「ぎゃああ〜〜〜っははははははは!!!!」
 メイド達とはまた違った強烈なくすぐったさが、マキの全身を襲い、本人の意思とは関わりなく笑いを引き起こす。
 全身に加えられたくすぐったさに激しく身を捩るものの、どこに逃げてもマジックハンドが待ち構え、逃げる隙を全く与えようとはしなかった。
「くるひっ、くるしぃ〜!だめっ!あはぁっ!あっ・・・・ああぁぁぁん」
 くすぐったさに笑い悶えるマキであったが、反応が徐々に変化していった。笑い声は喘ぎ声へと変わり、捩り続けた体はどこか艶めかしさが含まれていった。
 それもそのはず、マキの体を襲っているマジックハンドは、その全てにバイブレーションが駆けられた状態になっており、快楽を与える事を主体にした設定にされていたのである。
「はっはぁぁぁぁぁぁぁん・・・・・こ、これ・・・う・・ぅん・・・・」
 もともと過敏な為にくすぐったがりやである彼女は、この刺激に如実に反応を示した。
 全身を『孫の手』型バイブの責めを受けているマキは、しきりに体を捩り、抵抗らしき態度をとっているものの、その反応は弱々しく肉体は陥落寸前の様相であった。
 マジックハンドの群は、担当範囲を不規則に動きまわっては反応の良い所を探りだしてはその部分を重点的に責めていく。
 既に胸には数本のマジックハンドが群がり、乳房全体を余すところ無く撫で上げていた。乳首などはマジックハンドの指が挟み込むようにつまみ上げ貼り付き、股間も又しかりで、五本のマジックハンドがぴったりと貼り付き、僅かずつではあるものの、その位置を変化させ、彼女に絶え間ない快楽を与え続けていた。
 服越しであっても、過敏なマキには強烈な刺激でり、既に股間周囲の布は、彼女の体内から溢れたモノでしとりと湿りを帯び始めていた。
「うんうん、今度のは気に入ってくれたみたいだね」
 マキの反応を見て、影山は満足そうに呟く。
 その時、ふとメイド達三人の様子を見て、影山は複雑な笑みをもらした。三人が三人、らしい反応を見せていたのである。
 アリスは我が身に置き換えて想像しているのか、やや恍惚とし様子で、シャディはそれこそ好奇心いっぱいに目を輝かせながら、メイは真っ赤になって手で口元を押さえつつも、その目は興味津々にマキの痴態を見つめていたのである。
「はっ・・ああっ・・・・・もう・・・・もぅ・・・・」
 それから更に数分責めが続き、マキは、人間には再現不可能な快楽に呑まれ、何も考えられなくなって酔いしれ、後はこのまま一気にのぼりつめる事を事を望んだ。
 だが、彼女が絶頂に達しようとした瞬間、マシンがインターバルに入ったのかマジックハンドの動きが鈍化し、今一歩でお預け状態となってしまっていた。
「う、ううぅん・・・・」
 マキはもどかしさに身を捩ったが、自分の意志でどうすることも出来ない状況下にある以上、耐えるしかなかった。
 ややして、マシンが再始動し始め、再び体を嬲りだすと、彼女は次こそはとマジックハンドの刺激に身を委ねていった。
 だが、今一歩という絶頂の寸止めを数回続けられると、流石に彼女も相手にそのつもりが無い事を悟り、ついには我慢の限界に達してしまった。
「ああ、いやぁ・・・もうちょっと・・・あと少し・・・・」
 マキは出来る限り身を浮かせ、遠のくマジックハンドに追いすがり、後ほんの僅かな刺激を追い求めたが、彼女の体は枷に阻まれ、望む刺激を得る事が出来なかった。
「いやぁ!!お願いです!いかせて・・・・いかせてぇ〜!!」
 耐えきれないじれったさと、待っていても永遠に訪れないと分かっていた精神的苦痛に、マキは半狂乱になって体を震わせる。
「ふ〜ん・・・・・・それ程までにいきたい?」
 マキの横に立っていた影山が意地悪そうに言って、十分に湿った股間にそっと指を伸ばした。
「あああああぁ、そこ、お願い!そこを・・・激しく!!お願いぃ〜!!」
 マキは触れただけで一向に動く様子のない影山に、指を動かしてもらうように懇願した。だが彼は、それをあざ笑うかのように、そっと指を離した。
「いや・・あぁ・・・そんな、どうして・・・・」
「これから死ぬって人に快楽は必要ないだろ。これはさっきの『くすぐり処刑』の変わりの『寸止め処刑』なんだよ。君はこうやって行く事も出来ず、じれったさの中で発狂して死ぬんだ。笑い死によりはいいんだろ」
 辛辣だった。どちらも相当苦しい物であっただろうが、精神的に追いつめられる分、こちの方が当事者には地獄であったに違いない。
「いや〜っ!!!お願い!いかせて、いかせてよ〜!!」
 気が狂わんばかりに悶えるマキ。自由の身でない今、彼女の肉体と精神の極限の欲求をかなえられるのは、目の前の人物しかいない。
「そんな・・・そんな・・・お願いです!何でも言うこと聞きます!死ぬ事も取りやめます!だから・・・だからぁ〜!!!」
 絶叫に近い状態でマキは懇願を続ける。彼女のもどかしさがストレートに現れた結果だったが、その気持ちを本当に理解できるのは同姓であるメイド達しかいないだろう。
「ふ〜ん・・・・・死ぬの止めるって?」
 わざとらしく聞き返す影山。見た目はある程度さまになってはいたが、本人は実は赤面の至りであったりする。
「はい。はい!!むやみに死のうとはしません。貴方に仕えます。何でもします!だから・・・・だから!!」
「そこまで言うなら、いかせてあげてもいいけど・・・」
「ああぁ・・・有り難うございます」
 慈悲を求める宗教信者のように潤んだ瞳で影山を見つめるマキ。今、彼女にとって、絶頂を与えてくれる者こそが神そのものなのである。
「けど、最近の若い者はすぐ掌を返すから、もう少し様子を見させてもらうから、しばらくはその極限状態を味わって貰うよ」
「え!?」
 戸惑うマキ。それと同時にマシンが動き出し、再び彼女の全身を襲った。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 また快楽とくすぐったさに翻弄されると理解し、マキは絶叫をあげた。


戻る 後編